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2024-04-24 13:15:44
2626文字
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反抗期の二人

藪園さんのこちらのイラストのイメージで書いたガオさめ(村雨不在)
https://twitter.com/Yabu___games/status/1782243726234198437/ 

 

 たゆたうような眠りから目が覚めて、広大なベッドには一人きりだった。シーツの上に散ったままの服も一人分しか残っておらず、だが、他ならぬベッドの持ち主が――つまりこのベッドの安置された場所が、あれが夢ではないことを獅子神にきちんと教えていた。
 のったりと起き上がり、全裸であぐらをかいて軽く頭をかく。
 夕方に村雨から連絡が入り、「遊び」の予定はキャンセルになった。緊急の手術が入ったとかで、ずいぶん直前のキャンセルだった。
 「二人」は既に集まっていたので、何となく、その二人でだらだらと過ごす流れになった。配信を終えた相手と二人、ベッドの上に転がって脱がせ合い、じゃれ合い、ふざけ合って、身体に悪そうな駄菓子をベッドに散らかしたまま、ついでのように眠りに落ちた。
 脱ぎ散らかした服の片割れと、パキパキした色合いの駄菓子はすでにベッドから消えている。獅子神の抜け殻と獅子神だけが、獅子神のものではないベッドの上に残されているのだった。
 遮光の効いた室内は暗く、体感には、真夜中ではない、ということしか伝わってこない。同様にして転がっているスマートフォンを手に取り、時間と通知を確認する。デフォルトのままのアイコンから、仕事はあと四時間ほどで終わると思うが予定はどうするか、と打診があった。
 グループメッセージのログを確認するが、返信はない。
 獅子神は下着のボクサーパンツだけを穿き、スリッパを突っかけて、ぱたり、ぱたりと他人の寝室を横断した。扉から廊下に出て、リビングダイニングに入り、カウンターに置かれたままの、2リットルのペットボトルから水をぐいぐいと飲む。防音扉に――その先には配信部屋がある――視線を向けかけて、ベランダを見た。
 南向きのガラス戸の先、薄明るさの中、当人の毒気そのもののような、毒々しく明るい色彩が覗いている。
 獅子神はそちらに向かって、ぱたり、ぱたりとスリッパを鳴らしていった。
 この部屋の主は仲間うちの誰より大柄だが、獅子神や村雨のような、馬鹿馬鹿しい広さの空間を求めたりなどはしなかった。既存のマンションの間取りをそのまま使った、常識的なサイズのリビングだ。ただ、特殊な改装を施しているらしく、築年数のわりに天井だけが驚くほど高い。
 ベランダの扉を開けて、入り込んでくる外気と――臭気に顔をしかめる。
「スリッパのままで来いよ。サンダル一つしかないからさ」
 男は――叶は振り返らなかった。
 明け方の太陽が白いトレーナーを暖色に染めている。獅子神よりさらに十センチ近く長い身体は、変わり映えのしないマンションの、がらんとしたベランダの手すり壁にもたれていてさえ、嫌味なほどサマになった。
 もっとも、獅子神が口に出してそう言えば、「人のことが言えるのかよ、色男」と叶は笑ったことだろう。
「お前、吸うのか」
 口を開いてそう言うと、薄くたなびいてくる白煙がその口の中に入った。
「たまにな」
 ベランダに灰皿を置いているわけでもなく、吸い殻が散っているわけでもない。手すりに吸い殻をにじった痕が一つ、うっすらと消えかかっているだけが名残だった。本当に、たまにしか吸わないのだろう。
 このマンションは叶が一棟丸ごと買い上げており、吸ったとて苦情が入る心配もない。……苦情を言う以前に、外の空気を吸える住民そのものが、このマンションには存在しないのだが。
 村雨ほど嗅覚が鋭いわけではないが、メンソールの強い銘柄を吸っていることは、獅子神にもわかる。刺激を求めるこの男らしい、と思いながら、言われたとおり、スリッパのままベランダに出た。
 網戸だけを閉めて、隣に並ぶ。
「さむっ」
「セクシーにも程があるぞ」
「外にいるとは思わなかったんだよ。村雨から連絡入ってたぞ」
「見たよ」
 叶は顔を背けるでもなく、ただ前を向いて煙をふいた。
「アイツ、嫌がるんじゃねーの」
 言いながら、視線で叶の口元を指す。大きな手にはひどく華奢に見える煙草を手ばさんで、それだよ、と叶は言った。
……嫌がらせか」
「たまにはいいだろ」
「疲れて帰ってくんだろうに、何でそんなこと……
「だって、ずるいだろ」
 ふう、と煙が細く消えていく。
「あんな毒々しいナリしておいてさ……ホントのホントの奥のところは、自分でもわかってないぐらい真っ当なんだ」

「ずるいよ、礼二君は」

 手術が好きだから医者をやっている、と言い放ち。
 人でなしを買ってまで自宅で手術に勤しみ。
 浮いて出るほどの毒気を隠すこともなく放ちながら。

 ……愛に満ちた過去と職務への誠実さと、命を救って感謝される日々を当たり前のように持ち合わせる人。

……なぁに」
 見惚れちゃった?
 ぐっと顔を傾けて、カラーコンタクトに隠れぬ素顔を覗かせて、ひとりの化物が笑う。
 獅子神はその目を見返したまま、よこせ、と言った。
「なに」
「それだ。寄越せ」
「なんだよ……
 消されると思ったのだろう、それでも叶は素直に、指先につまんだ煙草を寄越す。
 受け取った獅子神は、それを慣れた手つきで口にくわえた。
 口の中に煙を溜めて、煙草を離し、ふうう、とゆるく煙を逃がす。
「無理するな……って手つきでもないな。どうしたよヘルオタ」
「まさか健康オタクのことじゃねえだろうな」
「昔は不良だったってことか?」
「昔はな。好きでもなかったが、吸えねえと入れねえコミュニティってのもあったんだ」
 同じ毒と、同じ悪臭を取り込んで――そして、己の左手から叶の右手へと、それを返す。
 わざわざ吸い口をべろりと一舐めしてから、叶は煙草をくわえ、そしてスマートフォンを取り出した。
「そろそろ返信してやるか。二人がかりでこんなにほったらかしにされて、きっと途方にくれてるだろうからな」
「泣きべそかいてるかもしんねえぞ」
「うっわ、それ見たかったな。礼二君の泣きべそ大好き。……オマエが風邪引く前に入るか」
「おお」
 明け切らぬ視界、ぎゅっと吸い殻を押しつけられた手すりに、新しい傷がぼうと浮く。獅子神はそれに背を向けて、スリッパを脱ぎながら室内へと上がった。
 少なくとも、激務が終わればその足で、村雨は会いに来ようとしている。
 それを突き放すほど、叶も獅子神も、抱きしめた時の痩せた身体の冷たさを、手放していられるわけではなかった。