出口
2024-04-28 04:28:30
4169文字
Public 呪専パロ(五悠)
 

「風の連れゆく花のゆくえ」

お付き合い始めたばかりの呪専ごゆが2人きりでお花見する話。
シリアスじゃないです。

tetra toxic

「うっわー!! すっげぇええええ!! 満開ッッ!!」 
呪術高専東京校からいくらか山あいに入ったその場所には、数本の桜の木が並んでいた。
白い花びらに若葉の交じるそれは校内に植えられたソメイヨシノとは違う、ヤマザクラ。街中の桜は先週の雨で既にほとんど散ってしまったが、少し高度のあるここの開花は遅かったのだろう。
「だっろー? ここは道路からチラッとしか見えないから、こんな咲いてるとか思わないよな。あっち側からだと白っぽいピンクが固まってるの分かるんだけどね」
悟の指差す方向は、谷間を挟んだ峠道。カーブの多い道だから、通りすがりにチラリと視界を掠めた山肌に「色を変えた一群が見えたかな?」と気づく程度かも知れない。それでも気づくのが五条悟の視界だ。

「へえー? あっち通ったことないかも」
「高専の車はあんま通んねーな」

なんてことない会話なのに笑う悟に、悠仁も柔らかく顔をほころばせる。
「伏黒たちも連れてくれば良かったな〜。それにどうせお花見なら、お弁当作って持ってくれば良かったかも。せめてレジャーシートとか」
浮かれて言いながら桜の真ん中開けた場所へ飛び込む悠仁に、
「はぁ? 色気ねーこと言うなよ」
悟は機嫌を損ねるよう顔を顰めて見せた。

「へっ?」
「へ、じゃねーよ。ここは特別! オマエだから教えてやったんだから、誰にも言うなよ? ここのこと!」

無駄に偉そうに言うのはいつもの『五条先輩』だが、「言っている内容は、ものすごくくすぐったくなるな」と悠仁は動きを止める。
「えっ……と、特別?」
それでも「へへへ」と照れくさそうにして見せた悠仁に、
「そう、特別。俺とオマエだけの場所」
身長差と角度のせいか、サングラスに隠れていた悟の青い瞳がチラリとだけ見えた。

注がれるその視線が特別なものだと知ったのは、数日前の話だ。
それでも悠仁はまだ、彼の恋人になった自分を自覚し切れていないところがある。

五条悟は高専の先輩の中でも特別ノリが合ったし、可愛がってももらえていた。だから悠仁自身も自分から懐いていくようなムーブを見せたし、それを受け入れられることが心地よかった。
なのにいつからそんな風に……つまり恋愛感情に思われていたのだろう? と考えたら変な気分だった。同性の彼に恋愛の意味で好かれること自体には自分でも意外なほど「嫌だ」という感情は無かったから、つい流れに乗せられるようにして『お付き合い』することになってしまったのだが、こうも素直に「特別だ」と言われると、やはりそれなりに意識してしまう。
「デート?」
訊いてみたら、
「そうだよ、デート」
らしくもなく照れくさそうに返されて、まだ馴染むほど時間の経過していないこの関係にソワついているのは‪先輩も同じなのだろうと気づくと、どこか嬉しい気持ちもある。
「悠仁、あのさ……

何か言いかけた悟に悠仁が振り向いた時、強く吹き下ろすような風が桜の花びらを散り落とした。更に小さなつむじ風のようブワリと吹き上げられ舞った花びらを、視線で追う。
その一陣に小さな花びらが桜の群れから離れ、チラチラと舞い続けながら谷間の空へと連れ去られていく。

今のは誰か見ただろうか?
見送ったのは自分たち2人しか居ないのかも知れない。

そのことに昂揚し、「ねえ……」と振り向き掛けた悠仁を後ろから抱きしめる腕に、覆い被さってきた自分より背の高い男に悠仁は思わず動きを止める。
今までだって戯れや親愛にハグされたことだってしたことだってある。むしろ正面から抱きついていたあの頃の方が深かったのに、どきっと震えた心臓がそのままドキドキと刻み始めるのはそれが親愛からだけの接触ではないと知ってしまったからだろうか? いまひとつピンと来ていなかった悠仁にも、その腕の強さの意味は分かってしまったから。
けれど、この時もまた「逃げなくては!」という衝動にはならなかった。「何をされてしまうのだろうか?」と言う気持ちよりも、「先輩は俺をどうしたいと考えるんだろう?」という好奇心にも似た気持ちの方が勝ってしまう。

「なあ悠仁、キスしていい?」
後ろから顔も見えない状態で言われ、何も考えないままで「ウン」とうなずいていた。
「ッは、首すじがサクラ色」
悟の声のあと、うなじに触れてくる柔らかい感触。「チュッ」と立てられた音に、思わずビクッと震えた体とすくめられた後ろ首。
「そっ……そこ!?」
自分のうなじを守るように手をやりながら腕の中振り向いたら、
「甘くて美味そうだからつい」
悪びれた様子もなく言う悟に、悔しいが怒れないのだからしょうがない。
「それとも、ここだと思った?」
悟の指が悠仁の唇に伸びてくる。触られはしなかったが、うなずいたら触れられる距離。挑発されているようなそれに思わずじとりと見上げると、いつの間にか外されていたサングラスに隠されぬ瞳が優しく悠仁を見つめていた。
「ここにもして良い?」
尋ねる声はいつものよう楽しげに届くが、その表情はどこか切なげに見え戸惑う。

