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千代里
2024-04-24 08:42:07
13735文字
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君ふれ短編
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ケイとミィハの話・短編・その11
「ユキハネ、見てよ! めちゃくちゃきれいだよ! このまま、海の底まで覗けそうだ!」
「ケイさん、待ってください! そんなに走ると、転んでしまいますよ」
「大丈夫だって。それ、ミィハにも言われたことだからさ!」
歓声をあげながら、ケイは日光がたっぷりと降り注ぐ砂浜を駆けていく。程なくして海辺に辿り着いた彼は、コバルトブルーの透き通った海にたじろぐこともなく、ざぶざぶと中へと入っていく。
肌をくすぐる冷たい海水の感触を楽しめるのも、燦々と降り注ぐ日光を心地よいと思えるのも、今彼が身につけている水着のおかげである。今の彼は、どこからどう見てもリゾートを楽しむ若者そのものだった。
思いがけない形ではあったが、当初の依頼は完了した。依頼が終わった以上、正真正銘手隙となったケイは、かねてから予定していた通り、コスタ・デル・ソルで遊ぶことをミィハに提案したのだった。依頼を受けた時から、ケイがリゾート地で遊ぶのを楽しみにしていたと知っているミィハは、今度ばかりは「依頼も終わったのだからいいだろう」と首を縦に振った。
自分ばかりが遊んでも面白くないと、ケイは同道していたフェリキシーたちも誘った。折よくユキハネに海を見に行きたいと言われていたフェリキシーは、好きにすればいいだろうと許可を出し、晴れて四人で海に行くこととなったのだった。
「ミストヴィレッジの海よりも、こっちの方が透明な気がする! それに水が気持ちいいなあ」
ざぶざぶと海水を体にかけたり、水を掬ってはぶちまけたりして、その冷たさを満喫するケイ。尻尾も耳もぴーんと伸びていて、楽しいという気持ちを隠そうともしていない。
「ケイさん、水の中で何か動いた気がします。魚でしょうか」
「魚もいるんじゃないかな。捕まえるのは
……
ちょっと難しい、かも?」
試しに海水の中に手を突っ込んでみたものの、魚たちはケイの指をするすると通り抜けていく。あるいは、それは光が海面を反射して見せていたチラつきにすぎなかったのかもしれないが。
「それにしても、ユキハネたちも水着を借りられてよかったよ。よく似合ってる!」
「そ、そうでしょうか
……
。変、ではありませんか?」
ケイに視線を向けられて、ユキハネを体の前面を手で隠すような仕草を見せる。
今の彼女は、ケイ同様に水着を身につけていた。上半身は胸元と二の腕の一部だけを隠すようにフリルがついたものだ。一見すると夏の外出着のようにも見えるが、程よく水を吸い、程よく弾く材質は間違いなく水泳用のものである。
露出が多い上半身とは別に、彼女は腰には踝に届かんばかりの長さのパレオを巻いていた。ユキハネの白い肌によく生える珊瑚色のパレオには、南国をイメージした外洋の植物やら花やらが描かれている。海に入っても不必要に足にまとわりつかないのは、専用の魔法をかけているのかもしれない。
「全然変じゃないよ。ゲゲルジュさんが、フェリキシーたちにも水着貸してくれてよかったね。おかげで、四人で海に行けたわけだからさ」
「はい、わたしは用意できていなかったので、ゲゲルジュ様が快諾してくださってとても助かりました」
コスタ・デル・ソルの支配人であるゲゲルジュは、自分の管理しているリゾート地が帝国兵との取引現場に使われるところだったと知り、大変驚いていた。自身が管理者である観光地で帝国の息がかかっている者が好き勝手していると分かっていたら、他の客への印象が悪くなる。それを未然に防いだことに感謝の意を示すと同時に、彼はススナムの一件を暴いたミィハたちにいくつか便宜を図ってくれた。具体的には今日一日の宿泊費の免除や、海水浴場で着用できる水着の貸与である。
「ユキハネは泳げるんだよね?」
