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千代里
2024-04-11 08:26:56
16236文字
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君ふれ短編
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ケイとミィハの話・短編・その7話
「ユキハネ!」
照明が消えた瞬間、フェリキシーは真っ先に声をあげる。名前を呼ばれただけであったが、ユキハネも心得たもの。すぐさま、携えていた杖の先端にエーテルを集中させた。魔法で炎を灯すためだ。
夜の室内ともなれば、星や月の灯りすら望めない。そのような場での荒事となれば、灯りの確保は最重要事項の一つだ。
ユキハネに指令を飛ばすと同時に、フェリキシーは傍にあった箱に手を伸ばし、それを指で掴んでいた。だからこそ、彼はすぐに気がつけた。
「そこかーーっ!!」
箱を動かそうとしている、何者かの気配。それを察知した瞬間、フェリキシーは自分が握っていた双剣をそこへと突き出した。
気配が動き、フェリキシーから距離をとるのが分かる。まさか、この闇の中で即座に対応されるとは思わなかったのだろう。
だが、フェリキシーにとっては灯りの有無など、はなから問題にもなっていない。元々、来訪が予告されていたのだ。今更驚く必要がどこにあるだろうか。部屋に滞在していた間に、細かい間取りも頭に叩き込んでいる。どこに調度品があり、自分の体の大きさなら何に手が届くかも正確に把握するには充分すぎる時間があった。
そのうえ、相手の目的は一つ。ならば後は標的のそばで待ち構えていればいいだけのことだ。
「
……
くそっ」
くぐもった声ではあるが、闇の向こうから悪態が聞こえる。ロフェやススナムが話していたように、相手はやはり男であるようだ。
「あいにく、俺は耳がいいんだよ。洞窟暮らしのご先祖様のおかげってやつでな」
軽口をたたきつつ、フェリキシーは気配が飛び退った方向へと視線をやる。
相手からは、困惑と動揺、焦燥の様子が強く滲んでいた。元々、標的の護衛を金で買収するような相手だ。戦闘能力がとびきり秀でているというわけでもないのだろう。
「お師様、準備できました!」
「おう。目ぇ眩ますんじゃねえぞ!」
「はい、もちろんです!」
ユキハネの掛け声と共に、杖の先端に松明の如き魔法の炎が灯る。ただ炎を放出するよりも、一点に炎を集中させて火の粉が飛ばないように制御するのは、より繊細なエーテルの操作が求められる。それゆえに暗転からは一手遅れたものの、その効果は絶大だった。
「ミィハの予想は当たってたみたいだな」
「この方が、噂の怪盗さんなのでしょうか」
「多分な」
急に灯った灯りによって眩まないように、わざと閉じていた片目をフェリキシーはゆっくりと開いた。
フェリキシーの眼前にいる男ーー口元を黒い布で覆い、額にバンダナを巻いていて髪のほとんどが布の中に仕舞い込まれてしまっているものの、その目の色までは隠しきれていない。
ケイやミィハとは異なる細い瞳孔を持った蒼の瞳。片側の目は、怪我でもしたのか眼帯で隠している。目元にうっすら滲んだ痣のような紋様は、ミコッテ族の男性の特徴だ。
肌のところどころを露出させた独特の装いは、リムサ・ロミンサの海賊や船乗りがたびたび身につけているものでもある。見た目は軽装にしか見えないが、よく伸縮する布地は防刃性能も馬鹿にできない品のはずだ。
「
……
何者ですか、あんたたち」
布越しに聞こえた声は、硬く強張っている。口調こそ丁寧ではあるものの、動揺を完全に隠しきれていない。
「見ての通り、お宝の番人様だよ。で、お前が怪盗Rとかふざけた名前で予告状送ってきてるやつか?」
「そんな名前になっていましたっけね、そういえば」
どこか投げやりな物言いには、予告状から伺えたような自信満々な振る舞いからは程遠い。むしろ、予告状は別の誰かが書いているかのような余所余所しさがあった。
「それにしても、これは一体どういうことでしょう。ここに配属された見張りには、この場をもぬけの殻にしておくようにお願いをしたはずですが」
「てめえが賄賂流した見張りなら、そこに転がってるだろ」
怪盗から目を離さずにフェリキシーは親指で部屋の暗がりを指差す。そこにはフェリキシーたちが叩きのめしたススナムの私兵たちがいた。ユキハネが重ねてスリプルの魔法をかけて眠らせているので、当分起きることはないだろう。
「そういうことでしたか。それで、あんたたちは何者なんですか? ススナムの子飼いの兵士ではないと?」
「わたしたちは、ススナムさんが雇った冒険者です」
怪盗の質問にたいして、律儀にもユキハネが返答する。彼女の言葉をうけて、怪盗も納得したような音を布越しに漏らしていた。
「そういうわけで、てめえの目論見は見事に失敗したわけだ。一応聞いておくが、大人しく縄につくって選択肢はてめえにあるのか?」
「あいにく、そのような神妙さがあるなら、このようなことはしていません、よっ!!」
言葉と共に、怪盗を名乗った赤毛の男がフェリキシーに迫る。その拳は、先だって戦ったススナムの私兵のように、硬い革で作られた手甲で覆われていた。
肉弾戦を迫る相手に対して、フェリキシーは長身によるリーチの利と武器を持つ利を持っている。だからといって油断したつもりはなかった。それでも、自身の顔に迫る拳の鋭さと速さに、彼は思わず目を見開く。
(こいつ、さっきのやつより早い
……
!)
