梶間
2024-04-11 20:50:19
5365文字
Public 魔物×ライオス
 

ファーストキスは、アラクネでした

蜘蛛の魔物×ライオス。なんでも大丈夫な人向け。

たまの息抜きと情報交換と近況を知らせるため、見知った顔を集め、酒場を貸し切り宴会を開いていたときのこと。
男女問わず都合のついた人物から集まることになり、宴会は非常に賑やかだった。ある程度時間が経つと、いつの間にやら女性陣が固まり始め、そこから外れた男性陣もなんとなく男同士で集まり男女で分かれてそれぞれの話題で盛り上がり始めていた。


「皆さんキスってしたことあります!?」

そんな男性陣の中で顔を真っ赤にしたドニがマグをテーブルに叩きつけて叫んだ。ドニはかなり最初の方で顔を赤くしていたので周りからは酒をまったく勧めていないのだが、どうしても聞きたいことがあったので自ら酒を飲み羽目を外していた。無理やり呑ませたり焚き付けるような人物はこの宴会にはいなかったが、顔を赤くしても飲み続ける人間を止めるような聖人は生憎といなかった。気にかけてもほどほどに、と一声かけるくらいである。

「突然どうした」
「フィオと付き合ってもう結構経つんですけど、手を握るくらいしか出来てなくて!!キスが!全然そういう風に出来なくて!」

おー若い若い、と周囲から野次が飛ぶ。

「これが初めてだからロマンチックにしたくて!失敗したくなくて!皆さん初めてのキスってどんな感じでした!?」
「普通」
「覚えてない」
「言いたくない」
「ドニ、人それぞれだから気負わないほうがいいよ」
「もっと!具体的なことが知りたい!!」

わああ、と泣き崩れるドニ。ちなみに件の相手のフィオニルはフィオニルで、女性陣に囲まれながら教師生活で溜まった鬱憤を酒で流していた。

「ライオスさん!ライオスさんはどうでした!?」

元先輩冒険者に期待と尊敬の眼差しを向けるドニ。

「昔、村の女の子と祭りのときにしたような気がする」
「祭り!!それだ!!祭りやってください!!彼女のために忘れられないキスにしたい!!」

酔っ払ったドニを宥める周囲を眺めながら、ライオスはぼんやりと過去に想いを馳せる。

祭りのときは頰に挨拶程度のキスだったがこの手の件に関しては昔、特に兵隊時代に言ったが最後、散々バカにされたので言わないことにしている。
忘れられないキス、と聞いて脳裏に浮かんだのは迷宮の探索を始めた頃のことだった。
まだ金剥ぎの護衛をしていた頃、アラクネに攫われたときがあったなあ。

***

森林の奥にまだ手つかずの金の塔があるらしい、という噂を聞いて普段は足を踏み入れない奥までやってきた。
二階層の奥は木々が生い茂りいつも金を剥いでいた場所より少し薄暗い。鬱蒼とした茂みから今にもなにか飛び出してきそうだ。

「兄さん、早く帰ろう……
「まだ噂の塔が見つかってないんだ、まだ帰れない」
「ここなんだかすごく嫌な感じがするの」
「うーん」
「おい、早く行けよ」

今日は未だ踏み入ったことのない場所ということで、ライオスとファリンを先頭にして進んでいたため、後ろについている金剥ぎの男たちに急かされる。

「戻るのも大変だしあと少しだけ行ってみよう」
「分かった……

渋るファリンを促して二人は先頭を歩く。苔が茂り緑の道となった巨木の枝の上を進み続けていると、薄暗い木々の隙間に光るものが見えた。

「金だ!」

先頭の二人を押し除けて金剥ぎたちが我先にと光めがけて駆け出していく。

「見つかってよかった」
「兄さん」

顔を青くしたファリンが周囲を見渡す。
流石にここまで予感が続くなら周辺に何かいるかもしれない。それでなくとも普段は立ち入らない領域まで来たのだ、未だ見知らぬ魔物がいつ現れてもおかしくない。
もしくは悪霊がいるのだろうか。いくらファリンが除霊が得意といえど、もし多人数で襲われたら勝つ見込みは薄いだろう。二階層で出たという話は聞かないが、もしリッチやレイスならばもっと勝ち目がない。ただの勘でも大切な情報だ。
金剥ぎたちは手付かずの金にいたく興奮し、茂みをかき分けて一目散に近づいていく。ファリンの言葉を伝えようとしたとき、不意に金剥ぎの一人の動きが止まった。

