kaede
2024-04-18 12:36:10
1393文字
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一彩くんが燐音くんと桜を見るだけのはなし

燐一もしくは天城兄弟(どっちでもいい)

また湯船に浸かりながら爆速で書いたやつ。
一彩くんの様子がおかしいのでご注意ください。

「ずっとお前としたかったことをひとつずつ、叶えてくのもいいかなァ、って思ってよ」

 兄さんは軽い口調でそう言って、笑ったのに。
 どうして僕は、泣きたくなるほど苦しくて、切ない気持ちになってしまったんだろう。

 薄青の空を淡い桜色に染めた欠片がはらはらと舞って、兄さんの服を、兄さんの美しさを彩る。
 僕は払おうかどうか少しだけ迷って、すぐにその迷いを忘れることにした。
「桜を見ることなら故郷でもしていたよね」
 都会より幾分か開花が遅かったけれど、山に入ればそれは見事な花をつける木が、たくさんあった。凶暴な獣が出て危険だからと郷の人間はあまり分け入らない奥深くで、兄さんと二人だけでお花見をするのが、毎年の慣わしだった。何が襲ってきてもお兄ちゃんが守ってやるからな、と笑う兄さんの、少なくとも足手まといにはならないくらいの力はあると思っていたけれど、実際は獣と言ってもせいぜい数回、野うさぎに出くわした程度だった。今思うと、兄さんが里の人間に嘘を触れ回って人払いしていたのかもしれない。
 どうして兄さんがそんな嘘をついたのか、その理由がわからないほど僕はもう、馬鹿じゃない。
 必要な嘘だったのか、と言われたら、少なくとも僕には不要なものだった、と答えるけれど。
「籠の鳥が外の世界を眺めるのと、空を飛ぶ鳥が世界を見渡すのじゃ、全然違ェだろ」
「故郷は兄さんにとって鳥籠だった、ってこと?」
 僕の問いに、兄さんは薄く微笑んだだけで明確な返答はしなかった。
 肯定でも否定でも、僕の好きなように受け取ればいい。そういうことなんだろう。
 僕は、どう受け取るべきだろう。
 どう、受け取りたいのだろう。

「さすがにこうも朝早いと何も売ってねェなァ」
 お腹をさすりながら兄さんが言う。空腹だ、という意味だろう。
「早くなければ、この小さなお店……?で何かが売っていたりしたのかな」
 いくつも並んだ無人の小屋……とも言えない、フランクフルト、とか、サメつり、とか、他にもいろいろ書いてあるビニールの屋根がついていて、その下にケースや台が置いてある場所を指して問うと、兄さんが何故か誇らしげに笑った。
「おうよ。屋台って言ってなァ、粉もんとか焼いた肉とか野菜とか甘い菓子とか、あとは雑貨なんかも売ってンなァ」
「雑貨では空腹は満たせないよ?」
「都会じゃァよ、桜を見ることを口実に出掛けて食って飲んで無駄な買い物して散財すンのが醍醐味なんだよ」
「それが醍醐味なのに、どうして兄さんはこんな朝早くに僕を誘ってくれたの?」
……何でだろなァ」
 犬の散歩やウォーキングをしている人も見かけるから、誰もいない、とは言い難いけれど、兄さんと二人で桜の下を静かに歩けるのは、嬉しい。
 故郷にいた時も、都会にいる今も、それは少しも変わらない。
「手をつないでもいいかな、兄さん」
「お? 甘えん坊かァ?」
「どう受け取ってもらっても構わないよ」
 肯定も否定もしなかった僕を見て、兄さんは一瞬、驚いたように目を見張ったけれど、すぐにいつものように軽く笑って、その大きくて温かい手で僕の手を包み込んだ。


 兄さんは違うのかもしれないけれど。
 僕はどこにいたって、兄さんさえそばにいてくれるなら、そこが僕の世界のすべてになるから。

 だから、もう二度と、僕を離さないでね。