私は、近侍の山姥切長義と一緒に今日の仕事をこなしていた。
私たちは、審神者と刀剣男士という主従関係でもあるが、最近はもう一つの関係が出来た。
それは、『恋人・恋刀』関係だ。私から好きだと告白したら、彼も了承してくれた。
まぁ半分は主相手に断れなかった、ということもあったかもしれないが、それでも彼氏・彼女の関係になれたのだから結果オーライだ。
「
……よし、出来たぁ!」
「ふふ。お疲れ様」
「長義もねー」
ずっと端末と睨めっこしていたため、肩が凝っている。
思わず端末を脇に置いて机の上にぐてーん、と上半身を伸ばした。机の上が気持ちいい。
それを見て彼は小さく笑いつつも、「はしたないだろう! せめて畳に寝転びなさい」と注意してくる。
私は、はーいと棒読みで返事をしつつ、今度は後ろに体を倒して寝転んだ。少し肩を揉むとすごく気持ちがよかった。背中もピンと延びて生きた心地だ。
その間に、入れてきてくれたお茶を机上に置いてくれる。おそらくそのために、注意したのだろう。
背中の疲れが少し取れた気がした頃に、よいしょっと机上に体を起こす。目の前には入れ立てのお茶がある。
一口を飲むと、体の冷えが温まる。冬は熱いお茶に限る。
私たちは、一服をしつつ軽く会話を交わす。明日の打ち合わせなんかも一緒にやってしまう。こういうときくらい恋人っぽいことしてもいいと思うのだが、私たちにはまだ、これがしっくりくるのだろう。
……まぁ、したくないかしたいかと聞かれれば、したい
――と思うけど。
お茶がなくなった頃、長義は私の分の湯飲みを受け取ると、その場に立つ。
「では、今日はこれで失礼するよ。ゆっくり休んでくれ」
「あ、うん。長義もね!」
そう言って部屋を後にした。静かに去って行く彼の影が、障子ごしで見届ける。
私は、影が消えると分かると、はぁ、とため息をついた。
先ほどの恋人らしいことをしたくないようなしたいような、という曖昧なことを言ったが、前言撤回だ。やっぱり「恋人らしいことがしたい」。
というのも、好きって言ったのは私の方からだし、彼からは私が好きと言って? と言われて返してくれるのだ。
彼からはまだ好きと聞いていない。一度くらい言ってくれてもいいじゃない!?
キスも数回くらい。同期の審神者界隈では、それはもうラブラブっぷりをメッセージでやりとりしている。
私たちはというと、初々しいというか、友達の延長線上みたいな関係だ。
「長義は私のこと、本当は好きじゃないのかな?」
主として、仲間としては好きだとは思うよ。だから近侍を任命して即座に了承してくれたし、最低限の好意は持ってくれていると思う。
では恋人レベルではどうかというと
……うーん。
恋愛感情で、一人の男性として好きですって伝えたはずなのに、彼には伝わってなかったとか!?
そんなことあるんだろうか
――いや、生真面目な長義のことだ、あり得なくも
……ない。
写しの国広がああだし、その本科である長義も結構にているところがある。
それとも、私が焦りすぎているのかな。これって所謂『肉食系女子』の部類に入るんだろうか!? まぁ思うだけならそうかもしれない。だとしても、行動には出てないはずだ。
……多分。
ああ、だめだ。どんどん悪い方向に考えてしまう。
これは小さい頃からの悪い癖だ。刀剣男士たちにも沢山指摘されているところだ。
「
……だって、恋人らしいことしてみたいじゃん」
世間には、その人なりのペースがあるっていうけどさ。こう、いつもと変わらない態度がずーっと続いていたら私のこと好きなのかどうか、恋人同士なんだという自覚があるのかどうかさえ、疑ってしまうのも無理はない。
だったら本人に話せばいい。でもそれで、仲が悪くなったらと思うと気が引ける。
ならば、私が我慢して耐えればいい。でも、我慢の限界はあるぞ!?
