俺の名前は木手永四郎。先日無事に進級をし、大学四年生になったところだ。絶賛就職活動中ではあるが、このまま上手く進みさえすれば特に問題なく終えることができるだろう。学業の方も当然、抜かりはない。
そんな俺は昨年から現在に至るまで、とある人物とルームシェアをしている。上京してからの2年はひとり暮らしを満喫――するはずだったのだが、その人物によって大いに邪魔をされ、ならば共に暮らしてしまおう、となったからだ。……と言ってしまうと悪しきようではあるが、実際にはそうではない。
何故ならその人物こそ、俺の恋人だからだ。思えば長い付き合いとなってきた。彼には、ひとり暮らし期間を含めて困らせられたことが沢山あるが、それ以上に楽しませてもらってもいる。願わくは、これからも俺たちふたりの関係が末永くあらんことを――なんて思っている程度にはしっかりと惚れてしまっていることは秘密にしている。
そんな彼――丸井くんと暮らしている部屋に、合同説明会帰りの疲れた身体で帰っていく。今日は丸井くんがオフだったので夕食も用意してくれているらしい。メニューは聞いていないが、楽しみだ。
「おかえり〜」
「た、だいま……?」
玄関を入ると、こちらが帰宅を知らせるよりも先に居間の方から彼の声が聞こえてきた。……気のせいかもしれないが、やけに明るい声音だった……気がする。
少々引っかかりはしたが、暗く沈まれているよりは良いし、何より大きな知らせがあれば既にこちらまで出向いているだろうから……とりあえずは先に、手洗いを済ませてしまいましょう。
「飯、冷蔵庫に入ってるから」
「ああ、ありがとうございます」
……おかしい。普段通りの会話には違いないのに、丸井くんが明らかにニヤついている。気色悪い……とまでは言わないが、違和感がある。さっき鏡を見たが、顔や服に特に変なものをつけて帰ってきてしまっただとか、そういった訳ではないはずだ。
家に帰ってくるまでのメッセージのやり取りでは何もなかったし、一体? ……考えてみても答えは見つからない、か。ならば、こういう時はさっさと尋ねてしまう方が得策ですかね。
丸井くんの用意してくれたお好み焼きをレンジで温めていると、ちょうど彼が使っていたのであろうカップを持ってキッチンへとやってきた。ちょうどいい。
「わり、これ洗っといてくんね?」
「ええ。いいですけど……丸井くん」
「何?」
「俺、何かしましたか?」
そう聞くと、丸井くんは待っていましたと言わんばかりに破顔する。そして俺の問いに答える――と思っていたのだが、黙ったまま、俺を手招いた。
誘導されるがままにリビングに移動すると、彼は静かにテーブルの上を指差した。その先を追って見てみると――
「あ、」
「先に言っとくけど、俺は別に否定とかがしたい訳じゃないんだぜ? むしろ、そうだったんだ! ってお前の新たな一面を知れて嬉しいっつーか? でもちょっと意外だったかな。こんだけ一緒に過ごしてきてもまだまだ知らないことあんだな〜ってさ。ま、何はともあれ……隠したいならしっかりしないと駄目だろい? キテレツのうっかりさん」
こちらが言い返す間もない。丸井くんがこちらに歩み寄ってきて、肩に手を置かれる。表情は相変わらず緩みきったもの。
「じゃ、俺明日は朝からバイトあるから、もう寝るわ。おやすみ〜」
「丸井くん!」
彼がこちらを振り返ることはなかった。あとに残されたのは俺と、件の物品――それは長方形で少しの厚さがあり、表面には制服姿の女性の写真が使用されている――のみとなった。
「……はぁ……」
深い、深いため息が出る。核心を突いた言及こそされなかったが、この状況に、丸井くんのあの態度。何かとんでもない勘違いを抱かれてしまったに違いない。ああ……頭が痛くなる……。
キッチンの方からチン、とレンジが温めを終えたことを知らせる音がする。……お腹は減っているし、大人しく夕食にしますか……。
*
