先日、機会があって2022年2月に書いた二次創作小説を英訳しました(ジャンルやなんやは今回の話に関係ないので触れずにいきます)。この小説、当時の自分の印象にあった
「立春辺りの、寒いけど光が眩しくなって春に向かう時期好きなんだよな~~『2月は光の春』って聞くよね~」
っていうのがベースになってまして。この「2月は光の春、3月は音の春、4月は気温の春」といった形容、ことに近年、20年代では気象ニュースなどで度々見かける気がします。なので、それなりに一般的な表現なんだろうな、でも英語では何て言うのかな
…と調べてみたところ。
あれ? 英語では「February light spring」とかで検索してもあんまりそういう、気象についてのページ出てこないな?? まぁ、アメリカやイギリスの気候は日本とは違うんだろうし
…いやでも、北半球の国だったら似たような感覚はあるのでは???
…となってしまった挙句、とりあえず小説の英語版では「立春」、「2月は光の春」辺りについての説明セリフを増やして乗り切った訳なのですが。
二次創作の話はともかく、「2月は光の春(以下略)」のソースって何なんだろう
…あと、00年代なんかにはこんな話聞かなかった気がするよ
…? というのも気になりまして、ちょこちょこネットを調べた結果、こんなのでは? という仮説にたどり着いたのでご紹介しておきます。あくまで仮説なので、信憑性については期待しないでください。そこまで詰めて調べてもないですし。
さて、2024年4月現在、「光の春」でぐぐってみると、「2月は光の春(以下略)」という説明が、さも当然といったようにたくさん出てきます。色々ありますが、以下2記事など。
株式会社 気象サービス>気象トピックス・コラム
[2018年2月]
https://www.weather-service.co.jp/pastcolumn/11085/
[2023年2月]
https://www.weather-service.co.jp/weathercolumn/risshun/32133/
同時にちらちら見かけるのが、
>『光の春』は、ロシア(旧ソビエト)で生まれた表現
といった説明。成程、ロシア語由来の言葉で、日本に入るのに西欧社会を通っていなければ、そりゃ英語で「spring of light」みたいな概念は特に無いのかもしれないね
…などと。
しかしロシア由来と言われても、いつどうやって日本に入ってきて、ここまで定着しているのか? さらにぐぐってみたところ、どうもこれは、1997年刊行の書籍が大元となっているようです。
>ちなみに「光の春」はよく耳にする言葉ですが、もともとはロシア語を倉嶋先生が翻訳されたということはあまり知られていないのではないでしょうか。
気象人>気象の本棚『お天気歳時記: 空の見方と面白さ』[2003年1月]
※気象予報士・森田正光氏(1950-)の個人サイト
https://kishojin.weathermap.jp/book/book9.php
『お天気歳時記』の著者は、お天気キャスターの草分けとも言える倉嶋厚氏(1924-2017)。
Wikipediaを見る限り、ロシア語の科学書の翻訳も手掛けられていたみたいなので、ロシア語も堪能な方だったんでしょう。ともかく、この倉嶋氏が日本に「光の春」を紹介した人物のようです。
そしてこちらが、森田氏による倉嶋氏の追悼記事より(結核の療養中にロシア語を学ばれてたんですね、成程)、印象的な「光の春」エピソード。
>その後、気象庁の出張でモスクワの中央気象台にいったときに、女性予報官に「光の春とはどういうことか」と訊いたそうです。その女性予報官曰く、冬至を過ぎると光が強まり、・・・つららの先から解けた水滴が日に輝きながらポツリと落ちる。・・・そうすると遠くから近づく春を感じる。との表現に、倉嶋先生はいたく感激したそうです。
Yahoo! ニュース エキスパート>『風流気象学の始祖 倉嶋厚先生を悼む』[2017年8月]
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/02acf94fb34ca5fcf9822811e954cf9a05ce8a54
ふむ、つまり倉嶋氏は「光の春」について、あちこちで言及されてたんでしょうか。著作もTV出演も多い方なので。
なおロシア語だと「光の春」は「весна света(ベスナー・スベータ)」というらしく、これでぐぐったら色々と出てはきますが
…ロシア語
…わかんねぇ
…。せめて英語で何かないかな、と探してみたところ、「spring of light」を説明してくれてるページがありました。
『Spring of light(光の春)』
プリオスコ・テラスヌイ自然保護区のニュースレター[2020年2月]
https://pt-zapovednik.org/spring-of-light/
>ロシアの博物学者で、自然愛好家でもあったミハイル・プリーシヴィンが「光の春」という用語を発明した。
おお! 由来だ!! ミハイル・プリーシヴィン氏(1837-1954)、この世に
Wikipediaがあって良かった
…(とはいえWikipediaには特に「光の春」に関する記述はなし)
しかもこのページで引用されている、プリーシヴィン作の小説(?)『光の春』の一節は
>2月、日の当たる側の屋根から最初のしずくが落ちる
という、まさに「光の春」の説明で聞いたものじゃないですか! なのでプリーシヴィン氏の言う「光の春」の観念はそれなりにロシアに広まっていて、それを倉嶋氏が知り、日本に紹介したんですね。そこで後世には森田氏をはじめ、気象予報士さん達がこの表現をよく使うようになり、次第に定着していった
…というところかな、と(※個人の推測です)
さてしかし、ここで思い出されるのが「2月は光の春(以下略)」の定番表現。「光の春」についての由来はこうかな、というのはいいとして、倉嶋氏と『お天気歳時記』では、「音の春」、「気温の春」については何も言及なくない
…? プリーシヴィン氏の言う「光の春」には、「音の春」、「気温の春」が続いたんだろうか
…と、再びネットの海へ。ロシアの博物館のサイトと思しきところにプリーシヴィン氏についての解説コラム(?)がありました。ロシア語→英語でなんとか解読してみると
…
『весна света(=vesna sveta=光の春)』
オリョール作家博物館のニュース記事[2021年2月]
http://turgenevmus.ru/vesna-sveta/
>プリーシヴィンが最も愛した季節は春だ。春には光と喜びが勝利を収める。彼はこの時期を何段階かに分けた。光の春、水の春、草木の春。そして最後に人間自身の春、魂が生まれ変わって新しくなる時だ。
>プリーシヴィンの唱えた「光の春」という素晴らしい概念は、文学や話し言葉の中に広がっていった。それは12月の終わりから始まる。最初はほんの数分だけ、じわじわと日が長くなってゆく。実際には自然界のものすべては死んでいるか眠りについており、その中で光、光だけが再生への希望を繋いでいてくれる。
音と気温と違うやん!? 水と草木と人間だったよ!!
