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mishiadd
2024-04-29 22:18:10
3489文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・その壱
魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話集。きっとセイバーじゃなかったらとっくに発狂してる。
壱:知名度ではなく自分の目で相手の実力を確かめる伊織殿とそのお眼鏡に適わなかったときの話。
イオリは、知名度というものにあまり感銘を受けない。
こう言ってはなんだが、この日ノ本において私の知名度たるやなかなかのものだと思う。正直、出合い頭に私の絶技の一端を目撃しておいて私の真名がわからない、というのは日ノ本の民としてなかなかに図太い神経
――
もとい、かなり鈍感な方だと思う。
神話や逸話に疎いのかと思えば決してそんなことはない。先達やその道の著名人の名に疎いのかといえばとんでもない。さまざまな時代や国の達人や剣聖の氏名、その流派がつらつらとよくもまあ舌を噛まずに出てくるものだ。
「イオリは割と『みいはあ』な性質なのだな」
先日にふたりでムサシから教わった言葉を口にすると、「うーん」とイオリが頬を掻いた。
「そう
――
かもしれないな。たとえ流派や理論が違っても、そこになにか少しでも学べるものがあるのなら拾っておきたい」
「ほう、なるほど」
さすが師匠を二股する男の言葉は説得力が違う
――
とは言わない。私自身はそれを別段不義理とも思わないからだ。勉強熱心でなによりだ。弱いイオリが少しでも強くなってくれるのならそれに越したことはない。
しかしまあ、
大王
おおきみ
の歌集や読経
――
とか言ったか、寺から聞こえてくる歌のようなアレだ
――
ではないのだから、ただ無意味に名前と技名を大量に暗記しているというわけでもないだろう。
こういったものには個人の感情が多少なりとも反映されるものだ。好きとか嫌いとか。特にどれがお気に入りだとか。
好きなカブキヤクシャの名前を尋ねるように、イオリに訊いてみる。
「そのたくさん覚えた名前の中に、きみが特に憧れている剣の使い手などはいるのか」
「憧れ
――
?」
ふらりと月夜の滲んだような目を宙に彷徨わせ、ぽつりと答える。「さあ
――
『憧れ』は、後にも先にも、あの夜の
――
」。そう言いかけてから、ふっとイオリの瞳の焦点が合う。
――
じっと、私を見る。
「
……
なんだ? イオリ」
「いいや、なにも」
ふるふると軽く首を左右に振り、いつもの笑っているのかいないのかよくわからない曖昧な笑みを浮かべて、イオリが言った。「おまえの言う『憧れ』かはわからないが、日々剣を振るその切っ先がいつかは届けばと、そう願い続けている剣はあるよ」。
思いがけない秘め事のようなひそやかな口調に面食らう。どぎまぎと柄にもなく目を逸らしながら、直感的に思った通りのことを口にした。
「それはなんというか
――
『憧れている』、というよりは、『焦がれている』、という方が近しいように聞こえるな」
「『焦がれ』
――
ああ、そうかもしれないな。おまえが言うならそうなんだろう。きっと俺は
焦がれている
。毎日、毎晩」
「きみ、その受け答えは他所でしない方がいいぞ。
――
多分、その顔も」
イオリとはたまに妙な雰囲気になる。あるいは、これを「妙な雰囲気」だと思っているのは私だけなのか。
なにしろ、このイオリには「妙な雰囲気」を感知する機能が生まれつき備わっていない可能性がある。
こほん、とわざとらしく咳をして話をもとに戻す。
「つまり、特に『憧れ』、みたいな人物はいないということか」
「学べるものがあれば誰からでも学び取りたい。その貪欲をはしたないとは思わない。万物が俺の師だよ」
「さすがにそれはきみの師匠が聞いたら泣くだろう」
「
――
だが、そうだな」
すっと目を眇めて、イオリが遠くを見遣る。鼻筋の通った端正な横顔が急に冷たく見えた。
「名と剣とは、直結しないとは考えているよ。聞こえた名であればそちらを見るが、学べるものがあるかどうかは実際に剣を見てからしかわからない」
「
――
なるほど」
であれば、まあ。
――
イオリが私の真名に頓着していないのも道理なのかもしれない。
彼がただ目の前にある私の剣の技を見て、それが
誰の剣かに拘らず
、ただそれ相応の感銘を受けたというならそれはそれで構わないのだ。
――
まさかアレを見てイオリがまったく何も思わなかったということはあるまい?