そんなことがあったのも一週間ほど前となる。あの後、丸井くんから追及をされるでもなく、ともすれば俺からわざわざ誤りを訂正するのもそれはそれで必死と捉えられ、より誤解が深まるのではないかと考え、一切触れずにここまで来た。まあ、その誤解というのも実害が生じるようなものではないはずですし、彼から再び話題にされるまではこのまま放っておいてもいいですかね。
……そんなことよりも、だ。明日はお互いにバイトも就職活動の予定もなく、久しぶりにふたりでゆっくり過ごせることとなった。ならば、と丸井くんに「今夜は最近配信が開始した映画を一緒に見ないか」と誘ったところ了承を得られた。どうせなら極限までリラックスた状態で見よう、ということで俺は既に入浴を済ませている。今は丸井くんの番だ。
家事も終えていて特にすることもない。丸井くんが出てくるまで適当に動画サイトを眺めて時間を潰し切る……つもりだったのだが、彼が出てくるのが遅いような気がする。何分から入った、という具体的な時間こそ覚えている訳ではない。しかし、普段の彼の入浴時間よりも大分長い、ような。恐らくそれは気のせいではない。今くらいならば体調面を心配するほどの長さでもないが……。少し……ほんの少し、引っかかりを覚える。ただ、それだけのこと。
「……」
次第に胸騒ぎがしてくる。以前もこんなことはなかったか。その時はどうなった? まさか、――……いや。考え過ぎだろう。そうであれ。そうであってほしい。
こんなことを考えながら待ち続けるのも、もどかしいですね。仕方がない。こちらから確認を、しよう。丸井くんのいる浴室の方へ行けばいい。そうすればそこには普段通りの部屋着を着た彼がいるはずだ。そうと決まれば……。
「あ。ごめんすっかり遅くなっちまって。待たせ――って、何で戻んだよ?」
リビングを出てすぐ、廊下の向こう。そこにちょうど脱衣所から出てきたのであろう丸井くんの姿が見えた。
見えたの、だが。俺はそのまま扉を閉めた。
祈りは天に届かなかった。いいえ……違いますね。これはきっと夢だ。疲れていて……丸井くんを待つ間に俺はソファで眠ってしまっていて……そうだ。そうだったんですよ。でなければ先ほど見たものは……。
考えるのはこの辺にして、元いたところに戻りましょうね。ここに越してくるときにふたりの意見をすり合わせて、お互いの妥協点を見つけ出して買ったお気に入りのソファへ……。眼鏡をテーブルの上に置いて、横たわり瞼を閉じる。きっと、俺は、こうしていたはずだ。
「ったく、そんなに照れることねぇじゃん?」
ドアの開かれる音が聞こえたのとほぼ同時に丸井くんの声が耳に届く。あれが本当に丸井くんなのか、判別は難しい。これもまだ夢、という可能性も大いにあるので目は閉じたままにする。
「ん? 何してんだよ。寝てんの?」
声がこちらに近づいてくる。ドキ、と心臓が跳ねた。まだ、まだだ。夢……悪夢……そういったものであって、まさか丸井くんが……また、あんな……。
「あがっ」
「んだよ。やっぱ狸寝入りか」
声の主に頬をつねられた。その予想していなかった痛みで、反射的に目を開けてしまう。眩しい。だがそれにもすぐに慣れて、彼の輪郭がぼんやりと浮かび上がってくる。
眼鏡を外しているので明瞭な視界ではないし、その上丸井もこのソファに向かうように膝立ちをしているようだから全身が見える訳でもない。それでも、彼は今着ているような部屋着を持っていなかったはずであることがわかる。それと、廊下で見た姿がやはり現実であったということも。
そうか。現実……なんですね、これが。
「……部屋着にしては、随分と寝にくそうなものを買ったんですねぇ」
「それってキテレツなりのギャグ?」
滲んだ世界の中で、丸井くんが目を丸くした。全くもってギャグなどではありませんよ。さてどうしたものか。急に日頃の疲労が押し寄せてきたような気がしてきましたし、ここはいっそ。
「では、俺は……寝ます」
「寝るな寝るなぁ!」
冗談と本気とが半分ずつ程度の気持ちで告げた上で、今しばらくの現実逃避に勤しもうと試みた。だが、それは瞬時に取りやめとなってしまう。丸井くんがいきなり頬にキスをしてきたからだ。
「ちょっと、やめなさいよ」
その瞬間。何か違和感を覚えた。服装のことではない。それ以外で彼に何か普段と違う……?