無理に目で追っては攻撃をもらう恐れが高い。故に、フェリキシーは身を引いて、距離を置こうとした。だが、予想に反したスピードで、怪盗はさらに一歩を踏み出して食らいついてくる。自分が決めようとした一手を崩されても、躊躇せずに次へと繋げていく。もはやそれは単に殴りつけるにとどまらない連撃だ。
フェリキシーが片手に持っていたナイフを振るえば、流石に拳が切られることを嫌って、怪盗は手を使った攻撃を控えた。しかし、代わりに今度は体を捻って勢いをつけた回し蹴りがフェリキシーを襲う。体格差をカバーするために放たれた一撃は、確かにフェリキシーの体を打った。
「
……
っ!」
咄嗟に腕を防御の姿勢に構え、相手の足を受け止める。鈍い殴打の音。次いで、骨に響く衝撃に、思わず舌打ちがこぼれた。
一瞬ふらついた様子を見て、更に怪盗の下段からの蹴りがフェリキシーの軸足を刈りにくる。攻撃箇所の急激な転換に対応が間に合わず、軸足に力を込めてなんとか耐えようとするものの、それでも姿勢が崩されかける。
「お師様!」
声こそかけるものの、ユキハネは二人の応酬に手を出せずにいる。これだけ至近距離にいる相手に魔法を放てば、フェリキシーも巻き添えを食らってしまうからだ。
「ったく、しつけえやつだな! 怪盗っていうぐらいなら、失敗したら大人しく出直してこいよ!」
「こっちもこっちの事情があるんだよ! 冒険者風情はすっこんでろ!」
重心がぶれたのを見逃さず、フェリキシーの服を怪盗が掴んだ。そのまま体にかけられた外向きへと働く力を感じ取り、フェリキシーは相手の次なる行動を察知する。
自身の重心と相手の体重を計算に入れた上での投げ技ーーそう察した瞬間、フェリキシーもまた、目の前の男の体に手をかけていた。
「てめえごときに振り回されるほど、貧弱になったつもりはねえよ!」
ほぼ力任せの、なりふり構わないカウンターだった。フェリキシーに戦い方を教えた師匠が横にいたなら、間違いなく苦虫を潰した顔をした上で、やり直しを命じられただろう。
だが、体格と力の差が今回はものを言った。相手の体が宙に浮いた一瞬を逃さずに、フェリキシーは地面に叩きつけるようにして相手を投げる。背負い投げにしなかったのは、相手が受け身をとれなかった場合の負傷が大きくなるのを危惧したのと、狭い空間では投げる際に護衛対象の宝石を傷つけるかもしれないと思ったからだ。
どん、と重たいものが地を叩く。怪盗の体が地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬家が揺れたような心地がした。
地面に転がった怪盗を眺める余裕もなく、フェリキシーはすぐさまその体躯を押さえ込む。今にも飛び起きようとしていた怪盗は、エレゼン族の中でも大柄な彼に組み伏せられ、地面に頭を打つ羽目になった。
「ユキハネ、麻痺の魔法をかけろ!」
「は、はい、今すぐ!」
どうにかまだ動かせる片手を使って、怪盗がフェリキシーの横っつらを殴りつける。怪盗の必死の抵抗を、回避もせずに受け止め、しかしそれでもフェリキシーは動かなかった。殴られた弾みで彼の鼻から血が一筋垂れたが、それは男の顔に凄絶さをもたらしただけだった。
フェリキシーに魔法が飛び火しないよう、ユキハネはフェリキシーが怪盗を押さえ込んでいる反対側へと素早く移動する。フェリキシーに押さえつけられて、手足をばたつかせている怪盗は、さながら大鷲に捉えられた小鳥のようにも見えた。
暴れすぎたはずみでバンダナがずれ、覆い隠されていた怪盗の髪色が露わになる。それを炎が灯した瞬間、
「あ
……
っ」
