国語2
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亡霊の王馬くん

亡霊っていうよりは最原の妄想の王馬くんってかんじです
本編軸でエイプリルフールの最王です
べつに王馬くんと付き合ってない

 嫌いなゴシップと、
 嫌いな現実と、
 嫌いな僕。

 気を紛らわせてくれるのは、酒とタバコと。

「あーあ。ほんとみんな落ちぶれちゃったよね。あの時は、超高校級とか言って誉めそやされてたのに」

 ――王馬小吉くん。

 忙しさを理由に荒れていった小さい箱の中、彼と僕は机を挟んで向かい合うように座っていた。なぜか学ランを着ている。彼とはじめて会った時は、白い制服? を着ていたような気がするんだけど。十年程前の記憶なので少し曖昧だ。

「東条ちゃんは裁判中だし、入間ちゃんはバツイチのフリーターになっちゃったし。天海ちゃんはヒモでしょ? ゴン太も行方不明だしさあ」

 僕が酒に酔っていると、彼はふらっとどこからか現れる。

「最原ちゃんも超高校級の探偵だったのに、ゴシップなんかに手を染めちゃって。昔はかわいかったのになあ〜」

 王馬くんが少し残念そうな顔をしながらも揶揄する。

 ――ゴシップ。プライベートに無遠慮に踏み込み、人の不幸でお金を稼ぐこの仕事を、昔の僕は軽蔑していた。けれど僕の超高校級の探偵という才能は、次々輩出される超高校級の後輩たちの登場によって鳴りを潜めていった。いくらコネがあったとしても現実はそんな生優しいものではなく、けれども生きていくためには稼がなくてはいけなくて。別に、この能力を使わない仕事に就いたってよかったんだ。それでも僕は、未練たらしく浅ましくも僕の能力に縋った。捨てたくなかった。産まれた時には持っていなかった、知らなかったこの能力を、どうして手放せないのかな。

「今の僕はかわいくない?」

 タバコをふかしながら問いかける。肺に沈む煙が、僕を蝕み責めたてた。

「鏡見てご覧よ! 髪はボサボサ! ひげぼーぼー! しかも総入れ歯じゃん! 当時最原ちゃんに黄色い声援送ってた女子たちが泣いちゃうよ! 女の敵!」

 昔と変わらず騒がしく嘘を捲し立てる。髪に関してはたしかに無頓着なところはあるけれど、ひげは鏡をみるたびにみっともなく思ってしまって、なんとなく剃ってる。まあでも。

「僕、体毛薄いからかあまりひげ生えてこないんだよね」

 僕も歳を取って落ち着いたのか、彼の嘘に振り回されるよりも流すことが多くなった。王馬くんは「男の敵!」とまた適当な態度で非難する。たしかに、卒業したころは顔についてかなり好意的に評価されていたように思う。当時の僕はそれが嫌だった。お父さんとお母さんにどことなく似たこの顔が、僕は好きだけど、それとこれとは話は別。僕の表面的な部分ではなく、超高校級の探偵としての力を評価されたかった。僕の、内を見てほしかった。僕の傷を、知って欲しかった。腫れ物を扱うような顔をして、偽善者のふりをして、なのに肝心なところで無関心な彼ら。

 ――他人は無慈悲。だから僕もそう振る舞うことにした。僕の能力でこの社会に復讐してやるんだ。……なんてね。

「そういえば、春川ちゃんと夢野ちゃんには会ってないの?」

 王馬くんが後ろに両手をついて、くつろいだ。

「まあ春川ちゃんは国外に行ってるしお母さんになってそうだから、酒臭い最原ちゃんは同じく酒臭い夢野ちゃんと愚痴大会でもしたらいいじゃん。こんな暗くて汚い部屋でひとり不貞腐れてないでさあ」

 電気を消した部屋のなか、学ランを着た全身黒づくめの王馬くんは闇に紛れている。目が慣れてきたのでかろうじて見えてはいるが、どうせなら目立つ白いあの服を着てきて欲しかった。ついでに、部屋が汚いと言うのなら片付けてくれてもいいのに。そういえば彼の部屋も、まあまあ荒れてたような気がする。天海くんの蝋人形、夜中に見たら怖そうだな。

「ふたりには……。ふたりの人生があるから……、僕なんかとは……

 そう。こうやって部屋の隅でいじけているのは、僕個人の問題で彼女たちには関係ない。もちろん共感しあえる部分もあると思うけど、僕の痛みは僕にしかわからないし、彼女たちの痛みもまた然りだ。……偽善者のふりをして。……無関心な。

「驚いた! 最原ちゃんが他人を気遣う心をいまだ持ってるなんて! アンジーちゃん売ったくせに! 可愛い顔してやる事ホントえぐいよね! 悪の総統もビックリだよ!」

 ――アンジーさん? 僕が売った? 王馬くん、なんの話してるの?