「この最強にかわいい状態の俺のこと、ちゃんと見とけよな! ほら、眼鏡」
「……はぁ」
違和感の正体を探る間もなく急かされて、返事ともため息ともつかない声が漏れ出た。仕方ない。手渡された眼鏡はするとしましょう。……身体は横にしたままでいいですかね。
「ふふ〜ん。どう? 中々似合ってるだろい」
「…………まぁ、そうですね」
特にここで嘘をつく必要は感じられないので、軽めの肯定をしておく。本日の彼のお召し物はと言えば、濃紺のハイソックスに、緑をベースにしたチェックのプリーツスカート。胸元に赤いリボンを付けた白いシャツの上にはベビーピンクのカーディガンと、そんな構成となっている。彼に言った通り、とてもではないが、部屋着には相応しくない格好だ。
「ちなみにその色合いは桜餅でもイメージしているんですか?」
「は? ちげぇよ? んでも言われてみると……っぽい……か? うまそうだし、いいな、それ」
かなり上機嫌な様子で立ち上がった丸井くんが、その場でくるくると二周ほど回った。すると、彼の履いているやたらと丈の短いプリーツスカートの裾が広がって、もう十分というほどに見せつけられている太ももがより一層顕となる。
正直に言えば、心拍数が上がった。が、それを口にしたり態度に出してしまうといつぞやの二の舞いとなりかねないので細心の注意を払うことにする。彼に聞こえない程度の音量で咳払いをしておいた。
「こういうの久しぶりだったけど、やっぱ中々いけるもんだなーって! 流石俺だよな」
堂々とした態度でそう言いながら、丸井くんはカーディガンの袖を伸ばしていた。一体何の為にそんなしているのかと思ったが、いわゆる萌え袖というものにしたがっているのだろうか? ……それにしてはカーディガンがジャストサイズで、やりにくそうに見えますね。
「で、何でまたそんな格好をしているんですか」
待て……彼の姿を見てすぐ、まず初めにハッキリとこう問うべきだったのではないだろうか。俺もこういった状況に対して毒され、すっかり慣れてしまっていたということか……? なんとも恐ろしい……。
「ん〜? そんなの俺が言わなくてもお前自身、よくわかってんだろ?」
「はい?」
どういうことだ。心当たりがない。いや……ひとつ、あるか。しかし仮にそうであるとしたら、丸井くんの勘違いでしかないというのに。
「ゔっ、……。何、するんですか。重いから降りなさいよ!」
「失礼だなぁ!」
唐突に丸井くんが俺の腹の上で跨るようにして座ってきた。不意をつかれたので情けない声が出てしまったのが悔しい。
と、ここでようやく先ほど感じた違和感の正体に気づくことができた。香りだ。香りが普段の丸井くんと違っている。彼はお菓子作りに邪魔だから、と香水の類をつけることはほぼない。だが今の彼が纏っているのは焼き菓子等とは違う、もっと濃いバニラの甘い香りで……だから何かが違って思えたのか。
「これ……香水ですか?」
「お。流石に気づくか。何事も形からというか、たまには面白いかなと思ったっていうか。いいもんだろい?」
「どうで――」
最後まで言い切るよりも前に丸井くんにまたも唇を塞がれる。軽く触れるだけですぐに離れたが、彼の方からふわりと漂ってくる香りは、やはり普段と違っている。それが何とも言えない気分にさせた。
「キテレツ……」
「……んっ」
どちらから始めたという訳でもなしに舌を絡め合う。それも、手に触れている髪の感触も、全て丸井くんそのものなのに。違うのは、鼻腔を擽るものだけなのに。目を閉じていると、今キスしている相手が本当に彼なのかがわからなくなる。
「ぁ……まって。い、やです」
「……何で?」
