薄暗い部屋の中。ぼんやりしたロウソクの灯りだけがオレンジ色に揺れている。隣を見れば嬉しそうな顔で目に涙を浮かべているお母さんの顔がほんのり浮かび上がり、逆に顔を向ければ風子お姉さんがとても楽しそうに笑顔で手拍子をしていた。
ボクの周りで組織の皆が歌を歌ってくれている。それはお母さんが一人で歌ってくれたり、映画の中でしか聞いた事のない歌。今までの記憶の中にこんなに沢山の声で歌ってもらえるのは初めてだった。皆明るく弾んだ声で歌い手拍子を送ってくれる。
歌の終わりが近付くにつれ、お母さんの目から止めどもなく涙が零れて、風子お姉さんの目はロウソクの火が大きな目に反射してキラキラしていた。
最後の節を皆が歌い終えたのに合わせボクはロウソクの火を吹き消した。
──フィル!!
──フィルくん!!
──お誕生日おめでとう!!
ロウソクの灯りが消えた真っ暗な部屋の中。ボクの周りからボクをお祝いしてくれる言葉がクラッカーの弾ける音と共に響き渡る。程なくして照明が付いた部屋──、円卓の間が一気に賑やかさを増した。
『………』
黙示録だけが何か言いたげに円卓の中心で浮かんでいる。けれど、口を引き結び目を細めたまま何も喋らない。いつもだったら、『ここは神聖な円卓の場だぞ!!』と言ってボクたちを追い出そうとするのに全然しない。まるで今日ばかりは見逃してやる、そんな風に見えた。
「フィル! オレからの誕生日プレゼントだぜ!」
ボクが座っている椅子の背もたれ越しにショーンお兄さんがシンプルに包装されたプレゼントを渡してくれた。両手で抱えてお兄さんを見上げる。姿が見えないけれど「開けてみな」と促されたのでボクは包装紙を破らないよう解き開けた。
「今度一緒に見ような!」
まだ見たことのない映画のタイトルが目に飛び込んできた。まだ見えないショーンお兄さんがいる方へ振り返る。視界に捉えられないけれど照れ笑いしながら鼻の下を人差し指で擦っているお兄さんが見えた気がした。
「フィール。私からはコレ!」
ジーナお姉さんがボクの横に来た時、呻き声を上げ姿を消していたショーンお兄さんが何故か吹っ飛んでいた。にこにこ笑顔でボクに華やかな包装紙に包まれたプレゼントを渡してくれるジーナお姉さん。また促され綺麗に包装紙を広げたら、繊細に装飾されたおとぎ話に出てくるような本が出てきた。滑らかな筆記体で書かれたタイトルを目で追い、数ページぺらり捲る。
「ふっふーん。私一押しの一品、そのお話すっごくいいんだから」
得意げな声をする方に顔を向ければ両手を組み胸を張るジーナお姉さんが何度も頷く。
そして、何かを思い出したのか右手のひらで目元を隠し俯いちゃった。小さな小さな声で何度も「すっごくいいんだからァ……ぐすん…」と呟くお姉さんの肩をいつの間にか起き上がっていたショーンお兄さんがポンポン叩いている。
そこから皆から沢山のプレゼントを貰った。両手だけじゃ到底持ちきれない沢山のプレゼント。皆みんなボクを思って選んでくれたプレゼントにお母さんがボクの頭を抱き締め「よかったねえフィル、皆さんにお祝いしてもらって本当に、よかったねえ!」と泣きながら笑っていた。
楽しくて賑やか。あったかい皆がボクを囲んで優しい声でお誕生日をお祝いしてくれる。いつも二人きりで静かだったお誕生日とは対照的に今年のお誕生日は明るい笑い声に満ち溢れていた。皆自分の事のように嬉しそうに笑って祝福してくれる、誰も彼も寂しそうな顔をしていない。
「じゃあ、最後は私から」
すぐ間近から聞こえる何処か自信に満ちた風子お姉さんの声に目と耳を向ける。ガサゴソ後ろから何かを漁り、スっとボクの前に差し出されたポップな包装紙に身を包んだプレゼントを受け取った。両手で抱えるのがやっとなそれを同じように促され開ければ円柱型のクッキー缶が現れた。さらに蓋を開けて開けてと促されたので、パカリ開けた瞬間視界に飛び込んでくる美味しそうなクッキーたちに隣に座っているお母さんが感嘆の声を上げた。
「ちなみにこれは序の口です」
