shirajira
2024-04-13 21:37:18
6710文字
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この後手を繋いで帰った

2024.4.13 ワンドロにて。お題「神」。現パロ的なやつ。小学生のドゥリーヨダナくんと神様のような男の話。

 その神は、ドゥリーヨダナの近所の祠にひっそりと祀られている。
 正式な名前は知らないが、地域の人間からは「わし様」と呼ばれているから、ドゥリーヨダナはいつも大きな翼を持った、鳥の姿を想像している。
 「わし様」は変わった神様で、弱い者の味方をしてくれるそうだ。お供え物を持ってすがれば、強い強い「わし様」は、必ず味方をして、弱い者をいじめる強いやつから守ってくれるのだという。
 小学生のドゥリーヨダナはその話を聞いた時、じゃあ自分には関係ない神様だな、と思った。
 自分は、弱くない。いじめられたりなんてしない。家はお金持ちだし、ドゥリーヨダナは一番上の息子で、強くて賢いので弟たちに慕われている。顔だって、美しい母と精悍な父のいいとこ取りである。
 ドゥリーヨダナは、弱くない。ドゥリーヨダナは、強い。いじめられたりなんて、しない。
 それなのにドゥリーヨダナは、こそこそと隠れるようにして、人気のない早朝の祠を訪れていた。朝の空気はひんやりと冷たくて、眠気はもはや遠く、誰かに見られてやしないかという緊張が、胸の鼓動を早くさせる。
 祠の周りには、木や粘土、色んなもので作られた足が飾られており、異様な空気を醸し出していた。なんでも「わし様」はその昔、風の神と喧嘩をして負け、その際に片足を怪我してしまって歩けないらしい。それでその代わりに、足を供える風習がある。
 足を怪我してるからといって、他の足を供えられても困るだろうとドゥリーヨダナなんかは思う。「わし様」はありがた迷惑に思わないんだろうか。
 ドゥリーヨダナは祠の前に立つと、背負ったリュックの中からお供え物を取り出した。お気に入りのショール。この間叔父が買ってきた、高級ショコラトリーのチョコ。それから一応、折り紙で作った、足。
 お供え物を並べ、それからドゥリーヨダナはパン、と勢いよく手を合わせた。目を瞑り、願い事を唱える。
「わし様、どうか、どうかあの大飯食らいの乱暴者をやっつけられますように。あいつは酷いやつなんです。このままじゃ、俺が殺されちゃいます。その前に、どうか俺があいつを――
「あいつなら、今はいないぜ」
 突然声を掛けられて、ドゥリーヨダナはひっくり返らんばかりに驚いた。実際、口からは「うひゃあ」という言葉が飛び出たし、目を開けたら突然視界いっぱいに褐色の肌があって、気がついたら尻餅をついていた。
「おっと、驚かせて悪かった」
「な、な、な――
 突然目の前に現れた半裸の男に、ドゥリーヨダナが口をぱくぱくさせていると、そのままひょいと男に抱き上げられた。慌ててドゥリーヨダナは手足をばたつかせる。
「人攫いだああああ! 身の代金を要求されるううううう!!」
「ちげーよ」
「じゃあ変態か!? くそっ防犯ブザーを持ってくるんだった! 誰かああああ!」
「うるせえなあ」
 呆れた声でそう言った男に、何かを口に突っ込まれた。吐き出そうとして、はたと咀嚼する。甘い。
「はむはむ、はむ……
「どうだ? リンゴのグジヤは」
 グジヤは餡を包んで揚げた菓子だ。祭りの時によく作られるが、リンゴが入っているものは、初めて食べた。
「んまーい! 前食べたアップルパイに似てる! でもこっちの方が、俺は好きだ!」
「そうかい。もう一つ、食うか?」
「食べる!」
 気がつけばドゥリーヨダナは男の膝に座らされ、お菓子を与えられていた。どう考えても逃げた方がいいのに、菓子がうまいからか、何故だか男の側から離れようという気にならない。
「ごちそうさまでした!」
 きちんと挨拶をして、ドゥリーヨダナは笑みを浮かべてこちらを見下ろす男を見上げた。エメラルドの髪色は人間離れしているのに、その下の褐色の肌や透けるような瞳は、どこか親しみのあるもののように感じる。