…まぁ、でも、そこまで詳しくないですが、概してロシアの冬の方が日本の冬より寒いだろうし、雪も氷も多いんだろうから、春の段階の感じ方が光→水→草木→人間(再生の時)となるのは理解できる
…気もする。そして日本の、とりあえず本州の春の段階としては、光→音→気温の方がしっくりは来るような。倉嶋氏もそんな判断で、敢えて日本には「光の春」しか紹介しなかったんじゃないでしょうか(※個人の推測です)
どうも「音の春」、「気温の春」は、「光の春」と同じ由来ではないらしい。これらでぐぐってみると見つかる中で、とりあえず一番古そうなページがこちら。
「光の春・音の春・気温の春」
広島市江波山気象館メールマガジン[2006年3月]
https://www.ebayama.jp/merumaga/20060301.html
「光の春」がロシア由来とはあるけれど、「音の春」、「気温の春」の由来についての言及はなし
…ただ、20年代の今でよく目にする表現と同様の記述なので、少なくとも2006年の気象業界に、こうした言説があったことはわかります。この江波山気象館メルマガが「3月は音の春」、「4月は気温の春」の由来であるのかどうかは、残念ながら今回の調査ではわかりませんでした(そして、倉嶋氏が「音の春」、「気温の春」について言及したことがあるのかどうかもわからず)(いや関連資料ほとんど当たれてないんですけど)
なお、一般の方の個人ブログだったりするのでリンクは貼りませんが、10年代半ばには「お天気ニュースで3通りの春の呼び方の話をしていた」というような記述も散見されましたので、ともかく00~10年代でこうした表現が気象業界からよく発信されるようになり、じわじわと広がっていった
…んじゃないでしょうか
…?
そんなこんなのオタクの自由研究なので正確性は保証しませんが、「光の春(以下略)」について、こんなストーリーがあったのかな
…? ということを、少しでも感じていただければ幸いです!
(以下追記:2024/4/21)
…などというのを書いた後、件の『お天気歳時記: 空の見方と面白さ』を読んでみた訳なんですよ(近所の図書館にあったので)。そしたらもっと詳しい倉嶋氏による「光の春」の説明もあった! という訳で引用!(※原文の漢数字を算用数字に変えています)
>若いころ気象庁の用務でモスクワの気象局で仕事をしていた時、女性予報官(ソ連では予報官の7〜8割は女性でした)から「光の春」という言葉を聞きました。気温はまだ氷点下10〜20度の2月ごろ、太陽の光だけが強まって空が目に見えて明るくなり、軒の
氷柱からの最初の水滴が日に輝きながらぽつんと落ちるのに気が付き、厳しい冬の中で、遠くからの春の足音を心の耳で聞く。これが「光の春」の季節感なのだそうです。そういえば日本でも2月ごろは、「春は名のみの風の寒さ」の中での光の強まりに、春を感じることがよくあります。そこで25年ほど前に天気の解説で「光の春」という言葉を使ったところ、多くの方の共感を呼んだらしく、新聞やテレビで、この言葉がさかんに用いられるようになりました。
このコラムの大元の掲載誌は、1989年7月発行の地銀の冊子だそうです。その25年前
…というと1964年? そんな前から使われていたとは! まぁ、倉嶋氏が「気象庁の用務でモスクワの気象局で仕事をしていた時」というのは1960年代のようなので(他の部分にそんな記述がありました)、氏が「光の春」を知って日本に伝わり出した
…のも1960年代だったんでしょう。「春は名のみの〜」は『早春賦』ですね。
唱歌『早春賦』(長野県大町市)
https://kyoushoku.shinshu-u.ac.jp/omachi/modules/kyozai/kyozai00331.html
氷点下10〜20度な氷柱の世界でもない割に、日本で「光の春」が共感を呼ぶのはこうした、昔からある「早春」や「立春」のイメージと重なる部分があるからなんだろうな、と思います。
そしてこの本、果たして「音の春」、「気温の春」の記述はどこにもなかった
…うううん。倉嶋氏の他の著作を見た訳でもないのでなんとも言えませんが、やっぱり音と気温の由来は別のようで
…どこから来たんだろう
……。もしもどなたか、なにかご存知でしたら教えてください。お付き合いありがとうございました!
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