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千代里
2024-04-18 14:29:27
17232文字
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君ふれ短編
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ケイとミィハの話・短編・その9
***
「
……
それは、帝国から採掘した石の流通に、あなたが関わっていたからではありませんか。ススナムさん」
ミィハが問いかけた先、ススナムは苦虫を何匹も噛み潰したような顔でミィハを睨みつけていた。彼の後ろに控えている二名の護衛は、部屋にいる者へと警戒の視線を向けている。
彼と真正面から相対しながら、今まさに思考を整理しているかのように、ミィハは三角耳の根本に指をあてている。
「
……
それって、どういう
……
こと?」
真っ先に口を開いたのは、ロフェだった。彼女はいまだナイフを握りしめているものの、すでにそれはケイの首筋から退かされている。混乱が強く露わになった瞳は、忙しなくススナムとミィハの間を行き来していた。
「だって、ススナム様は怪盗の手先を捕まえたら、兄さんを
……
リンドを銅刃団に引き渡すような真似はしないって
……
。でも、ススナム様が帝国の方と取引しているならーー」
「今のあなたは、銅刃団に関わること自体を避けたいはずだ。もし、あなたに不利な証拠の一つでも見つかれば、銅刃団は喜んでグランドカンパニーや都市国家直属の警備隊に密告するだろう。怪盗を引き渡すためとはいえ、彼らに声をかけるなど、あなたにとって最も避けたいのではないか」
銅刃団は、ウルダハの富豪が雇った傭兵で構成された自警団のようなものだ。そのように、ミィハはケイからは聞かされている。リムサ・ロミンサのイエロージャケットのように都市に属する組織でない分、彼らは自分の損得勘定に正直だ。探られては痛い腹を抱えているススナムにとって、彼らは味方ではなく自身の背を刺す敵になりかねない。
「
……
ロフェ。私はお前に言ったはずだ。怪盗の手先である其奴らから、腕輪と首飾りを奪い、投降させろと」
ススナムの声音には、先だっての気前の良い依頼主の気配はない。焦りこそどうにか押し隠しているものの、苛立ちが混じった命令にロフェの肩がビクリとはねる。
「ススナムさん。まず、あなたは誤解をしている。僕らは怪盗の手先などではない。ロフェさんが僕らを捕まえられたとして、僕らの口から怪盗の内情を知れるわけではない」
「嘘を言うのが下手だな、冒険者よ。貴様らが手先ではないなら、その腕輪はどこで手に入れた? あれは、私が取引のために先日持ち出させたもの。だが、取引の現場で襲撃があったせいで、取引は中断となってしまった。その時の襲撃者が貴様らなのではないか」
「僕らがこれを手に入れたのは、本当に偶然だ。襲撃のことなど何も知らない」
ミィハは一応の弁論をしたものの、ススナムが彼の言葉を信じていないのは、その顔を見れば一目瞭然だった。ミィハ自身、ススナムの発言を聞いて更に自身が打ち立てた推測を確信まで引き上げつつあった。
「
……
これを拾ったのは偶然ではあるが、ここに向かう途中で、冒険者からこんな話を聞かされていた。それは、何者かと帝国兵が小競り合いを起こしていたらしい、という話だった」
行商人の一人が冒険者から聞いたという、帝国兵の出没情報。帝国軍基地との国境が近い場所ならではの小競り合いだと思っていたが、おそらく実態は違う。
「
……
その帝国兵こそが、あなたの取引相手なのではないか」
ミィハの発言を聞いた瞬間、ススナムの背後に控えていた護衛たちがざわついた。彼らの様子を見て、ミィハは並行して進めていた予測の裏付けがとれたことを確信する。
(なるほど。見られてはならない取引現場を見られた上で、品物の一部を盗まれたと思ったのか。その上、それを装着して怪盗との対決の場に顔を出せば
……
挑発されていると受け取られても仕方ないのかもしれないな)
ススナムの視点から見れば、取引現場で奪われた商品をこれ見よがしに見せびらかし、あまつさえ『落とし主』を探してると言われたのだ。その振る舞いを見て、遠回しに「お前のやっていることは全て知っているぞ」と挑発されたと勘違いしたのだろう。
それに、ミィハとケイはミコッテ族だ。怪盗も男性のミコッテ族と言われているので、同族同士、徒党を組んでいると思われやすかった可能性もある。
「それで、どうするつもりだ。冒険者を名乗る不届きものよ」
「僕らは本当に怪盗の仲間ではありません。信じてもらえないかもしれませんが」
「信じるかどうかは私が決める。そして、私は信じないと決めている。その上で、貴様がどうするかと聞いている」
聞くだけ聞いてやる、という姿勢なのだろう。実際、彼の後ろの付き人たちは敵意を隠そうともせずに、こちらを睨みつけている。
(眠っているケイを連れて、ロフェさんを連れて逃げ出せるか? いや、まず無理だな)
ここは二階だ。退路を絶たれている以上、飛び出すとしたら窓からになるが、眠っている人間と女性を抱えて無事に済む保証などない。それ以前に、ススナムの付き人たちがミィハの逃亡を逃さないだろう。
