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なろ
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白昼風
付き合ってないレトシアがライブ前に近くの海をなんとなく見に行き、なんとなくうろ覚えの島が見えるか確認しようとする話(マボロシ島?)
階段を降り切ってすぐ、なにかを踏みつけたような音がした。
足元に目をやる。クリーム色の大きな貝殻の破片。うすく光沢がかり、昼下がりのぼんやりとした熱を反射している。
それで、新しいスニーカーの側面に濡れた砂がこびりついていることに気がつく。浜辺に来た以上は仕方がないだろう。
一張羅のパンプスとか、サンダルでなかっただけマシだ。去年買ってたサンダル、結局行方不明だけど。たぶん、玄関脇の段ボールの中だった。
でもまだ数歩しか歩いてないのにと思いながら、ちょっと屈んで指先で軽くそれを落とす。シアンは大丈夫かなと、視線を前に戻す。
先に波打ち際まで走っていった彼女は、髪と同じ色の尻尾をゆらゆらと揺らしていた。全然大丈夫そうでした。元気だなあ。
目の上に片手を掲げ、背すじをぴんと伸ばす。夏物よりもすこし厚くなった生地のワンピースが、生温い潮風にはためく。
撮影で着ていた淡いブルーのやつもかわいかったけれど、やっぱり彼女には黄色が似合った。
なにしろ、ボクのイメージカラーに近いところがいい。ボクが着てもそうはならないのに、なぜかシアンが着ると健康的な雰囲気が醸し出される。
ていうか、黄色じゃないな。もっとオシャレな名前の色のワンピースだった。さっき電車の中で教えてもらったけど、ボクはシアンの顔ばっかり見ていたから忘れてしまったのだった。
それから、シアンもスニーカーを履いていた。
部屋を出る時もボクはシアンの顔を見ていたため、足元に目を向けた今やっと気がついた。黒地にピンクのロゴがついている、ボクが通販で注文したスニーカーだった。
いい加減、シアンはネットショッピングのやり方くらい覚えた方がいいと思う。これ注文して〜って部屋まで来てくれるのが嬉しいから、まだ言わないけど。
自分でやってたらさ、もう結構ポイントとか貯まってると思うよ。ボクのアカウントに加算されていくポイントは結局シアンのために使われるのだから、別にいいのか。キャッシュバックだ。それは違うか。
彼女の後ろ姿に追いつく。同時注文で勝手に頼んだ、黒と白の色違いのスニーカーがふたつ並ぶ。注文代行には、そのくらいの旨みがあってくれないと困る。
シアンの靴にもやっぱり砂が付着していて、生地が黒い分、ボクのより目立っていた。たぶん、メッシュにも細かいのが詰まっている。
これはもうだめだな、帰ったら洗わないとだ。次の注文時は、防水とか、そういう運動靴を提案しようと心に留める。
「シアン、なにかあった?」
後ろから声をかけても、水平線の向こうを見つめているシアンは振り向かない。
「にゃ、あっちに島とかなかったっけ」
右側から顔を覗き込んでやると、なぜか不機嫌そうに眉を顰められる。あら、かわいいじゃないですか。
「晴れてるしって思ったんだけど、見えないにゃ」
「そうだっけ」
シアンの話には、まったく覚えがなかった。なんで島なんか探し出したんだ。でも地図には載っているよな、と思いスマートフォンを取り出してアプリを起動する。すると、光の速さでシアンに取り上げられた。どうしたの、と聞くと「風情がない」と咎められる。
そうですか。風情ね。シアンのためなんだけどな。
「海でしょ?ボク地図見て調べるよ」
「そんなことしなくても、絶対あるにゃ」
「そうだっけ?」
「前にみんなで雑誌で見たもん、観光スポットって」
「そうだっけ
……
」
そうだっけマシンになったボクは、シアンから端末を取り返そうと手を伸ばす。シアンが、腕をさっと振って避ける。こちらを見て、そんなことよりお前も真面目に考えろ、と言わんばかりに頬を膨らませる。かわい〜。
「なんだっけ、あの
……
名前が4文字くらいの島」
「4文字かあ」
「レトリー、興味ないにゃん」
手を伸ばしながら生返事を返すと、じろりと睨まれる。その顔もやっぱりかわいくて、なんにも、本当になんにも怖くない。なんなんだろ、惚れた弱みだろうか。
たとえば、チュチュたちならこの顔にもちょっとはビビるのかな。そんなことないかなあ、あの2人も結構ボケた顔してるし。でもさ、シアンは全然怖くないけど、スマホは返してほしいかな。
「ある、あるって。あるよ」
「ふーん、そう?」