彼のそんな表情は初めて見た。好きだと、付き合って欲しいと告げられたあの日よりずっと強く切なく求められるそれ。当然、うなずくと彼の指先にふにゅりと唇は触れる。
その瞬間、悟は笑ったのか顰めたのか分からなかった。口角が緩むよう歪んだのを見た瞬間には近づいた唇に、顎どころか輪郭を掴むような大きな手にさらわれて、抱きしめる腕の中で唇と唇が触れ合っていたからだ。

最初のキスは長い時間唇同士を重ねていた。
一度離れた唇が数度重ね直され、唇を舐められたかと思ったら、緩んだ合わせからベロを滑らせ‪――‬驚く悠仁だったがされるまま押し込まれた。

ギブアップを求めるよう悟の腕をタップするが、無視されて。
「まって、ま、待っ……〜〜んッ!」
息継ぎするほどのわずかな間隔しか許されず、再び口の中を舐められる。
唇を合わせるだけのキスすら初めてだった悠仁は、まさか「ここにキスしていい?」のひと言だけでここまでされるとは思っていなかった。思えばうなじへのキスだって、衝動的なものだった。迂闊といえば迂闊かも知れないが、「いきなり距離の詰め方エグくない!?」なんて言い訳じみた泣き言もこぼしたくなる。

口は解放されたが、それでも抱きしめる腕の力は抜けない。痛みや苦しさはないが、いつものように気安く抱きつき返せない。
「オマエが悪いんだからな?」
しかし拗ねたような声で言われ、
「初キスの感想がそれ!?」
思わず抗議するよう言ったら、それは「ゴメン」と気まずそうに謝られた。
けれど、自分の何が悪かったというのだろう? 「キスしていい?」にうなずいたからだとしたら理不尽すぎるし、そもそもひと気のない場所で2人きりになったのすら無防備すぎるといわれたら「付き合うとは?」と前提から疑問になる。
しかし悟は、

「恵たちも誘えば良かったとか言うからだよ! せっかく俺だけがオマエを独り占めできると思ってたのに! キスだって最初はチュッてするだけのつもりだったの!!」

怒ったのかと思えば拗ねたよう言い終えるから、悠仁の方が気恥ずかしくなる。
「嫉妬とかしたの?」
ムズがゆく思いながら尋ねる悠仁に、
「当たり前だろ、好きなんだよオマエが」
まだ不貞腐れたよう言うのには、不覚にも胸がキュッとなるのを感じた。どうやら悟に好きと言われるたび、そうして執着など見せられると更に、悠仁の感情は惹きつけられてしまうらしい。
――‬コレ、やばいな……と自覚し始めた悠仁だが、流され半分とはいえ恋人同士になった2人に困ることなどあるだろうか? と思い返せば‪――‬無い。

「なあ、悠仁」
「もっかいしたいの?」

だから落ち着きなくソワついた様子で呼ばれた悠仁は、尋ねてやる。
「したい、キス。いいの?」
何故か倒置法でぎこちなく肯定されるのは、悟がそんな悠仁に戸惑ったからだろう。
「さっきみたいなのはちょっと……俺にはまだ早い」
だから弱みに漬け込むよう主張したら、
「軽いやつ! 軽く! チュッとするだけ!」
食いつくように前のめりにされ、また胸がキュウッとさせられるのだからズルいと思わせられる。

「じゃあ先輩、もうちょい屈んで」
「えっ? まさか‪――‬悠仁から? マジで?」

屈むどころか更に顔を近づけて、「悠仁から?」と浮かれながらも結局自分から唇を合わせて来た悟に、悠仁は少し呆れるよう笑いながらも一度離れた顔を近づけキスしてやった。
そこにも一陣、突風が吹き抜ける。伏せていた目蓋を開いたら、白い花片の向こうに青い瞳が見えた。花びらの行方を視線で追うと、また強い風に遠くまでさらわれヒラヒラと乱舞している。

自分もきっとこの男の強い恋慕にさらわれてしまうのだと、悠仁は思った。





高専校舎の窓際で、傑はなんと気無しに校庭を眺めている。
グランドの端を1年3人が歩いていた。制服姿なので体術や基礎訓練に出ているという訳では無さそうだ。これから任務だろうか?

「虎杖、フードの中に花びら入ってるぞ」
伏黒の指摘に、
「結構いっぱい入ってるわね! これ桜じゃない、アンタどこ走り回って来たのよ?」
犬の仔にでも言うように呆れた調子の釘崎が、悠仁の制服の襟元から覗く赤いフードをひっくり返すようにし、白い花びらをヒラヒラとこぼす。
校庭の桜はどれもほとんど花を散らせ、葉桜になっている。あんなにもたくさんの花びらを集めるのは、校内では難しい。

「五条、髪に花びらついてるよ。桜? どこでつけて来たの?」
硝子の声に振り向くと、机の上へ伏せるようダラダラとしていた悟の頭から硝子の指が白く小さなカケラを摘み上げていた。
硝子が自分より遥かに背の高い悟の頭の上なんて見られるのは、こんな時くらいだ。それに白い花片は悟の髪色に馴染むよう、傑の視点からも埋もれていたのだ。

「は?」
「へっ?」

悟と悠仁の戸惑う声がハモるように届いたのは、その境界点に居た傑だけだったのだろう。


斯くして‪――‬五条悟と虎杖悠仁の関係は交際4日目にして衆人の知ることとなった。