「
……
僕らが、今ここで語ったことを口外せず、腕輪と首飾りをあなたに大人しく渡してこの場を退去すると言ったら。見逃してもらうことはできますか」
「なるほど。口を塞ぐ代わりに身の安全をとったか。賢い選択だな」
ススナムはゆっくりと頷き返す。その顔に、少しずつ先だっての気前のいい依頼主の表情が戻ってくる。ひょっとしたら、この反応を見る限り、まだ交渉の余地があるのではないか。ミィハがそう思いかけたときだった。
「仮に、貴様たちが怪盗の仲間ではなかったとして。ゾイサイトをどこで採掘されたかを知った者を、何もせずに返すとでも?」
「
…………
っ」
思わず、ミィハは内心で舌打ちした。ススナムが一歩引くと同時に、背後に控えていた護衛たちが前に出る。
「お前たち、あの男を取り押さえろ。そっちの寝ているやつもだ。ああ、それとーー」
ススナムは部屋の只中で、いまだ混乱から抜けきれていないロフェを見やり、
「あの女も逃すんじゃないぞ。抵抗するなら、目玉だけ抉り出して殺せ。もとより、用があったのはそれだけだ」
「ーーーー!!」
ロフェの目が大きく見開かれ、彼女が息を呑んだのを皮切りに、控えていた男たちが一斉に動き出した。一人はミィハに向けて、もう一人はロフェの方へと。
(寝ているケイに手を出されなかっただけ、まだましだと考えるべきなんだろうが
……
っ)
すぐにロフェの元に駆け寄りたいところだが、彼女とミィハの間には一歩や二歩では埋められない距離がある。ミィハは、部屋が広いことを呪った。普段なら駆け足で数秒も経たずに埋められる距離が、厄介な妨害者が挟まったせいで何ヤルムもの距離に感じられる。
「ススナム様。私をあの家から引き取ったのは、やっぱり
……
っ」
自分に迫ってくるルガディン族の男から距離を置きつつ、ロフェが悲鳴じみた声で問いかける。ケイとロフェの雑談を聞き流していたミィハであっても、ススナムに雇われているロフェが少なからず雇い主に対して恩義を感じているのは察していた。
しかし、彼女の縋るような声を払いのけるかのように、
「当然だ。わざわざお前を買い取ったのは、お前の目のルビーが一級品だったからに決まっているだろう。屋敷に留め置いていたのも、お前の兄が持っているという、もう片方の目を、お前の目が教えてくれると話していたからこそだ」
ススナムの切り付けるような断裂の言葉に、ロフェの瞳に僅かに宿っていた希望の光が消え失せる。二人のやり取りを聞きつつ、ミィハは唇を浅く噛む。
(ロフェが気にしていた怪盗の正体は、やはり彼女の身内だったのか。目が惹かれ合うというのは、鉱石にきざまれた魔紋同士が互いに共鳴し合うようにしていたのか
……
?)
そこまで考えていた刹那、自分へと迫る殺気に気がつき、咄嗟にミィハは後ろへと飛び退いた。結果的に部屋の端に追い込まれるような形になったものの、そうでなければミィハに向かっていた男が振ったナイフに体を切り裂かれていただろう。
「ぼーっとしているとは随分と余裕だな。冒険者さんよ」
「
……
あいにく、先ほどからヒヤヒヤしどおしだ。君は先ほどの話を聞いても、まだあの男に付き従うつもりなのか?」
「何が言いたい?」
眉根を寄せるヒューランの男の顔から目をそらさず、ミィハは彼の額へと目をやる。
ガレマール帝国に暮らすガレアン人は、その見た目だけならエオルゼアでも見かけるミッドランダー族に酷似している。だが、ガレアン人の特徴として、彼らの額には第三の目と呼ばれる水晶体がある。目の前の男には、それがないことを素早く確認してから、
「ススナムは、ガレマール帝国の人間と取引をしている。そのような者の身を守る必要がどこにある」
ミィハは、ガレマール帝国の侵略を肌身で感じた経験はない。だが、エオルゼアに暮らす人間なら、大なり小なり彼らへの敵対心を持っているはずだ。そう思っての発言だった。
しかし、なぜか男は大きな声をあげて笑い出すではないか。
「
……
何がおかしい」
「これが笑わずにいられるかってよ! あのなあ。俺は、はなから帝国の領土で育った人間だぞ?」
「何? だが、君はガレアン人ではーー」
「ガレアン人だけが帝国の人間だと思っているのか? それとも、属州育ちは皆帝国を憎んでるって決めつけてるヒーロー気取りなのかよ、エオルゼアの冒険者さんよお!」
ナイフを持っていない方の男の手が、ミィハへと伸びる。胸ぐらを掴まれただけでなく、そのようなセリフを叩きつけられたことも相まって、ミィハは小さく息を呑んだ。
彼の言う通りだ。ガレマール帝国が勃興し、諸国を併呑し始めてすでに何十年もの時が経っている。それだけの時間があれば、帝国で生まれ育ち、そこを祖国だと思うガレマール人以外の種族がいても不思議ではない。
「俺のご主人がこの取引に随分と乗り気でな。そういう理由から、取引相手のススナムの護衛を任されてるんだよ」
「
……
っ、そう、かーー」
胸ぐらを掴まれているせいで首元が締まり、ミィハの声が細くなる。痛みはないが、息苦しさによる圧迫感に一瞬顔が歪む。対して、相手は獲物を追い詰めた確信の笑みを浮かべたーーその時だった。
「
……
そういうことなら、遠慮は要らないな」
