千代里
2024-04-19 12:59:11
7506文字
Public 君ふれ短編
 

ケイとミィハの話・短編・その10


「本当にいいんですか。こんなに路銀まで貰ってしまって。元はと言えば、あんたがたは俺を捕まえるために雇われた人たちでしょう」
「いいんだよ。それよりも、無駄遣いして船賃無くすなよ」
フェリキシーに逆に言い返されてしまって、リンドは神妙な面持ちで頷いた。
話をしている二人以外にも、コスタ・デル・ソルの入り口に当たる街道の途中には、ミィハやケイ、ユキハネと言ったらお馴染みの面々の他に、ロフェとリンドの兄妹がいた。兄妹のすぐ後ろには、フェリキシーが用立てたチョコボポーターの係員と、二羽のチョコボが二人の旅立ちを待っている。まだ水平線から太陽が出るか出ないかという時間であるため、周りに人の気配はない。
昨晩の騒動の後、冒険者の四名は元々ススナムから貸してもらった宿へと戻った。代金については、今回はヤヤハトが肩代わりしてくれるとのことだった。
リンドとロフェの兄妹も、此度の事件の参考人としてコスタ・デル・ソルに留まるように不滅隊から依頼されていたので、ひとまずの宿として彼らもケイたちの近くの建物に宿泊することとなった。
しかし、まだ日が昇りきる前に目を覚ましたフェリキシーは、寝ぼけ眼のケイたちを叩き起こすと、続けて久々の兄妹水入らずの時間を過ごしていた二人の寝所にまで踏み入り、こう言った。「お前らは、今すぐここを出発しろ」と。
「ススナム様はともかくとして、兄さんがお世話になったヤヤハトさんに挨拶くらいはした方がいいのではないかしら。不滅隊の人たちも、話を聞きたいと言っていたような……
「やめとけ。それこそ、ヤヤハトの思う壺だ」
おずおずと提案するロフェに対して、フェリキシーは取り付く島もなく却下する。
彼がここまでリンドとロフェの出立を急かす理由。それが、今回の事件を解決に導いた男ーーヤヤハトに関係していると彼は言う。
「あいつがただの慈善事業で人助けをするわけがねえ。そうなると、わざわざあいつがてめえを怪盗に仕立てて側に留め置いたのは、てめえらの目に利用価値があるって思ったからだろう」
「その可能性は十分に考えられるな。二人の目には、アラミゴで培われてきた魔道の技術が使われていると見ていい。二人を育ててくれた医師という人物は、優れた術者でもあったのだろうな」
ミィハはそう補足しつつ、小さく欠伸を噛み殺す。朝に弱い彼は、この急な早起きに耐えきれず、先ほどから欠伸を連発していた。
「ヤヤハトのことだから、代わりの目玉くらいは用意するだろうよ。だが、てめえらの元に今の目玉は返ってこねえ。それだけならいいが、そいつがどこでどんな使われ方されるか分かったもんじゃねえ。それでもいいって言うなら、ここに残るのを止めねえよ」
……それは困りますね。この目は、俺たちにとっては義父さんの形見でもあるわけなのですから」
ウルダハを目前にして命を落とした二人の父親。血のつながりはなくとも、彼らにとっては唯一無二の恩人だ。その形見が奪われるだけでなく、もし良からぬ使われ方をしたらと思うと、おいそれと他人に渡すわけにもいかない。
リンド自身、ヤヤハトのそばにいて、己を利用する理由を薄々察していたのだろう。顔を上げた彼の顔には、躊躇いはすでに消えていた。
「わかりました。それでは、皆さんの親切に今回は甘えさせてもらうことにします」
「たしか、コスタ・デル・ソルからリムサ・ロミンサに向かって、そこから……ええと」
言葉を迷わせるロフェに、ミィハが後を引き取る。
「港からシャーレアン行きの船に乗ってくれ。シャーレアンに到着したら、入国審査をしている人物にその手紙を渡すんだ。僕の名前が書いてあるから、無視はされないだろう」
ミィハが指さしたのは、ロフェの手に握られている封筒だった。土地勘のない兄妹は、このバイルブランド島に滞在し続けていたところで、いずれヤヤハトに見つけ出されてしまだろう。かといって、大陸の方に渡っても、リムサ・ロミンサから旅立つ船が着く先はウルダハの近くだ。それでは、ヤヤハトの懐に戻るのと変わらない。
ならば、とミィハが提案したのが第三の選択肢であるシャーレアン行きだった。
「君たちの目に刻まれた魔紋は、君たちの体内エーテルに直に働きかけている。今は大きな影響は出ていないが、乱用していればいずれ体に害を及ぼすかもしれない。シャーレアンなら、具体的な解決方法を教えてくれるはずだ」