少し強めに彼の胸を押して拒否の意思を示す。丸井くんがこちらをじっと見つめている。そこに笑みはなくて、何が嫌なのか言ってほしいと目で訴えかけてくるようだった。
「……っ、その。ま、丸井くん……と、ではないような……感じが……する、ので。嫌……です」
「……? あ〜……なるほど?」
顎に手を当てて、わざとらしいまでの『考えている』ポーズ。そのまま数秒経った後、これまた大げさなほどに頷き、そしてにんまりと笑う。……これは確実に、良くない笑顔だ。
「んじゃさ、目、開けとけよ」
「……はい?」
「キテレツってキスするときは基本目閉じてんじゃん? だから不安になんだろ、多分」
そうかもしれないが、それはそれで別の問題があるだろう。
「今日はトクベツ。俺も開けとくから、安心しろよ」
「そ、そういうことでは――」
抗議の前に丸井くんが再びこちらへと迫ってくる。目が合った。思わず視線を逸したくなったが、そうする前に俺の視界は彼でいっぱいになってしまった。
「ん……ぁ、」
丸井くんと、キスをしている。当たり前のことだ。さっきもそうだった。しかし、そのことを強く、強く意識させられる。僅かに唇が離れても息をつく間もなくまた、塞がれる。苦しい。それでも、……悪くはなかった。
「は、……ぁ。な? 良かったろ?」
いたずらっぽい笑みだ。おおよそ首から下は制服姿と思えないような――。
「わっ」
「なぁ、キテレツ。シよ?」
俺の胸に顔を埋めたと思いきや、顔だけ上げて瞳でこちらを覗き込んでくる。どこのアイドルも顔負けなほどの手本のような上目遣いだ。角度の問題もあるのか、いつもの丸井くんよりも大きな瞳に見えて、小動物的とでもいうか……思わず全てを肯定してしまいたくなるような、危険な視線。
いくら恋人の贔屓目があったとしても、そして彼の服装によるバイアスがかかっているのだとしても、これが成人男性の放つものとは信じ難い。
「だ…………めです。駄目ですから」
「……チッ」
理性を、働かせる。このまま事に及んだのでは、どうせロクなことにならないですからね! 今日は何としてでも阻止してみせよう。上目遣いに屈するな。 いつだってやられてばかりの俺ではないと示すには――
「ちょ、ちょ……っとやめなさいよ!」
「やめたらできねえじゃん」
「確かに――じゃなくてですね!」
丸井くんが俺の腹部からひざ下の方まで移動したと思えば、 即座にこちらのズボンに手をかけてきていた。気づくのに遅れて、こうして彼の腕を掴めていなかったら、どうなっていたことか。本当に、このままではマズい。
どうにか俺がそういう気分ではないことを伝えないと。何かないか、何か……そうだ。そもそも、今日は何の予定だったんだ。我ながら今更感は否めないが、正攻法でいくのが吉と見ましたよ。
「ッ、あの映画! 俺は今日! 見たかったんですけど」
「ん? あ〜……」
自分で言っておきながらも、これは『そんなの気にすんなって!』くらいのことを言われてしまうだろう、と半ば駄目元ではあったのだが、思いの外効いたらしい。丸井くんが脱力したらしく、膝のあたりにかかってくる彼の重みが、今までよりも大きく感じられた。
「それは勿論、俺もそうだったんだけどさ」
眉も下がっている。おや、意外とこれは……このまま説き伏せられそうですかね。
「なら、今からでも」
「でもさ」
ん? 早くも雲行きが怪しくないですかね……。
「それはそれ、これはこれだろ。映画は後でも見られっけど、こんな格好の俺が見られるのなんて、今だけ…………かも、だぜ!? そう思うと、どうよ。すっげー勿体ねぇだろい?」
ああもう、やはりそうきましたか! 油断大敵でしたね!
