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千代里
2024-04-18 07:49:38
6571文字
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君ふれ短編
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ケイとミィハの話・短編・その8
「
……
二年前のことなんざ、いちいち覚えてねえよ」
そう言いながらも、フェリキシーはその場に現れた新たな来訪者であるララフェル族の男をを睨む。彼に対して反抗的な姿勢を見せつつも、フェリキシーは男に言われた通り、自分が今にも仕留めんばかりに迫っていた男から双剣を引いた。辛うじて命を繋げたとわかった安堵からか、ユキハネを撃った侵入者はへなへなとその場に頽れる。その様子からも、侵入者が命のやり取りに慣れていない人物であると分かる。
「覚えてないという割には、随分と聞き分けが良いようだが?」
皮肉を交えつつ、フェリキシーに『ヤヤハト』と呼ばれた男は、ずんずんと部屋の中へと入っていく。彼の後ろには、護衛と思しきエレゼン族の壮年の男が付き従っていた。他にも数名、暗色の上着を羽織った、武装した者たちが数名後に続く。
付き人の男は、部屋の中央にクリスタルの照明を置く。ユキハネの炎が消えたことにより消失していた灯りが戻ってきたことにより、部屋の惨状がよりはっきりとすることとなった。
本来なら、リゾートに赴いた客人を楽しませるはずだった白い壁には、今や争いの痕跡がしっかりと刻み込まれている。床に敷かれた絨毯は倒れた少女の血を吸い、元々赤かった布地をさらに濃い赤に染めていた。
フェリキシーは自分が武器を向けていた男にこれ以上の抵抗の意思がないことを確認すると、ユキハネの元に近寄り、銃弾が貫通した傷口へと手を翳す。
「
…………
」
意識を集中させると、すぐに癒しの魔法の光が生まれ、今も血を滲ませている傷口を少しずつ塞いでいく。戦闘においては格闘術や槍術を得意としているフェリキシーではあるが、全く魔法が使えないわけではない。ミィハやケイのように秀でたエーテル操作技術こそないものの、少女の肩を貫通した銃創ぐらいなら時間をかければ塞げる程度の魔法は扱える。
倒れているユキハネのすぐそばで、フェリキシーに言われるがままに身を伏せていた怪盗がゆっくりと体を起こした。先ほどまでの争いで抵抗の気が削がれたのか、フェリキシーへの敵対心は怪盗からもすっかりなくなっているようだ。
「ちょうどいい。リンド。そこの娘の治療を手伝ってやるといい」
ヤヤハトにリンドと呼ばれた怪盗は、不審さを露わにして、フェリキシーを睨みつける。
「ですが、ヤヤハトさん」
「その男は私の敵ではない。いや、状況も分からないままに無闇矢鱈と襲いかかるような、直情的で視野が狭い連中とは異なると言う評価が正しいだろう」
散々な言われようだったが、フェリキシーは眉を顰めるだけに留めておいた。
実際、今すぐに目の前のララフェル族の男に敵対するつもりがないのは事実だ。彼がどのような立ち位置にいるのか把握せねば、迂闊に動いてはならない。フェリキシーの直感は、そう訴えていた。
怪盗ことリンドはヤヤハトの要請に不承不承頷くと、おもむろにユキハネへと手を伸ばす。一瞬、警戒のためにフェリキシーが身構えると、
「あんたの仲間を傷つけるような真似はしません。あんたの治癒魔法じゃ、その傷を塞ぐには時間がかかりすぎるでしょう。」
「てめえは魔道士なのかよ。癒しの魔法の腕には自信があるってか」
「専任の魔道士ではありません。ですが、治癒魔法についてなら、多少は心得はあります」
そう言うと、怪盗は自身の片目を覆う眼帯を外した。眼帯の下、露わになったのは魔物の爪か牙に抉られたと思しき古傷の痕。しかし、目は潰れているわけでも塞がっているわけでもなかった。
ゆっくりと開いた眼窩ーーそこには隠されていない方の片目と同じ青が宿っていた。生来の目が潰れてしまっていたのなら、それは間違いなく作り物の目だろう。
