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吾妻
2024-04-24 19:24:53
6473文字
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アークナイツ
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午前3時の秘事
ムリ博♀ちゃんです。お付き合いしており、直接的な描写はないですが、やることやってる間柄の匂わせがあります。
喉の渇きで目が覚めた。
体の上に乗せられた腕をあまり動かさないように気をつけつつ、時間を確かめる。
まだ夜明け前だった。その事実に、妙な驚きを覚えてしまった。
なぜなら、まさに今隣に寝ている男に抱かれた夜は、疲れ果てて朝まで目が覚めないのがほとんどだからだ。
(
……
やっぱり、手加減をされていたんだな)
行為の最中から、なんとなくそんな予感はしていた。
彼が久しぶりに本艦を訪れるタイミングで仕事が立て込んでしまった。少々無理をして時間を作ったはいいものの、〝少々の無理〟の弊害が如実に表に現れていたらしく、男は目に見えて不機嫌になった。
『君に会うのが楽しみだったから』。
深い皺を眉間に刻んだ恋人に唇を尖らせて弁明すると、ピンと立った頭部の耳がわずかに揺れた。どうやら悪い気はしていないらしい。
会うのを楽しみにしていた。この言葉に嘘も誇張もない。
お互い別々の土地で仕事に励んでいるのだから、たまの逢瀬くらいゆっくりと過ごしたい。だから頑張ったのだ。確かにちょっと
――
いやだいぶヘロヘロになっていたかもしれないが、こちらの気持ちも汲んで欲しい。
いや、汲んでくれたから抱いてくれたのだと、ちゃんと理解はしている。
就寝時さえ眉間に皺を寄せているこの男は、平素の厳格かつ冷淡な態度とは裏腹に、恋人を甘やかすのが得意だ。言動こそ冷ややかだったり遠回しだったりするものの、気づけば撫で回されていることが多々ある。
(でも、そのせいで君が余計な鬱憤を溜め込んでいなければいいんだけれど
……
)
寝台の中の彼は本来、どちらかといえば獰猛なほうだ。
種族的にも経歴的にも丈夫な肉体と、折れることも曲がることも不得手な頑強な意志。それらを同時に向けられれば、脆弱ないきものはひとたまりもない。抱かれるたびに疲れ果て、気絶するように眠りに落ちるのが常ではあるが、彼本人が満足しているのかどうかを考えると、おそらく答えは「否」になる。
そのうえで更に手加減をして行為に及んだというのなら
――
余計に欲求不満になっていなければいいのだが。
などと思惑に耽っていたら余計に目が冴えて、喉の渇きが耐えられなくなってきた。
ムリナールはとにかく気配に敏感なので、腕から抜け出せば十中八九起こしてしまうだろう。が、このまま我慢して寝付ける気もしなかったので、できる限りそっと、鍛え上げられた腕から抜け出し、ベッドを降りる。
ベッドの軋みで目を覚まし、いつものように腕の中に引きずり戻してくるかと思いきや、ムリナールは一瞬眉間の皺を更に深くしただけで、それ以上は身じろぎもしなかった。
(君も移動で疲れていたんじゃないのか?)