勿体ぶった素振りと言い方にニコおじさんがやや怪訝そうな顔で風子お姉さんを見詰める。
「なんと! これから一日一缶世界中で食べ歩いて美味しかったクッキー缶が届きます!!」
「流石に食いきれねえだろ。量を自重しろ量を」
「えっ」
ニコおじさんに言われて風子お姉さんがびっくりしてる。大きな目を数回瞬かせて、身振り手振り弁明していた。「クッキー缶は大小さまざまな種類があって~」や、「ニコさんの技術で美味しく食べれる期間が延びるようにしてほしいなァ」とか、最終的に風子お姉さん人差し指同士をくっ付けて睨んでいるニコおじさんから目を逸らしていた。
「もし、よろしければフィルと遊んでいただける際、一緒にクッキーを食べてくれませんか? その方がこの子も嬉しいと思います」
お母さんの言葉に風子お姉さんの顔がぱあっと明るくなって薄っすら目元に浮かんでいた涙を拭っていた。
開けていたクッキー缶の蓋を閉じていると、いつの間にかナイフを持った風子お姉さんがケーキを切り分けようとしていた。ロウソクを刺す間隔上、そこまで大きくないケーキは今いる人数分に切り分けるとなればワンピースじゃなくて一枚くらいの厚みになってしまう。
声や表情が出せないそんなボクの心を読み取ったように風子お姉さんがふんわり笑う。
「大丈夫! こんな事もあろうかと、他にも色んな種類のバースデーケーキ用意しました!!」
ロウソクが立っていたのは生クリームたっぷりのいちごが沢山乗っていたデコレーションケーキ。それが風子お姉さんが放った言葉を皮切りに円卓の上が華やいだ。チョコレートケーキ、タルト、チーズケーキ、モンブラン。他にも絶えず円卓の間の入り口から運び込まれるケーキの種類の豊富さに皆がそれぞれ何のケーキが好きという話で盛り上がる。
いよいよもって円卓の上がケーキで埋め尽くされる光景に黙示録が叫び出すのに合わせジーナお姉さんの不変の手が彼の口にロールケーキ丸まる突っ込んだ。
「いいからアンタも祝いなって」
『うごご……!!』
突っ込まれたロールケーキを青筋を立て食べている黙示録を眺めていれば、目の前にコトリ小さな音が聞こえたので視線をそちらに向けた。真っ白で緑色の縁に彩られている丸いお皿の上、綺麗に切り分けられたいちごのデコレーションケーキがおすまし顔でボクを見上げている。ボクの名前と一緒に”お誕生日おめでとう”、と書かれたチョコプレートにマジパンで作られたパンパンダが一緒に添えられていた。
「あらためて、お誕生日おめでとうフィルくん!!」
風子お姉さんが曇り一つないフォークの持ち手を差し出す。差し出されたフォークを受け取ったボクは、手に持ったフォークを見下ろして──、そっと持ち手の方を風子お姉さんに向けフォークを差し出した。
何故フォークを戻されたのか分からない風子お姉さんがフォークを受け取ったまま大きな瞳でボクを見詰める。困惑している感覚は以前宇宙ステーションであやとりを披露した時に似ていた。
でも、ボクの意図を察してくれたみたい。あたたかな日差しみたいな笑顔でボクに切り分けてくれたケーキの先端をフォークで一掬い。落ちないよう手を添えてボクの口に運んでくれるケーキを頬張った。
「おいしい?」
咀嚼をして飲み込むボクに風子お姉さんが微笑む。口いっぱいに広がる優しい甘さと爽やかないちごの酸味。二口目は叶わず、返されたフォークで今度はケーキの上に乗っていた鮮やかな赤色のいちごを刺して風子お姉さんの口元に寄せた。大きないちごを風子お姉さんは「いいの?」と目配せするので、手を引っ込まずその場で停止し続けていれば遠慮がちにいちごをぱくり頬張ってくれた。
──おいしい?
皆には聞こえないボクの声が頭の中で木霊する。
瑞々しいいちごを食べ終えた風子お姉さんにボクの声は届いていない。純粋に感想を述べたのかもしれない。
けれど。
「おいしいね!」
ふんわりお花が咲くような笑みを浮かべ言ってくれる風子お姉さんに声が届いたって思わずにはいられなかった。
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