ガイベル
2024-04-23 16:25:51
2193文字
Public お話
 

chill out

いつも同じことをしている気がする

「ただいま」

玄関を開け、小さく呟く。
予定より数日早い、深夜の帰宅。久々の我が家。
明かりの消えている室内は暗くシンと静まり返っていて、飾ってある花や植物たちも全てが目を閉じているかのように静かだ。
きっとこの家にいる彼も、もう眠っている。

サニーは長旅と仕事の疲れからくる眠気を振り払うように伸びをすると、気絶する前にやるべき最低限のことを考えた。……基本的には全てを明日することにして、寝てしまえばいい。
荷物と上着を片付け、手と顔を洗う。今から風呂に入るとうっかり沈みかねないから、歯だけ磨いた。

極力音を立てないように移動して、奥にある自分の寝室へのドアノブに手をかける。
………………

少し迷ったけど……顔を見るぐらい、いいよね。
そう思い直して踵を返し、彼の……バジルの部屋の前に立つ。
深夜とはいえせっかく前倒しで帰ってこられたのだ。もし起こしてしまったとしても、バジルなら喜んでくれるかも。なんていう自惚れもある。

静かに彼の部屋のドアを開く。
電気の消えた暗い室内に、窓から入る月の光がやけに明るく差し込んでいる。
そっと様子を伺うと、ベッドにすやすやと眠るバジルが──、いない。
え?

いない。
何度確認しても、いなかった。
それどころか、この部屋に人の気配はない。
…………なんで、どうして?どこに行った?

確かにここは彼の部屋だ。いくら自分が眠さと疲労を抱えていると言ったって、間違えようがない。
綺麗に整えられた寝心地良さそうなベッドは相変わらずで。でも、その主だけがどこをどう見ても、どこにもいなかった。
頭をガン!と殴られたようなショックに襲われる。おかげさまで、今にも倒れそうだったほどの眠気はすっ飛んだけれど。
それと引き換えに嫌な感覚が脳裏を駆け巡る。
以前、同じようにしばらく家を空けて帰ってきた時のことを思い出した。
……あの時は、たしか。バジルがいきなり、同棲を解消したいみたいなことを言い始めて……
とんでもなく拗れそうになった。……めちゃくちゃめんどくさかった。
まさかまた……、なんてことないよね。
……最後に連絡した時の彼は、どうだった?どこかに行くとか、誰かに会う予定とか。言っていたっけ。
いや、そんな話は全くしていない。してない、はず。
記憶の中の彼の言葉を手繰り寄せる。

『忙しいのに連絡くれてありがとう。……えへへ、声が聞けて嬉しいな。』
『サニーくんは元気?ちゃんと食べてる?眠れてる?』
『最近育ててたチューリップが咲いたんだ。とってもかわいいから早くサニーくんにも見てもらいたいな。』

そう言っていた。忘れようはずもない。
じゃあなんで。なんで、いないの。
探しに行く?いまから?どこに?あてもないのに。
そもそも一刻も早く帰って来たくてちょっと無理をしていたから、既に体力が限界だ。
……

もう、とりあえず自分の部屋に戻って休もう。
何も考えたくない。疲労のせいか考えれば考えるほど思考は嫌な結論に結びついて、より一層身体が重たくなる。重力に負けそうだ。
……バジルのバカ。
よろよろとした足取りで、なんとか自室の前まで戻った。
どうせ消すのだからと電気をつけることもなくベッドの近くまで歩みを進める。


薄暗い自分の部屋の中、何も無いはずの場所に人が転がっている、なんて思わずに。


人間、驚きすぎると声も出ない。
しかし、さながらきゅうりを近くに置かれて飛び上がる猫くらいには──体が跳ねた。
一瞬で鳥肌がとんでもない事になった腕をさすり、心を落ち着けながらその物体をよくよく確認する。
その影の正体は、まごうことなきバジルだった。
な、なに……?どういうこと?なんで?倒れてる……!?
恐る恐る確認すると、ただ単に眠り込んでいるだけのようだった。心臓に悪すぎる。
まさかここで寝落ちたとでもいうのか。

つとめて冷静に、彼を揺り起こす。
「バジル、起きて」
「ぅ………?」
「バジル、ちゃんとしたところで寝て」
……うーん……?サニーくんだあ…………
「うん、ただいま。」
「サニーくんが出てくるなんていい夢だな……へへ……

夢ではないんだけど。
寝ぼけている彼がそう思うのも無理はないのかもしれない。
ヘラヘラふにゃふにゃしたバジルの上体を起こして抱える。ただいまの挨拶もハグもキスもきちんとできていなかったけれど、久しぶりの彼の体温にひどく安心した。
…………はやくあいたいよ、サニーくん……
いまだに夢うつつの彼が静かに零した言葉がぎゅうと僕の胸を締め付けた。
………そんなの、僕だって。
少しだけ力を強くしてバジルを抱きしめた。
花の香りが混じる、彼の匂い。
…………
…………………


いや、だから寝落ちする!
気力を振り絞って彼の近くに落ちていたアルバムを片手で拾い、ベッドサイドチェストに乗せた。
それからバジルを抱え直し、ベッドに放り込む。
少し扱いが雑になるのは仕方がない。
ええい、もう全部明日、明日。
そう思いながら自分もその横に倒れ込む。
僕が留守の間も彼が手入れをしてくれていたらしい清潔なベッドは、柔らかく2人分の体重を飲み込んだ。


──早朝、僕の姿に驚いたバジルの声に叩き起こされるのはまた少し後の話。



end.