「こういうときは寝るに限る」
頭がパンク状態になっているときは『寝る』と決めている。
その方が気持ちが落ち着いてくるし、時間が進んでくれる。
向き合えば向き合うほど、時間の経過が遅く感じるものだ。
* * * *
その日の夜。
夕餉を食べた後、お風呂に入った。風呂上がりで、髪を乾かしていたときに、障子越しに声が聞こえた。
「主、今少しいいかな?」
「少し待ってて
……どうぞ」
パジャマ姿でお出迎え、というのはいかがかと思ったので急いで上着を羽織る。
まるで夜這いにくるのを待ってました! と長義に悟られたら明日からどう顔を合わせたらいいか分からない。
あくまで、仲間として振る舞う。あとはまぁ、その雰囲気で
――ってことで!
障子を開けると、長義はジャージ姿で何かを手に持って待っていた。
何でジャージ? それが顔に出ていたのだろう。
彼は「馬当番が今二人とも遠征にかり出されているから、代わりに様子を見ていたんだよ」と言っていた。
さすが近侍! そういう気配りも完璧だ! 馬に対しては何故か好意的には思っておらず、内番の仕事でも特に馬当番は苦手のようだった。
それも、今では顔を合わせる程度なら接することができるくらいまでは慣れたようだ。
「どうしたの? 明日のこと?」
「いや、全く別件だ。このままでは寒いから、中に入っても?」
「あ、ああ。そうね! どうぞ」
「失礼する」
冬の夜は特に冷える。ジャージという薄手で事情を聞くのは可哀想だ。
私は慌てて、中に手招きする。彼は、中に入ると障子を閉めてくれる。
ドキドキ
……少し、緊張してきた。
夜に、彼氏が彼女の部屋に入って、二人きり
――そりゃあ落ち着いていられませんよ。
私は、彼にお茶を入れて湯飲みを渡すと「ありがとう」と彼はお礼を言う。
「で、どうしたの? 珍しいね、こんな時間に来るなんて」
「いい掘り出し物を見つけてね。これを」
そう言って、ビンを渡してくる。
それは、日本酒の瓶だった。そしてそれは、私が好きな品種の日本酒だ。
最近、万屋のとある酒屋で取り扱っている日本酒が製造終了するとメルマガで知った。
そのため、先日長義と一緒に買い物を行ったついでにその酒屋に寄ったのだ。
すると、既に売り切れていたのだ。
私が好んでいる日本酒は他の審神者界隈でも人気があるらしく、メルマガで発信した途端、一時間ほどで完売してしまったと、店員さんが説明していたのだ。
「ああ、最後の一杯くらい味わいたかったなぁ」とがっかりしながら本丸に帰ってきたのだけど。
その日本酒が今、ここにある。
「どうしたのそれ! 店員さん、もう入荷しないって言ってたのに」
「まぁ、いろいろとあって政府から取り寄せたものだ。主、最後にもう一度飲みたいって泣いていただろう?」
「な、泣いてはなかった
……と思う、よ?」
「いや、泣いてたね。悔し涙、という形だったが」
そうだ、私は他の審神者たちに負けたのだと悔しかったのだ。もう少し早く来ていれば、買えたかも知れないと。
泣きそうになったけど、あの時泣いてなかったはずだ
……多分。長義には泣いているように見えたのかもしれない。
「じゃあ、仕事が終わってすぐ部屋に戻っちゃったのって」
「? 政府と、製造している者と交渉していたんだよ。それが何か?」
「え?」
長義から事情を聞くと、こうらしい。
私は、長義が私と恋人とは思ってない、むしろ別れたいとか考えているんじゃないかと思い込んでいたけど、実際は違った。
先日の買い物で、泣いていたらしい私を思って政府とコンタクトしてなんとか日本酒を取り寄せてもらうように毎日メールや電話を使ってやりとりをしていたらしい。そのために、仕事が終わるとそそくさ執務室を出て行っていたようなのだ。
完全な私の勘違いだ。
むしろ、私のために手配してもらっていたという。なんというイケメン! なんという彼氏だ! ああ、だめだ。涙が出そうになる。
状況が飲み込めないらしい彼に問い詰められ、私はこれまでの本音をぶつけてみた。
話が終わると、長義はどうしたらいいのか分からない、というような呆れた表情で左右に首を振っていた。
「主、俺はそんな軽い気持ちで主の気持ちを受け入れたわけじゃない」
「でも、恋人らしいこと一つもしてないじゃん?」
「しているだろう? ここまで手配してくれる彼氏が俺以外にいるのか?」
「それはまぁ
……長義だけです。すごく嬉しいです。でも、そのために仕事中だけの顔合わせじゃ寂しかったんですう」
「ふふ。正直でよろしい。恋人らしいことは置いておいて、二人でこれを飲もうか」
「
……うん!」
最後の一杯、味わうぞー! と思いながら、長義がガラスコップに例の日本酒を注いでいるのを傍で見守る。
これがもう飲めなくなるのか、と思うと寂しくなるけど、これから彼氏と飲み交わすのだ、それはとても嬉しい!