「なあ、さっき『わし様』はいないって言ったよな?」
 ドゥリーヨダナが尋ねると、ああ、と男が頷いた。
「あいつは昨日から、友人のところに出掛けてる。だから今何か願ったって、あいつのところには届かねえよ」
「そんなあ……
 せっかく、意を決してここまで来たのに。ドゥリーヨダナが俯くと、男が慰めるように背を撫でてきた。
「さっき、物騒なことを言ってたな。殺されるとか何とか」
「人の願いを勝手に聞いたのか!」
「聞きたくて聞いたわけじゃねえよ。……これも何かの縁だ、俺に詳しく話してみな。何とかしてやれるかもしれねえぞ」
「お前に?」
 ドゥリーヨダナがじろじろと男を見ると、男が笑った。
「信用しろよ、これでも俺も、神の端くれみてえなもんなんだぜ?」
「神様なのか? 何の神様なんだ? 名前は?」
 半信半疑ながら、ドゥリーヨダナは男が神なのであれば、突然目の前に現れたことも、不思議な髪の色も納得できるなと、腑に落ちる思いで男を見つめた。
 よく見れば男の腕は丸太のように太いし、腹はバキバキに割れており、胸だって筋肉で大きく膨らんでいる。簡単に言えば強そうだった。「わし様」は不在だったが、この男が代わりに助けてくれるかも。
 期待に満ちた目でドゥリーヨダナが男を見上げると、男が目を泳がせた。
「あー……名前は……バッラヴァだ。得意なのは料理だな」
「料理の神様なのか……?」
 確かに食べさせてくれたお菓子は美味しかった。料理の神様。料理の神様かあ……
「おい、そんな不満そうな顔すんな。とりあえず、話すだけ話してみろって。ビーマってやつの話をよ」
 不承不承に頷きながら、ドゥリーヨダナはおや、と思った。
 自分は、ビーマの名前を出しただろうか?


 ビーマという名の少年はドゥリーヨダナの従兄弟で、年も同じなら誕生日も一緒、通っている道場も塾も一緒、何なら家の建物が違うだけで同じ敷地内に住んでいるから住所も一緒という、他人が聞けばほぼ兄弟だと思うような存在である。
 兄弟ではない。ドゥリーヨダナにとってビーマは、そんな可愛らしいものではない。
 ビーマという少年はとにかく力が強く、足も早く、活発で、頭も悪くない。何をしてもドゥリーヨダナより上を行く。
 道場でも、塾でもそう。ドゥリーヨダナが影で必死に努力して何とか手に入れた成果を、彼はすいすい越えていく。周りの称賛の目は全てビーマ、それからその兄弟たちに向かう。ドゥリーヨダナとその兄弟たちには、向かない。
 面白くない。ちっとも面白くない。元々彼らとは離れて暮らしていたのに、ある日彼らの父が亡くなったとかで、近くに住むようになった。その結果、彼らはドゥリーヨダナたちの世界をどんどん侵食していった。
 おまけにビーマはその力の強さで、次々とドゥリーヨダナの弟たちを怪我させた。引っ張られて転んで擦りむいたとか、勢いよく投げられたボールが頭にぶつかって鼓膜が破れたとか、その程度のものだったけど。それでも弟たちは痛いと泣いたし、次はどんな怪我をさせられるか、わかったものではない。
「腹が立ったからな、ちょーっとあいつに、仕返ししてやったのだ。そしたらそれ以来、あいつ俺のことばかり追いかけてくる。きっと殺されるんだ……
「何したんだよ」
 ドゥリーヨダナはポケットから取り出したものを、バッラヴァに差し出した。バッラヴァが瞬きをする。
「なんだこれ。ガムか?」
……一枚やる。取れ」
 バッラヴァがガムを一枚、引こうとする。途端、バチン、と音がして、その指を針金が叩いた。バッラヴァが目を丸くしたのを見て、ビーマも同じ顔をしていたなあと思う。
 その顔を酷く笑ってやったら、怒ったビーマに突き飛ばされて頭を打ったことまでドゥリーヨダナが思い出していると、バッラヴァが渋い顔をして言った。
……くだらねえ。お前、マジでこれが理由で殺されると思ってるのか?」
「お前はやつの食い意地を知らんからそんなことを言うのだ! 他所のクラスにまで給食が残ってないか聞きに行くんだぞ、あいつは!」
