溶けかけ。
2024-04-15 23:23:27
1826文字
Public ほぼ日刊
 

お花見しよう

洞天でお花見するヌフ。

「綺麗だねぇ」
 旅人に貸し切りにしてもらった洞天の桜の木の下でヌヴィレットとフリーナは稲妻式の花見をしていた。敷物の上には重箱と呼ばれる箱に色とりどりのおかずや菓子が詰められ、彩り鮮やかだ。きっと、完璧主義な彼女のことだ。重箱に詰められた料理の数々は出来るようになるまで練習したのであろう。その証拠に右手の指にはいくつか火傷や切り傷の痕がある。包帯などをしないのはそちらのほうがバレないと思っているからなのか。
「フリーナ殿。少し失礼する」
「うん?なんだい?」
 フリーナの手を取り、包み込む。普段、することはないがこれでも水の龍王。水の神の目を持つ者たちのように治療することなど容易い。
「これでいい。今後はきちんと治療を……フリーナ殿?」
 ヌヴィレットからすっかり怪我のなくなった手を奪い返したフリーナは真っ赤な顔で彼を睨んだ。
「い、いきなり何をするんだ!許可も得ずに淑女の手を取るなんて!」
 ヌヴィレットは考える仕草をする。確かに、少し不躾だったのかもしれない。
「ふむ、それはすまなかった。……君の怪我が気になってしまったが故に考えなしな行動をしてしまったようだ」
 しょんぼりと肩を落とすヌヴィレット。いつもと違う服装も相まって、罪悪感がフリーナの胸を刺す。
「そ、そうは言ってないだろう……えーと、ほら!ちゃんと理由も言わずにそんなことするからさ!ぼ、僕じゃなきゃ勘違いさせてしまうからね!今後は気を付けてくれたまえ!」
 ああ、我ながらなんと苦しい言い訳か。これ以上何かを言うとボロが出ると判断したフリーナはさっさとこの話題からは離れるために、周囲を見回した。視界に重箱が映る。そうだ、あれがあった。
「ほ、ほらヌヴィレット。これ、稲妻のお菓子なんだけど水気があるからキミにも食べやすいんじゃないかな!?」
 水まんじゅうをヌヴィレットに押し付ける。彼は不満げにしながらもそれを受け取りパクリと食べた。
「盛大に誤魔化されたことは気になるが、今回は見逃そう。……些か水気が足りない気はするが喉越しという点では確かに、悪くない」
 残りも平らげ、どこか満足そうなヌヴィレット。フリーナは彼をまじまじと観察する。
「どうかしたのか?」
 視線を感じてフリーナに問いかける。
「やっぱり、キミに似合うなぁって」
 プレゼントしたかいがあったよ、と笑うフリーナ。ヌヴィレットは己の着物を見る。濃紺の着物は千織屋で着せ付けて貰った物だ。
「ありがとう、フリーナ殿。君も良く似合っている」
 ヌヴィレットが率直な感想を言えば、フリーナははにかんだ。
「ふふ、そうだろう?彼女は腕のいいデザイナーだからね」
 フリーナが着ているのは淡青の着物に濃紺の袴。桜と並べばコントラストが美しい。
 ――不意に突風が吹く。風が花弁を巻き上げて前が見えなくなった。
「すごい風だったね。髪がぐちゃぐちゃだ」
 風が止んで前が見えるようになれば笑いながら髪を整えているフリーナがいた。思わず伸ばしていた手が中途半端な所で止まったままになった。
「?」
 どうかしたのかい?とフリーナは不思議そうに首を傾けた。
……ついている」
 言いながら月光色の髪の上で存在を主張する花弁を取る。――君が私の前からいなくなるかと思った、なんて言えるわけがない。そもそも彼女はそんな儚い存在ではなかったな、と認識を改めた。
「ありがとう。……それにしても強風が吹くこともあるんだね」
……ここは仙人の作った空間だ。ならば自然界のように突風が吹くこともあるのだろう」
「ふうん、そういうもの?」
「ああ、そういうものだ……ところでフリーナ殿、これは何かな?」
「えっと、それはね――


「今、ヌヴィレットがこっちを見たぞ!」
 旅人とパイモンは慌てて物陰に身を隠した。
「パイモンが前に出すぎるから……
 旅人がそう言えば、オイラは悪くないぞ!とパイモンが地団駄を踏んだ。その様子に頬を緩ませる。旅人の風元素の名残が二人の髪を揺らした。
「冗談だよ。作戦は成功したみたいだし帰ろうか。――何が食べたい?」
 旅人の言葉にパイモン目が輝いた。 あれやら、これやらと考えながら先を行くパイモンに旅人も続く。
 ふと思い立って振り返る。件の二人は穏やかに花見を続けていた。楽しんでもらえているようで一安心だ。
「いつもお疲れ様。フリーナ、ヌヴィレット。ごゆっくり」