わざわざ本艦を訪れずとも日常的な業務に支障はない。オペレーターとして義務付けられている定期的なメディカルチェックや面談の類も、検査結果の送付やリモート通話等で対応できる。
それでもなお、大地を絶え間なく移動している本艦を訪れてくれる者たちは、〝直接顔を合わせる〟ことに意義を見出してくれているのだろう。
彼もそうだと良いのだけれど。
「
……
とはいえ、だ」
決して広くはない室内を、備え付けの冷蔵庫まで移動するだけなので、この格好
――
つまり一糸まとわぬ状態のままでもいいかと考えていたのだが、流石に肌寒い。それに、普段から多少のことでも眉間に皺を寄せる男のことを思い出し、何か羽織るくらいはしようかと考えを改めた。
真っ暗な室内を手探りにして、乱雑に脱ぎ捨てられた服を手に取る。質感からして自分が常用している衣類ではないのは察したが、「まぁいいか」と袖を通した。どうせすぐベッドに戻るのだし、少しくらい拝借してもバチは当たらないだろう。
(でも、流石に大きいな
……
)
数刻前にムリナールが脱ぎ捨てた深い青色のシャツは、腰回りはおろか太腿の中程まで覆ってしまうほど大きかった。体格差があるのは理解しているはずなのだが、印象としては細身なので、つい忘れてしまう。
裾だけではなく、袖口もぶかぶかだ。いわゆる〝萌え袖〟の概念を、まさか自分が体現することになるとは夢にも思わなかった。我に返ると気恥ずかしくもなるが、誰に見せるわけでもないので良しとしよう。
胸元とへそのあたりにあるボタンだけを留め、冷蔵庫に歩み寄る。
背の低い小型の冷蔵庫に、食料はほとんど備蓄されていない。常備されているのは水か栄養ドリンクの類ばかりで、ムリナールにはいつも渋い顔をされる。アルコールが詰まっているよりはよほど健全だと思うのだが、そういう問題でもないらしい。
冷蔵庫の扉を開くと、冴え冴えとした白色の光が室内に溢れ出す。身を屈め、下方のボトルポケットに並べられた飲料水に手を伸ばしたところで。
「
……
何をしている?」
不機嫌極まりない男の声がして、時が止まった。
*
物音で目が覚めた。
すっきりとした目覚めではなかった。
頭も体も重い。確かにここ数日、ロドス本艦を訪ねるために少々忙しくしていたのは認めるが、原因は過労ではない気がした。
決して上等な寝台ではないにも関わらず、〝この部屋〟で寝ると、妙に寝すぎてしまうきらいがある。
これでも騎士として鍛錬を積んだ身だ。血で血を洗う戦場を遠く離れた今でも、もはや呼吸同然に働く警戒心が、些細な変化で眠りを破る。
だというのに、どうしたことか。この部屋には、働きすぎる主人のために睡眠を促すアーツでもかけられているのかと疑いたくなるほどだが
――
もちろん、そんなはずもない。
過眠の原因については、既に見当がついている。
素直に認め難いというだけで。
当然だろう。『長年培った警戒心が役に立たなくなるほど、この部屋の主人に絆されている』などとは、俄には飲み込みきれない。その可能性に思い至るたびに、溜め息が漏れる。
寝起きが悪かったのに加えて、腕の中にあったはずの体温が消えている事実もまた、ムリナールを不機嫌にさせた。
シーツの上を手探りにしても、指先に触れるものはなにもない。
室内を塗りつぶす闇の中で人の気配が動いているので、ベッドを抜け出した女はおそらくそこにいるのだろう。大方喉でも乾いて起き出したに違いない。
衣擦れの音がする。裸のまま室内をうろつくつもりがないのは結構なことだ。そのあたりの感覚が少々ズレている女だけに、余計にそう思う。外に向けている注意を、小指の先程度でいいから自分にも向けてほしい。
しかし、共寝をした夜に彼女が起き出すのは珍しいことだった。
手加減をしすぎただろうか。いや、あの顔色を見て無体ができるほど獣ではないつもりだ。そもそも手出しをせずに寝かしつけるのが最善だったと言われれば、返す言葉もないのだが。
闇の中を人影が移動して、部屋に備え付けられた冷蔵庫の前で止まった。想定通りだ。水を飲み終えたら戻ってくるだろう。特に声をかけるでもなく成り行きを見守っていると、ロドスの戦術指揮官であり、ムリナールがここ数ヶ月で親しくお付き合いするようになった恋人であるところのドクターが、冷蔵庫の扉をそっと開いた。