「別に、俺はそんな格好の丸井くんとしたいなんてこれっぽっちも思っちゃいないですし、『今だけ』って言ったって、アナタには前科があるでしょう! その点においては信頼してないですから!」
「んだよ、本当は嬉しいくせにさぁ! 照れ隠しにも程度があるだろ〜! もう隠さなくていいんだぜ? 好きなんだろ、こーゆーのがさ!」
丸井くんが胸を張りながら、親指で彼自身の胸を指す。その立ち振る舞いがあまりにも威風堂々たるもので、呆れるのを通り越して感心と面白ささえ感じてしまった。いやいや。ともかく、こうなってしまっては、彼が暴走している原因である俺への誤解を何としてでも解くことが最優先すべきことになってきましたね。どうアプローチすべきか……。
「何、黙っちゃって。強がんなよっ。な? 木手」
「……!! み、耳元で言うことないでしょ!」
「わりぃわりぃ」
全く悪びれずに丸井くんが笑う。このまま俺を押し切れると確信したような表情にも見えた。それもそうだ。今の俺は、自分でも顔だけでなく耳まで――下手したら首元もかもしれない――真っ赤になってしまっているのがわかるくらいなのだから。
それでも。それは考えるな、この木手永四郎にはそんな考え、許されない……。 自分を強く持て……、
「あのですね、丸井くん。アナタは最初から間違えているんですよ、全部、誤解で」
しびれを切らしたのか、はたまた強行策に出たのか。人の話を最後まで聞かずに、丸井くんは俺の唇へ数回、口づけをしてきた。わざとらしく唇だけではなく少し逸らされることもあった。その度に彼のから甘い、甘ったるい香りが漂ってくる。
何だか目眩を起こしているような、そんな気分になってくる。クラクラとして、このまま流されてもいいのではないか、と。受け入れてしまうのは悪いことなのか? とすら。思えてきてしまった。だが、俺は……。
「キテレツ。頼む。ちゃんとこっち見て」
丸井くんの手のひらが頬に、触れる。服装がどうこうは関係がない。それは、温くて、俺の決意も解いてしまれそうなくら――
『ティントンティントン♪』
「は?」
「え? あ、」
その音が俺を正気に戻す。ポケットの中に入れていたスマートフォン。それが、鳴り響いているのだ。
そうです、俺の日々の行いが良かったのですよ! これは天の助けに違いなくて……と、こんなことを考えている場合ではない。出なくては。俺の上に座ったままの丸井くんを軽く押し退けるようにしながら身を起こし、ソファに座り直す。
「あ〜っ! いいとこだったのに!」
そう言う割にはすんなりとどいてくれたものだ。軽く呼吸を整えてから、応答ボタンを押す。
「……も、もしもし」
『おー、永四郎。遅かったやんに?』
「甲斐クン?」
発信元を確認する前に電話を取ってしまったので、相手の声を聞いたところでようやく誰からのものであったかを知る。一旦耳からスマートフォンを離して念の為確認すると、間違いなく俺の幼馴染からであった。
「誰でもいいって。詳しい内容は後で折り返せばいいじゃんかよ〜」
丸井くんがうるさい。人差し指を用いて少し静かにしてもらえないかと、身振りと睨みで指示すれば、これまた案外言うことを聞いてくれる。そういう素直なところ、好きですよ。
おっと。惚気ている暇はありませんね。甲斐クンからの連絡……となると、大方要件は想像がつくが、それならば丸井くんの暴走を止める手立てにもなるかもしれない。かなり好都合だ。仮に彼のかけてきた理由が違っていたとしても上手くそちらへ持っていけば良い。
『永四郎、にふぇーどー。アレ、届いたさ』
! やはり。そのことでしたか。こちらに、追い風が吹いてますね。
「それは……この前甲斐クンが間違えてこちらに送ってきたもののことですよね」
『? やけに説明口調やし……』
隣の彼に察してもらえるようにあえてこうしているのだから、仕方がない。電話先の甲斐クンには不審がられているようだが……それも問題はないだろう。何事も分はこちらにある。
「気にしないでください。まぁ、君のせいでこちらではちょっとしたアクシデントがありましたけどね。それももうすぐ解決しそうです」
『わ、わっさん!』
「大丈夫ですって。……どうしても埋め合わせわしたいというのなら、今度帰省したときにでも、何かしてもらいましょうかね」
『いぃ〜〜〜!?』
「では甲斐クン、おやすみなさい」
最後まで甲斐クンの叫びが響いていたが、これくらいで正解だろう。ご家族が寝ていたら迷惑になってしまったかもしれないが、そこは彼自身に何とかしてもらうしかあるまい。
「全く……何を間違えたらこんなことに……」