「宗矩殿の剣は、噂通りの太刀筋だった。名声に違わぬ技だった。
――
まあ、名を知る前に斬り合ったから、『是非理解したい剣だと思ったら宗矩殿だった』、の方が正しいが」
「きみ、あんなのもう二度とやるなよ。死ぬぞ」
「だから、あれはよかった。あの出逢いはよかった。
――
いつも、そうだといい」
そう期待を込めて呟き、イオリがぱん、と手を叩いた。
「さあ、夕餉の米を炊こうか、セイバー」
「おお!」
コメ、の音にすべてがどうでもよくなり、私もその場で軽く飛び上がる。
米を洗うイオリの背後に張り付いて土鍋の中を覗き込み、周囲をうろちょろしながら、先程まで話し込んでいた内容もすっかり忘れてしまった。
――
何某の、と高らかに名乗ったのは、江戸でも聞こえた剣豪の名だったらしい。
浅草でたまたま出くわした男だった。町人たちが騒ぎ立てていて、何やら揉め事になっていたようだったからイオリが割って入った。
相手の振りかぶった剣をイオリがいなして、「丸腰の町人に斬りかかるのは穏やかではない」と叱責した矢先だった。
その名乗りを聞いた野次馬の町人たちがどよめき、たまたま傍にあった店先に並べられていた浮世絵の一枚がその男の似姿だということで更にどよめいた。
騙りではないのか、との野次に男が抜刀して傍らの町人の笠を真っ二つに斬ると、いよいよこれは本物だという騒ぎになった。
「知っている名か、イオリ」と傍らのイオリに尋ねる。返事がない。「
――
イオリ?」ともう一度尋ねた。何事かと思い、イオリを見上げる。
ふっと急速にすべての興味を失ったような、冷淡な横顔がそこにあった。
酷く冷め切った、なんの感情も抱いていない顔だった。まだ怒りや嫌悪感を浮かべられていた方がいくらかマシだったろう。
――
まるで、そこに誰もいないかのような無関心な目。そこにいることすら認識するに値しないとでもいうような。
こんな顔で、こんな目で見られた人間は、果たして己の「存在」を肯定し続けられるものだろうか?
何某、も割って入ってきた浪人のその目つきに気付いたようだった。顔を真っ赤にして「身の程知らずが、我が名を聞いて今更怖気づいたのか」と怒号を飛ばす。
野次馬のうち、面白半分で著名人側についた半数がやんややんやと囃し立て、「幽霊長屋の浪人さん」を悪く思っていないもう半数が喚き返す。
そんな中、ただイオリだけが無関心だった。つまらなそうに軽く溜息をつき、刀を構えた剣豪の前でさっさと納刀しようとする。
「イオリ!?」とさすがに声をかけると、「ああ、セイバー」とようやく私を見下ろした。
冷ややかだった表情が途端に和らぐ。その表情の変化にぎくりとする。
――
ああ、これこそがいつものイオリだ。であれば、先程までのイオリの表情は、見たままの彼の感情の表れなのだ。
――
「貴殿はつまらない」、と如実に相手に伝えてしまっていた、あの表情は。
それこそは最大の侮辱だったであろう。
上段構えから怒りに任せて打ってきた何某にようやく一瞥をくれると、しまいかけていた両の刀を再び抜いてみねうちにする。
「ううっ」とみっともない呻き声を上げて、男がイオリの足元に崩れ落ちた。
おおお、と町人たちから感嘆の声が上がる中、男にはもはや一瞥もくれずにイオリが今度こそ刀を鞘に戻し、すたすたと踵を返してしまった。
さっさと長屋に戻ろうとする足取りを早足で追いかけ、ようやくイオリの横に並ぶ。見上げると、先程まではまったくの『無』であった顔に、わずかに表情が浮かんでいた。
――
落胆、だった。
「イオリ」
「
――
いや、なんだ」
はた、と歩みを止めたイオリが頭を掻く。わずかに目尻に朱を走らせて、私を見下ろした。
「心のどこかで勝手に期待していたのだろう。
そうじゃなかった
から勝手に失望している。俺は未熟者だな、セイバー」
「
……
英霊と比べてやるのはさすがに酷だぞ、イオリ」
「わかっている。
――
俺は随分儀に甘やかされてしまっているようだ」
穏やかでない言の葉に一瞬ぎくりとしつつ、とはいえイオリの言わんとしていることは理解はできる。到底共感はできそうにはないが。
かけてやるべき言の葉を持たぬ私は、やや逡巡した後、「
……
戻って夕餉にせよ、イオリ」とだけ告げた。
食事を摂り町の営みを慈しむ凪の日常にも、イオリを慰められるものはあるのだと、そう言外に祈りのように込めながら。
了
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