「はい。小さい頃に泳ぎの練習をしたことがありますから。お師様も泳げるのですけれど、あまり海自体に興味がないみたいですね」
ユキハネが振り返った先では、浜辺に残ったフェリキシーが、海辺に残ったミィハと話している姿が見える。日光を防ぐためにミィハは日傘をさしているので、その二人の取り合わせは遠目から見るとなんとも奇妙なものに見えた。
「二人には悪いけど、せっかくだから俺たちは俺たちで楽しんじゃおうか」
「はいっ。ケイさん、あっちには珊瑚があるようですよ」
「あ、本当だ。俺、もうちょっと近くで見てみる!」
足が海底につくかつかないかの頃合いを見計らい、ケイはざぶんと海の中に体を沈み込ませる。手足を動かし、体を水に溶け込ませるようにして泳いでいけば、桃色の珊瑚はすぐに彼の近くに迫ってきた。
珊瑚を傷つけないように少し遠巻きにしながら、ケイは水上へと顔を上げる。ぶるぶると顔を振ると、あちこちに水滴が飛び散って日差しを浴びてきらきらと輝いた。程なくして、ケイの近くにユキハネの白い頭がぷかりと浮かび上がってくる。
「ケイさん、泳ぐのが早いんですね。ケイさんもどこかで泳ぎを習ったのですか?」
「教えてもらったわけじゃなくて、川遊びをしているうちに自然に身についただけだよ。ユキハネの方がずっと綺麗に泳いでいると思うよ」
「そ、そうでしょうか
……
?」
褒められるのに慣れていないのか、ユキハネは白い頬にさっと朱色を添える。少し熱くなった頬を両手で挟む彼女を見やりながら、ケイは彼女に気づかれないように目を伏せた。
(
……
帝国兵に撃たれたって傷跡、やっぱり残ったままになっちゃったんだな)
ユキハネの肩のあたりに見える、引き攣れた小さな傷跡。それは、此度の依頼で唯一見える形で残された傷だ。
もっとも、冒険者であるユキハネの肌には、ケイの知らない傷跡がいくつも残っている。たとえば、腹に刻まれた爪で切り裂かれたような大きな傷跡。鱗の周囲に残っている、一度鱗そのものを抉られたような不自然な痣。それらの傷は、彼女が積み重ねてきた日々の証だ。だからこそ、傷跡そのものを悪だと言うつもりはない。
それでも、傷が残った経緯を知っている今回の分に対して、思うところの一つや二つはある。
「ユキハネ」
「はい?」
思わず、こわばった声で彼女を呼んでしまう。しかし、彼女はきょとんとした顔で首を傾げるだけだ。その姿を見ていれば、傷を気にする方がかえって失礼ではないかとすら思えてしまう。
「
……
ううん、何でもない。あっ、あっちの魚、何だか面白い色してる! ちょっと見に行ってみよよ!」
「あ、待ってください。あまり遠くまで行くと、流れが早くて沖に連れて行かれてしまいますよ」
「分かってるってば!」
それから、ケイはユキハネを伴って海水浴場として開放された海をあちこち泳ぎ回った。点在する珊瑚を見つけては歓声をあげ、見慣れない魚に指を伸ばしてみた。同じように海を楽しむ観光客に出会い、見知らぬ魚たちの名前を教えてもらう場面もあった。
どれだけ長く深く潜れるかをお互いに試してみたら、ほんの数秒の差ではあったが、ユキハネが勝利を収めていた。彼女に負けると思っていなかったケイは、もう一戦を希望したが、ユキハネは「また今度です」と取り合ってくれなかった。けれども、そうやってケイを揶揄う彼女の笑顔はまるで子供のようで、普段フェリキシーのそばにいる楚々とした魔道士としての違う側面を見つけられたと、ケイもつられて笑ってしまうのだった。
「俺さ。ユキハネのこと、誤解してたかもしれない」
「誤解ですか?」
ひとしきりはしゃいだ二人は、ぷかりと体を浮かせてぼんやりと太陽を眺めていた。冷えた海面と、上空から降り注ぐ日差し。二つの温度に挟まれて、ただ揺蕩っているのも心地よい。
「うん。誤解っていうのも、ちょっと変な感じがするけどさ。最初の依頼のとき、ユキハネはフェリキシーの弟子なんだって思ってたんだ。フェリキシーがユキハネを冒険者として鍛えていて、ユキハネは強くなりたいからフェリキシーに鍛錬を依頼して
……
みたいな感じでさ」
「それは間違いではありませんよ。わたしがお師様から多くのことを学ばせてもらっているのは事実です」
