最原ちゃんは酒に弱い。そのくせ、加減を知らずにガバガバ飲み進めて自滅する。道端で吐くこともあれば、世の中への不平不満を零してみたり、パートナー・オブ・ザ・イヤーの受賞者の不倫事情について語らってみたり。自滅してっていうか、自爆? 巻き込んでくるんだもん。
こうやって、飲み過ぎでオレに抱きついてくることも珍しい光景じゃない。オレが女の子みたいな見た目しているからか、勘違いして甘えてくる。自分だって女の子みたいな顔してるくせにね。
……最原ちゃんってさ、昔付き合ってた彼女と別れたことを何年も引きずってるんだよね。みっともないったらありゃしないよ。曰く、「重い」の一言で振られたらしい。情け容赦もないコトノハで切り捨てられた最原ちゃんのことは可哀想とは思うけどさ、彼女さんの言いたこともわかるなー。みたいな。ねちっこいんだよね、最原ちゃん。そのジェーン・ドウと別れてから今の今まで、最原ちゃんには次の恋人ができたようには見えなかった。そう、引きずってる。探偵業が忙しいから恋愛どころじゃないとか言ってたけど、事務所は閑古鳥が鳴いて早々に閉業して、大嫌いなゴシップに手を染めたくせに。不倫騒動を追いかけ回してるのだって、もはや当てつけみたいなものなんじゃないかな。闇堕ちにも程があるよ、最原ちゃん……。
話を戻すと、この男は元カノの亡霊をずっと求めている。酔っ払った時は特にひどい。オレのことを元カノとでも勘違いでもしてるのか、抱きついて泣きついてくる。情けないよ、本当。オレは優しいから、はいはいと適当にあしらいながら、最原ちゃんのまあるい頭を撫でた。たまに、アンテナ部分を引っ張ってみる。引っこ抜いたらオルタとかにならないかな。もう闇堕ちしてるんだった。
酒臭いし、タバコ臭いし、情けない男だけど、顔は高校のころから変わらず綺麗だ。オレの腰に抱きついた最原ちゃんは、少し眠そうに目を閉じている。まつげなげー。
「最原ちゃんさー、いいかげん忘れたら?」
「ん?」
「元カノ」
「ん……」
あらら、会話すらできなくなっちゃった。言語野を酒にでも漬けたのかな? オレもどうしてこんな情けない男に甘えられながら、酒を飲んでるんだろうなあ。きっかけなんて、忘れちゃったよ。
才囚学園を卒業したあと皆とは散り散りにはなったけど、定期的に集まって飲もうってことになって。けれど、真宮寺ちゃんを除く皆の事業が厳しくなっていって。そこからなんとなく気まずくなってきて、会うことも少なくなっていって。近況は人伝に聞いたりするけど、まあ散々な結果だ。……オレも人のこと言えないけど。
一応悪の総統としては、探偵である最原ちゃんと、どう考えても犯罪を犯してるとしか思えない真宮寺ちゃんと、ヒトゴロシの春川ちゃんの動向は逐一チェックしていた。そのなかで最原ちゃんは犯罪者ってわけでもないし、情報網としては多少なりと優秀ではあったので、定期的に接触していた。気づいたら闇堕ちしてたけど。
酒とタバコとゴシップに溺れ、落ちぶれてしまった彼を見て、つまらないから付き合いをやめようかなと思ったりもした。けれど、泣きながらオレにしがみついてくるこの男を見てると、ダメだな、オレも大概つまらない人間かもしれない。
総統ってさ、組織のトップなんだよね。部下の面倒をみる立場でもあるわけ。舐められないためにシメるところはシメるけど、頼られたり助けを求められたら聞いてやるのもトップの役割でもあるんだよね。まあ、切り捨てる無慈悲さも必要になってくるけどさ。いつも通り、最原ちゃんの柔らかい髪質を指先で味わう。タバコ臭いし酒臭いけど、上品な猫を撫でている気分になった。たまにいるよね、品良さそうな見た目なのにくせー猫。
最原ちゃんが目を開けた。溶けた金の目が、オレを捉える。本当に、綺麗なのにな。
最原ちゃんが怠慢な動きでオレの首に腕を回した。ダメだ、本格的に酔っ払ってる。もう酒を取り上げて、ベッドに転がして、お腹トントンしてねんねねんねしてやったほうがいい。あ、言い忘れてたけど、ここ最原ちゃんのおうちね。
「最原ちゃん、もうベッドに行こう」
ああ、この言葉勘違いさせそう。最原ちゃんが嬉しそうにうっそりと笑った。違うよ、最原ちゃん。そういう意味じゃないから。オレ、元カノじゃねーし。王馬小吉。わかってる?
先ほどまでぐでぐでに酔っていたはずの最原ちゃんが、かなりしっかりした脚で立ちあがった。そのままさっさとベッドまで直行してくれたらよかったけど、熱をもった目がオレを見下ろしている。ひとりで歩けるなら、ひとりで行ってよ。オレが一緒に行く必要ないじゃん。さっきのベッドに転がしてお腹トントンのくだりは、最原ちゃんが千鳥足だった場合の話だよ。
最原ちゃんが手を差し出した。反射的に、その手をとってしまう。お手する犬の気分。嬉しそうな最原ちゃんの笑顔。だから違うって。
オレも顔がいい自覚あるし、最原ちゃんもかなり顔がいいから、別にそういうことになっても絵面的な不快感はないけどさ。でもさ、違うじゃん。元カノと勘違いされながらって、違うじゃん! なのにどうしてオレは、手を引かれながら彼の寝室に向かっているんだろう。ここはさ、怒るところじゃん。オレ。
いくらオレが総統で、トップで、頼られたりしたら聞いてやるのが役目だったとしても、シモの世話はしないよ。そういうのはおねーさんにお金出して頼むもんでしょ。言えば最原ちゃんお金出すかな。冷蔵庫欲しいし、聞いてみてもいいかな。いやいや、そうじゃなくて……。
寝室についてしまった。何度か、酒でダウンした最原ちゃんを転がしに来たことがある。けれど、こうやって明確に欲に濡れた彼に招き入れられたことはない。わかった! オレもかなり酔ってるなこれは!
