最後の幽霊族というのが人間世界でいうところのいわゆる「ブランド」になるのか、そういう意味で鬼太郎にちょっかいをかける妖怪はいたし、その流れでアキレス腱足りうる水木の存在も知られてしまっていた。最初は徹底的に隠すことも幽霊族親子の間で検討されたのだが、紆余曲折あって水木に手を出したらただではおかないを刷り込む方がまし、ということになった。なったというか、本人がそもそも守られるだけの立場を良しとせず色々あったというか…。
「………水木さん…」
鬼太郎は水木宅の居間の襖を開けた体勢でがっくりとうなだれた。
「鬼太郎!よく来たな!」
ぱっと顔を綻ばせた水木の膝には一見可愛らしい外見のちまちました猫のような何かがいる。鬼太郎は相手が鬼でもボコボコにしそうな眼差しで射抜く。
「なんです、それ…」
そこ(水木の膝)は僕のなんだが?という無言の圧に、猫的な見た目の存在はちらりと顔を上げた後そっぽを向く。カッと頭に血がのぼった鬼太郎はズカズカ居間に踏み込み、水木の膝からぐわっと猫を装っている妖怪をつまみ上げた。
「鬼太郎!?いじめちゃダメだろ?」
困惑した様子でたしなめてくる水木に、鬼太郎は舌打ちしたくなる。
「何懐かせてるんだ、これは猫又ですよ!しかもただの猫又じゃない!年経た大妖怪の類ですよ!」
この手のお説教はもう数えるのも面倒なくらいしてきた。しかし一向に改善される気配がない。
水木は困ったように眉尻を下げ、鬼太郎を上目遣いで見つめてくる。鬼太郎がいくら少年の姿とはいえ、水木が今は座っているので自然とそうなる。攻撃力が高い。
「ごめんな、鬼太郎。いつも心配かけて」
「…ッ、…水木さんが、悪いわけじゃ、ない…」
とっさに答えてしまってから、いや、水木も悪いな?と鬼太郎は思い直す。
「…こいつにも何か食わせてやったんでしょう」
「ホットケーキはダメだっていうから、猫飯をやったぞ。あ!鰹節はちゃんとかいてやったから」
「バックのやつで十分ですよ!」
鬼太郎は腹から声を出してしまう。なんて業腹な。
「まさか名前なんてつけてないでしょうね」
これも口を酸っぱくして何度も注意しているのだが…。頬をかいて目をそらすのが答えだろう。
「ふわふわして可愛いかったから…たまきちって…」
「…ッ!」
鬼太郎は本性は化け猫の類である妖怪をじろりと見た。
『おまえ、何しに来たんだ』
『…………』
ぷい、と猫はまたそっぽを向く。鬼太郎はいい笑顔で笑い、そうか、と言うと猫の首根っこをつかんだまま縁側までズンズン歩いていき、ぽいっと庭に放った。
「鬼太郎!」
何をするんだと言わんばかりの声が後ろからしたが、それを言うなら問い詰めたいのはこちらの方だと鬼太郎は思う。言いたいことはアルプス山脈くらいある。
ゆっくり振り向くと、鬼太郎はにっこり笑って「水木?」と呼んだ。
どこかに拐われたり怪我をさせられたり、命に関わるような危機に巻き込まれたらそれこそ事だが、そうでないからといって見逃せるものでもない。
鬼太郎絡みで、というか鬼太郎や目玉のおやじの弱点と定めて水木を直接狙ってくる輩もそこそこいるのだが、事前に気づいたり間に合ったりした幽霊族親子がどうにかする回数を水木本人が撃退する回数が昨今上回ってきた。
そのままの意味で腕にものを言わせて追い返すばかりでなく、よく回る頭と口で無傷で退散させる事例はまだいいのだが、食べ物を振る舞って下僕にしてしまうのが最近の鬼太郎の頭痛の種であった。
それも小妖怪だけでなく結構な大物が引っかかったりする。ホットケーキを振る舞った(それについて鬼太郎は許していない)相手など鵺だった。なんで?なのだが、今や水木に懐いているというか、何なら番犬のように守っている節さえある。雷獣の性質も持つ鵺のおかげなのか、どんなに荒れた天候の時もこの家の近所には落雷はないらしい。
困ったような顔で、少し鬼太郎の機嫌を伺うように笑っている水木の前、正座しながは鬼太郎は滾々と説いた。
「いいですか。何度も言いましたけど、妖怪を気軽に懐にいれてはダメです」
「でも、おまえの仲間になってくれるかもしれないし…」
親心だと眉を下げて言われると心が揺れる。この人この顔すれば僕が許すと思ってるな…と思うと苦々しくもあるが、実際それは否定できない。ぐぬ…と鬼太郎は奥歯を噛み合わせる。
「僕か父さんを呼んでくださいって言ってるでしょう」
「でも…」
「でもじゃない」
「俺はお義父さんなんだぞ」
鬼太郎は片手で額を押さえた。なんなんだ、この人は…。
「鬼太郎」
にぱっと笑って、水木は両手を開き、こいこいと鬼太郎を呼ぶ。
「…〜〜〜〜〜〜ッ…」
もはや何を言えばいいかわからず、しかし誘われるままふらふらと水木の膝に収まる。…後ろから抱きしめられるのは少し癪なので、横向きに座り、体を捻ってぎゅっと抱きしめる。水木からもぎゅっと抱きしめ返してくれる。
「ごめんな」
「……」
「ここ、おまえの場所だもんな。たまきちを座らせてたの嫌だったんだろう」
な?
と、俺は何でもわかってるぞ(お義父さんだから!)と得意げな顔をする。
「……っ、もうっ!」
「え?なんだ?」
違ったのか?と困惑する水木に何も言えなくて、鬼太郎は彼の胸元に頭をぐりぐりこすりつけた。拗ねるなよ、かわいいやつ、と頭上から水木の声が聞こえてくる。可愛いのはどっちだと思った鬼太郎だったが、もう何もかもどうでもよくなり、抱きしめられるに任せて体の力を抜いた。
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