「うん。フェリキシーが面倒見がいいのは知っているし、ユキハネがフェリキシーを慕っていることもよく分かってるつもり。でも、それは俺が思っていたような師弟関係とか上下関係があるからじゃなくて、お互いがお互いのことをすごく大事に思ってるからなんだなーって」
誤解というには些細な違いだったが、ケイにとってはよく話す相手だからこそ、その些細な違いがどれほど大きなものかが分かる。
「ユキハネがフェリキシーのことを、ただの冒険者の先輩以外の意味で大事に思ってることは知っていたよ。でも、フェリキシーだって、ユキハネを無理やり連れ回してるわけじゃないって言ってた。ユキハネが選んで自分のそばにいるって、ちゃんと分かってるみたいだった」
「お師様が、そんなことをケイさんに
……
?」
「うん。でも、それはユキハネのことをどうでもいいって思ってるわけじゃなくてさ。ユキハネが怪我したら、フェリキシーはすごく心配していたみたいだった。そういう、ただの師匠とか弟子とか、簡単な言葉で片付けられない絆みたいな所を、二人に出会ったときの俺は見えてなかったってーーって、ユキハネ!?」
ケイが驚いたのも無理もない。今までケイと同じように水面を揺蕩っていたユキハネが、急に均衡を崩して沈んでいったからだ。慌ててケイが潜っていくと、程なくしてユキハネは水面に浮上してきた。
「
……
どうして、あの時のわたしは気絶していたのでしょう」
「それは、銃弾を受けて血を流し続けていたからだと思うけど」
「意識が戻っていたら良かったのに
……
」
彼女が両手で顔を覆ってしまったので、ケイはてっきりユキハネが泣いているのかと勘違いしかけた。啜り泣くような声はしなかったので、すぐにそうではないと分かったものの、ユキハネはなかなか両手を顔から退かそうとしなかった。
「フェリキシー、別に怒ったりしてなかったよ。だから、そんなに不安そうにしなくても大丈夫だよ」
「うう
……
それは分かってます
……
」
ユキハネは両手で顔をぎゅーっと押さえつけるようにしてから、やがてゆっくりと顔を上げた。太陽に当たりすぎたからか、その頬はすっかり薄紅色に染まっている。
もし、自分が凶弾に倒れた直後、フェリキシーが激昂して敵を半殺しにしていたと知ったら、ユキハネはしばらく師である彼と顔を合わせづらかっただろう。
(嬉しいような、恥ずかしいような
……
少し、申し訳ないような。こんな気持ち、どう片付けたらいいか分かりません
……
)
ユキハネはわざと水面に顔をつけ、ざぶざぶと顔を洗う。勢いをつけすぎたせいで、鼻に水が入りかけてしまい、思わず咽込んでしまう。だが、今はそれすらも気を紛らわすという意味ではありがたかった。
「あっ。あっちに何か見えるよ。あれは船かな?」
ケイの声につられて、気持ちを切り替えてユキハネは顔を上げる。見上げた先にあったのは、一隻の帆船と思しき小さなシルエットだ。リムサ・ロミンサで停泊している船を目にしたときは非常に大きいと感じたのに、今は距離が遠いせいで指先で隠せそうなほどに小さい。
「俺たちのこと、見えたりするのかな?」
「ほとんど見えないと思いますが、もしかしたら
……
ですね」
「見えてなくてもいいや。おーい!」
ケイがぶんぶんと手を振ってみても、やはりと言うべきか、船に変化は見られない。それでも、ケイは勢いよく手を振り続けている。ユキハネも彼の真似をして、ゆるゆると手を振ってみせた。
「あの船はどこに行くんだろうね」
「ウルダハの方かもしれませんね。それか、ミィハさんの話していたシャーレアン行きの船かも」
「ウルダハもシャーレアンもこっちから見たら北だよね。西と東に行く船はあるのかな」
「西には新大陸があると聞いていますよ。東は、近東のラザハンや
……
クガネの方でしょうか?」
「クガネって?」
「東の島国にある港町です。少し前に、リムサ・ロミンサの港で、同じようなクガネから来た船を見かけたんです。クガネは、ガレマール帝国ともエオルゼアともラザハンとも取引をしているそうですよ」
「えっ、ガレマール帝国とも!?」
つい先日、帝国と商談をしていたことで生じた事件に巻き込まれた身としては、帝国と取引をしていると聞いて心穏やかではいられない。ケイが目を丸くして驚いているのとは対極的に、ユキハネは平素と変わらぬ顔で「はい」と頷く。