「なんだよ、早く進めよ」
「手足が何かにくっついたみたいで動けねえ、なんだこれ」
「んだこれ、蜘蛛の巣、みたいな、」

まだ動ける金剥ぎの襟首を掴んでその場から引き倒した、次の瞬間。身動きの取れなくなった男に素早く動く影が覆い被さる。

「げ」
「静かに」

頭は妖艶な美女の顔、全身をなめらかな肌に覆われた巨大な肉色の蜘蛛。アラクネだ。
巣に捕まった男はアラクネに捕まり口づけをされた後、静かになった。
ここはアラクネの巣で、その向こうに見える金は人間を呼び寄せる囮だったのだ。
巣を作る性質なら、巣にかからなければ襲われることはないだろう。

「俺たちだけじゃ倒せるか分からない。一旦引いて立て直そう」

渋る金剥ぎに手を貸して立ち上がらせる。
捕まった男には気の毒だが、場所が分かっていれば後は報せを出して死体回収屋か他の冒険者が助けてくれるかもしれない。
自分たちで助けるにせよ、他に助けを求めるせよ、どちらにしても退却が望ましい。
アラクネを刺激しなように、生き残った全員で静かにその場を立ち去ろうとしたとき、ライオスの目の前から仲間の姿が消えた。
え、と思ったときには遥か離れた場所にファリンの姿が見える。
そして目の前には妖艶な女の顔。剣を振るう間もなく、女の薄い唇が押し付けられ、舌を噛まれ、手足が痺れて動かなくなっていく。
ああ、なんだ捕まったのは俺か。巣を作る造網性だけじゃなくて地面を移動する徘徊性のもいるなんて知らなかった。
遠くに見えるファリンたちが地上へ向かって駆け出していくのが見える。
どうか地上まで無事に逃げられますように。

ファリンたちを見送るしかできない中、糸で全身を簀巻きにされ身動きがとりにくくなる。
肉感的な女の肌、乳房、やけ整った顔。どこか無機質な瞳。およそ人間なら回らない首の角度。髪の間からは昆虫の瞳が覗く。アラクネも蜘蛛、目は8つあるのか。初めて間近で見た蜘蛛の姿に感動してつい見てしまう。
そうしてる間にアラクネに担ぎ上げられ、簀巻きの状態でどこかへ運ばれる。
木のうろのようだ。同じような糸で巻かれた繭のようなものが天井にぶら下がっている。
卵嚢か、それとも先にやられた冒険者たちの死体か。どちらにせよここはアラクネの食糧庫なのだろう。
成虫のアラクネに食料にされるのか、それともどこかにあるだろう卵嚢が孵化したら幼虫たちの食餌にされるのか。
薄暗いうろの天井に吊るされたまま、ぼんやりと時が過ぎていく。
明かりがあまり入らない場所なこともあり時間感覚が曖昧になってくる。捕まってからそれなりに経った気がするが、未だ救援がくる気配はない。水も食事も摂れずそろそろ喉の渇きが限界にきて脱水症状がでてきそうだが、アラクネが定期的に麻痺毒を注入していくので苦痛はなかった。ついでにわずかながら水分もとれているのかもしれない。
頭はぼんやりする。目も霞む。

そうしてアラクネに生かさず殺さず状態で捕らわれ続けて、感覚としては数日経った頃。吊るされていた何個かの繭の中身は先達の冒険者たちだった。初めに捕まった金剥ぎの顔もある。アラクネに濃厚なキスをされた後、遺体がみるみるうちに干からびていき一通り溶かした内臓を吸い尽くしただろう後は下に打ち捨てられていた。

アラクネが捕まえた餌を肉団子にする食性でなくてまだよかった、かもしれない。
人間と同じような顎をしているからか強靭な牙を持てず、内臓を消化液で溶かしてすする食性らしい。
干からびた姿ならまだ人間の形を保っているから見つけてもらいやすいし、見た目は損傷が少ないから蘇生の可能性も高そうだ。ファリンにはショックな姿ばかり見せるなあ。

アラクネが先達の冒険者を味わっている最中、半分以下の小さい同種らしき蜘蛛がアラクネの腹部に近寄っていた。
オスだろうか。大きいアラクネはメスらしく、メスが食事中で大人しいときを狙ってオスが交接しにきたらしい。
よく見れば端に数匹のオスがいた。全員交接を狙って牽制しあっている。
そのうち一匹がメスの腹部にくっつき、触肢を伸ばして交接に成功していた。
見ようによっては彫りの深い美女の腹部にさっぱりした顔の幼女がくっついて甘えている光景にも見えるかもしれない。
肉色の蜘蛛の脚が蠢いてる様はグロテスクだったが。
一人の人間の生命が失われていく中、人間のような顔をした魔物の生の営みが行われる。生と死が隣り合わせになった光景は、ライオスの印象に強く刻まれた。