パンッと、閃光が二人の間で弾け飛ぶ。それはただの目眩しではない。ミィハの手を掴んでいた手を焼く、熱を持った攻撃だった。
「てめえ
……
っ!」
男が痛みから手を引き、二、三歩後ろに下がり、再度武器を構えたときだった。
首元によった皺を伸ばし、呼吸を取り戻したミィハが、
「ーー今だ」
そう、つぶやいた瞬間。
二人の間に、光の壁がそそり立った。正確には、たじろいだ男を囲むような光の柱が床から競り上がった。もし、それが質量を持つ壁だったならば、男は四方に突如現れた柱の中に閉じ込められたような形になっただろう。
男はすぐに壁にナイフを突き立てるも、魔法で生じた透明な障壁は見た目に反してびくともしない。
(あらかじめ、部屋に入ったときにクリスタルの欠片をばら撒いておいてよかった)
ミィハは慌てる男の足元ーー毛足の長い絨毯の隙間に隠れたクリスタルの欠片のことを思い出し、己の次善の策がはまったことに、僅かなれど安堵を抱いた。
ロフェに部屋まで案内されたとき、ミィハは部屋のあちこちに小さなクリスタルをばら撒いていた。ミィハの扱う賢具は、空中で立体的な魔法陣を描くことで、魔法としての効果を生み出す。その起源は地面に描かれた魔法陣にあり、賢学の魔法を扱う以上、ミィハも魔法陣についての知識は保持している。
相手が来る場所がわかっていた今回は、事前に罠として捕獲用の魔法陣として転じやすい位置に、クリスタルの破片を布石として用意しておいた。それを今、襲撃してきた敵を無力化するために用いたのだ。
(僕に向かってきたやつの対処はこれでいい。あとはーー)
「いや
……
やめて、来ないでってば!」
ロフェの悲鳴を聞いて、ミィハはすぐさまそちらへと視線を向ける。
ミィハが手間取っている間に、ロフェに向かっていたもう一人の男ーー大柄なルガディン族が彼女に迫っていた。
ロフェの背後には壁しかない。彼女が手に持っていたナイフは、すでに床に落ちている。一度揉み合いにでもなったのか、彼女の纏っていた服には幾つか乱れが生じていた。
ミィハは咄嗟に彼に向かって駆け出そうとする。しかし、男がロフェの首を掴んで壁へと叩きつける方が早かった。小さな悲鳴と共に、彼女の体から抵抗の力が抜ける。その隙に、男の手が彼女の顔に近付いていく。
「おい、やめろ!!」
ミィハが声を張り上げるも、男が行動をやめる気配はない。
おそらくは、そのまま義眼を抉り出すつもりなのだろう。生きた目ではない以上、本物の目を抉り出されるときのような痛みはないかもしれない。だが、顔に傷を負ったときのことを思い出してか、ロフェの顔には激しい恐怖が浮かんでいる。
「やめて、助けて
……
! 助けてよお兄ちゃん
……
!!」
子供の頃に戻ったかのような痛ましい悲鳴が、部屋に響いた刹那。
あと一歩、助けを求める女性に届かないミィハの代わりに、彼の頬をーー風が撫でた。
「はな、れろ
……
」
ミィハの耳は拾い上げる。自分にとって、最も安心できる友の声を。
「その人から、離れろ!!」
男の指がロフェの目に触れた刹那。
部屋の中央で、風が爆発した。
いっそ質量すら感じるほどの強烈な風が吹き荒れ、ロフェを押さえつけていた男を強制的に引き剥がす。吹き飛ばされた男は部屋の隅に体を強かに打ち、痛みに呻いて動かなくなった。
吹き飛んだのは男だけではない。一部の家具もその余波を食らって倒れたり、大きく揺れ動いたりしている。カーテンは千切れんばかりにはためき、強風が吹き付けられた旗のようにバタバタと荒々しい音を響かせていた。部屋の外にいたススナムですら、自身を打ち付ける風に吹き飛ばされ、廊下の壁まで転がって目を回している。
だが、ロフェやミィハの周りは異なる。風の余波のせいで大きく髪の毛や服がなびいていたものの、あたかも生き物のように二人の間だけ風が避けていく。
そんな風を操れる人物を、ミィハは一人しか知らない。
「ーーケイ。起きたのか」
恐怖で震えているロフェへと駆け寄りながらも、ミィハはソファに横たわっていたはずの彼へと視線を向ける。彼ーーケイは、すでに眠りこけている様子はなく、どうにか上体を起こし、その手を敵である男たちへと向けている。ケイの背後には、先日クリスタル採掘に向かった際にケイが呼び出した鳥のような魔法生物が浮いていた。
「実は、少し前に
……
起きてはいたんだけど。うまく体が動かせなかったから、頃合いを見て起きようと思っていたんだ」
「助かった、ケイ。ロフェさん、大丈夫か。怪我はしていないか」
ミィハに支えられてどうにか倒れずに済んではいるものの、ロフェの呼吸は喘ぐように不規則なものに変じている。極度の興奮と緊張により、正常な呼吸すらままならない状態のようだ。はっ、はっと浅い息を繰り返すばかりで、その手は苦しそうに喉元を掻きむしっている。
「ケイ、あいつらの相手を頼めるか。ロフェさん、落ち着いてくれ。僕の息に合わせてくれ。目を瞑って、自分の息にだけ集中すればいい。ゆっくりと吸って
……
吐いて、そうだ。もう大丈夫だ」
ミィハがロフェを介抱している間、ケイは薬のせいで倦怠感が残る体をゆっくりと起こし、その手を部屋にいる敵へと向ける。
吹き飛ばされた男はまだ動けないようだが、ミィハが捕獲した男の方は、ミィハの盾が結果的に彼を守る障壁となってくれたおかげで、無事なままケイと相対することになった。