(たしか、あの女も魔物に襲われて片目を無くしたとか言っていたな)
ススナムの泊まっていた宿に到着した直後、依頼の説明をしていた際のことだ。フェリキシーたちの身の回りの世話を任されていた女性ーーロフェは、自分の片目が魔物によって損なわれたと話していた。そして、目の前の男の顔面に残る傷。さらに、ロフェの名を出したときの怪盗の反応。おそらく、ユキハネが気にかけていたように、怪盗はロフェの身内かそれに類した存在なのだろう。
「この程度の傷なら、私でも何とかなりそうですね」
怪盗はそう言うと、フェリキシーと同じようにユキハネの傷に手をかざし、癒しの魔法を発動させる。その規模は、フェリキシーと変わらない低級の治癒魔法のように思えた。
だが、すぐに気がつく。怪盗が魔法を発動させると同時に、眼帯に隠されていた方の目がかすかに光ったことに。その光に促進されるように、癒しの魔法の効力が上がっていく。
ユキハネの傷は見る間に跡形もなく塞がり、かすかに肌に残る引き攣れたような痕だけが、彼女が凶弾に倒れた証拠となっていた。
「
……
何だよ、その目は」
「見ての通りだ、フェリキシー。その目は作り物だが、ただの作り物の目玉と違って、一風変わった仕掛けが仕込まれている」
答えたのは、目の前の怪盗ーーリンドではなく、護衛の男たちに指示を出して、テキパキと侵入者たちを縛り上げているヤヤハトの方だった。
「彼の片目に嵌められている義眼には、上質な鉱石が使用されている。鉱石に魔紋を刻み、ある種の護符としても利用している」
その理屈は、フェリキシーも知っている。ミィハやケイが身につけている指輪も、同様の理屈を元に作られたものだ。中には、鉱石に魔法を刻んで擬似的な生命体ーー魔法人形とする例もあるほどだ。それほどまでに、ある種の鉱石は魔法と馴染み深い。
「純度の高い宝石が魔法の結節点になるのは、そこの娘が魔道士であるなら、お前もよく知っているだろう。それと同じ理屈だ」
魔法だけでなく、リンドの体術が強力であった理由も、おそらくはそこに原因があるのだろう。彼の身のこなしを強化する後押しがあったからこそ、彼は素早く立ち回ることができたのかもしれない。最も、指輪や腕輪のような装飾品ではなく、自らの義眼にそのような魔法的な補助効果を期待するのは、常軌を逸しているのもまた確かだ。体に密接している分、強力ではあるかもしれないが、一歩間違えればどんな悪影響があるか分かったものではない。
「それにしても、今夜は怪盗だけでなく千客万来だったようだな。私にとってはほぼ予定通りではあったがーーフェリキシー、そちらにとっては気が休まる暇がなかったんじゃないか」
くつくつと愉快そうに喉を震わせる男に対して、フェリキシーは憮然とした表情を崩そうとしない。
ヤヤハトが言うように、今彼らがいる部屋は、人数だけ見れば人でごった返しているような状況だった。
まず、フェリキシーたちに賄賂を理由に退却を迫ったススナムの傭兵たち。彼らはフェリキシーとユキハネの連携により、部屋の片隅に寄せられて、今も呑気に眠りこけている。
次に、宝石を狙ってやってきた怪盗こと赤毛のミコッテ族の男性。ヤヤハトによると、リンドという名らしい彼は、ヤヤハトとフェリキシーらを両方視界に入れられるように注意しつつ、二人の動向を窺っているようだった。
そして、玄関の鍵をこじ開けて入ってきた侵入者が二名。ユキハネに対して発砲した彼らは、フェリキシーの反撃を受けて既に戦意を失っている。机に向かって蹴り飛ばされた者に至っては、打ちどころが悪かったのか、そのまま気を失ってしまったらしい。二人とも、まとめてヤヤハトの護衛が縛り上げている。
最後に、場を収めたララフェル族こと、フェリキシーにとってはウルダハ滞在中の知り合いでもあるヤヤハトと、その護衛の壮年の男性や数名の兵士たち。フェリキシーと気絶しているユキハネも入れると、この部屋には十名以上という大所帯がひしめき合っている状態だ。