 親戚として恥ずかしい。恥ずかしすぎて身内にも相談できない。ビーマの母は知っているのだろうかと思う。知らないんだろうな。もしかしたら知ってて知らないふりをしているのかもしれないけど。
 食べ物が絡んだ時のビーマは恐ろしい。知っていたのに敢えて食べ物絡みの仕返しをしたのは、その方が食いつくだろうと思ったし、傷つけることができると思ったからだ。
 だって、何をやったって、ビーマには通用しないのだ。彼はいつも涼しい顔をしているように、ドゥリーヨダナには見える。
 馬鹿にしやがって。どうせ、どうせお前にとって俺は、俺たちは、その辺の石ころみたいなものなんだ。目についたから拾って投げて、それでおしまい。いちいち大事になんてしやしない。
 あいつは強いから。あいつの前では俺は弱い、何の価値のないものになってしまう。だからあいつが嫌いだ。
 強くて、格好いい、あいつが嫌いだ。
「いくら食い意地が張ってるからって、これだけで殺そうとはしないだろ」
 呆れた声で言うバッラヴァに、ドゥリーヨダナはどちらの味方なのだとムッとした。
「する! 絶対する! じゃなきゃ何でここ最近、ずっと追いかけ回してくるんだ!」
「単に話がしたいんじゃねえのか?」
「話ぃ~!? 何を話すと言うんだ、俺とあいつで!」
 そもそもお前、何とかしてくれるんじゃないのか! ドゥリーヨダナが訴えると、バッラヴァは「うーむ」と唸り、目を瞑った。
 うわっ睫毛長っ。表情が消えたのもあって、芸術品のようだ。何だかいけないものを見てる気分だ。
 ドゥリーヨダナがバッラヴァの顔にドキドキしていると、カッとバッラヴァが目を見開いた。
「よし、わかった。お前はビーマに、お前に対する殺意がないとわかればいいんだな?」
「いや、俺が殺される前にあいつを殺してほし」
「殺意がないと、わかれば、いいんだな?」
「あいつを殺いだだだだだだ」
 頬をつねられる。痛い。
「どうしてお前はそう極端なんだよ。……いいか、俺が一芝居打ってやる。お前はビーマの気持ちがどこにあるかを掴め」
「ビーマの気持ち?」
 聞き返すと、バッラヴァが頷いた。
「ああ。それがわかれば……お前もわかるだろうよ。何も怖がらなくていいんだってな」


 ドゥリーヨダナは預かった。返してほしくば一人で祠まで来い。誰かにこの話をしたら、ドゥリーヨダナの命はないと思え。
 そう書いたメモをビーマの部屋に投げ入れてきたとバッラヴァが言ったのは、それこそドゥリーヨダナが瞬きしている間のことだった。膝から下ろされ、抱えていたリュックを背負った、その直後。
「寝てたが、派手に窓を揺らしてやったからな。なぁに、すぐやってくるだろう」
 バッラヴァはそう言ったが、絶対うまくいかないだろうな、とドゥリーヨダナは思う。
 そもそもドゥリーヨダナの身に何かあったって、ビーマには何の関係もないのだ。ビーマは誰にも話さないかもしれないが、それはドゥリーヨダナの身を案じてではなく、どうでもいいからだろう。
 どれだけ待てば、バッラヴァはこの作戦が無駄なことだと気づくだろうか。ビーマは来ないに決まってるのに。
 ドゥリーヨダナが足元の、小さな石を蹴飛ばした時。何かが走ってくる音が聞こえた。
「ドゥリーヨダナ!」
 はっと顔を上げると、ビーマが走ってくるところだった。背中を覆うほどの桔梗色の髪を揺らして、走ってくる。一人で、走ってくる。
「ほら、来ただろ?」
 ドゥリーヨダナの肩を叩き、勝ち誇ったような顔を、バッラヴァが向けてくる。思わずドゥリーヨダナが顔をしかめると、ビーマが叫んだ。
「お前! ドゥリーヨダナを離せ! 俺が相手だ!」
 あ、と思った時には、ビーマがバッラヴァに殴りかかっていた。が、次の瞬間、ビーマは地面に転がされていた。何が起きたのかわからずドゥリーヨダナが瞬きをしていると、ビーマの顔がくしゃりと歪む。
「この……!」
 立ち上がったビーマが、またバッラヴァに殴りかかる。バッラヴァがすっと身を横にずらしたと思ったら、ビーマが地面に倒れている。今度はドゥリーヨダナにも、何が起きたのかわかった。バッラヴァが足でビーマを転ばせたのだ。