しかし、無事であるはずなのに、彼の双眸には明確な恐怖の色が宿っている。
「お、おまえの後ろのそれ
……
まさか、蛮神、なのか
……
?」
男の目が忙しなくケイの背後に浮かぶ魔法生物と、ケイの姿を行き来する。
強大な風を操る、正体不明の鳥の姿をした化け物。それは確かに、ガレマール帝国がエオルゼア侵略にあたって長年頭を悩ませてきた異形の神ーー蛮神を彷彿させるものであった。
「ば、蛮神!?」
男の言葉を聞いた瞬間、ひぃと引き攣れたような声が入口から響く。ケイがそちらに目をやると、ススナムが大きな目を見開いてケイを凝視していた。自身の悪事が暴かれたこと以上の彼の恐怖の表情に、ケイの顔が一瞬歪む。
(あの時のように、見境なしに人を傷つけてるわけじゃない。ちゃんと制御もして、命に関わるような怪我はさせないようにしている。でも
……
)
ケイは、かつて身の内に宿った風の蛮神ガルーダのエーテルを暴走させたことがある。そのエーテルを制御するために、召喚士のソウルクリスタルを得てから少しずつ召喚魔法の練習も重ねていた。それでも、自分に向けられる恐怖の視線に対して、何も感じないでいられるわけではない。
胸の奥を冷たい爪で引っ掻かれたような鈍い痛みに、ケイは唇を強く噛む。せめて、エーテルの制御を手放すような真似はするまいと、必死に平常心を保っていると、
「ケイ」
声がした。自分を呼ぶ、友人の声が。
自分にこの場を任せると言って、信頼してくれた人の声が。
「君も本調子ではないだろう。あまり無理をしない方がいい」
ロフェを支えながらケイの元にやってきたミィハが、ケイの肩に触れる。そうすると、自分の体にいかに力がこもっていたかを思い知らされた。
ミィハは周囲のものに警戒の視線を送りながらも、幾らかの余裕を見せている。だかま、今のミィハは依然として武具を取り戻せたわけではない。当面の敵は撃退できたものの、圧倒的に不利な状況は変わっていない。
「でも、無理をしてでも何とかしないと、このままじゃ」
「大丈夫だ。直に彼が来る」
一体何のことかとケイが怪訝そうな顔をしていると、
「今回、僕らは二人きりではない。そうだろう」
「そう、だけど
……
え、まさか」
ケイに対して無言で首肯を返すと、ミィハはススナムへと厳しさの残る視線を向ける。事ここに至っては、もはや依頼主と冒険者の関係は白紙に戻っていた。
「ススナムさん。あなたはガレマール帝国と取引していたことを隠して、僕らを雇った。それいn間違いありませんね」
「そ、それが何だというんだ。あの国の者と、密かにやりとりしている者など、探せばいくらでもいるだろう」
ウルダハが敵対する国と取引をしているということに、少なからず後ろめたさは感じているのだろう。ススナムの言葉に動揺が混じるものの、それでも彼は開き直ってそう言い切って見せた。
「たしかに、ガレマール帝国の者と取引をしているのは、あなた個人の勝手かもしれない。ですが、だからといって露見を防ぐために僕らを攻撃した以上、もうあなたの命令に従うことはできない」
「もとより
……
貴様らは怪盗の捕縛要員以外とは考えていない」
どうにかこうにか起き上がったススナムは、厳しい面持ちのミィハを負けじと睨み返す。
「それに、怪盗の手先であろうがなかろうが、あれこれと依頼主に探りを入れるような真似をする冒険者など、私でなくても願い下げだろうよ。貴様、確かシャーレアン出身とかいう話だったな。これだから頭でっかちの連中は」
「ーーーーっ」
シャーレアン出身であることをエオルゼアの人々に揶揄されることを、ミィハは何より嫌がっている。かつての仲間に似たようなことを言われて拒絶されたことを思い出してしまうからだ。あの瞬間の出来事が、彼の記憶の中から引き摺り出されそうになる。だが、
「あいつ、よくもそんなことを
……
っ!!」
ミィハの隣で、ミィハ以上に怒ってくれる人がいる。ミィハとしては、それだけで十分だった。
「ケイ、僕なら平気だ」
尻尾を立てて怒っているケイの背中を軽く叩いてやってから、ミィハは再びススナムに向き直る。
「確かに、僕は依頼主に対して要らぬ嘴を突っ込みすぎたかもしれない。だがそれなら、あなたこそ、首飾りと腕輪を僕らが持ってきた時点で、余計な疑いを持たずに自分が落とし主を探すと言って引き取ればよかったんじゃないか」
「それでは、私がそれらを回収したがっていると、敵を前にして打ち明けるようなものだろう。自分が敵対している相手に対して、自らの腹の内を開示する馬鹿がどこにいる?」
だからこそ、ススナムはケイたちの落とし物をすぐ返せと言わなかったのだ。だが、時間が経って疑念が増していき、結果としてロフェに騙し討ちするような形で回収を命じたのだろう。ススナムは乱れた服装を整えて居住まいを正すと、
「この屋敷には、そこにいる二人以外にも私の味方となる兵がいくらでもいる。そう簡単に逃げ出せると思うなよ」
ススナムがミィハへと指をさし、朗々と言った時だった。
「異国からはるばるやってきたご友人の方々には悪いが、彼らは纏めて捕縛させてもらったよ。ススナムよ」