ユキハネは、小さく驚きの声をあげる。バンダナの下から露わになったその色に、彼女は見覚えがあった。いや、正確にはその色と、杖が照らし出したもう一つの物体ーーその取り合わせに見覚えがあったのだ。
薔薇色よりも少し明るい、目の覚めるようなストロベリーレッド。加えて、片目を覆い隠す眼帯。目の色こそ青であり、ユキハネの知っている『彼女』と異なっているものの、目元には確かに彼女の名残があった。
「あの、怪盗さんって
……
もしかしてロフェさんの知り合いですか」
思わずといった様子で、ユキハネは言葉を口にする。
依頼を受けて捕まえた賊に対して言葉など不要だとわかっていても、自分が目にした奇妙な巡り合わせを彼女は無視できなかった。
そして、予想通りと言うべきか。ユキハネがそう言った瞬間、怪盗の顔が苦々しく歪む。
「やっぱり、あいつはここに
……
だったら、尚更こんな所で捕まるわけにはーーっ!」
「てめえの事情は、てめえが大人しく捕まってからいくらでも聞いてやるよ。そんで、ユキハネ。お前が今しなきゃならねえことは何だ」
フェリキシーはユキハネを叱ったわけではない。怒鳴ったわけでもない。ただ、彼の声がユキハネの名を呼んだ瞬間、ユキハネは冷水を浴びさせられたかのように、ハッと我に帰った。
「わたしは
……
今日は、怪盗を捕まえるためにここに来たんです」
冒険者として生きる以上、依頼は守らなければならない。自分の勝手な都合で依頼を反故にしてしまったら、いずれ冒険者としての職を失う。それは、身の破滅に繋がるとユキハネはこの数年でよくよく知っている。そして、共にいる男の破滅に繋がるかもしれないーーそれだけは、ユキハネにとっては許し難いことだった。
一瞬、揺れかけた心を引き締め直し、ユキハネは杖を握り締め直す。
身の回りの世話を受け持ってくれたロフェのことは、ユキハネは好ましく思っている。彼女と怪盗に何らかの繋がりがあるのだとしたら、それを知りたいと願う気持ちもある。
だからと言って、他人のものを盗むのは許されることではない。たとえそれが義賊としての振る舞いだったとしても、今のユキハネは怪盗から宝を守る立場だ。
「すみません。お師様の言うように、お話なら後で聞きますから」
ユキハネは身の内を巡るエーテルに働きかけ、ある魔法へと形を整えていく。軽度の痺れを感じさせ、相手の自由を阻害する魔法ーー『パライズ』を発動させれば、依頼は完了だ。
そう思った時だった。
ガチ、と金属がぶつかり合う音が玄関から響く。鍵のかかった扉を前にして、鍵そのものに何かしようとしているかのような、不穏当な音だった。
ユキハネの灯す炎以外の灯りがない、暗闇の中。音はやけに大きく響き、その場にいた三人の緊張を殊更に煽っていく。今まで抵抗を続けていた怪盗すらも、振り上げた拳を中途半端に固めたまま、入口の方を見ようとしている。
「おい、怪盗」
「
……
何ですか」
「てめえ、一体どこから入ってきやがった」
「窓からですよ。錠前を開けるのには慣れてるんで」
それを聞いて、フェリキシーは眉をますます深く寄せる。
当然ながら、予告の時間が来る前に、施錠は念入りに確認していた。傭兵たちだけに任せるのに不安があったから、フェリキシーもその目で施錠は確認している。
そして、怪盗は自分の技で窓の鍵をこじ開けて忍び込んだと言った。ならば、窓の一つが開いているのは理解できる。
だとしたらーー今、玄関の扉をこじ開けようとしている者は誰なのか。
「
……
お師様」
「構えてろ、ユキハネ。おい、盗人。てめえの仲間は玄関から入る趣味でもあんのか」
「現場にわざわざ来るような仲間などいません。でも、それなら一体誰が
……
」
