有川真美
2024-04-24 22:40:05
2087文字
Public 聖戦の系譜
 

いつかの折にpixivで掲載したものをこちらにお引っ越ししてきたアレク×ラケシスの小話。
3章終了後シレジアへ逃れるまでの一幕で、『気になっておるようじゃ』から『愛してしまったようじゃ』に変わるきっかけ(のつもり)

 腰に佩いた宝剣を静かに抜き取り陽光の下に翳す。生命を思わせる翠玉の輝きを宿した剣は、最後に邂逅を果たした際兄より形見として託された物であった。
…………。」
 日差しを受け光り輝く刀身をただじっと見つめながら、ラケシスは波に揺られるまでの出来事を思い返していた。
 前アグスティ王イムカの暗殺を機に幕を開けたアグストリアの動乱。兄エルトシャンの捕縛により王が不在となったノディオンへの侵攻。ヴェルダンから駆けつけた兄の親友シグルドに救けられ動乱を鎮圧して回るも、肝心の張本人であるシャガール王は他ならぬ兄エルトシャンによって助け出され、シグルド率いる軍は治安維持を名目としてそのままアグスティに留め置かれた。
 シグルドが兄との約束を守り不侵攻を保ったままアグスティ返還の交渉を続け半年が経とうとしていた頃、シャガールが挙兵し再びグランベルとアグストリアとが衝突する形になってしまう。やむなく出陣しマディノ城を制圧するもシャガールはシルベール城へ逃れた後であった為、シグルド軍はシルベール城へと進路を定める。そうして、ラケシスが一番恐れていた事態が起きてしまった。
「兄上!私です、ラケシスです!!もう無意味な戦いはおやめ下さい!」
 尚も王の為に尽くす事を誇りとする兄を必死に説き伏せ、どうにか心を動かす事は出来た。だが、シルベール城に戻ったエルトシャンは説得も虚しく裏切り者として斬首されてしまった。
 悲しみに暮れる暇も無く、シグルドの妻ディアドラが消息を絶ったとの報がもたらされ、更にはシグルドがグランベル本国から謀反の疑いをかけられて今に至る。
「兄上……。」
 そっと宝剣を鞘に収め、ぽつりと呟く。この剣に、敬愛する兄に恥じないよう生きていかねばと己を引き締めてはみても、そうそう心が付いてきてくれるはずも無く。
……くしゅっ」
 未だ惑うラケシスの身に刺すような寒風が吹き付け、たまらずぶるりと体を震わせる。人だかりを避け風に当たっていれば余計な事柄を考えずに済むと踏んでいたが、さすがに長時間ともなれば身体の方に問題が生じるらしい。そして、どうにか震えが収まってくれたところで今度は規則的に甲板が軋む音がラケシスの耳に届く。
 兄が死んでからというもの、軍の皆はラケシスの心境を慮ってか必要最低限の要件以外で近付こうとしない。まして様々な事件が折り重なったこの状況では、誰もがそれぞれ重苦しい空気を纏っていたから尚の事だろう。
 そんな中でも気安くラケシスに話し掛けようとする者は片手の指の数に満たぬ程しかいない。兄の知己らしい自由騎士か、少し手癖は悪いが愛嬌のある盗賊の少年か、あるいは。
「よっ!ひとりかい?」
 初めて相見えた時から浮薄さを崩そうともせず、それでいて忠義自体は本物らしいと他ならぬ主君が讃えていた、深緑の騎士か。
「誰かと思えば、あなたなのね。」
「海風が身に凍みるだろう。特に……国境を越えた辺りから。」
 今だってこうして、何気無い体を装ってするりするりと距離を縮め、ざわめいてばかりの胸中にすら踏み込もうとしている。それが怖くて仕方なかったから、己を護る為に──誰も寄せ付けない様に、半ば自暴自棄気味に吐き捨てる。
「私はそれでも構わないの。身も、この心も……凍らせてしまえたなら、どれほどよかったでしょうね。」
 すると、深緑の双眸が見開かれた後すうっと細められ、常套の調子の良い物とはまた少し異なる含み笑いを添えてじっとラケシスを見据えてきた。
「でも出来ないんだろ。かと言ってどうすればいいかもわからない。だからこうして、ずっと風に吹かれてる。違うかい?」
 今度はこちらが目を丸くする番だった。出会ってたかだか一年の、ラケシスの理想とはまるで程遠い男から正鵠を射る言が出てくるなんて。
……あなた、顔に似合わず真面目な事も言うのね。」
「おっと、余計なお世話だったかな。それじゃあ俺はこれで……
 そのくせ出来る限りの意趣返しをしてやればあっさり引き下がろうとするのだから、面白くない。
「待って。……もう少し、傍にいて。」
 ひとの心を搔き乱すくらいならちゃんと責任を取って、と言ってやるつもりで放った言葉が思いがけず切なる響きを孕んでいる事に自分でも驚く。
「構わないけど、いいのか?」
「ええ。……二度も言わせないで頂戴ね。」
 無意識に降ろしていた檻を潜り抜けられた不快感は皆無と言ってもよく、むしろ心地好いとすら思い始めていた。一度自覚してしまえば、いつしか胸の内に広がっていったその感情に名前を付ける事は容易い。
「わかったわかった。あんたの気が済むまで、近くにいるよ。」
 さりげなく差し出された右手と自らの左手をそっと繋ぎ指を絡めた。じんわりと伝わってくる温もりに感じ入っているとより固く手を握り締められ、鼓動がとくんと跳ねる。たまらず顔をふいと反らし、高鳴りを誤魔化す様にか細く何事かを呟いた。
「ん?何か言ったか?」
……何でもないわ。」
 そうか、とだけ呟いて男は笑みを形作った。