その事実に気づいたと同時に、最原ちゃんが眼前に広がった。広がったというか、近すぎてぼやけてる。唇に柔らかい違和感。これは! キス!
オレは粘着最原ちゃんと違って、それなりに女の子と付き合ったこともあるし、部下の野郎共と酔った勢いでキスをしてゲラゲラ笑うこともあった。だから、キスに意味や理由を持たせるほど初心じゃない。今更最原ちゃんとキスしたからって、ときめきとか、嫌悪とか、困惑とか、幸福とか、そんなもの感じないけど。最原ちゃんの方はどうなんだろうな。そうだ、元カノと思い込んでるんだった……。
なんだかムカつく。元カノとオレは違うってことを、思い知らせてやりたい。オレは、反骨精神から最原ちゃんの頬を両手ではさみ、舌を捻り込ませた。くらえ! オレの舌技! 幾億人の女を泣かせたこのテクニックで、最原ちゃんを……。
最原ちゃんが服の中に手を入れて、直接オレの腰をさすってくる。それはずるいよ、卑怯だ。甘い痺れが背中を伝い、唇が震えた。触れるか触れないかの絶妙なてのひらが、背中と横腹を行き来する。普段のオレなら、くすぐったさにケラケラと笑って見せたかもしれない。いや、それ以前にこの状況にさせないけど。ともかく、普段なら流せるこの感覚が逃がせない。腹の奥で熱がぐずぐずと燻り、あがる吐息が熱をおびていく。素直な感想を述べると、きもちがいい。嘘つきなオレが全然嘘つかないって? 心の中まで嘘ついてたらやってられないよ!
「最原ちゃん……」
つい、甘えた声が出てしまった。もう一度呼びかけようとした声が、彼に喰われる。薄いけど長めの最原ちゃんの舌が、オレの口内を好き勝手なぶった。オリンピックで金メダルを獲ったオレの舌技を披露してやろうとも思ったけど、最原ちゃんが頑張ってるからサボってもいいかなと、任せることにする。決して腰砕けになって舌が回らなくなったとか、そんなことはないんだからな!
舌先と舌先が擦れる。もはや、どちらのものともわからない唾液が、胸元を汚した。帰る時、最原ちゃんから服パクって着替えよう。どこか冷静な頭と、ぐつぐつと煮えたぎった頭。どっちが本当のオレなんだろう。
足に力が入らなくなってきて、無性に目の前の男に縋りたくなった。ここでしがみついたら、元カノっぽい行動なんだろうな。そう思ってオレは耐えた。どうして名も知らない女に対抗心燃やしてるんだろう。情けない男は、――どっちだ?
最原ちゃんの腕がオレの背中を支えた。ゆっくりと体が離れて、熱が冷えていく。肩が震えてしまったのは寒さからだよ、ほんとだよ。彼が、相変わらず嬉しそうに目を細めた。ぎらついた金の目が、オレを射抜く。ここまでしっかりとオレを見ておきながら、捉えておきながら、キミには別の人間に見えているわけ?
「王馬くん」
男にしては少し高い声。その声が、オレの思考を奪う。我にかえった時には、首に噛みつかれていた。今、この男は誰の名前を呼んだ? 混乱と、痛みが、オレの気持ちをかき乱した。いつもの最原ちゃんからは想像もつかないほど乱暴にオレをベッドに放りなげると、荒々しくオレの服を乱していく。暴力的な熱を孕んだ瞳に、どこか興奮しているオレがうつっていた。えー? 彼女さんこんな乱暴な男と付き合ってたのー? 趣味悪いね!
つまらなくない! つまらなくないよ、最原ちゃん! オレはたまらなくなって、彼の首を腕で捉えるとぐいっと引き寄せキスをしてやった。勢いに任せたから、歯が唇に当たった。鉄の味がするから、多分切れた。そんなこと、どうでもいい。噛み付くようなキスの合間、最原ちゃんがオレの名前を呼んだ。王馬くん。王馬くん。そうだよ、キミが組み敷いているのは王馬小吉くんだよ。オレは、挑発的に笑った。
闇堕ちしたんじゃない。きっと、キミは最初からクソヤロウだったんだ。彼女に重いからと振られた可哀想な最原ちゃん。超高校級の探偵という能力を持ちながら、下賤なゴシップに手を染めた最原ちゃん。違うだろ。キミは最初から、狂っていた。オレを抱きたいって思ってたわけ? ずっとオレに嘘ついてたんだ、いつから?
いつの間にかオレは全裸になっていて、最原ちゃんも全裸になっていて。獣のように噛みついて、醜悪を晒して、息を荒げて呻いて喘いで。気の弱そうな弱者のフリをして、未練たらしい情けない男を演じて、ずっと虎視眈々と狙っていたんだ、オレのこと。可愛い惨めで最低な最原ちゃん。たまらなくなって、汗ですこししっとりとした彼の髪を梳いてやった。熱に浮かされた彼が、微笑む。
ほんと、最原ちゃんって重いね。彼女さん、わかるよ。別れて正解だよ。きっと他の男の方がキミには合ってるよ。――この男の相手は、オレが相応しい。
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