溶けかけ。
2024-04-21 16:04:48
1424文字
Public ほぼ日刊
 

白日青天

政婚ヌフの1案「心身共に傷心したフとそれを癒やすヌ」のお話。


「安心したまえ。初夜だからといって君に無理強いはしない」

 目の前の夫になった人はそう言って、殴られるのではないかと怯える僕を優しく抱き締める。

「薬だけ塗らせて欲しい……年頃の娘がそのような体なのは見るに堪えない」

 言われて、思い出す。僕の体には痣が多い。――血の繋がらない家族は僕をサンドバッグだと嘲笑っていた。

「ご、ごめんなさい……

「?……何故、君が謝る?」

「だって、あの人たちは僕がノロマで馬鹿だから殴られてもしょうがないって……

 溜息が聞こえて思わず身を縮ませる。ああ、やっぱり僕はどうしようもない存在なんだ。震えをなるべく悟られないように己を抱いて押さえつける。強く掴んだ腕には爪が食い込み血が流れる。

「フリーナ殿。それはあちらがおかしい人間なのだ。どこの法律を見ても殴られていい人間など存在しない」

 きっぱりと言い切った僕の旦那様はゆっくりと僕の腕にしがみつく指を一本一本外していく。赤く染まった爪の先を丁寧に、丁寧に拭いていくのをぼんやりと眺める。

「少し染みるかもしれない……痛かったら言って欲しい」

 不思議な色をした軟膏を僕の傷口に塗っていく彼の顔は苦痛に満ちていた。ああ、キミは優しいひとなんだね。僕には勿体ないや。

 ヌヴィレットは少女をつぶさに観察する。体中にある傷は殴られただけで出来たものではない。鞭を使われたような裂傷、縛られたような擦り傷、多種多様な傷をこの少女は負っていた。本来ならば薬が染みてもおかしくないような生傷にさえ無反応なところを見ると、大分痛覚が麻痺しているのかもしれない。痛みとは体の危険信号である。感じられないとなると、周囲の人間が気を配ってやらねばならない。
 最後の傷に薬を塗り終え、蓋を閉じる。

……

 気がつけば少女は舟を漕いでいた。起こさないようにそっと横たえて布団をかけてやり、自身もその横に寝転がり考える。――彼女にとっての幸せを。
 紙一枚、半ば強制的な結婚だったとはいえ、王命である以上、すぐに離婚するわけにはいかない。離婚したとして、彼女のその後を保障してくれる家族もいない。行き着く先は娼館か道端で野垂れ死にか――そんなところだろう。
 今すぐ考えても答えは出ない。朝になったら考えよう、とヌヴィレットは目を閉じた。



「そんなこともあったな……

 ヌヴィレットは懐かしむように言った。

「急にどうしたんだい!?」

 妻のフリーナは驚いたように言った後、ヌヴィレットの額に手を当てた。何か変なものでも食べたのかい?と心配そうな彼女の腕を引いて手の甲にキスを落とせば、瞬時に頬を真っ赤に染めた。

 ――ああ、あの頃の表情よりも余程いい、とヌヴィレットは安堵する。
 あの日、ベッドの上で無表情に薬を塗られていた少女はくるくると表情を変える魅力的な妻になった。
 当時は少しの物音にも敏感に反応し、すぐに何処かへと隠れてしまっていた彼女は、今では積極的に外を駆け回り、怖いことがあれば自分の後ろに隠れるくらいに信用してくれている。

 白いドレスは色白の彼女によく似合う。薄青の髪は綺麗に結われ、引き摺るほど長いベールがふわりと風に舞った。鐘の音が鳴る。
 ヌヴィレットがフリーナの手を取った。

 結婚式の始まりだ。


「?……どうかしたかい?」

「いや、なに。――愛しいな、と思ってな」