甲斐クンも、丸井くんもだ。ため息が出る。
今一度丸井くんの方を見てみると、大股開きでうなだれていた。そういう問題ではないとわかっていながらも、つい脚を閉じなさいよ、と言ってしまいたくなる。
「キテレツ……」
ゆっくりとこちらへ向けて顔を上げながら丸井くんが発声した。やたらと神妙な面持ちで、数分ほど前に浮かべていた愛嬌全開のものとは全くの別物だ。そんな様子を見ると、思わずこちらも緊張してしまう。
「えっと、察しました」
「はい。何をですか?」
今後の為にも誤解を残さないで済むように、丸井くんが何をどう間違えていたのか、説明をしてもらいましょう。もしまだ何かお互いの認識に相違があるようならば、適宜していけば良い。これでやっと、まともに対話ができるという訳だ。
「……甲斐が、先週色々……送ってくれて。クッキーとか……キャロットケーキとか……うまかった……もう食べ終わっちゃったけど、」
「丸井くん? 脱線するにしても早すぎだと思いませんか?」
チクリと刺すように言うと、丸井くんは両手を振りながら誤魔化すように軌道修正をした。
「あ、うん。わりぃ。そんとき俺は気づかなかったんだけど、あん中に入ってた……とか、だろ? あの……DVD、って……」
「はい、その通りですね」
「…………甲斐のヤツがお前の為にあえて~……ってワケでもな……いよな。うん。さっきの電話の話し方じゃあな、そうだよな」
ようやく伝わったか。特に認識のズレはなさそうですね。
「そ……っかぁ……あ〜……ごめん」
「誤解が解けたなら結構です」
ようやく一安心できる。これで、彼からの俺に対する誤解は解けたし、例のものも甲斐クンの元へ無事送り返せていたこともわかった。万事解決だ。
――本当に、そうなのだろうか。何か、おかしくはないか? 彼がああいった格好をするのに至ったのは、随分と久しぶりだ。そしてその理由が自分の勘違い……思い込みによるものだった。だから俺に強引に迫ったのは大きな間違いであった、と反省してくれて構わない。
しかし、いくらなんでも今の丸井くんの態度は、あまりにもしおらしい。と言うよりも、大袈裟過ぎるように見える。こういう時は……。また、嫌な考えが過ぎる。そんなまさかとは思うのだが。
「……丸井くん。違っていたら、そうと言ってください。その……まだ、何かありますね……? 今回に関連した内容で、俺に言っていないことが」
「……」
そんなのねぇよ、と笑ってほしい。縋るようにして彼の方を見るが、俺の欲する答えが返ってくることは、なくて。
丸井くんはただ、無言で立ち上がりこの場から去ってしまった。そして、彼の部屋の方から物音が聞こえてくる。つまり……案の定何かがあるということですよね、コレ。
眉間の皺が深くなっていくのを自覚しながら、彼が戻ってくるのを待った。時間にして二、三分程度なのだろうが、今の俺にとってはその数倍にも長く感じられた。
「キテレツ、これ」
視界の隅にスカートの裾とハイソックスが飛び込んできた。丸井くんだ。顔を上げて彼の方を見ると、その両手には薄い素材でできたグレーのジャケットと白いシャツに、ジャケットと同じ色のタイトスカートが握られていた。
先ほどここを出ていくまでのしおらしさはどこへやら。手にしているものを探している間にでもすっかりと開き直ったのか、丸井くんは今日見た中で一番の、輝きすら放っていそうな満面の笑顔で、俺に言う。
「久しぶりにこういうコスプレ衣装っての? 買うって決めたからさ、前に使ったことあるサイトだけど新商品ばっかで面白くて。割とすぐにこの制服は見つかったんだけど、もうちょっとだけ他のも見とくかな〜と思って色々眺めてたら、ふとこれが目に入って来たんだよ。その瞬間にこんなん絶対お前に似合うじゃん! って、ビビっときたんだよな。しかも結構安かったし、ちょうど送料無料になるラインも超えるしだったから、じゃあ一緒に買うかって思い切って買ってみたんだぜ。なんつっても、俺が制服な訳だから、キテレツがこっちを着てくれたら学生と先生か家庭教師的な感じで組み合わせもいいじゃん? へへ。まあ色々教えるのは俺の――……、おい、キテレツ? 人の話は最後までちゃんと聞かねぇとだろー!」
「……にんじみそーれー」
「あっ、それ久しぶりに聞いた。何だっけ……、って、あれ。どこ行くんだよ、まだ話してる途中だろい? キテレツ、木手~!」
その後俺は自室へ戻り鍵をかけ、ひとり、眠った。
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