溶けかけ。
2024-04-14 17:42:24
1973文字
Public ほぼ日刊
 

甘いお菓子はいかが?

ケーキバースパロ。読む人選びます。

この世界には大きく三種類の性がある。1つは普通性と呼ばれる男女。そして、バース性と呼ばれるフォークとケーキである。フォークはケーキを捕食し、ケーキはフォークに食べられたがる。テイワットの中でも、ここフォンテーヌは菓子文化が発達した国のせいか、その兆候が他国に比べて顕著に現れた。実際、バース性の絡んだ事件も多い。
「裁定を下す。被告人を有罪とし――
 ヌヴィレットの声が歌劇場に響き渡る。人々はその一語一句を聞き逃すまいと固唾を呑んで見守っていた。今回の裁判はフォークによるケーキの殺人と捕食についての事件であった。フォークは勿論、有罪。だが、衝動を抑えるための薬の在庫管理不足で起こった事件ということで情状酌量の余地あり。また、在庫の発注を怠ったバース性専門病院にはそれ相応の処罰が下された。
 フリーナは裁判の結果にほっと胸を撫で下ろす。
 ――良かった、フォークだけが罪に問われなくて。フリーナは傍聴を終えて席から立つと帰路につく人々に抗うように歩く。途中、何人かに声をかけられたが聞こえないフリをした。

「お疲れ様、ヌヴィレット。素晴らしい裁判だったよ」
 控室のソファに凭れ掛かって、ぐったりとしているヌヴィレットに労いの言葉をかける。普段は休憩中でさえその姿を崩すことのない彼のこんな様子は至極珍しい。
「フリーナ殿……何の用だ」
「キミの様子が心配になって来たんだよ――そろそろ水すら美味しくなくなる時期なんじゃないかなって」
 ジャボを剥ぎ取り、ブラウスのボタンを外して肌を露出させる。すごく恥ずかしいけど、これも彼のためだ。
「ティータイムはいかが?最高審判官殿」
「やめてくれ、フリーナ。私は君を思うままに蹂躙するフォークになどなりたくない」
 ヌヴィレットの顔が歪む。彼の理性は辛うじて保たれているようだ。
「安心して、ヌヴィレット。キミが僕を傷付けないことは数百年前からよく知ってるから」
 一歩、また一歩とヌヴィレットに近づく。隣に座り、怯えた様な彼の頬を両手で包み込んで唇を奪う。嫌がる彼の唇の隙間から舌を差し込んで誘惑するように絡める。ヌヴィレットの目が驚きに見開かれ、覚悟を決めたように伏せられた。
 互いの舌を夢中で求める厭らしい水音だけが室内に木霊する。唇を離せば、情欲に濡れた瞳と目が合った。
「僕を食べて、ヌヴィレット」
 ――それが合図。ソファの上でお互いに本能を剥き出しに求め合う。理屈も倫理観もそんなものは関係ない。ここにいるのは捕食者と被捕食者、それだけだ。
 ヌヴィレットに食べられたい。それがケーキである僕の本能。押し倒されて、中途半端で止まっていたブラウスの残りのボタンは音を立てて弾け飛んだ。後のことなんて考えられない。早く、早く、僕を食べて欲しい。
「あっ……
 がぷり、と彼の牙が僕の首筋に突き立てられる。ぎり、と強く噛まれているがその実、血が出ていないのを知っている。数百年と繰り返してきた捕食行為はヌヴィレットに手加減を覚えさせた。今では甘咬みだけで本能が満たされるほどの手練れだ。長い舌はフリーナを余ところなく舐り、鋭い牙は彼女は自分のものだと独占欲の痕を残すがフリーナに痛みを与えることは絶対にない。それどころか彼に噛まれる度にもっと強く噛んで、と懇願したくなる。
……何を考えている?」
 聞きながらも、ヌヴィレットはフリーナを味わうことを止めない。彼女の胸の頂きを口に含めば、珈琲とチョコレートの味がした。彼女の、正確には彼女が偽っていた神の名を冠した菓子の味。
「な、なにも……あ、やだ……なめないでぇ……
 身体と同じくらい甘ったるい声でフリーナが鳴く。君は本当に菓子そのものなのだな、と肺いっぱいに珈琲とチョコレートの香りを吸い込んだ。普段の快活な彼女からは想像出来ないほど大人びた香り。職人が丹精込めて作り上げた幾重にも重なった層からなる断面の菓子はなるほど、彼女そのものだ。
「ぬびれっと……もっとたべて。ぼくでおなかいっぱいにして……
 細く白い両腕がヌヴィレットの首に絡みつく。あまりの艶かしさに生唾を飲み込んだ。――食べたい。本能のままに蹂躙して、全てを喰らい尽くしたい。暴力的なまでの欲求にヌヴィレットは寸でのところで踏み止まった。
――君を傷付けたくない……何よりこんな醜い私を君に知られたくない」
 みっともない顔をしていると思う。逃げて欲しい、拒絶してくれ。そう願った。――けれど、彼女は残酷なまでに優しくて。
「いいよ、ヌヴィレット。……いいんだよ」
 抱きしめられて頭を撫でられる。微笑まれて、耳元で、さあ召し上がれ、と囁かれて一縷の望みは絶たれた。
 ――後は堕ちていくだけ。


 お菓子のとり過ぎにはくれぐれもご注意を。