いや、ないです、ない。そりゃ島なんて、結局のところ土だかコンクリートだかが集まった塊なんだから、生まれた場所でもないし。興味なんてないに決まっている。海の向こうにいくつそれが存在してようが、海のこちら側にいくつそれが浮かんでいようが、ボクにはまったくもって関係ない話だった。それらの数個を画面越しに知って、そんなところもあるんですかくらいの感想を浮かべて、身近な環境だけで平穏に暮らしていきたい、ボクはそういうタイプだった。
だけどさ、シアンが探そうとしてるなら、それはまた別の話でしょ。石ころひとつだって、木の枝一本だって、きみが言うならボクは見つけてあげなきゃいけないと思っているんだから。そのためなら、鉱山の奥で必死になっていろんな岩をひっくり返すし、深い森にだってどデカい木々を掻き分けて入っていくだろう。だから、観光地の島ひとつくらいこの目ですぐに見つけてあげるよ。スマホさえ返してくれたら、それでまずは探しますから。
「ホーム画面見ちゃお」
左に重心を傾けたシアンが意地悪そうな顔をして、画面に開きっぱなしの地図をスワイプで吹っ飛ばす。整列したアプリのアイコンの後ろ側に、2週間前のシアンの写真が現れる。秋服の買い物に行った時に、寄り道したカフェで撮ったものだった。旬のフルーツが山ほど乗った限定パンケーキの前で、目をきらきらさせていたときの写真。
「あは、あたしにゃ」
「ああ
……
」
「新しすぎない?そんな頻繁に変えてるんだ」
「いやほんと、すみません」
「しかも隠し撮り」
「わざとじゃないんです」
「わざとじゃないわけないにゃん」
挙げていた手をしおしおと下ろして、情けない声で謝る。
はい、おっしゃる通りです。誤魔化すのが下手すぎる。シアンの言う通りだ、わざとじゃなくはないだろ。
「それにしたって前科多すぎにゃ。投げちゃお〜っと」
「いや、いやいやいやいや」
シアンが海に向かって雑に右腕を振りかぶったので、流石にあわてて掴んだ。ここ最近で1番俊敏に動いたと思う。
シアンの投スマホは全然力の入っていない、やる気もないフォームだったから、そのままあっさりと金属板は手元に戻ってくる。再度取られないようにさっさと上着のポケットに突っ込んで、普段使わないせいでまだ硬いスナップボタンをぱちりと2つ留める。
「あれ?調べないんだ」
シアンが目を細めてこちらを見る。ちょっと笑っていた。
「シアンがやめろって言ったんじゃん」
ボクも一緒に探すよ、と告げる。まあ、シアンがこれ以上機嫌を損ねても困っちゃうし。彼女に倣って左手を頭上に掲げ、水平線の向こうを凝視してみる。まだ真っ青な空の向こう側には、綿菓子のような雲がほよほよと浮いているだけだ。シアンが好きそうな天気だな、となんとなく思う。あと2時間もすればこの空もオレンジがかってくるのかもしれないけれど、その頃にはきっとボクたちはこの近くのライブハウスの中だった。
楽器、そろそろビルを出た頃だろうか。社長の運転姿をなんとなく思い浮かべる。海沿いの道路、混んでないといいけど。
「レトリーに見えるわけないにゃん」
「なんで、ほら、眼鏡も掛けてるよ」
「身長が」
フレームを指で押しあげてアピールする。効果はなかったようで、シアンがボクの頭を指先で数回つつく。見上げた先で、整えられた爪先に塗られたシンプルなオレンジ色のネイルがきらりと反射する。
ボクは流れるように、いま自分は頭を撫でられたのだ、と都合よく解釈した。髪を洗いたくなくなってしまったが、海まで来ちゃったし、潮風とか砂とかでめちゃくちゃになってるだろうし、流石に無理か。ああ、尻尾もざらざらしてヤバそうだ。
それにしても、身長ですか。それならどうしようもないよなあ。一回背伸びを試みたが、運動不足のふくらはぎが変な悲鳴をあげたのですぐにやめた。
潮風がまた顔に吹きつけて、独特のボクの嫌いなタイプの湿り気が、眼鏡と目の間をスロースピードで通り過ぎる。うわあ、と間抜けな声を出して中腰になるボクを、シアンはふしぎそうに見つめている。
「なにしてるの、1人で」
「
…
面白かった?」
「まあ
……
。探すの、やめちゃったにゃ?」
「努力はしたんだよ」
「ふーん」
いや、ふーんって。
ごめんね、気合いが足りなくて、今回に限っては。
でもあれですね、きみの言うことならなんでも聞いてあげたいんだって、そういうアピールはしてるつもりなのだけど。
今日だけの話でもないし、常日頃から意識して行動しているのですが、それでも案外、まだ通じてなかったりするのかな。シアン、肝心なところで未だに鈍感だし。
それなら、いつかは伝わってくれないと困るな。幸いボクらには時間だけはあるから、そんなに焦る必要もないと思ってはいるけど。それでも、早いに越したことはなかった。
