kaede
2024-04-28 04:36:06
1940文字
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眠れない一彩くんが燐音くんと星を見るはなし

合同イベ後の天城兄弟

※イベストの内容に触れる箇所があります
※スチルから勝手に妄想して自分のために(書きたいとこだけ)書いただけのものなので、少しでも不安を覚えた方は薄目でスルーしてください

 あの日、兄さんと同じステージに立って、同じ歌を歌った日から、僕は少しだけ、おかしくなってしまった。


 夜の帳が下りてもう何刻も経って、日付変更線なんてとっくに越えてしまって、闇色の粒子が擦れ合うだけの部屋では僕だけが、異質だ。同室の二人を起こさないよう足音を消して扉を開けて、開けて、開けて。
 星に彩られた空の天井が見える場所まで来てようやく少し、ほっとした。
 ここなら、誰も見ていないから。
 見ていない、はずだった。
……弟くん?」
 僕をそう呼ぶ人はこの世で一人しかいないから、というよりも生まれてからきっと一番たくさん聞いたその声で、後ろにいるのが誰だかわかって、だから僕は振り向かなくてはいけないし振り向きたいのに、振り向けない。
 今はだめだよ、兄さん。
「一彩? どうしたんだ?」
「兄さんこそ、どうしたの?」
「俺っちのが先にいたんだけど?」
「星を見に来ただけだよ」
 我ながら苦しい言い訳だ。そう思いはしたけれど、動機ではなくても実際僕は星を見ているのだから、嘘は言っていない。
 幾重にも滲んだ光が、ステージから見るサイリウムみたいで、綺麗だ。
「綺麗だよなァ」
 兄さんの声がすぐ後ろから聞こえる。
 動けなかった。
 兄さんが後ろから僕を抱きしめてしまったから。
 だからもう僕は……だから、って、何だろう。何がどうつながるのか、全然わからない。
「何で泣いてンだ?」
……わからないよ」
 僕の顔を見ていないのに、どうしてわかるんだ。と思ったけれど、こんなぐずぐずの声を聞けば誰だって、予想がつく。
「あの日、兄さんが、僕のことを、お前はアイドルだ、って、言ってくれて、それで、僕、泣いてしまったよね」
「うん」
「みっともなかった」
「そんなこたァねェよ」
「それからなんだ。ふと、あの日のことを思い出して、涙が止まらなく、なってしまうようになって……兄さん」
「ん?」
「もしかして兄さんは、僕の涙が止まらない、理由を、知っているのかな」
 知っているから、変に揶揄するでもなく揚げ足を取るでもなく、僕の話をただ黙って聞いてくれているんじゃないか。
 兄さんがこぼした吐息は、綿あめみたいにふわふわだった。
「そりゃ、お前がアイドルだからだろ」
 つい。自分が泣いていることも忘れて、振り向いてしまって。振り向いてしまってから思い出して、でも、兄さんの顔を見てしまったら、そんなことどうでもよくなってしまう。
 だって。
「ファンに、お前は俺を幸せにしてくれるアイドルだ、って言われたんだぞ。泣くほど嬉しくて当然だろ」
 兄さんは僕を見て、眩しそうに笑っていたから。
……それって兄さ」
「星を直に触れば燃えちまう。でも、離れて見れば導べになる。それと同じだ。その感情と近すぎず離れすぎもしない、ちょうどいい距離を取れるようになれ。そうすりゃ、大丈夫だ」
……ウム」
 僕の言葉を遮った兄さんの言っていることはぼんやりとしかわからなかったけれど、でも。
 兄さんに涙を拭われていると、きっと大丈夫だ、と思えるから不思議だ。
……昔さ、星が好きなのか、って、俺に訊いたことあっただろ」
……そんなことあったかな」
「白状すると、星に憧れてたんだ」

 兄さんに憧れてもらえるようなアイドルになる。
 そう言った自分の言葉を、思い出す。
 もしかして兄さんにとって星は、アイドルと同義のものだったんだろうか。

「でも、俺の星はいつだって、すぐそばにあったんだよな」
 ぽん、と僕の頭に手を置いて笑った兄さんは、不敵にも、少し、照れくさそうにも見える。
「これからもよろしくな。俺のナヴィガトリア」
「なび……?」
「よっし、そろそろ部屋に戻るか。風邪引いちまうし、どうせニキたちに黙って出てきたんだろ。あいつらならお前のこともそっとしておいてくれンだろうけど、でもそれは心配しないってことと同義じゃねェからな」
「それを言うなら兄さんだって同じだと思うけれど」
「俺っちは夜遊びして帰ってきた悪い大人だからいーの」
「何もよくないよ」


 ナヴィガトリア。

 兄さんが明確に僕を指して言った、その美しい響きを、忘れないよう頭の中で何度もゆっくりなぞる。
 部屋に戻ったら、眠る前に調べてみよう。ネットで検索すればきっとすぐに見つかるはずだ。
 布団に入った途端にうっかり眠ってしまわないよう気をつけないと。
 僕の背中を押す兄さんの手のひらが温かくて、もうすでに、うとうとしてしまっているから。

 ついあくびをしてしまった僕を見て笑った兄さんの顔は、幼い頃に見たのと変わらずキラキラ輝いていて、とても幸せそうだった。