ミィハとケイの知らぬ男の声が、廊下に響いた。かつかつとこだまする小さな歩幅の靴音はララフェル族のものだろう。その後に、一人や二人ではすまない数名の足音がどたどたと続く。
振り返ったススナムは、眼前にいる者ーーウルダハ風の装束に身を包んだララフェル族の男を前にして目を大きく見開いた。彼の後ろには、ススナムが宝石の護衛を任せたはずのシェーダーの冒険者や、見覚えのない厳しい顔つきの兵士たちが数名いた。
「お前は
……
ヤヤハトか!? ただの金貸しのお前が、どうしてこんな場所にいる!」
「いかにも、私は確かにただの金貸しだ。数ヶ月前、その私に対して、借金をしていた若手の彫金師たちが、こぞって耳を揃えて貸していた金を返しにきた。いったいどこの誰が、若手の名もない彫金師を抱き込んでいるのかと思って調べてみればーー」
ヤヤハトは、懐から煌びやかな首飾りを取り出す。その中央にはまっている石は、ケイやミィハも身につけている薄紫の宝石だ。
「なんと驚いたことに、宝石商のススナム氏というではないか。しかもそちらが彫金師たちに依頼している内容を探ってみると、採掘元が不明の鉱石の彫金に携われなどという何ともきな臭いもの。よくよく調べて見れば、怪しげな書簡のやり取りやら正体不明の荷物の運搬やら、不穏当な内容が山ほど出てきたというわけだ」
「そ、それが一体何だというのだ! 私が個人的な伝手で得た鉱山から鉱石を運び込んだだけだというのにーー」
「個人的な伝手ねえ。ガレマール帝国の内通者を『個人的な伝手で得た鉱山』とするのは、少々無理があるのではないかな」
にやりと笑うヤヤハトに対して、ススナムは顔を赤くさせ、怒りと苛立ちを露わにして彼を睨んでいる。
「出鱈目を! いったい、何を証拠にそのようなことを言っている!」
今来たばかりのヤヤハトには、先だってのやり取りは聞かれていない。そう判断してススナムがしらばっくれようとした時だった。
「自らがそう言ったのだろう。そこの冒険者が貸してくれたリンクパールからは、随分と興味深い話が漏れ聞こえてきたよ」
ヤヤハトが指さしたのは、自分の背後に立つヒューラン族の男が耳から外して見せたものーーリンクパールと呼ばれる通信に用いられる道具だ。男がまとっている深い紺色の上着を見た瞬間、ススナムは唇を引き攣らせる。
「まさか
……
そいつは不滅隊の?!」
「いかにも。とはいえ、今日は私的な友人として、彼と彼の部下に、日々の戦いの垢を落としてもらおうと誘ったのだがね。もっとも、守るべき民が憎き帝国と商談をしていたなどという話を聞かされては、彼らも職務に立ち戻らねばなるまい? ああ、せっかくの休暇がこんなことになってしまうとは、全く何という悲劇なのだろうな!」
白々しく両手を広げるヤヤハトとは裏腹に、ススナムは赤くした顔を今度は青くして、不滅隊と呼ばれた男たちを見上げている。その口からは、己の身を守るための弁論が続いているが、不滅隊なる部隊に属する男たちの表情を見る限り、それに耳を貸す確率は低そうだった。
「
……
ケイ。不滅隊というのはもしや」
「うん。ウルダハの国防軍みたいなものって聞いてる。街でよく見かける警備隊の人と違って、あの人たちは不正を見逃したりしてくれないと思うよ」
ミィハの問いかけに、ケイは自身が持っている知識を伝える。
私兵が幅を利かせているウルダハでも、不滅隊の扱いは別格だ。正真正銘、国の有する軍事力である上、その他の私的な警備組織の教導部隊も兼ねている部隊だ。当然ながら、正規部隊である彼らが帝国との取引などという事態を見逃してはくれまい。
部屋に転がっているミィハたちが撃退した男たちも、すぐさま不滅隊の上着を纏った兵士たちによって取り押さえられていた。
「だけど、不滅隊の人と知り合いなんて、あの人一体何者なんだろう」
「あいつは、単にケチでギャンブル好きの金貸しに過ぎねえよ」
ケイの疑問に答えたのは、彼にとっても聞き馴染みのある声だった。
不滅隊の者と押し問答を繰り広げているススナムらの脇を通り抜けて、長身のシェーダー族が姿を見せる。その腕の中には、力無く横たわる銀髪の少女がいた。
「フェリキシー! えっ、ユキハネは一体どうしたの!?」
「ススナムが差し向けた帝国の連中に撃たれたんだよ。もう傷は塞いだ。今は血ぃ流し過ぎて気絶してるだけだ」
慌てて駆け寄ってきたケイに素っ気なくそう返すと、フェリキシーはケイが先ほどまで寝ていたソファにユキハネを横たわらせる。ぞんざいな物言いをしているが、ユキハネをソファに寝かせているフェリキシーの所作を見ているだけで、彼が少女の体に障らないように気遣っていることが見てとれた。
「それで、君の後ろにいる人物は誰だ?」
ミィハの言葉に、ケイはフェリキシーの長身に隠れるようにして立つ人物を見つける。
ロフェと同じストロベリーレッドの髪に眼帯をつけたミコッテ族の男性。彼は、どこか居心地悪そうに、落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
「こいつが噂の怪盗様だよ。こいつが盗みに入ってきて、俺たちが取り押さえたところにさっきの帝国兵がーー」
「兄さん、兄さんよね
……
!?」
フェリキシーの声が、ロフェの声に遮られて中途で掻き消える。ロフェの声を聞いた瞬間、フェリキシーの後ろに控えていた怪盗と呼ばれた男も、ロフェに向かって一目散に駆け出した。