闇に慣れた瞳には、庫内灯の放つ人工的な光は眩しすぎる。しかしムリナールは、目をつぶることも背けることもできなかった。むしろ、視界に飛び込んできた情景に驚いて、目を剥く羽目になってしまった。
冷ややかな光に照らし出されたのは、細く生白い女の脚。そして、上半身と太もも辺りまでをすっぽりと覆う、見覚えしかない青色のシャツ
――
あれは紛れもなく自分のものだ。大方、そのへんに散らばっていた衣類を適当に拾って羽織ったのだろう。彼女はどうも、そのあたりの振る舞いが大雑把すぎる。
華奢な女が自分のシャツを着込むことによって、互いの体格差が明確に可視化されている。それだけでも大分気持ちがソワソワと落ち着かなくなるのに、あろうことかドクターは身を屈めて冷蔵庫下部に収納されている飲み物に手を伸ばした。そのおかげで、腰回りを覆っていたシャツがめくれ上がり、隠されていた部分があらわになる。
つまり、何も身につけていない臀部のラインが、である。
「
……
何をしている?」
気づけば、至極不機嫌な声が自分の口からこぼれ出していた。
突然声を掛けられたドクターはといえば、飲料水のボトルを片手に「ひえっ」と悲鳴を上げた。なんだその間の抜けた声は。
「ああ、ごめん。起こしてしまったかな。ちょっと喉が渇いて
……
」
そこまで言って、ドクターは黙り込む。どうやら室内の空気の変化に気づいたらしい。
「なんで怒っているんだ、君は?」
少しだけ唇を尖らせて、不服そうにドクターが言う。彼女の言葉を受けて初めて、ムリナールは自分が苛立ちを感じているのだと自覚した。
「なぜそう思う?」
だが、それをあっさりと看破されるのも妙に悔しく、質問に質問を返す愚行を犯してしまう。問いを投げ返されたドクターはといえば「その声は怒っているときの声だろう?」と口を尖らせたままで呟いた。
「
……
自覚のない相手に言葉を尽くしても仕方がない」
「またそうやって煙に巻く」
ドクターが冷蔵庫の扉を閉めると、室内は再び闇に包まれる。薄ぼんやりと浮かび上がる人影が、飲料水のボトルキャップを外して飲み口に唇を当てた。
しばしの沈黙。やがて喉を潤し終えた女が、ボトル片手にベッドサイドまで戻って来た。
「まさか君は」
ボトルをヘッドボードに置き、片膝を寝台に乗せる。
間近に迫った生白い肌。
日々自分が纏うシャツ一枚で覆われた、あまりにも細くか弱い肢体を、ムリナールはよく知っていた。
その肌の色と、感触。
眠りに落ちるまで触れていたそれを、まだ生々しく覚えている。
厳重に包み隠されている素顔に触れ、蹂躙する資格が自分にあるのか。幾度考えてみても答えなど出ないけれど。
寝台に乗せた片膝に体重をかけて、女が身を乗り出す。
大きく開いた襟ぐりから、浮き出た鎖骨と、決して豊かではないが確かに存在している膨らみのラインが覗いた。
「この格好に思うところがあるのかな?」
水で湿らせたばかりの唇が、やけに妖艶な笑みを浮かべる。その艶やかさに、また胸の奥でチリチリと苛立ちが騒いだ。
安い挑発だ。
だが、その顔は頂けない。
おそらく彼女は、自分の振る舞いがどれほど扇情的なのかわかっていない。
『ロドスのドクター』としての自身の価値は理解していても、『一人の女』としての価値にはまるで無頓着だ。
そのくせ、時折こんなふうに挑発的な態度を取る。及ぼす影響の大きさに無自覚なまま。
「
……
」
肯定も否定もできずに押し黙ると、ドクターがやけに楽しそうに笑った。
「
……
何かおかしなことでも?」
「ふふ、いや、失礼なことを言ってすまない。今のは冗談だよ。私なんかの色仕掛けじゃ、君のお眼鏡には敵わないだろう
――
し
……
!?」
こちらに身を乗り出した女の腕を掴んで、強く引いた。不意打ちを食らって体勢を崩したドクターの体を寝台に仰向けに転がし、覆いかぶさる。
全く、彼女は才能に溢れた女性だ。
特に、意図せずこちらの感情を煽ることにかけては、もはや天才的と言ってもいい。
「
……
ええと、あの。ムリナールさん?」
「今夜のあなたは随分と雄弁でいらっしゃる。どうやら私のもてなしでは満足いただけなかったようだな」
「そ、んな
……
ことは
……
ただ、いつもより大人しいとは、思った