「どの国とも戦わない代わりに、取引もまた平等に行うという姿勢なんです。なので、帝国とも対等な取引をしているのです」
「そっかあ。じゃあ、ススナムさんもそこでやり取りをすればよかったのにね」
「ええ。でも、クガネでやりとりをする商会も殆ど決まっているのではないでしょうか」
「うーん、商人って頭を使うんだなあ。俺には到底無理そうだよ」
ケイは大きく伸びをして、すっかり姿が見えなくなった船が浮かんでいた水平線を見つめる。
この水平線の向こうには、ケイの知らない土地や国がいくつもある。その全てを知るには、ヒトの生はあまりに短い。だが、いつかはと願う気持ちも確かにあった。
「クガネって街、俺も行ってみたいな。この辺りだって、まだ俺が足を踏み入れていない場所があるんだろうなあ。今度はどこに行こうかな」
「では、次の依頼もリムサ・ロミンサから離れた場所になりそうですね」
「うん。せっかく、バイルブランド島に来たんだ。島の全部を見て歩きたいよ」
そして、いつか。心のどこかに残ったままの傷に触れても大丈夫になったならば。
孤独のまま駆け抜けた森や荒野に、自ら足を踏み入れる日も来るだろう。そして、きっとそれはそう遠くない未来のことだ。
「あ、そうだ。そろそろミィハたちの所に戻ろうよ。きっとあの二人のことだから、俺たちが声をかけないと、いつまでも浜辺で散歩してるよ。ついでだから、一緒に泳げないか訊いてみようかな」
「お師様を誘っても、海に入ってくれるか分かりませんよ?」
「誘うだけ誘ってみるよ。ミィハだって、波打ち際で海に触れるぐらいの体験はしてもらわないと!」
せっかくのリゾート地だ。浜辺をそぞろ歩いただけで満足されては困る。ケイはユキハネを誘うようにニッと笑ってみせると、浜辺に向かって泳ぎ始めた。
***
「結局、僕の予想していた通りになってしまったな」
「何の話だよ」
「依頼の話だ。法外な報酬がついた依頼には裏があるんじゃないかと言っただろう」
冒険者ギルドで依頼を受けた直後の話のことだ。ミィハは、万が一のことがあったらケイを連れて逃げ出すと言った。結果的に尻尾を巻いて逃げ出すような結果にはならなかったが、もし不滅隊をつれたヤヤハトたちがやってこなかったら、当初危惧していたような結末になっていたかもしれない。
「で、何が言いたいんだよ。俺への嫌味か?」
「違う。いや、少しはそれもあるが
……
流石に依頼主が帝国と手を組んでいたなどとは僕も予想外だった」
そこで一拍置いて、ミィハは目を細めて海面を浮き沈みしているケイの濃紫の短髪を見やる。
「僕が余計な薮をつついたせいで、君たちを危険に巻き込んだのは事実だ。ススナムの誤解を招くような言動をしてしまった。結果的にユキハネが負傷し、ケイも危険に晒してしまったし、君にも迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
「ーー
……
っ」
返ってきたのは盛大なため息と舌打ち。続けて、ミィハは自身の背に走った衝撃でつんのめりそうになった。痛みを感じない体だからこそ衝撃のみで済んでいるが、もし痛覚が正常に機能していたなら、そこそこに痛みを覚えていただろう。
「おい、何をするんだ」
「てめえが馬鹿なこと言うからだ。何で、今回のごたごたの原因とは関係ねえてめえに謝られなきゃいけねえんだよ」
「だが、僕がゾイサイトのことをやたらと勘繰らなければーー」
「もともと、それを身につけておけって言ったのは俺だろうが。それを考えれば、てめえは俺を責める側だ。忘れてねえだろうな」
フェリキシーの言うように、落とし主が見つかるまで身につけておけと言ったのはフェリキシー自身だ。とはいえ、ゾイサイトについて積極的に調査をしていたのはミィハである。ミィハがそのことを指摘しようと口を開きかけると、
「誰が悪いだの、誰のせいだの、考えたところで仕方ねえだろ。強いて言えば、帝国兵が持ってたっていうゾイサイトに目が眩んで、あれこれ良からぬことを考えたススナムの野郎が悪いってことになるだろ。ユキハネを撃った連中も、元はと言えばススナムの商談相手の手駒だしな」
