溶けかけ。
2024-04-11 18:18:37
2001文字
Public ほぼ日刊
 

脱出劇

誘拐されたフリーナの話。ヌは最後にちょこっと。

「フリーナ様が今夜の相手とは俺達も運がいいぜ」
「ああ、まったくな。見ろよ、この肌。どんな女よりも質がいい」
 男の手がフリーナの太腿を滑る。嫌悪感と恐怖で鳥肌が立ちそうになるのを必死で堪え、演技を続ける。
「お前ら何してる?抜け駆けは許さないからな」
「わーってるって!ったく、いけすかねぇやつだ」
 人の気配が遠ざかり、鍵の掛かる音を最後に室内は静まり返る。男達が出ていったのを見計らって、体を起こした。あの薬品は嗅がせたくらいでは効力が出にくいという事を知らなかったのだろう。いい気味だ、と内心で舌を出す。はらり、と縄が解けた。伊達に神を演じてはいない。縄抜けなんて朝飯前だ。
「神の目を探さないと……
 現状、唯一の対抗手段である。気絶していないことが露呈しないようにするには奪われるのを見ているしかなかった。
 部屋の中をぐるりと見回してダクトがあることに気がつく。もしかしたら外に繋がっているかもしれない。近場にあった木箱を動かしてその上に乗ってダクトの蓋を静かに開ける。埃っぽいけど僕なら通れる大きさだ。
 ダクトを通り、人の気配のない部屋に降り立つ。どうやら戦利品を入れる倉庫のようでガラクタが乱雑に置かれていた。その中には神の目と剣もあった。
(よかった……これで一安心だ)
フリーナが神の目を一撫ですれば、青い光を放ちながらサロンメンバーの3人が現れる。
「さあ、みんな。今日は脱出劇だ。悪いやつらのアジトから抜け出そう!」
ひそひそ声で3人に言えば各々が元気よく返事をした。


フリーナとサロンメンバーは出口の前で立ち止まる。ある時は奇襲をかけ、ある時は気を引き付けて………やっとのことでここまで来た。脱走したことは既に知られていて、屈強な男が5人で守りを固めている。あの棍棒のような腕で殴られればフリーナなど一溜りもないだろう……。頭を振って恐ろしい考えを打ち消す。サロンメンバーにアイコンタクトを送れば彼らもこくり、と頷き返す。準備は万端だ。いざ!
「ん!?何だ!?……ぎゃーー!」
「お、おいお前どうし……うおっ!?」
「ぐふぅ……!」
 サロンメンバーと共に攻撃をしかけながら一気に出口へと駆け出す。ある者は転ばせ、ある者は気絶させながら扉へ手をかけ、思いっきり押し開けた。
「残念だったな」
「そんなっ……!?」
 外には男が1人待ち構えていた。男は素早い動きでフリーナを捕らえると華奢な体躯を地面へと押し付けた。
「こいつは邪魔だな」
 男は神の目を毟り取ると遠くへと放り投げる。 無機質な音と共にサロンメンバーの姿が掻き消えた。
「悪い子にはお仕置きが必要だよなあ?」
 舌舐めずりをした男は下卑た視線でフリーナを見下ろす。首元に酒臭い息がかかり身の毛がよだつ。
「くっ……やめろ!」
 フリーナが暴れれば、男は口笛を吹いて拘束を強める。無骨な手が彼女の尻を撫でた。
「いいねぇ、気のつえー女は嫌いじゃない。ましてやあのフリーナ様なんて尚更だ」
 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえて恐怖で体が竦む。それでも抵抗しようとフリーナは藻掻いた。男は意にも返さず押さえつけ、フリーナの体を上向かせる。彼女のシャツに男の手が掛かった。――怖い。でもこんな奴になんか負けない。フリーナは軽蔑を込めた眼差しで思いきり睨みつけた。
「無駄な抵抗、多いに結構。その方が唆るしな」
 男が愉しそうに言った。その目は加虐的に歪んでいる。
「こんなことをしても無駄だ。執律庭がキミたちを必ず捕まえる。……存分に歌劇場の特等席を味わうといいさ。――被告人席で裁かれる犯罪者の役なんてキミにピッタリな配役だろう?」
 言って、男を嘲笑する。男の顔が徐々に真っ赤に染まる。
「この……っ!……ぐっ……!?」
「ふむ、流石はフリーナ殿。文句のつけようがない程、見事な采配だ」
 出演者として、君と共演出来ることを誇りに思う、とフリーナの上に馬乗りになっていた男をふっ飛ばしたヌヴィレットはそう続けた。
「大事はないだろうか、フリーナ殿」
 フリーナを助け起こしてヌヴィレットが問う。
「お陰様でね」
ヌヴィレットから渡された神の目も無事だ。
「被害者は無事だ。捕縛せよ!」
 ヌヴィレットの合図で特巡隊の者たちが雪崩込む。次々と逮捕される男達を横目にヌヴィレットはフリーナをそれとなく観察する。
 着ている衣服は擦り切れ、汚れ、ボロボロだ。本人の足にも無数の小さな傷がある。――そして何より。
「うわ、どうしたんだい?」
 華奢な体を抱き締めれば、その小ささに驚く。震える彼女の足がかくん、と折れた。
「あ、あれ?なんで、どうして……ああ、もうそんな顔をしないでくれ」
 下手な笑みを浮かべるフリーナに胸が痛くなる。ああ、けれど――
「君が無事でよかった」