はっさく(とうらぶのすがた)
2024-04-26 20:28:56
2474文字
Public 南水
 

考え方が似てる南水

水くんをほんのり可愛いと思ってこれ以上心象下げないように大人しくしてる先生と、ちょっと気を許してきてるけどまだ保護したての猫状態の水くん の南水(でもやっぱり考えることが似てるんだよね~を添えて)



 静まり返った午後の厨で、夕食当番の南海太郎朝尊は一人、大きな冷蔵庫から調味料の大きな瓶をいくつも取り出して調理台に並べていた。
 今日の献立を考え指揮を執るのは燭台切光忠、彼の日は洒落たものが多く、使用する調味料も多岐にわたる。指揮を執る者以外は特別持ち場が決まっているわけではないが、早く現場に来た者から調味料を揃えて計量し、材料の下ごしらえを行うのがこの本丸での通例になている。そうしている間に出陣後・当番後の者たちが合流して本格的な調理が始まるのだ。食事を温かいものは温かく、冷たいものは冷たく提供するために、最後の一時間などは戦いのようですらあった。だからこそ、有意義に時間を使い円滑に調理が行えるよう、下準備をすることが肝要なのだ。夕食当番以外に仕事のなかった朝尊は、そのために、おやつの時間が終わり後片付けが終わったばかりの厨に一番乗りでやってきたのだ。
 十キロまで計量できる量り、調味料を入れておくステンレス製のボウル、計量カップや計量スプーンを調理台に広げ、いざ、と冷蔵庫から調味料の瓶を取り出していると、外気温と冷蔵庫内の温度差や湿度差でか、すぐに視界が不明瞭になる。
 一度扉を閉めて眼鏡を外し、袖で軽く拭う。と、そこにパタパタと少し急いだような足音と共に水心子正秀が現れた。灰色の内番装束のうえから調理用の前掛けをし、後ろで結ぼうとしていた。うまく結べたのか、水心子がぱっと顔を上げ、こちらに気がついた。
……! は、早いな、もう来ていたのか」
 少し驚いたような間があってから、いつもの取り繕った声でそう言った。
「お互いに考えることは同じだったようだね。しかしその分仕事が出来ているかと言えば……。冷蔵庫と眼鏡は相性が悪い」
 言って、朝尊は拭ったばかりの眼鏡が、うっすらと曇っていく様を水心子に見せるように眼鏡を持ち上げた。
「あ、ああ眼鏡が……。その、変わったほうがいいだろうか」
「あと数本だからこのまま僕が請け負うよ。君は他の調理器具の準備をしてくれるかい」
「わかった」
 言って、水心子は隅から踏み台を持ってきて置く。袖をめくって手を洗って、そうして、何故か一つ気合を入れるように息を吐いた。
 観察しているのがバレないよう、朝尊は冷蔵庫の戸をあけて残りの調味料を取り出しながら、そっと水心子を盗み見る。
 二段ある踏み台の上の段へ登った水心子は、洗った野菜を置いておくための一抱えもある大きなザルや、刻んだ野菜をいれるための大きなボウルをしまってある頭上の開きの戸を開けた。大太刀や薙刀ほどの身長になれば時折頭をぶつけている者もいるが、打刀より小さい刀にとっては伸び上がらなければ手が届かない、そのくらいの場所にある。どうやら気合を入れていたのはこのためらしい。
 崩れないようにそっと手前に重ねてあったザルを取り出して調理台に置き、奥の方へ置いてあるボウルへ手を伸ばした。一つ、二つと取り出しては調理台へ置き、いよいよ最後だ。踏み台の上でも背伸びをして、限界まで伸び上がって触れてるのは人差し指と中指のみ。とうてい届いているという言葉の範疇にない光景に、朝尊は手を出すべきかしばし悩んだ。
 初対面時の会話であまりいい印象がなかったらしい水心子は、しばらく懐かない子猫のように朝尊に常に警戒心を抱いて接していたのだ。ここ最近、ほんの数ヶ月ほど、やっと会話ができるようになったと言うのに、ここで下手に手を出してまた警戒されるのは避けたかった。本丸内で不協和音を奏でるということは戦いに不利をもたらしかねない。すなわち負けを意味する。
 と、もっともらしい理由を並べてはいるが、朝尊は自分でもわかっている。あの長雨に沈む庭木の葉のようなつややかな深い緑の瞳が、やっと自分を見てくれるようになったのに、またはじめのように戻りたくないのだ。
 新々刀の祖という言葉でなんでも背負いがちな彼ではあるが、差し伸べられた手を振り払うような性格ではない。だから、危なっかしいと思うのならば手をさしのべてしまえばいいのだとわかってはいるが、自分のわがままが邪魔をするのだ。
 相変わらず水心子は踏み台の上で伸び上がって、大きなステンレスのボウルを少しずつ手前に引きずっていた。あともう少しで縁がつかめる。手伝わずとも、一人で解決できてしまう頭の良さや機転も持っているから、これまでやってこられてしまったのだろう。
 でも今回だけは別のようだ。
 水心子からは見えていないボウルの上、誰かが気づかずに、またはうっかり、または仕舞う場所がなく面倒で、小さなザルを乗せていたらしい。このままでは、おそらくボウルを取った瞬間に水心子の脳天を直撃するだろう。しかしこの瞬間にも水心子はボウルの縁に手が届いてしまいそうだ。
 水心子は二段ある踏み台のうち、上の段に乗っている。一段目は空いているし、朝尊の身長ならば一段目で十分だ。驚いた水心子が足を滑らせないよう、そっと肩を抱くように手を添えて後ろから一段目に上がった。水心子がボウルを取り上げるのと同時に小さなザルへ手を伸ばす。なんとかすんでのところで滑り落ちてくるのを阻止することに成功した。
 目を見開いた水心子と目が合う。朝尊が一段下にいるため、青みがかかった緑の美しい虹彩が間近にある。その瞳に吸い込まれそうで、朝尊はさっと視線を断ち切って踏み台を降りた。
「これが、落ちなくてよかった」
 なんとかそれだけ言って、手にしたザルを調理台に置いた。
「ああ……よかった……。その、ありがとう……
「どういたしまして」
 しどろもどろに言葉を紡ぐ水心子の心中を察することはできない。ただ、落としたままの視線に、内番装束の襟を口元へ引き上げる動作に、ふわりと染まった耳に、感じられるのは、敵意ではないと思いたい。
 水心子が踏み台から転げ落ちるのを阻止するという名目で肩に添えた手のひらには、まだ水心子の体温が残っている気がして、朝尊はそっと手のひらに閉じ込めた。