会話はそこまでだった。
一際小気味よく響いた金属音。それは間違いなく、錠前が外れた音だ。
続けて、蝶番の軋む音が響き、勢いよく扉が開け放たれた。
入ってきた人物はざっと室内に目をやるのが見える。怪盗を片足で押さえつけたまま、フェリキシーが立ち上がりかけ、相手を見極めようと一瞬目を眇めた瞬間だった。
「お師様!!」
刹那、侵入者の手に何かがあるように見えた。それは、フェリキシーの目には、何やら鉄でできた筒のように見えたが、立ち上がったユキハネが邪魔になってすぐに見えなくなる。
それでも、彼女の影がフェリキシーを覆う前に、それが一瞬光るのは見えた。同時に、火薬が弾けたような音が響く。
「ーーーー」
パン、と特大の風船を叩き割ったような破裂音。場違いに響くそれと同時に、フェリキシーの前に立っていた影が揺れる。
それは、誰だろうか。決まっている。ちょうど、魔法を怪盗にかけようとフェリキシーの反対側に立っていた少女だ。
月明かりの中、一瞬赤が光る。銀鈴の娘に酷く似合わない、赤すぎる色が。
「ーーーーーー」
どさりと、重たいものが倒れる音が。
ひどく耳に残った。
「なんだ、真っ暗じゃないか」
「見張りがいるって話じゃなかったか?」
「見張りには話通しておけって言ったから、ここにいるわけないんだけどな」
からんと軽い音を立てて転がったのは、呪術士が扱う杖だ。彫金細工に宝石をあしらった、魔道士の力を引き出すための。フェリキシーが選んで、彼女はまるで宝物でももらったかのように喜んでいて、そのまま仕舞い込みかねなかったから、武器として使えと叱ったことを、よく覚えている。
侵入者たちが何事か話をしている。その会話の内容を聞き取り、理解すべきだとフェリキシーの頭の片側は叫んでいる。だが、もう片側は、響いてくる音の全てを拒絶していた。
数瞬遅れて漂ってくる、鼻をつんと掠める火薬の臭いが、フェリキシーの頭を無理矢理現実へと引き戻していく。
一瞬瞼に焼きついた光は、火薬が炸裂したときの光だ。それが何の武器によって生じた光と臭いか分からないほどに、フェリキシーは耄碌していない。
リムサ・ロミンサでは度々見かける武具の一つ。遠距離から鉛玉を発砲する武器ーー『銃』。第三の侵入者がそれを扱う可能性を考えるべきだったと非難するのは容易い。だが、この暗闇の中で唯一灯りを持っていたユキハネを見かけた瞬間発砲すると考えるのも、ユキハネが射線に立って背後にいる彼を庇おうとしたことも、全て予見しろと言うのは土台無理な話だ。
だが、その無理な話を己への叱責とするものもいる。
「
……
おい、怪盗。死にたくなかったら、てめえはここで伏せてろ」
一言言い置いて、フェリキシーは腰にさしていたもう一振りの双剣を抜く。
ユキハネが灯した灯りは消えてしまったが、部屋の間取りは頭に焼き付けてある。おまけに、玄関の扉が開かれているおかげで、微かに月明かりが差し込んでいる。
それだけあれば十分だ。
「おい、なんだあいつ?」
「噂の賊だろう。ったく、ススナムのやつ。奥様の大事な依頼の品を、賊を誘う餌なんかに使いやがって」
「この前の取引の時に横槍入れてきたやつも、大方蛮族の誰かだ、ろ
……
っ!?」
男の軽口もそこまでだった。ただの盗人だとフェリキシーを舐めていたと思しき男の側頭部に、一息で間を詰めたシェーダーの蹴りが突き刺さる。
先だって、怪盗がフェリキシーにお見舞いした蹴りと同じ型だ。しかし、冒険者として鍛えられた彼が全力で振り抜いたそれは、侵入者の一人を吹き飛ばすのには十分だった。
ヒューラン族と思しき侵入者は蹴られた勢いで中心に置かれた机に激突する。そこで止まらず、勢い余って机ごと男が転倒する派手な音が周囲に響いた。