当座の危難を凌ぐために、彼らの義父は二人に義眼を与えたのだろう。魔物によって兄妹が大怪我を負った際、彼らの生命力を底上げするために必要だったのかもしれない。あるいは、亡命先で荒事に巻き込まれたときに対応できるようにと装着をしたとも考えられる。
彼らに義眼を与えたときは、まだ義父も存命のままウルダハに到着するつもりだったはずだ。しかし、彼は道半ばにして命を落としてしまった。結果、兄妹は目を取り出す機会を失ってしまい、今に至ってしまっている。
「シャーレアンの医師ならば、相談をすれば代替の義眼を用立ててくれるはずだ。それに、無闇矢鱈と君たちの目を悪用することもあるまい。シャーレアンは、技術の軍事転用を殊更に嫌っているからな」
一部の例外を除いて、シャーレアンという国家は他国の小競り合いに対しては不干渉の姿勢を貫いている。ウルダハの商人の手に目が渡るよりは、ずっと安全なはずだ。
「手術や治療にかかる費用については、僕に請求するように書いておいた。金銭的な部分は何も気にする必要はない」
「え、そうなの!?」
驚きの声をあげたのは傍らで話を聞いていたケイだったが、兄妹も揃って目を丸くしている。
「ねえ、ミィハ。流石に、それを『気にするな』って言われても気になるんじゃないかなあ」
彼らにとってミィハたちは、あくまで偶然出会っただけの相手だ。そんな人から、ここまで良くされれば逆に恐縮してしまう。ケイ自身、自分がミィハの世話になっていた時期があるからこそ、彼の大きすぎる親切を受け取る側の気持ちが痛いほどにわかる。
「次にいつお会いできるか分からない方に、そこまでしていただくのは気が引けるのだけれど……
ケイが予想していたようにおずおずと申し訳なさげにロフェは言う。だが、ミィハは涼しい顔をしているばかりで、何を気にしているのかと首を傾げているだけだった。
「お気持ちは大抵嬉しいですが、金銭の問題はできれば自分で解決したいですね。シャーレアンでは、外部から来たヒトがお金を得る手段はないのですか」
「ないわけではない。単純な下働きが主になるだろうが、腕に覚えがあるなら、外部から生物サンプルを採集してくる仕事もある。義眼を摘出した後なら、シャーレアンの外に出かけても問題ないだろう」
「なら、俺はその仕事を任せてもらえるように努力するとしましょう。ロフェには申し訳ないですが、もう一度下働きをしてもらうことになるかもしれませんね」
「構わないわ。それよりも、兄さんこそ危ない仕事はやめてね」
着々と今後の予定を立てていく兄妹に、ミィハは「別に迷惑だとは思ってはいないんだが」と独りごちていた。
「シャーレアンというと、どうしても閉鎖的なイメージが付きものですが、一般的な仕事もあるのですね」
「ああ。少々、学問に傾倒しすぎるところはあるが、いまだに鎖国の姿勢を見せているイシュガルドや排他的なガレマール帝国に比べれば、外部の人間への警戒心は薄い国だと言えるだろう」
元々、シャーレアンは多くの人々に門戸を開き、留学生まで受け入れていた国だ。帝国との一件もあって、今でこそやや閉鎖的な印象を持たれがちだが、ミィハの紹介状があれば少なくともミィハの家族は彼らを放り出すような真似はしないだろう。ミィハがそのように保証すると、
「それなら、治療費などは俺たちが後払いで稼げないか交渉します。それでも足りないようなら、もしかしたら力を貸してもらうことになるかもしれません」
できるだけ自分の力で金銭的な問題を解決するが、力が及ばなかったら手を借りるかもしれない。そのような落とし所で、ひとまず金銭的な問題は結論へと至った。
話がひと段落したのを区切りとして、チョコボポーターの係員が「そろそろいいでしょうか」と声をかける。積もる話はまだあるものの、いつまでも踏みとどまってヤヤハトに見つかってしまっては元も子もない。リンドは話を打ち切ると、一際大きく一礼した。
「何から何まですみません。ロフェも俺も、あんたたちには迷惑しかかけていないのに」
「てめえがやらかしたことなんざ、大して問題にもならねえよ。てめえらが朝のうちにいなくなったって聞いてヤヤハトが唖然とした顔の一つでも見せてくれりゃ、それで俺にとっては釣りが出るほど十分な報酬だ」
にやっと笑って見せるフェリキシーの顔を見て、ケイは思わず苦笑いをこぼす。昨日から思っていたことではあったが、やはりフェリキシーはヤヤハトのことをひどく嫌っているらしい。普段は嫌いな相手には無視を決め込む彼が、ここまで極端に嫌悪を示すということは、過去によほど深い因縁があったのだろう。