 ビーマは何度も立ち上がり、バッラヴァに殴りかかった。その度にバッラヴァはほとんど動かずに、ビーマを地面に転がした。ビーマのシャツはどんどん汚れていって、その頬も汗と砂で汚れていった。
 気がつけば、ドゥリーヨダナは拳を握ってビーマを見つめていた。ずっと見たいと思っていた光景だと思う。
 ビーマが強いものじゃなくなっているところ。無様な様子を晒しているところ。それが見たかった、そのはずなのに。
 何度も地面に転がされたビーマの息は荒くなり、立ち上がるのもやっとの様子でふらついていた。
「ビーマ、負けるな! お前はこんなところで負けるやつじゃないだろ! ……俺以外のやつに、負けるな!」
 気がつけば、ドゥリーヨダナはそう叫んでいた。ビーマの瞳が強く輝く。そうしてまた立ち上がり、バッラヴァに殴りかかったところで。
 バッラヴァの姿が消えた。
「な、これでわかっただろ。ビーマはお前を心配して、お前のために戦ったんだ。賭けは俺の勝ちだな」
 耳元で吹き込まれた得意気な声に振り返ってみても、バッラヴァの姿はない。ドゥリーヨダナが呆然としていると、ビーマが駆け寄ってきた。
「ドゥリーヨダナ、大丈夫か!?」
「あ、ああ……
 どう見ても大丈夫じゃないのはドゥリーヨダナよりビーマの方である。元々ぼさぼさの髪がさらにぼさぼさになっているのをら思わず弟たちにやる時の癖で整えてやろうとドゥリーヨダナが手を伸ばすと、ビーマが突然頭を下げた。
「ごめん!」
「は?」
「この間、お前が俺にガムくれるって嘘ついた時、怒って突き飛ばして……たんこぶできたって聞いた……やりすぎた」
 ずっと、謝りたくて。もじもじと言う同い年の従兄弟を、ドゥリーヨダナはまじまじと見つめた。
「え、もしかしてお前がここ最近俺を追いかけ回してたのは……そのためか?」
「うん」
……それならそうと、早く言え! こっちは殺されるんじゃないかと、気が気じゃなかったわ!」
 思わずドゥリーヨダナが叫ぶと、ビーマが口を尖らせた。
「早く言えって、だってお前、俺が話しかけようとしてもすぐ逃げるじゃねえか」
「それは、だって、お前が! 怒ってるんだろうと思って!」
「そりゃあ、怒ってはいるけどよ。あんな嘘つくなんて、最低だ。……でも俺は、俺もひどいことしたから、ちゃんと謝りたかった。お前のことだけじゃなくて、お前の弟たちのことも。なのにお前ら、いっつも俺から逃げるし。俺は仲良くしたいのに」
 仲良くしたいのに。仲良くしたいのに!?
 ドゥリーヨダナが何も言えないでいると、ビーマが「お前は、俺のこと嫌いなんだろうけど。でも俺は、お前のことそんなに嫌いじゃないし」だなんて言い出したので、ドゥリーヨダナは思わず「はぁ~!?」と叫んだ。
「俺を嫌いなんじゃないのか!?」
「嫌なやつだし最低な嘘つくやつだと思ってるけど、嫌いじゃないぜ」
「嫌なやつだと思ってるのに? それで嫌いじゃないなんてことあるのか? お前の方がよほど嘘つきなんじゃないか?」
「俺はお前みたいにつまらない嘘つかねえよ。それに嫌いなやつ、わざわざ助けに行ったりしない」
 ビーマの手が伸びてきた。が、ドゥリーヨダナに触れる前に手が下ろされる。
「お前が無事でよかった。帰ろう」
 にかり、と笑うその顔に、ドゥリーヨダナは無性に腹が立った。お前はいつもそうだ、と思う。
 なんてことない顔をして。こっちばかりが必死になって。怒りもすぐ引っ込めてしまうのか、お前は。
 面白くない。まったく、面白くない。殺意を向けられていた方が、まだよかったかもしれない。
 もう少し、お前が俺のことで心をかき乱されればいいのに!
 ドゥリーヨダナは、ビーマの手を掴んだ。ビーマが驚いた顔をしたのが嬉しくて、思わず笑ってしまう。
「どうだ、嫌なやつに手を握られた気持ちは! ってお前、手汗すごいな!?」
 そういうところだぜ。耳元で呆れたような声がした気がしたが、ドゥリーヨダナはもう、聞いていなかった。
 やっぱり、神頼みは自分に向いてない。だって自分でビーマをやっつける方が、ずっと気分がいいんだから!