昨晩、フェリキシーたちの元に押しかけてきた侵入者たちは、ススナムの商談相手が差し向けてきたものだと不滅隊の尋問で発覚した。
正体不明の怪盗に翻弄されていることを、ススナムは商談相手に対して最初は隠そうとしていたようだ。だが、徐々に状況が露見していくと、商談相手はススナムに対して不審を抱いていたらしい。単に護衛を貸すだけでは不安に感じたのか、本来商談相手が得るべき商品を先んじて回収しようと、護衛の一部に商品の回収を命じた。それが、フェリキシーらと衝突してしまったのだ。ススナムとしては、冒険者とガレマール帝国から派遣された兵がぶつかっても、自分は痛くも痒くもないので、好きにさせていたのだろう。
ススナムは、もともとウルダハで雇った兵士からの求心力をわざと下げていた。そうすれば、彼はより一層ガレマール帝国から派遣された兵士を使いやすくなるからだ。ススナムがウルダハの兵士が金で動くことを、良くも悪くも正しく理解していたからこその振る舞いである。今回の被害は、ススナムが帝国の息のかかった者を大量に懐に招いていたからこそ起きたことだ。
閑話休題。
誰がユキハネを撃ったかという点にだけ焦点を絞れば、間違いなくそれはススナムがガレマール帝国から引き込んだ使者となる。
「責任の所在なんつー七面倒なことは、不滅隊の連中にでも考えさせておけばいいんだよ。誰のせいだなんだって責任を外に求めていったら、そのうち自分の命すら他人に預けるような軟弱者になっちまう」
「それが、君の考えなのか?」
「さあな」
結局はっきりとしない言葉を返してから、フェリキシーは自分を照らす日差しを遮るように、片手で額に小さな庇を作った。
海に向かって一直線に走っていったケイと、彼の後を追ったユキハネとは対照的に、ミィハとフェリキシーは依然として浜辺に残っている。とはいえ、二人とも、いつもの冒険者としての装束は身につけてはいない。
フェリキシーが着ているのは、コスタ・デル・ソルの支配人から借り受けた耐熱装備ーー要するに水着だ。剥き出しになった灰肌の上半身には、ゆったりとしたシルエットの薄手の上着を羽織っている。
彼の体には、今までの戦いの中で刻まれてきた傷跡やら肌の引き攣れた跡などが無数にある。それらを大っぴらに晒していると、他の観光客たちが驚いてしまうだろうと、ケイが上着を羽織るように示唆したからだ。なお、その助言の裏に「悪目立ちして噂されるの、フェリキシーは気にしないかもだけど、やっぱりいい気持ちじゃないだろうし」という言葉があったことは、ミィハだけが知っていた。
一方、ミィハも水着姿ではあるものの、彼の肌はフェリキシーよりやや厚手のパーカーが覆っていた。白地にスカイブルーのラインが入ったパーカーは、ケイが見立てただけあって彼の白い肌によく似合っている。だが、普段とは異なる軽装以外にも見慣れないものをミィハは手に持っていた。
「それよりも、てめえのソレは何だよ」
「ソレというのは?」
「その傘だよ。ケイの野郎、そんなもの持ってきてやがったのか」
「いや、これは貸してもらった備品だ」
ミィハは肩にかけていた日傘の柄をくるりと回す。動きに合わせて、真っ白の丸いシルエットがくるりと動いた。女性用だからか、支配人の趣味だからかは不明だが、フリルのついた白い傘は妙にミィハにマッチしていた。
「僕は強い日差しに弱いらしい。体温の変化と、それに伴う不調を感じにくいようだから、事前に日差しそのものを遮断できるものがあったほうがいいだろうと、ケイが提案してくれたんだ」
昨日は麦わら帽子を被っていたが、それだけではミィハは暑気あたりから逃れられなかった。ならばと、今回用意されたのがこの日傘である。おかげで常に日陰にいられるミィハは、昨日よりも余裕ありげに口元を持ち上げていた。
「お前、ザナラーンの荒野なんざ歩いた日には、すぐにぶっ倒れそうだな」
「事前にある程度体を慣らしておけば、そこまで問題ではない。実際、僕はザナラーンにも行ったことがある」
「ザナラーン南部の砂漠の方には行ったことがねえだろ。あっちは暑さが桁違いだぞ」
「言われてみれば、砂漠には近づかなかったか。肝に銘じておこう」