 そんなことあったっけ……。確か、彼女とは卒業する前から会えてない気がするんだけど。どうしよう、お酒の飲みすぎで頭が働かないのかな、思い出せないな。

「オレさー、新しい冷蔵庫ほしいんだよね〜。実はオレも真宮寺ちゃんの情報持ってるんだけど、最原ちゃん買ってくれない?」

 王馬くんが目を輝かせながら顔を寄せてきた。

 真宮寺くんの情報……。なんだろう。なんの事を言ってるんだろう、彼は。思い出さないといけない気もするし、思い出してはいけない気もする。

……ねえ、王馬くん。いつも思うんだけどどうして学ラン着てるの?」

 なんとなく話題をそらしたくなり、今更な問いかけを王馬くんに投げた。

「あれ、言ってなかったっけ! 実はオレって中二なんだよ! 人生詰んでるアラサーの最原ちゃんと違ってピッチピチのショタなんだから!」
――聞いた僕が悪かった」

 率直に吐き捨て、僕は酒を煽った。

「ヴェアアアンン! 嘘じゃないよひどいよ最原ちゃん!」

 王馬くんが汚い泣き顔を晒す。本当にどうなってるんだ、キミの涙腺は。楽しそうに泣きじゃくる彼を見て、僕はあははと乾いた笑いを漏らした。とたんに、一気に物事がどうでもよくなった。

 ――ゴトン。

 僕は机に顔を突っ伏した。それを見た王馬くんが、あらら、とこぼす。

「この現実も嘘だったりしないよね」

 僕は狂ってしまったのだろうか。酒やタバコは、現実逃避のためのもの。違う。これは罰するためのものだ。そして目の前にいる彼も――

「しっかりしてよ最原ちゃん! あと数年後にコロシアイだよ。超高校級の探偵がそんなんでどうするの! それにしてもみんなと久々に会うの楽しみだなあ〜!」

 王馬くん。ダメだよ参加しちゃダメだ。だってキミはあの時。


 ――思い出した! 僕は覚えている! 


 あの、最低最悪な学園生活を。彼女の嘘を見抜き裁いたあの日を。キミが鉄板に押しつぶされたあの光景を。蛍光色の海を。嘘で塗り固められたこの僕を。


王馬くんも、
真宮寺くんも
アンジーさんも
百田くんも
赤松さんも
東条さんも
茶柱さんも
入間さんも
星くんも
天海くんも
ゴン太くんも
キーボくんも

僕は 僕は。


「嘘の世界から抜け出した先が、虚構のような現実だったなんて信じたくないよ。なにもないんだ、僕にはなにも。何も残らなかった」

 僕は相変わらず机に額を押し付けていた。冷たかった机は、僕の熱を奪ってじんわりとあたたかくなっていく。僕の頭の重みで、額が少し痛んでいく。なにも残されなかったのに、僕の体はここに在る。

「コロシアイには参加しないで。キミは参加したらだめなんだ。いなくならないで。これからもこうやってキミの嘘で僕を罰してくれ」

 僕は、恥も外聞もなく彼に縋った。なんで彼なんだろう。

 王馬くんが、僕と同じような体勢で頬を机につけた。僕もそれにならって、頬を机につけて彼を見つめた。王馬くんは優しく微笑んでいる。

「コロシアイの結末がこんな現実で辛い? 泣いちゃうくらい辛い?」

 彼が問う。その問いはまるで責めているようだった。敢えてだ。僕が欲しい言葉を、彼は発しただけ。

「あの時も今も人の不幸の上で僕は生きてる。辛いなんてそんなこと。当然の報いだろ」

 人から奪ってもなお、僕はこの能力を手放せられずにいる。僕にはこれしかない。超高校級のこの力でなければ、超高校級の彼らを弔えない。これでしか償う方法をしらない。

「きっと、だから、辛いなんて」

 ――許してくれ。

 体はどんどん冷えていくのに、目はかっと熱くなっていく。体から嫌な汗が吹き出して、情けなくも世界が涙でぶれていった。僕には、そんな権利ないのに。

「オレ、他人のつく嘘嫌いだっていったじゃん」

 僕、僕――。うわ言のように連呼する僕の頭を、王馬くんは優しくその胸に抱き寄せた。相変わらず責めるような言葉を選んではいるものの、僕の欲しい言葉を甘く囁いてくれる。嘘つきな彼は、僕のついている嘘に当然気づいている。

 本当は大声をあげて泣きたい。辛いよと泣き出したい。足を止めて、嫌だとうずくまって、全ての思考を停止させたい。いつまでこの道を歩けばいいの。許されるの。早く楽になりたいよ。

「かわいそうな最原ちゃん。最原ちゃんの抱く罪悪感もこのくそったれな現実もぜーんぶ嘘だよ! だから童貞最原ちゃんはオレのことか、えっちなことでも考えてなよ!」

 王馬くんは、いたずらっこのような笑顔を向けて言った。まったくしょうがないなー、最原ちゃんは! えっち魔人なんだから!

 えっち魔人ではないけれど、……まあ嫌いじゃない……かな。でも、そうだなあ。今は王馬くんがいるから、王馬くんのことでも考えようかな。あ、王馬くんでえっちなこと考えるとか、そういうのじゃなくてね……

 なんだか、王馬くんってお酒やタバコみたいだよね。依存性があるっていうわけじゃないけど、じわじわと蝕んでいくかんじが。

………ああ。そうだお酒。無くなりそうなんだった」

 すっかり空になったビール缶を見て、思い出す。なんだか酔いも覚めてきてしまった。これではいけない。

「オレが買ってきてあげるよって言いたいところだけど、中二はお酒買えないしな〜! 最原ちゃん一緒に買いにいこうよ!」

 王馬くんが立ち上がって僕の手をとった。その手の大きさは、あの頃と変わらなかった。闇を思わせるその瞳も、猫のようなその笑顔も、あの時のままだ。僕だけが変わってしまった。とりのこされてしまった。

 
 ――ははは。どちらのものでもない乾いた笑いが、暗い部屋に飲み込まれた。