「ケイさん、ミィハさん。お二人にも酷いことをしてしまって、ごめんなさい。謝って済むことではないと思うけれど……でも、今の私には謝ることしかできないから」
「でも、ロフェさんが、お兄さんの身の安全を守りたかったからやったことだって、俺はちゃんとわかってるよ。だから、俺は全然気にしてない。ロフェさんが俺たちに申し訳なく思ってくれてるなら、それで十分!」
ケイはにっと笑ってみせると、軽く手を振ってみせた。ひらりと振られたそれは、水平線から徐々に姿を見せてきた太陽によって細い影となり、大地に焼き付いている。
「僕としては、人にナイフを向ける前に、もう少し現状の相談をしてほしかったところだけどな」
「ミィハってば!」
「冗談だ。切羽詰まった状況に追いやったススナムの方に非があることぐらい、僕も分かっている」
相変わらずミィハの冗談は分かりにくいと、ケイは唇を尖らせて肘で彼の脇腹を小突いた。ミィハとケイに促され、ロフェはチョコボに乗る。続けて、リンドも同じようにチョコボの鞍に跨った。
土地勘のない二人が迷わないように、チョコボポーターの係員には道中の案内をしてもらうためのお金も渡してある。リンドは魔物との戦闘経験もあるので、街道沿いに行けば大きな危険もなくリムサ・ロミンサに辿り着けるだろう。
「皆さん、ありがとうございます。皆さんの道ゆきにラールガー様の加護があらんことを!」
「このお礼は、いつか必ずさせてください!」
チョコボの上から、兄妹はそれぞれ感謝の言葉を投げかける。ケイは勢いよくぶんぶんと手を振りかえし、「気をつけてねー!」と声を張り上げた。ミィハと、フェリキシーの傍らで静かに皆の様子を見守っていたユキハネも、彼らへと小さく手を振りかえしている。
一方、フェリキシーは彼らのチョコボが走り始めたのを確認すると、すぐに背を向けてしまった。
「お師様、どちらに行かれるのですか」
「宿に戻る。あいつが吠え面かくところを見に行かなきゃなんねえからな。ユキハネ、てめえはケイたちと一緒にいろ。荷物の片付けもあるだろ」
「は、はい」
今回の一件の途中で、ユキハネは負傷して意識を失っていた。ことの顛末は皆から聞かされているものの、今ひとつ実感が湧かないままだったので、今まで大人しくフェリキシーのそばに控え続けていたのだ。フェリキシーが先に宿泊所に向かって行ってしまったので、残されたケイたちが「どうしようか」とお互いに顔を見合わせたときだった。
ふと顔をあげたミィハは、コスタ・デル・ソルに広がる海を視界に収めーーゆっくりと目を見開く。
「ケイ、見てくれ」
彼の声に促されて振り向いたケイとユキハネも、揃って目を丸くする。
まるでリンドたちの旅路を祝福するように、水平線からゆっくりと太陽が昇っていき、透明な光が三人を照らしていた。
昼間と異なり、人気のない海は輝く銀色の水面を静かに広げていた。ざあ、と響くのは寄せては返す波の音だろう。大きな生き物が静かに呼吸を繰り返しているような、思わず息を潜めたくなる光景。それらを目にして、冒険者たちは暫し声もなく、その眺めに魅入っていた。
……ずっと海を見て育ってきたつもりだったが、こんな姿を見るのは初めてだ」
ポツリと呟いたのは、ミィハだった。シャーレアンは島国であるため、ミィハも海そのものには馴染みがある。だが、日々の生活を厳しく管理されていたミィハにとって、海は近くにあるようで実際は遠い存在であった。けれども、今の彼は、無限に広がる海から昇る日の出をこんなにも間近に見ている。
「俺もだよ。日の出なんて、今まで何度も見てきたはずなのに」
ミィハの呟きに、ケイが追従する。大きく深呼吸をして、草木をざわつかせる潮風を肺いっぱいに吸い込む。彼の気持ちよさそうな吐息に、ついユキハネもその後を追う。
……お師様も、この光景を見ているでしょうか」
「フェリキシーも見ているんじゃないかな。もし見ていなかったら、今度はユキハネが教えてあげればいいよ」
「そうですね。思えば、ここに来てから、海の近くには行っていませんでした」
ユキハネはにわかにそわそわと手指を組み替え、意を決して顔をあげる。
「お仕事も終わったことですし、海辺の様子を見に行っていいか、お師様に訊いてみます」
自分なりに方針を定めて、ユキハネもひと足さきに宿泊地に向かって駆けていく。昨日は聞き込みと護衛に終始して、のんびりと海辺ではしゃぐ余裕もなかった。今日ぐらいは気を緩めてもいいとフェリキシーも言ってくれるだろう。
「よーし、俺も海に行く準備をしようっと! あ、そうだ。ミィハはどうする? 水着、ミィハは持ってきてないよね」
