古い鏡が映す像のような記憶。老いさらばえたミハイルのくぐもった呼吸音。皺だらけの乾いた手のひらが、緩慢に俺の背中を撫でる感触。
それを思い出させているのが俺の旧懐なのか、今の俺を構成する52の要素のうちどれかなのか、虚構の上に浮かび上がるギャラガーの輪郭なのかは不明瞭だ。答えのない問題、無意味な思考だ。すべてはもう融解し、混ざり合い、今の俺の形に冷え切ってしまったのだから。さながらチョコレートのように。
ミハイルの亡霊が裏切り者の俺を呪い殺しにくることを、ときどき考える。たとえ霊魂でも彼に会えるならそう悪くはないかもな、とすこし思う。
昔はこんなことを考えなかった気がする、気がするがその感覚が誰のものかはわからない。神秘の運命の行人と52人のつぎはぎと最も真実に近い嘘、ぜんぶ違うもののはずなのに脳髄がひとつしかないせいだな。
右腕の傷跡から滲み出る炎を特製のモクテルで誤魔化す。かつては怪我をして戻るたび、ミハイルは無鉄砲に飛び出すものじゃないと俺を叱った。彼はいつまでも俺のことを子供扱いしていた。そうじゃなきゃ聞き分けの悪い犬だと思っていた。
今じゃもう俺が無茶をしたって何かを言う奴はいないから、気楽な反面寂しいものだ。ミハイルの心配と呆れが混ざった表情も、父親のように言い聞かせる口調だって、もうどこにもないし。
感情が記憶につける注釈はいちばん信用ならないもので、回顧は過去に対する破壊行為だ。今の感性によって、過去の記憶はたやすく変質する。日常における最も小さな『神秘』のひとつだ。
俺はほんとうのミハイルをまだ覚えているだろうか?彼のことを思い出すたび考える。考えても詮無いことだから、道端で買ったスラーダで流し込んで忘れる。
密輸したスラーダの甘い味、結露で濡れた瓶のつめたさ、希望に燃えていたころのもう不確かな俺たちに乾杯。添加物にまみれたこの味だけが、あの頃と同じだ。
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