ミィハがケイを助けたのは、荒野と砂漠の境目だった。もしあれ以上砂漠に近づいていたら、ケイを助ける前にミィハが干からびていたかもしれない。絶妙な場所で出会わせてくれた運命の女神に、ミィハは心密かに感謝の祈りを捧げた。
海ではしゃぎまわっているケイたちは、潜ったり沈んだりと忙しないことこの上ない。少年少女のはしゃぎっぷりを眺めながら、ふとミィハは水平線の向こうを行く船の影を視線で追う。あれはどこに向かう船だろうか。シャーレアン行きだとしたら、ロフェやリンドもあの船に乗っているやもしれない。
「そういえば、ミィハ。あいつらに家族への紹介状なんざ、持たせてよかったのかよ」
「それは、どういう意味での問いかけなんだ」
「お前、家の連中との折り合い、よくねえだろ」
直球すぎるフェリキシーの発言に、ミィハは目を丸くする。自分と家族との微妙な確執については、ケイにしか打ち明けていないことだ。
「どうして、それを君が知っている」
「
……
あのなあ、カマかけられた可能性ぐらい、ちっとは考えろよ。馬鹿正直に答えてばかりだと、いつか足元掬われるぞ」
「その割には随分と確信じみた物言いに聞こえたが?」
嫌味をものともせずミィハがさらに食いついてくるので、フェリキシーは肩を竦め、唇をひん曲げた。
「冒険者なんていう明日も知れないような仕事についているような奴は、大体は家から飛び出してきたやつか、最初から天涯孤独のような奴ばっかだ。だけど、てめえは違う。シャーレアンでそれなりにいい所で育ったってのは、見てりゃ分かる」
かつてはミィハの育ちを揶揄していたフェリキシーだったが、今の彼の口ぶりは当時のそれとはまるで違う。だからこそ、ミィハも神妙な面持ちで言葉の続きを待った。
「そういう風にガキを育てるような家が、すすんで自分のガキを冒険者なんかにするかよ。だから、お前が冒険者としてここにいるのは、家の連中と折り合いが悪いからこそか、家から勝手に飛び出してきた結果なんだろうってぐらいは俺でも想像がつくんだよ」
今まで冒険者として多くの人々に出会ったからこそ、フェリキシーはミィハの立場を的確に見抜いてみせた。ケイやユキハネでは、ここまで一足飛びにミィハの立場を把握できなかっただろう。
「
……
折り合いが悪いのは事実だ。父も兄も、僕が家を出ることを反対していた」
「そいつらは、てめえの居所は知っているのか」
「手紙のやりとりは、いくつか。だから、僕が紹介の手紙を書いたところで、そこまで大きな問題にはならない」
もし、ミィハが所在を隠して冒険者をしていたのなら、リンドたちに託した手紙がきっかけで足を辿られる可能性がある。フェリキシーは、そのような状況を遠回しに案じていたのだろうと、ミィハは予想していた。無論、本人に聞いたところで否定するのは目に見えている。
「そういう君はどうなんだ?」
「何がだよ」
「家族の話だ。まあ、君の論を聞く限り、自ずと答えは察せられるが」
「だったら、わざわざ聞かなくてもいいだろ」
そこで言葉を断ち切って、フェリキシーは波間で遊ぶ若者たちを見るともなしに見やる。
今回の一件は一歩間違えれば、命を落としていたかもしれない局面だった。そんな状況であったことを億尾にも出さずに、二人は無邪気に海を満喫している。それもまた、冒険者の持つべき資質だ。
家族がいて、帰る場所がある。そのような立場だったのなら、あのような危険な綱渡りはできない。するべきではないと、それぐらいの感覚はフェリキシーも持ち合わせている。
「ーー居ねえよ」
「ん?」
「だから、さっきの質問の答えだ。そんなものは居ねえ。もう随分前からな」
彼は、何かを思い出すように目を細めている。その視線の先にいたのは、随分前にいなくなったと言う家族なのか。それとも、家族そのものではなくとも、彼を身内として愛した者なのか。
「
……
そうか」
「ああ」
ぶっきらぼうに、吐き捨てる物言い。その裏に滲む心の全てを掬い上げられるほど、ミィハはフェリキシーと親しいわけではない。無理に詳細を聞こうとも思っていない。
いずれ、この男が必要だと感じたときに話してくれればいい。ただ、もし帰りを待つ家族がいたなら、彼を頼りにしすぎるのは避けた方がいいだろう。そう思っただけのことだ。