乾杯をして飲むと、少し苦みが口の中に残って美味しい。
これで悔いはない。本当にありがとう、長義。政府さんも、製造してくれた人も。
「主、顔真っ赤になってる」
「そういう長義も! 美味しいでしょ」
「何で自分が買ってきたかのように威張るのかな
……そうだね、飲みやすくて美味しい」
元々酒に弱い体質なのだが、たまたま審神者界隈での飲み会でおすすめされて飲んでみたらはまったのだ。
それ以来特別なご褒美の時に飲んでいたのだ。
呆れつつも、彼もまた顔を赤くしている。だが、満足げな表情で楽しんでいるようだ。
「ありがとう、長義。私、幸せものだなぁ」
「まるで、これから死ぬみたいな言い草、かな」
「言葉の綾だよ。それくらい嬉しいってこと!」
「ふふ。どういたしまして。なら、俺にもご褒美がほしいかな」
「ご褒美?」
「恋人らしいことがしたいんだろう? 何も、主だけが思っているわけじゃない。何か、褒美がほしい」
まさかそういう切り口でくるか。
確かにそうです。恋人らしいことしたいと思ってました、願ってました。ただ、きっかけは作ってやったから、主からやってきてよ、と言ってくるとはなかなかの策士だ。
恋人らしいことって何だろうなー? あれ、頭がぼうっとしてきたぞー?
よくわかんないけど、恋人らしいことしちゃえ。何かあったら「酒に呑まれてて覚えてない」で済むでしょう。
幸いにも、彼も酒に酔っているし。
少し考えると、私は長義の頭を私の胸元に抱きしめてやる。
ボフッと小さな音が聞こえたような気がするけど気にしない!
私は、頭を優しく撫でる。
「よくやってくれました! ご褒美の頭なでなで~♪」
「ちょっと主! いったい何をっ
……!」
「ご褒美。まだ足りない?」
そう言って、ぎゅっと頭を抱きしめてあげる。彼の顔には私の胸に当たっている。
貧乳だといいたいのか。仕方ないじゃん、巨乳だったらもっと喜んでくれただろうけど、これが私の胸なんですー。
「
……まさか、そういうご褒美がくるとは思っていなかったな」
小さく何かを呟いた後、私の手をどかして、唇に唇を当ててきた。
私は、そのまま受け入れてしまう。頭がぼうっとしているせいか、キスをしていることに気づくのが遅かった。
息が苦しくなって、離れようとしても後頭部を手で支えられ、離さないと言わんばかりにキスを何度もする。
しばらくそうしていると、長義が酒に酔いが完全に回ってしまっているのか、普段とは違う目を細めている。
まるで獲物を捕まえたかのような、男としての表情を私に見せていた。
「まだ付き合ってくれるよね?」
「
……うん、もう少し飲みたい!」
「
……いや、それもそうだが」
「?」
私は、彼に気づいていないふりをした。
まさか、今まで見たことがない、彼の『男』としての表情にキュンとしてしまったなどと。
そして、夜の時間はまだまだこれからだ。
私たちは、深夜も二人で語り合っては愛を語り合っていた。
「気持ちのすれ違いの先に」完
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