「僕も行くのか?」
「当たり前じゃないか! あ、でもミィハは日差しが当たるところにいるの、苦手そうだったよね。ちょっと方法を考えないといけないなあ」
うんうんと遊びの計画に悩み始めたケイとは裏腹に、ミィハの顔はどこか沈み込んでいる。そして、ケイは友人が沈んでいるときに気づかないほど目が曇っているわけでもない。
「ミィハ、どうかしたの。もしかして、海に行くの嫌だった?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……。ケイ、君は……その、いいのか?」
あまりに端的すぎる質問に、ケイは首を傾げる。不思議そうな気持ちを表して、彼の耳がぴくぴくと動いた。
「いいって、何が?」
「昨日、ススナムが捕縛された後、不滅隊の兵士に言われていただろう。ケイの召喚魔法を見込んで、不滅隊の召喚士部隊に入らないかって……
「ああ、あのこと?」
ミィハの言う通り、先だっての大捕物の際にケイは蛮神ガルーダの力の一部を引き出して行使した。その力を直接見たわけではないものの、ミィハのリンクパール越しにケイの召喚魔法の様子が伝わり、不滅隊の兵士はケイが召喚士であると知られるところとなった。
「彼らの話では、不滅隊では召喚士たちを組み込んだ部隊を編成しているのだろう。蛮神イフリートとの戦いを繰り返してきた彼らなら、召喚士としての魔法の扱い方も詳しいはずだ」
実際に、召喚士部隊の編成には、シャーレアンから来訪している召喚魔法を研究している専門家も関わっているとのことだった。召喚士という存在自体が本来は過去の存在であり、現在のエオルゼアではまだまだ未知のものである。故に、ケイの召喚魔法の修行は常に手探りとなっていた。
ならば、専門家が属している部隊に加わった方が、ケイの魔法のために良いのではないかとミィハは言う。
「それに、彼らなら君の中に眠っているガルーダの力を肯定的に受け入れてくれる」
「うん。まさか褒められるとは思っていなかったら、俺も嬉しかったよ」
不滅隊の兵士は、ケイが蛮神ガルーダのエーテルの影響を受け、それを操っていると聞いて大層驚いていた。
不滅隊の人間はザナラーン近辺で時折出没する蛮神イフリートと戦った者はいても、ガルーダと戦った者はいない。偶発的とはいえ、その力を身に宿している者が加わってくれれば戦術にも幅が広がると、兵士たちは目を輝かせていた。
(すごいなって言ってもらえたのは嬉しかった。君が加わってくれればとても頼もしいって言ってくれたのも、すごくすごく嬉しかったよ)
直前に、ガレマール帝国に属している者たちに恐怖の目を向けられていたケイにとって、不滅隊の者から向けられる賞賛の言葉や、勧誘の申し出は、非常にありがたいものだった。もし、ケイが一人だったなら、新たな仲間を求めて彼らの手を取っていたかもしれない。
だが、彼らに賞賛されずとも、あの時点ですでにケイは立ち直っていた。傷つきかけた心に手を添えてくれた人は、不滅隊が登場する前にすぐそばにいてくれたから。
「申し出はすごくありがたかった。でもさーー俺は、ミィハのそばにいたいんだ」
不安げにこちらを見ながらも、必要ならばケイを送り出す覚悟も決めている。そんな友人だからこそ、ケイは彼の手を取る。
「俺が最初にガルーダの力を受け入れたのは、ミィハを助けたいって思ったからだもの」
崖から落ちていく友人に、どうにか届けとその手を伸ばした。だからこそ、ケイはガルーダの力を自分のものとできた。
「自分の風の魔法が怖くて戸惑うばかりだった俺に、ミィハは根気よく付き合ってくれた。俺の魔法の暴発が何が原因か調べて、召喚士のソウルクリスタルまで持ってきてくれた」
自分から離れるようにわざと素っ気ない態度をとりながらも、それだけはケイに必要なものだからと一方的に押し付けた。あの時、もしケイが本当にミィハを見捨てたとしても、ケイがこの先自分の魔法で困ることのないように。
「そんなミィハのそばで、俺は召喚士の魔法を使っていたいんだ」
繋ぐ手に少しだけ力を込めて、ケイはミィハを安心させるように笑う。それに釣られるようにして、やがてミィハの口元にもゆっくりと微笑が浮かんでいく。
……ありがとう、ケイ」
「お礼を言われるようなことじゃないと思うけどなあ」
「僕が言いたかったんだ。受け取っておいてくれ」
朝日を受けて、はにかむような微笑を浮かべる。そんな友人の笑みこそが、ケイにとってはどんな宝石や賞賛にも変え難い宝だった。