それでも部屋の中にいるものの殆どが気絶していたり、意識不明である状況なので、人数に反して部屋は嘘のように静まり返っていた。
「
……
ヤヤハト。てめえは、この一連の騒動の何に関わってやがる。どこまでがてめえの仕業で、どこまでがてめえの掌の上で転がされた連中の意思だ」
敵意を少しも隠そうともせずに、フェリキシーは目の前の男へと問いかける。
質問しながらも、フェリキシーは二年前にヤヤハトと出会ったときの一連のやり取りを思い出していた。その全貌は、ウルダハではよく見かける事件に過ぎず、英雄の活躍などに比べれば取るに足らない事件だった。だが、それが切っ掛けでフェリキシーはウルダハに見切りをつけて、リムサ・ロミンサに活動の拠点を移したのだ。
その時の事件の全てが、ヤヤハトの策謀であったわけではない。だが、彼が俯瞰して物事を見られる位置にいたことや、自分の掌の上で右往左往する人々を観察する側であったことは事実だ。そして、たとえ事件の途上で犠牲者が出ようと、それもまた舞台の演出の一つとして彼は愉しんでいた。
今回も同様に、目の前の男は誰かの立場や境遇を利用しているのではないかと、フェリキシーはそう疑っていた。
「心外だな。それでは、まるで私が誰かを罠に嵌めるのを趣味としているようではないか」
「似たようなもんだろ。てめえの口ぶりだと、そこに伸びてる連中はてめえの手駒ではないってことでいいのか」
フェリキシーが顎でしゃくった先にいたのは、ヤヤハトの護衛が縛り上げている侵入者たちだ。ことと次第によっては、自分は再び武器を構えなくてはならない。フェリキシーはそんな気持ちを隠そうともせずにヤヤハトへ警戒が滲んだ問いをぶつける。
そんな彼の態度を受けて、ヤヤハトは肩をすくめてみせた。
「安心するといい。ユキハネを傷つけた連中は、私の手駒ではない。今回協力してもらったのは、そちらの彼と、私の周りにいる親愛なる友人たちだけだ」
ヤヤハトが指さしたのは自分の周囲にいる護衛たちと、フェリキシーのそばでユキハネの治癒を手伝っていたリンドーー怪盗と名乗って、ウルダハにてあちこちで盗みを働いていたと言われている男だ。彼は外した眼帯を付け直すと、その場に立ち上がる。続けて、何か言いたげにヤヤハトに向かって口を開きかけたが、
「まあ待て。まずは、この男に事の次第を話す方が先だ。不要な不信感を持たれた挙句、彼にススナムの肩を持たれても困る」
「肩を持つも何も、もとよりこいつはススナムの手先でしょう」
「それは彼を誤解しているな、リンド。彼は一介の冒険者だ。おおかた、ススナムが出した依頼を見て、宝石の護衛の任を引き受けただけ
……
そうだろう?」
ヤヤハトの推測に素直に頷くのも癪だったので、フェリキシーは無言で睨み返すに留めておいた。それを肯定と受け取ったのか、ヤヤハトは満足そうに頷き返すと、
「さて、あまり長々と話すのも得策ではないので簡潔に説明するとしよう。ことの発端は、私の耳にとある不審な情報が届いたことから始まる」
ぱちん、と手を打って、ヤヤハトは自身が舞台の主役となったかのように語り始める。
「フェリキシーは知っていると思うが、私はウルダハの富裕層に対して、それなりに広い情報網を持っている。その情報網にて、少々聞き捨てならない内容があってね」
「それが、ススナムに関係があることだったのか」
「ああ。調べていくと彼が何やら大っぴらにできないような品を取り扱っている
……
ということに気がついた」
それについては、フェリキシーにとっても予想通りの言葉だった。ミィハたちから聞き込み内容を聞いた時点で、護衛対象がただの無害な宝石である可能性は低いと見込んでいたからだ。宝石自体が害をなすようなものでなかったとしても、そこに良からぬ思惑が絡んでいる可能性は高いと踏んでいた。
「だが、推測だけでススナムが取り扱っている品を全て取り押さえられるわけでもない。無論、彼自身の身柄もだ。彼は宝石商だ。彼自身ももちろんだが、それを買った相手も、その殆どが相応の地位を持っている。迂闊な口出しは、言いがかりと取られかねない」