「そういえば、ミィハ。お前、あの兄妹らの船賃は気にしなくていいっつってたが、あれで足りたのか」
話題の転換先は、先だって別れた兄妹らの話となった。彼らの路銀のほとんどは、フェリキシーの手持ちの金銭で賄われている。二人を逃がしたいと思ったのは、あくまでフェリキシーの個人的な判断によるものだからだ。
その際、シャーレアンへの逃亡を提案したミィハは、船賃について気にする必要はないと述べていた。
「代金としては、恐らくぎりぎりになるだろうな。もし足りなかったら、その分を立て替えてもらうように紹介状に書いておいた。だから、問題ないと言ったんだ」
「てめえ、家族の反対で家を出た割には、家族を顎で使いすぎじゃねえか?」
「僕は、家と許可された施設以外の出入りを家族によって何年も禁じられてきた。そんな要求を押し付けてくるような家族だ。今更、遠慮する方が馬鹿らしい」
開き直った態度を見せてくるミィハ。それに対して、フェリキシーは口元を釣り上げるだけだった。下手に家族にへりくだって見せる姿勢よりは、こちらの方がフェリキシーとしても好ましい。
「船賃が気になったのか? シャーレアンに行く予定でもあるのか」
「いや、そっちに用はねえよ」
しかし、その物言いはシャーレアン以外には用があると言っているようなものだ。ミィハは柳眉を寄せて、思わず彼を見つめる。
(もしかして、彼が今回の依頼を怪しいと分かっていて、報酬の高さに惹かれて依頼を引き受けたのは
……
)
フェリキシーは、ガサツそうな振る舞いとは裏腹に、危ない橋を率先して渡るような真似はしない。危険が蛮勇にしかならないことを、彼はよく知っている。
そして、彼は金に目が眩むほど短絡的でもない。依頼を引き受けたときの物言いから察するに、生活に困窮している様子でもない。
「ーークガネから、船が来てたんだよ」
唐突に、ミィハの傍の男は言う。
「クガネは、ひんがしの国において唯一、外国との交流を許している街
……
だったな。ガレマール帝国とも中立を保っていると聞いている」
彼の呟きを、ミィハが追う。着実に諸国を飲み込んでいく帝国に対して、対立の姿勢を見せる国がある一方で、早々に中立を宣言して自らの立ち位置を保持しようとする国も存在する。その一つが、ひんがしの国であり、かの国が唯一外へと開いた街がクガネだ。
「ああ。東方に行っていた貿易船だったんだろうな。クガネから来た連中も、何人か乗っていた」
見慣れない裾の広がった衣服。腰に帯だけを巻いた独特な東方風の装いに、港町を行き交う冒険者や労働者も足を止めた。フェリキシーとユキハネもその一人だった。
そうはいっても、異国からやってきた来訪者など、港に行けばいくらでも見られる。すぐに視線を外して、先を行こうとしたときだった。
「
……
あいつが見てたんだよ。港の連中に、あの船はどこから来たのかなんて、まじめ腐った顔で訊いていた」
あいつというのが誰かは、わざわざ問う必要もない。ミィハの視線は、ケイと一緒に海の中ほどでぷかぷかと浮かんでいる、白銀のアウラ族の娘へと向かう。
「気になることがあんのかって訊いたら、何でもないっつってたけどよ」
フェリキシーは、その時の様子を思い出したのか、何かを睨むように目を細めている。酷く遠い何かを懐かしんでいるかのような。かつて、同じように、彼に異国への想いを語った者がいたのだろうか。
「
……
ユキハネが東方の出身であることは、僕も分かっている。名前からしてそうだからな」
独特の音律で組み上がった名前は、エオルゼアでは見られない名だ。彼女は、遥か東にある国を故郷としているに違いない。
「彼女の家族が、そちらにいるのか?」
ユキハネはケイ同様、かなり年若い。冒険者として活動しているものの、彼女が海を挟んだ東の国からわざわざ冒険者になるためだけに、リムサ・ロミンサに来たとはミィハも考えていない。恐らく、何らかの事情があってエオルゼアに流れつき、日々の生活のためにも冒険者として活動しているのだろうとは、容易に想像がつく。
そうなると、次に気になるのは彼女の家族のことだ。
「もしかして、彼女の両親が彼女の帰りを東の国で待っているのか」