肘のあたりに集まっていた、上着のよれた布を引っ張って直す。へへ、と彼女に気持ちの悪い笑みを返すと、シアンはボクと同じように、いや同じというと失礼かもしれないけど、すてきな笑顔を見せてくれた。
「ごめんね」
「
……
え、なにが?」
結局見つけてあげられそうになかったので、とりあえず謝っておく。笑顔を引っ込めたシアンが訝しげにこちらを見て、また眉を顰める。ボクたちの正面で白く波立つ海の色は、よく見るとすこしだけその瞳の色に似ていた。
「いや、見つけられなくて」
「そんなの、別に気にしないにゃ」
「そう?」
気にしてないのか。それはよかった。
まあさ、そうはいっても。もしシアンがお願いしてきたなら、ボクは5分、1時間、いやきっと100年だって頑張り続けましたよ。
両方のふくらはぎが吊ろうが、視力が落ちて眼鏡のレンズの厚みがテーブル板くらいになろうが、身体の全てが砂に覆われてザラザラになろうが構わないから、もしものことがあれば言ってほしいよ。
「あ、あのさ、もしかしたら見てる方角が違うのかも」
「うん」
「またさ、来ようよ。同じライブハウスの時」
「うん」
失言を反省して、励まそうと声を掛ける。だけど、シアンの返答はやけにゆっくりだった。こっち見ないし。
ピントの合わないレンズ越しに海を眺めている、そんな感じ。陰キャなりの解決策を提案したつもりだったんだけど。
あわよくば、次回のデートに漕ぎつけられれば儲け物だった。いや、今のこれをシアンがデートと思ってるかはわからなかった。なにしろ、ちょっと早く事務所を出て海岸でボーッとしてるだけだから。
ボクがすう、と息を吸い込むと、シアンがこちらを向く。うたを歌うときとは違う肺の動かし方をして、そのまま唇を開く。
「今度はさあ、」
「?」
「下調べしてくるから!」
「おおっ、珍しい」
ボクが削り取ってしまった彼女の活力を取り戻したくて、拳を腰の横でそれぞれ握って無意味に大きな声を発する。陰キャの肺が「厳しいです!」と悲鳴をあげる。
でも、シアンがキョトンとした顔でボクのデカボイスに感嘆の声を上げ、そのあと笑い出したから、まあ良いかと思った。お願いするにゃん、と肩をどつかれる。いったいな、ありがとうございます。
「頼もしいにゃ、じゃあお願いしようかなあ」
海の青と空の青に挟まれた黄色のワンピースのシアンが、そのエメラルドグリーンの眼が、光に照らされてきらきらと輝いている。
その中に映っているのがボクだった。あまりにも僥倖だ。
「じゃ、じゃあ約束ね、約束」
またボクの声は小さくなる。白浪がもう一度遠ざかる。白も、音も、まるで砂を嫌ってでもいるかのように離れていく。
こんな風にシアンに避けられなんぞしたら、たまったものじゃないなと頭の隅で考える。
さすがにそこまで鬱陶しがられることはしていない、と思うけど。まだ。
「うん。それじゃ、今日はもういっかぁ」
「そろそろ行こっか。2人が来たら練習しようよ」
社長の車の後部座席でやりたい放題やっているほかのバンドメンバーを頭に浮かべつつ、ライブハウスに想いを馳せた。シアンも頷いて、それから次に来る時のはなしだけど、と付け加えた。
「別にライブのついでじゃなくて、普通のデートでも良いから」
「えっ」
「
……
」
「
………
」
せっかく先ほど張り切った会話を演出したのに、結局ボクの脳はフリーズして沈黙を生み出してしまう。耐えきれなくなったのか、シアンが水平線の先を見つめていた時のようにまた眉を顰めた。
「
……
なんか言ってほしいんだけど」
「
……
えっと、じゃあ、とりあえず向かおっか」
一瞬だけ声が裏返ってしまった。こっちだよね、と来た道を指し示す。いや、今のこれ、バッドコミュニケーションかもしれない、どうしよう。
だけどちょっとだけ頬を赤くさせたシアンはうん、と口をむにゃむにゃさせて、ボクの方に向き直ってくれた。
「レトリーが連れてって」
絶対来たことのあるライブハウスの場所なんて覚えているくせに、わからないふりをしたシアンに垂れ下がっていた右手をとられた。
自分の体温よりちょっと高いてのひらが触れて、反射的にボクの指は開いたまま硬直する。
自然とそちらに目がいって、それから視線が足元にずれる。色違いの、砂だらけのスニーカーが、同じ方につま先を向けている。
「うん」
ボクは一言返して、手汗を心配しつつ絡めた指を握り返す。左足を踏み出すとワンテンポ遅れてシアンの右足が着いてくる。
30秒ほどさく、さくと砂を踏み歩いた後、海のほうを一瞬だけ振り返る。同じ模様の足跡が視力が届かない場所まで、こちら側とあちら側を向いて、ふたつずつ交互に続いていた。
なんだかそれが、どうしようもなく嬉しかった。
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