交接の機会を失ったオスらしき蜘蛛がこちらに近寄ってくる。とうとう食われるのか、と覚悟を決めるが、オスは腹部にくっついて動かなくなった。
なんだなんだ、と思っているうちに、オスが触肢を伸ばしてきた。
オスの蜘蛛の触肢が、ヘソ辺りをぐり、ぐり、とまさぐる。
まさかヘソのくぼみをメスの生殖口と勘違いしているのか?
そうしてしばらくの間オスの動きがとまり、触肢から出てきた白い液体が腹部に撒かれた。人間のそれとよく似ている粘ついた白い液体が、腹部を伝い滴り落ちていった。

「俺メスじゃないけど……

かさついて碌に音が出ない喉でつい声を出す。
身体の大きさは確かに似ているかもしれないが。アラクネにも自慰のような文化があるのだろうか?
興味深いものはあったが、なんだか虚しさが込み上げる。心なしかオスの顔は満足げに見える。
普通の蜘蛛と同じ生態なら交接のタイミングが悪いとオスはメスに食べられてしまうこともあるから、やり遂げた感慨はあるのかもしれない。
そう思うとなんだかより虚しくなってしまった。
その後、隅に待機していたオスが入れ替わり立ち替わり腹部にくっついては触肢から白い粘液出しては去っていった。どうやら安全なメスだと認識されてしまったらしい。
早く救助がくるか、食べ殺されるかを真剣に願った。このまま蜘蛛の慰み者にされ続けて死ぬのはとてつもなく嫌だった。せめて食餌になって死にたい。

そんなことを願い続けているうちに、簀巻きの獲物が何個が打ち捨てられたあと、メスのアラクネが近寄ってきた。
その顔だけを見れば妖艶な美女と言えそうだ。
舌をかまれ何度目かの麻痺毒を注入される、と思ったがこの日はとうとう麻痺毒ではなく消化液を流しこまれたらしい。
舌が、痛い、気がする。痛いを通り越して冷たく感じるくらいだった。それが段々と灼熱のような頭に響く痛みになっていく。
痛い、痛い、痛い!
あまりの痛みに絶叫するが、糸に拘束された身体は動かせず、アラクネの柔らかな唇に悲鳴が吸い込まれていく。

頭のどこか冷静な部分が、麻痺毒と消化液は同時に出せないのか、とか、こうして叫び声を封じるから巣が人間に見つかりにくいのかな、など考える。
しばらくして体内の感覚がいつもと違う感じがした。手足が冷たくなり全身から血の気が引いていくようだ。
腹の中も熱いような、寒いような。これが内臓を溶かされていく感じだろうか。無意識のうちに身体が激しく痙攣しているようで己を包む糸ごと動いて視界が揺れる。
段々目の前が暗くなっていき、眠る直前のように意識が落ちていく。
アラクネが舌を絡めてじゅる、じゅる、と啜る音が聞こえた気がした。

唇は意外と暖かくて柔らかかったな、と思ったのが最後の記憶だ。

……さん!ライオスさんの経験をもっと具体的に!」
「え、ああ」
ドニが顔を更に赤くして泣いていた。
「経験ある人の話をとにかく聞きたいんです!相手は!?どんなキスでした!?」
「えーと、痺れるような、それでいて溶けるような情熱的なキスだったよ」
「祭りでそんな情熱的なキスを……!?さ、さすがライオスさん……!!」


酔いの輪から外れて小さく息を吐く。宴会は嫌いではないがこう話すべき立場になるとなかなか疲れる。
「お疲れ様です」
「君もお疲れ様」
カブルーも輪から外れて隣に座ってくる。宴もそろそろ終わりの雰囲気だ。
「ところでさっきのキスの話なんですけど」
「まだその話するのか」
「いえ個人的に少し気になって。ライオスの話、アラクネにやられた人の話によく似てるんですよ」
飲んでいたエールが気管に入り思わず咽せる。
「二階層でやられたことを隠したいのかアラクネにやられた人、口を揃えて痺れるようなキスをしたとか、溶けるほど情熱的だったとか語るんですよね」
「そ、それで?」
「その様子だと図星だったみたいですね」
「君に分からないだろうそんなこと」
「分かりますよ、あなたのことなら」
「俺そんなに顔に出るかな……

側近である彼はその後は何も言わずに笑ってまあまあ、と酒を注いでくる。
この笑いは誤魔化しだと流石の俺でもわかったが、認めてしまった以上否定できる言葉も出ない。
喉に流し込むエールとともに、アラクネの麻痺毒や消化液の味を思い出しながら、迷宮にいるときに何度か魔物に食べられておいてよかったなあ、と過去を思い返した。