ウルダハにおいては、何が正しいかよりも、何が筋が通っているかの方が重要視される場面が往々にある。金が物を言う世界だからこその特徴だ。
「故に、厳密な調査には現物が欠かせないにも拘らず、私も手をこまねいていることしできなかったのだよ。だが、そこに朗報がやってき」
ヤヤハトは、ララフェル族特有の小さな手を怪盗ことリンドへと向ける。
「私が目をつけていた買い手の一人の家に、賊が忍び込んだという。しかも、その賊は逃亡の際に宝石を盗んでいったというじゃないか。噂によると、それは例の曰くつきの宝石だ
……
と聞いてね」
「それで、盗んだ宝石を売ろうとしたときに声をかけてきたのが、このヤヤハトさんだったんですよ」
ヤヤハトの説明を引き継いだのは、リンドの方だった。その声音から、少なくとも彼がヤヤハトに対して明瞭な好意があるわけではないことが分かる。今もヤヤハトに対して一定の距離を置いている彼は、さしずめ利害が一致したが故に行動を共にしているだけの相手といったところか。
「実際に宝石を調べた結果、私は自分の推測が確信に至るものだと判断した。そこで、まずは外堀を埋めることにしたのだ」
「それが、例の怪盗騒動ってことか」
フェリキシーが話の結末を先取りすると、果たしてヤヤハトは鷹揚に頷いてみせた。
どこか自信満々な振る舞いを見れば見るほど、フェリキシーは眉間の皺を深くする。腕の中で今も眠っているユキハネがいなければ、あるいはミィハたちがこの件に関わっていなければ、お前らで好きにやっていろと背を向けて去りたいぐらいだった。
「我々が標的としていたのは、曰くつきの宝石だけだ。そうなると、盗まれる側も薄々何かあると察する。自ら調査して先んじて真実に至ったものは、もう関わりを持ちたくないと思ったのだろう。率先して怪盗に盗まれようとしていたぐらいでな。予告状が来た日を見計らって家をもぬけの殻にしていたと聞いたときは、腹を抱えて笑い出しそうになったものだ」
先だってケイやミィハが聞き込みで得た情報の中にあった、被害者の不可解な振る舞い。それは、そのような理由があったのかとフェリキシーも内心で納得を得る。どうやら、怪盗自ら賄賂をばら撒いた以外にも、宝石の方にも盗みのハードルを下げる原因があったらしい。
ヤヤハトは、無惨にも横倒しになった机のそばーーそこに転がっている箱を拾い上げると、それを開けようと試みる。だが、鍵がかけられた箱は、何の工夫もなく開けられるほど、単純ではない。
彼が開けられずにいるのを見て、護衛としてそばに控えていた男が箱を受け取る。懐から針金のようなものを取り出し、数度錠前を弄ると、箱はあっさりと開かれた。
中にあったもの。それは上質な絹で作られた台座に鎮座している首飾りだった。
宵闇の貴婦人などという大層な名前に相応しく、薄紫の淡い石が静かに蝋燭の灯りを受けて輝いている。紫の輝きを損なわない程度に控えめに添えられた真珠は、さしずめ空を彩る星々だろうか。
「なるほど。なかなかに良い作品を作れるようになったらしいな。曰くさえなければ、ウルダハの中でも何人かは欲しがる者が出てくるだろう」
「そんで、てめえが散々勿体ぶって仄めかしてる『曰く』ってやつは何なんだ」
先ほどから思わせぶりに語られている『曰く』。確かに宝石にはその手の話はつきものだ。やれ古代の呪われた指輪だの、怨霊が取り憑いた首飾りなど、怪談のような曰くが付与される美しい宝石というのは、数おおく存在している。
だが、あくまでそれは特定の首飾りや指輪などに付与される御伽話だ。特定の種類の宝石全てに付与されるとなると、単純な『物語』では済まない内容に違いない。
果たして、ヤヤハトは首飾りを広げながら言った。
「お前が察している通り、曰くはこの宝石にーーいや、正確には、この鉱石が出土する土地に関係することだ。何故ならーー」
もったいぶったヤヤハトの言葉を聞きながら、フェリキシーはそっと自身の耳元へと指をあてた。そこに響く小さな音に、今までと異なる理由で眉間に皺を寄せつつ。
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