……
けど
……
」
こういうところが迂闊だというのだ。
彼女は、手加減されていたことも、その理由も、ちゃんと理解している。
唯一理解していないのは、自身へ傾けられている執着の強さだけ。
目の前の男は、自分に牙を剥かないと? 常に紳士的に振る舞えるとでも思っているのだろうか? だとしたら随分と
――
舐められたものだ。
「では
……
」
自然と、口の端が緩む。より、獰猛な形に。
「ご満足いただけるよう、仕切り直したほうが良さそうだな」
「あれ? いや、その
……
」
いまいち事態を飲み込みきれていない女の太腿に手を這わせ、撫で上げる。腿を覆い隠す上着の下へ掌を潜り込ませれば、戸惑いと期待が混ざった声が、細い喉を震わせた。
拒絶されないことに気を良くして、ムリナールは更に唇を吊り上げる。
笑みを浮かべたまま、屈み込んで唇同士を重ね合わせれば、女の体から余計な力が抜けていくのがわかった。
「
……
ああ、そうだ」
「ん
……
?」
「折角だから、〝それ〟は最後まで着ておくように」
「えっ!? でも、よごし
……
っ」
汚してしまう、と言いかけた唇をもう一度塞ぐことで、ムリナールはドクターの抵抗を封じ込めた。
煽ったのはそちらなのだから、責任を取るのが筋というものだ。
そうだろう、ドクター?
*
「
……
あれ、本当におじさんだ?」
執務室を訪れたマリア・ニアールは、ソファに座る人物を二度見した。
ムリナールは表情一つ変えずに手元の新聞をめくる。
「数ヶ月顔を合わせないだけで、身内の顔を忘れるとはな」
「わ、忘れたわけじゃないってば。だって、いつもと服装が違うから! 白いシャツだなんて珍しいって思っただけで
……
」
身構えつつも果敢に言い返してくる姪に、ムリナールは小さく嘆息する。
「常に同じ装いでいなければならない決まりもないだろう」
「
……
それは、そうだけど」
それでも、珍しいものは珍しいのだ。
俗世には興味がない、と顔に書いておきながら、ムリナール・ニアールという男は伝統的な形式にはそれなりにこだわりがあるほうだ。
言葉にこそ出さないが、ニアール家の一員として恥ずかしくない装いや振る舞いを、自らに課しているところもある。尻尾の手入れに手間暇をかけているところからも、彼の矜持が窺えるというものだ。
だから、彼がよく着用している青いシャツにも、それなりの意味やこだわりがあるのだと思っていたのだが。
ムリナールは、読み終えた新聞を閉じた。そしてようやく、執務室の入口で立ち尽くしている姪を一瞥する。
「それでお前は、雑談をするためにこの部屋に来たのか?」
「あ、そうだった! ドクターは? いないの?」
「
……
午前休と聞いている」
「えっ、そうなんだ? あー、でも、ここしばらくすっごく忙しそうにしてたから、お休み取れるのはいいことだよね。だって
……
」
途中まで言いかけて、マリアは自分の手で口元を覆った。
叔父が本艦を来訪するのに合わせて、ドクターは少しでも予定を開けようと忙しくしていたのだが、『バレたら小言を言われるから』と口止めされていたのを、まさに今思い出したのだ。
気難しい叔父は、不自然に黙り込んだ姪に胡乱げな眼差しを向けたが、それ以上問い詰めようとはしなかった。
(ドクターとおじさんがそういう仲だって、今でもちょっと信じられないんだけど
……
)
それ自体はむしろ良いことだとは思っているのだが、いかんせん、点と点が繋がらなくて、実感に乏しい。
(私はドクターのこともおじさんのことも、まだまだ知らないってことなのかなぁ)
たとえば、午前休を取っているはずの上司の執務室で、叔父が何をしているのか、とか。
ふたりきりのときはどんな話をしているのか、とか。
とはいえ、根掘り葉掘り聞き出す勇気もない。
「
……
じゃあ、ドクターに見てもらいたい書類、机に置いておくね」
無言の叔父の前を横切り、上司のデスクに書類と簡単なメモを残し、マリアは執務室をあとにした。
普段叔父が身に纏っているシャツにくるまったドクターが、疲労困憊でベッドで丸まっているなど、露ほども知らずに。
【終わり】
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