「ロフェ、無事だったか! 怪我はしていないか? あの男に酷い目に遭わされたりは?!」
「大丈夫よ、兄さん。ほら、目も奪われていないわ」
ロフェは露わになった、傷を負っている方の片目に手をかざし、気丈にも微笑んでみせた。目に手を翳されただけで半狂乱になっていたことを隠しているのは、兄を心配させないためだろう。
「ミィハ、ロフェさんのお兄さんが怪盗だったって知ってた?」
「彼女の反応と、怪盗の身の安全に固執している様子から、身内だろうとは推測していた。だが、なぜ怪盗などという七面倒なことをしていたんだ。そもそも、なぜ彼女は身内と離れて暮らしていたんだ」
ミィハの疑問と同等の内容を、フェリキシーも考えていたらしい。彼も怪訝そうな顔で兄妹の再会を見守っていた。
「えっと、それはロフェさんたちがアラミゴ出身の難民だからって話になるんだけど
……
」
ケイは自分が眠りに落ちてしまう前にロフェから聞かされた内容を、二人へと話して聞かせる。アラミゴ難民の問題は、ウルダハではよく聞く内容だ。ミィハもフェリキシーも、すぐに納得したように頷いていた。
「てめえは、自分の妹がススナムの所にいるのを知ってた風だったな。何で、それを知っていた上で、怪盗なんていう訳わかんねえことしてんだよ」
フェリキシーに問われて、妹を抱きしめていた怪盗ーーリンドは顔を上げる。彼は憮然とした表情を見せながら、
「最初からわかっていたわけではありません。それらしい女性がいると押しかけた先にいたのは、全く異なる別人でした。その時、当座の資金として家にあった宝石を盗んだのですがーー」
「それが、ススナムが取り扱っていたゾイサイトの宝石だったってことか」
ミィハが後を引き取り、自身の腕輪に視線を落とす。リンドは頷きを返した。
「ヤヤハトさんはススナムの密輸と密売の調査のため、ゾイサイトについて調べたいと考えていました。俺が妹を探しているということと、俺たちの目のことを知った彼は、ほうぼうに手を回してススナムの元に妹がいると突き止めてくれたんです」
ススナムはウルダハの商人であり、宝石を商売道具として扱う人物でもある。ロフェを引き取ったのも、彼女の義眼目当てだろうことは容易に想像できた。そして、正面から交渉してもロフェを引き渡す可能性は限りなく低いだろうということも。
「だからといって、彼女を容易に攫えるほどススナムの屋敷の警備は緩くない。そんな時、ヤヤハトさんが彼を失墜させるための策を持っていると持ちかけたんです。俺が協力してくれれば、遠からずススナムは己の地位を失い、牢に繋がれることになるだろうと。その時のどさくさに紛れて、妹を奪還すればいいと言われたんです」
「それで協力したのが、例の怪盗騒動だったってことか」
リンドから聞かされた事情とゾイサイトの発掘元を照らし合わせれば、ミィハにも何が起きていたかは想像できる。
「つまり、整理するとこういうことだな」
ミィハは人差し指をたて、自身の思考を整えながら滔々と語り始める。
「おそらく、始まりはススナムがゾイサイトの存在を知ったことから始まったはずだ。彼はゾイサイトを加工して売れば、エオルゼアでは手に入らない珍しい鉱石はよく売れるだろうと目論んだのだろう。そのため、帝国からの間諜を懐に招いてまで、鉱石の輸入を推し進めた」
だが、発掘元を定かにできない鉱石の加工を、名のある彫金師に依頼するわけにはいかない。そのような怪しい仕事を引き受けてくれる彫金師などいるはずもない。
そこで、技術が未熟であるが故に借金にあえいでいるような新参の彫金師を抱き込んだ。彼らの借金を帳消しにする代わりに、表沙汰にできない仕事を依頼したのだ。
「その不自然な金の動きを、あの金貸しが嗅ぎつけたんだろうな」
借金の不自然な肩代わりはヤヤハトの目に留まり、彼が調査を開始するきっかけを生んでしまった。不運なことは重なるもので、ススナムの目論見に反してゾイサイトの宝飾品の売れ行きは芳しくなかった。
わざわざ危ない橋を渡ったのに得た成果がこれでは、割に合わない。彼は早々にウルダハに見切りをつけて、次なる市場を探した。
「それが、ガレマール帝国の人たちだったんですね
……
」
ロフェは胸の辺りで手を組み、微かに体を震えさせながら呟く。ミィハも、他ならぬ自らを襲った人物からそう言われたのだ。彼の『秘密の顧客』がガレマール帝国にて暮らす人物であるというのは間違いない。
「ゾイサイトの加工技術が帝国では未熟で、エオルゼアの方が優れていたのかもしれないな。あるいは、エオルゼアの彫金師の技術がガレマール帝国の者にも魅力的に見えたのかもしれない」
どちらにせよ、ミィハの言うように帝国はススナムの重要な顧客となった。彼がここまで危ない橋を渡ることに固執するということは、少なくない額の金銭が動いていたのは想像に難くない。
「だが、怪盗騒動が起きてしまった。ススナムがウルダハで売り捌こうとしたゾイサイトが集中的に狙われた
……
となると、ススナムにとっては怪盗はただの盗人ではないとすぐに分かったのだろう」
ススナムにとって、怪盗がゾイサイトばかりを狙って盗んでいるという情報は、自らの外堀をじわじわと埋められているようなものだったはずだ。
