溶けかけ。
2024-04-29 21:38:47
1998文字
Public ほぼ日刊
 

春はまだ遠く

成婚ヌフ番外編その1
劇団長とフリーナの過去のお話。
2000文字なのでちょっと飛び飛びです。
※ヌは出ません。

「もう、お父様ったら!」

 楽しそうな声に誘われて窓の外をそっと伺う。本家の邸宅の庭にはふわふわなドレスを着た女の子とそれを眺める男の人と女の人。完璧な家族がそこにはあった。

「ねえ、お父様あそこに……

 女の子が僕を指差した。踏み台から降りて身を隠す。

「うん?なんだ?」

……ううん。気のせいだったみたい!」

 また楽しそうに笑い合う家族。フリーナは自身の耳を塞ぐ。古びた洋館の一室。ここがフリーナの世界の全てだった。

◇◆◇ 

 いつものように、フリーナは風に乗ってやって来る音楽に耳を傾けていた。

「そう言えば、この音、どこから聞こえて来るんだろう?」

 気になれば気になるほど好奇心が疼く。扉を開けて、長い廊下を歩き、裏口から外へ出た。音を追いかけて、街中へ。
 フリーナは辺りを見回す。露店には知らない果物やきらきら光るアクセサリーなど見たことがない物が並ぶ。ついついそちらに引き寄せられそうになるのを必死に我慢して喧騒の中で音を辿る。

「ここだ!」

 音の出所は小さな劇場。建付けの悪い扉の隙間から、聞こえる歌は恋の歌。フリーナは戸口に座ると歌詞の意味も分からずに同じフレーズを口ずさむ。

 何曲目の時か、フリーナの前に影が差した。

「あなた、お歌上手ね?」

 長い茶髪をサイドテールにした女性だ。彼女は怯える僕の前にしゃがみ込んで視線を合わせると優しく微笑んで言った。

「少し、寄っていかない?」


「はーい!全員集合!」

 女性の言葉に劇団員達が集まってくる。視線は女性の足元に隠れるフリーナに向けられている。

「まーた、拾ってきたんすか?」

「今度は随分幼いですね?」

 フリーナを見て、劇団員達は呆れた顔をした。

「ふふん!聞いて驚きなさい!この子は原石よ!磨けばどんな宝石にも負けないくらい光輝くと思うわ!!」

 ぽんぽん、と女性に背を優しく叩かれて促される。おずおずと口を開き、先程口ずさんでいた曲を披露した。


「劇団長!この子、絶対うちの子にしましょう!!」
 
 歌い終わった後、劇団員達は口々にフリーナを褒め称えた。フリーナは未だにドキドキとする胸を押さえる。――誰かに褒められるなんて、初めてだ……てれてれと顔を真っ赤にするフリーナの頭を劇団員達が次々と撫でる。

「どう?うちの団員にならない?」

 劇団長と呼ばれた女性が言った。フリーナは小さく頷く。

「そう言えば、名前はなんていうの?」

 団員の1人が首を傾げて問うた。フリーナの背筋をひやりとしたものが伝う。

 (ど、どうしよう……貴族の名前を名乗ると嫌われちゃうかも……そもそも僕は家名を名乗っちゃいけないって言われているし……)

 顔を青くさせて黙り込むフリーナの肩を劇団長が叩いた。フリーナが顔を上げて劇団長を見れば、彼女がにっこり笑ってウインクをした。

「この子は、ジェーン……ジェーン・ドゥよ」

 困惑するフリーナと違い、劇団員達は合点がいったように頷いた。

「ジェーンな、了解。よろしく」

「よろしく、ジェーン」

 口々に歓迎の言葉を述べる劇団員達。劇団長が後で説明するわ、と囁いた。

◇◆◇

 練習後、劇団長が夕飯をご馳走してくれる事になった。彼女がご飯を作っている間、劇団長の旦那さんだという黒髪の男性と二人きりになってしまった。僕は意を決して話しかける。

「な、何読んでるの……?」

 彼は僕が話しかけて来たのが意外だったのか目を丸くした。

……

「あ、話しかけちゃいけなかった……?ご、ごめんなさい」

 彼は立ち上がると本棚へと向かう。やっぱり、迷惑だっただろうか、と落ち込む僕。

……本を読んだことはあるか?」

 突然話しかけられて、驚きながらも首を振る。

「う、ううん……僕、字、読めなくて……

 この歳で字が読めないなんてダメな子だと思われただろうかと恥ずかしくなってフリーナは俯いた。

……読めるようになれば世界が広がる……私で良ければ教えよう……

「え?いいの……?ダメな子だって思わない?」

……庶民の殆どは大人でも読み書きが出来ない」

「そ、そうなんだ……

 彼は絵本を持ってきて、膝をぽんぽんと叩く。……座れってことかな?

「お、お邪魔します……

「ん」



「ふたりともーご飯よーって……あらあら」

 リビングに入れば、夫の膝の上でジェーンが眠っていた。おろおろとする夫は困ったように眉を下げて、私に助けを求めた。

「ふふ」

……何がおかしい……?」

「いいえ、あなたらしいなーって」

 私は幸せを感じながら少女を抱き上げて小さな頭を撫でる。――迷子の君の手を引いてくれる優しい人が見つかりますように、と願いを込めて。