「いや、親は両方とも既に死んでるらしい。
……
ただ、別に父親やら母親やらだけが身内とは限らねえだろ」
「そうか。
……
彼女の帰る家は、まだあるのかもしれないんだな」
全ては憶測に過ぎない。両親以外の身内はいても、ユキハネにとっては望ましい関係の相手ではないかもしれない。はたまた、顔を合わせた覚えすらない相手の可能性だってある。
それでも、彼女は郷愁の思いを覗かせた。いつか、故郷に戻ることができたらと、そんな思いを胸に抱いたからこそ、彼女は足を止めたとフェリキシーは捉えたのだ。
「ユキハネの里帰りに使えるように、ススナムの出した法外な報酬を得ようとしたのか」
「そんな大層なもんじゃねえよ。それに、肝心の報酬も結局は半分も貰えるか怪しいところだしな」
ススナムは帝国と取引をしていた。その点を鑑みて、不滅隊がススナムの資産を抑えてしまうかもしれない。差し押さえられる対象に、冒険者ギルドに預けたという報酬が含まれないことを祈るばかりだ。
「ただ、肝心なときに、何も用意がねえっていうよりはマシかって思っただけだ」
「ーー
……
まったく。君はわかりづらいやつだな」
「てめえにだけは、言われたかねえよ」
フェリキシーに混ぜっ返されて、ミィハはふっと口元を緩める。
「ケイに伝わっていれば、僕には十分なんだ」
「そうかよ。そのケイが、何かこっち来てるみたいだぞ」
フェリキシーの言うように、ケイとユキハネは海から波打ち際へと戻ってきていた。更に、真っ直ぐに浜辺でそぞろ歩いていた二人へと駆け寄ってくる。
「ミィハ! 見て! めちゃくちゃ大きい貝殻あった!」
戻ってきて早々、ケイは自分の掌ほどの大きさの貝殻を見せる。興奮で声を弾ませるケイに、ミィハは目元を緩ませると、
「ああ、随分と大きいな。欠けも少ないし、貝殻だけになってから間もないんだろう」
「これと同じようなのが、海岸にいっぱいあったんだ。ミィハも見に行こうよ!」
「分かった。ただ、海には入らないからな」
「泳げとは言わないけど、足元を濡らすぐらいはしようよ。せっかくの海だよ」
「海なら家からいつも見ているじゃないか」
ミィハの家は、海が見える眺めのいい位置にある。単純に海を眺めるだけなら、ミィハの言うように庭に顔を出せばいい。
だが、ケイはぶんぶんと首を横に振る。はずみで、彼の短い髪からいくつも水滴が飛び散った。
「いつもと違う海だからいいんじゃないか! ほらほら、行こう行こう」
泳いできたためにしっとりと濡れたケイの手に引かれ、ミィハは浜辺へと駆け出す。太陽を浴びているからか、ケイの体は濡れているはずなのにどこかほんのりと温かくもあった。
浜辺に向かいつつ、ミィハはちらりと背後にも視線をやる。折しも、ユキハネがフェリキシーに向かって何か話しかけている姿が目に映った。彼女も、彼を海へと誘っているのかもしれない。故郷に焦がれる気持ちがあったとしても、あの白銀の少女は自分の師匠への敬慕を捨てたわけではない。それもまた、確かなことだ。
視線を前へと戻し、ミィハは自分の前を行く友人の背を見つめる。彼は、ミィハの家族ではないかもしれない。自分は、冒険者として明日も知れぬ日々を過ごす身かもしれない。
それでも、今、手を引かれている瞬間はここにありーー何ものにも代え難い。
「ケイ」
「ん、何?」
振り返ったケイの向こう側、コバルトブルーの海が広がっている。
燦々と降り注ぐ陽光と、潮の匂いが混じった海の風。足の指の隙間に入り込む、細かな砂の感触。繰り返し響く波の音。そして、自分の手を握っている彼の指の温もり。
本を読んでいるだけでは、シャーレアンに留まっているだけでは感じられなかった全てを肌身で感じ、ミィハはふっと顔を綻ばせる。
「ケイ。僕は君とここに来られてよかった」
「うん! 俺も、ミィハと一緒に行けてよかったよ!」
コスタ・デル・ソルの太陽にも負けない笑みが、ケイの顔に浮かぶ。その眩しさに目を細めながら、ミィハは声をあげて笑う。
友人と、仲間と過ごした青い海の記憶。それもまた、彼の中では大事な思い出の一つとして綴じられていくのであった。
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