盗まれた側も、ガレマール帝国から採掘された鉱石を使った装飾品を買ってしまったと気がついたのだろう。そんな不穏なものが懐にあるなどとバレれば、どんな噂がたったものかわからない。怪盗が盗んでくれるなら、是が非でも盗んでほしいという奇妙な状態が生まれたわけだ。
「そして、満を持してススナムの商品に対して怪盗の予告状が出た。ススナムは、自分を追い詰めようとした敵を捕まえる千載一遇のチャンスとして、冒険者まで雇って捕縛に乗り出したというわけか」
「それだけじゃありませんよ」
ロフェのそばに寄り添っていた、彼女の兄であるリンドが、自身の眼帯をとんとんと軽く指先で叩いてみせる。
「おそらく、怪盗の容姿や盗んだ宝石と自分との関係を鑑みて、ススナムは盗人が俺であることに気がついたのでしょう。そうでしょう、ロフェ」
リンドの問いかけに、ロフェは小さく首肯する。彼女は、自身の義眼を隠すようにそっと掌でそれを覆うと、
「私たちの義眼は、宝石を加工した特別なものです。その特徴の一つに、兄さんの義眼が近づくと感覚的に分かるというものがありました。怪盗が出没した現場にも私の義眼は反応していたので、ススナム様はそれで怪盗が兄さんだと確信したようです」
ススナムにとって、怪盗は自分が秘密裏に進めていた商売の仕掛けを知っているかもしれない危険人物だ。だが、同時に、ロフェ同様特別な鉱石で作られた義眼を持つ人物でもある。ロフェから事前に義眼の情報を聞き出していたススナムにとっては、情報を得るためだけでなく、彼の義眼も怪盗を捕まえたい理由になったわけだ。
「私も、兄さんに会えるなら、ススナム様の言葉に従った方がいいかと思っていたんです。でも
……
」
「だが、僕らがゾイサイトの宝飾品を持って姿を見せたことは、彼にとっては青天の霹靂だっただろうな」
フェリキシーに「どういうことだよ」と問われて、ミィハはケイと自分が怪盗の一味であると誤解されていたことを説明する。それを聞いて、フェリキシーは「ああ」と納得の声を漏らした。
「でも、この首飾りとかは俺たちが拾ったものだよね。ススナムさんが帝国の人と取引しているのは分かったけど、あの人、ウルダハの人じゃないか。どうして、わざわざコスタ・デル・ソルに顔を出してるんだろう?」
「普段やりとりしている連中が、この前の英雄様が起こしたひと騒動のせいで、別の基地に移動になったんだとよ。で、それがここだったってわけだ」
フェリキシーはうんざりしたといった様子で、ケイの疑問に応じる。
「ええ。ザナラーン北部にある帝国軍基地は、ちょうど英雄を筆頭とした侵攻作戦の強襲を受けて大混乱に陥っており、未だに十全に機能していないようです。そのため、軍属の人間も大規模な人事異動があったようです。軍人の付き人をしていた取引相手も、復興の邪魔にならない場所に左遷されたのでしょう」
ガレマール帝国領と地続きにある本土に比べると、リムサ・ロミンサを擁するバイルブランド島は密輸には向いていない。しかし、商談が成立した以上、約束を反故にもできない。かくして、ススナムは商談相手から借り受けた護衛と共に、帝国軍基地に面しているコスタ・デル・ソルまでやってきたのだ。
「そんでもって、ヤヤハトは最初は取引の現場を直で取り押さえようとしたらしい。あいつがチクった不滅隊の兵士が先走ったんだとよ。とにかく、一度目の取引の現場では、帝国兵は異変を察知して逃げ出した。そんときに落としたのが、ケイがつけているそれだってことだ」
フェリキシーに指差されて、ケイは自分の首から下げている首飾りに目を落とす。まさか、これが帝国の領土から採掘された石を加工してできたものだ、などとあの時のケイは想像もしていなかった。
「そして、俺たちがやってきた。てめえらが怪盗の手先だって思い込んだススナムは、怪盗の捕縛と、怪盗の身内の捕縛を一緒にやっちまおうとしたってところか」
四名の冒険者たちのうち、フェリキシーとユキハネ、ミィハとケイのペアがそれぞれ別々のチームだと知ったススナムは、自身の狙いのために二つのチームに分断しようと決めた。
つまり、当初の予定通り護衛を任せるフェリキシーのチームと、自分にとって目障りな相手をまとめて始末するために敢えて懐に留めたミィハたちのチームだ。
彼の見落としがあるとしたら、四人がそれぞれ別チームでありながらも、今まで頻繁に行動を共にしていたと知らなかったことだろう。
「それにしても、フェリキシーは俺たちがピンチだってよくわかったね。どうして分かったの?」
「てめえと同じことをしただけだ、ケイ」
ケイが数度瞬きをして首を傾げている姿に、ミィハは思わず苦笑を漏らす。ミィハは自身の耳元に指を当てると、そこに押し込んでいた真珠状の通信機ーーリンクパールを取り出した。
「ススナムが姿を見せた時点で、フェリキシーに通信を送っておいたんだ。リンクパールはある程度は周囲の音を拾ってくれる。君が以前やったのと同じ罠を仕掛けただけだ」
ミィハに言われて、ケイも数ヶ月前の出来事を思い出す。
とある悪事の証拠をイエロージャケットに伝えるため、犯人の自白をリンクパール経由で聞かせる作戦はケイが思いついたものだ。今回は示し合わせたわけではないが、ミィハは自分たちの身が危ないことを伝えるために、咄嗟にフェリキシーに連絡を取り、周囲の様子を彼に伝えることにしたのだ。
「そのおかげで、ヤヤハトが連れてきてた不滅隊の連中にもススナムの話が伝わったんだよ。そっちに関しちゃ、完全に偶然だけどな」
「ああ。だが、聴取をして絞り上げる前に自白を聞かせてもらえたのは助かったとも。不滅隊の面々にとっては、ガレマール帝国領土からの間者を捕縛できたことも含めて大手柄だろう」
ミィハたちの会話に割って入ってきた者ーーそれは先ほどまでススナムと会話をしていたはずのヤヤハトだった。
彼は片手に載せていたリンクパールをフェリキシーへと差し出している。用が済んだので、フェリキシーのリンクパールを返しにきたのだろう。
「相変わらず、君が関わると事態が思いがけない形で転がるものだな、フェリキシー。おかげで、今回のゲームも最後までしっかり楽しませてもらったよ」
「てめえを喜ばせるためにやってるわけじゃねえよ、ヤヤハト。大体、怪盗だなんだって回りくどいやり方してる時点で、てめえにとって今回の件も遊びみてえなもんだろ」
「おや、よく分かっているじゃないか。ただ地道に証拠を集めて追い詰めるだけでは面白くない。ススナムには、怪盗を捕まえて私の元まで辿り着く道筋も残しておいた。ゲームにはそれなりのリスクがなければ面白くない」
ヤヤハトは愉快そうにそう言ったが、フェリキシーは忌々しげにヤヤハトを睨みつけると、膝を折ってヤヤハトの差し出したリンクパールを受け取った。その手つきときたら、まさにひったくるような荒々しいものであった。
フェリキシーがリンクパールを耳に捩じ込み、続けて口を開きかけたときだった。
「私は商人だぞ! ガレマール帝国産のものであろうと、私が仕入れて私が加工した品を売り捌いて何が悪い! 商談相手がたまたま帝国の者だったというだけの話だろう!」
部屋に響いたススナムの声に、一同はそれぞれ驚きやら、怪訝そうな表情やらをを浮かべて、彼へと目をやる。一斉に周囲からの視線を浴びながらも、動じることなくススナムは声を張り上げ続けている。
「ゾイサイトはエオルゼアにはない魅力を秘めた宝石だ! そして私は宝石商だ! 宝石の美しさを世に知らしめる使命を持って商いをしている者だ!」
ミィハたちに向けた抜け目のない小悪党とは異なる、魂から振り絞ったような男の声が一同の耳をうつ。
「ウルダハの目の腐った連中では見抜けなかった輝きを、ガレアン人は評価したのだ。私は、ガレマールの土地で育まれ、エオルゼアの技術で華開いた輝きを、正当に評価する者に届けただけだ! それの一体何が悪いというんだ!!」
「ーーなるほど。宝石商としての使命と生き方に準じたまでと言いたいわけだな」
不滅隊の男に睨まれて動けずにいるススナムに向けて、ヤヤハトは向き直る。ケイやミィハには背を向けたヤヤハトの顔までは見えなかったが、そこに浮かんでいるのが決して優しい表情ではないことは容易に想像できた。
「だが、それならもっと貴様は上手くやるべきだったな。それに、そこまでゾイサイトの輝きに魅せられたのなら、貴様はさっさとガレマール帝国に亡命すべきだった。そうしなかったということ自体が、貴様の使命とやらが随分と軽いものであることの証拠だ」
ガレマール帝国では、ガレアン人以外の属州出身者に対して厳しい階級制度がある。たとえ亡命してきたとしても、それは同じはずだ。
上客がいたとしても、今までのような自由な商人としての振る舞いができなくなるのは目に見えている。ゆえに、ススナムはウルダハの商人であり続けることに固執した。いくら夢や理想のためとはいえ、自身が積み上げてきたものをおいそれと捨てることはできない。それは、ある種当然の自己防衛だ。
だが、そのような目先の自由に左右されるような使命など大したものではないと、ヤヤハトは切って捨てた。
「それに、貴様が父親のような商いの才がなく、いくつか負債を重ねていることも私は知っているぞ。何せ私は、『ただの金貸し』なのでね」
自分が登場した時に向けられた言葉を、意趣返しのようにヤヤハトは叩きつけ、くつくつと低い笑い声をこぼす。
辛うじて積み上げた、己を正当化するための理由。それすらも完膚なきまでに崩された男の呻き声とも慟哭とも言える声が、ヤヤハトの笑い声の後を追った。
彼と相対しているヤヤハトなる人物の背を見つめながら、ケイもミィハも確信する。
自分たちは彼のことはよく知らないし、ススナムがエオルゼアに生きる人々を裏切るようなことをしたのだろう。だが、一人の人の破滅を目の当たりにして笑みを浮かべているこの男もまた、決してただの正義心に駆られてススナムを糾弾しているわけではないのだろう。
「
……
ケイ。僕は、ススナムの言うように、余計なことを暴きすぎたのだろうか」
「ううん。ミィハは必要だと思ったことをしただけだよ。それに、ミィハやフェリキシーのおかげでロフェさんたちは再会できたんだ」
部屋の片隅でもう二度と離れまいと妹の手を握っている兄の姿を片目に収め、ケイはそっと呟く。
生き別れた兄妹の再会、それだけがこの事件において価値のあることだったーー今はただ、そう思うために。
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