机に置かれていた護衛対象の宝石も合わせて床に転がっただろうが、今のフェリキシーにはそこまで考慮してやる余裕はない。
「おい、てめえ! 何しやがる!」
「
……
何しやがるはこっちのセリフだ」
ようやく、対峙している相手が盗人風情ではないと気がついたのか。銃を持っていたもう一人の侵入者は、フェリキシーからすかさず距離を置いた。
ユキハネに向かって発砲した男に、長身のシェーダーが相対する。瞬間的に湧き立った激情を感じながらも、フェリキシーは自分の頭が奇妙なまでに冷えていることに気がついた。
怒りはある。指先まで焦げつきそうなほどの、激しい炎に似た憤怒なら、今も腹の内で燃え盛っている。
だが、体が怒りで満ちれば満ちるほど、頭は恐ろしいほどに冷えていく。まるで、そこだけ氷漬けになったかのように。
「ーーてめえらは何もんだ」
「言うわけねえだろ。ったく、こっちにはめんどくせえ奴ばっかいやがるな。やっぱり、蛮族相手に取引なんざするもんじゃねえよ」
相手の返答は、ある意味怪盗として姿を見せた男より、よほど盗人らしい物言いだった。忌々しげにこちらを睨む相手に対して、
「
……
そうか。そいつがお前の遺言でいいんだな」
一言そう言い返し、シェーダー族の男は双剣と共に狭い室内で更に距離を詰める。
相手は咄嗟に銃を構え、引き金を引いた。発砲音が響き渡り、鉛玉が肉を穿つ音が響く。肩に焼け付くような痛みが走る。だが、彼は止まらない。
「なーーっ」
侵入者は、それで怯むと思っていたのだろう。しかし、フェリキシーにとって鉛玉が体のどこを貫通しようが関係なかった。
その程度の痛みではこの炎は消えないと、彼はすでに知っている。
クァールの雷に、体を焼かれたこともあった。グゥーブーの毒に肺腑を焼かれたこともあった。龍に半身を焦がされたことだってある。
それに比べれば、鉛玉が貫通した程度の痛みなど何だというのか。目の前で彼女が倒れた時点で、男を止められるものは無くなっていたのだから。
フェリキシーの双剣が、壁際まで後退した男のすぐ隣を掠め、内壁に突き刺さる。辛うじて顔面を回避できたのは、男が必死の思いで振った首がたまたまフェリキシーが刃を突き立てた側と逆だっただけだ。
リゾート地の宿にふさわしいシミひとつなかった白壁に、刃が深々と突き刺さる。だが、武器はもう一つある。次はもう外さない。
長身のフェリキシーに睥睨され、文字通り壁に追い詰められた鼠の如く、侵入者が震え上がる。その顔に刃が突き刺さらんとしたときだった。
「悪いが、そこまでにしてもらおうか」
部屋に響いたのは、先だっての二人組とはまるで違う声だった。若々しさと老獪さ。そして、隠そうとしても滲んでいる、この状況を愉しんでいる声。
それを聞いた瞬間、殺意のみを宿していたフェリキシーの紫紺の双眸が大きく見開かれる。
ここに、その声の主がいるわけがない。頭では分かっている。だというのに、自身の記憶が声の主の名をこれでもかと訴えてくる。
「そこにいる男たちには、聞かなければならないことが山ほどある。奴の裏切りを公にするには、欠かせない証人だ」
急にやってきたはずなのに、声の主はこの場を完全に支配したかのように朗々と言い放つ。
「それに、怪我をした娘を転がしておくのは紳士の嗜みとしてどうかと思うよ」
つかつかと部屋に入ってきた小柄な姿。ウルダハの商人然とした装いに身を包んだ褐色の肌を持つララフェルは、あたかも街角で旧友に会ったかのような笑顔と共に、フェリキシーへと手を上げた。
「やあ、冒険者。二年前、ウルダハで別れた時以来だな」
「
……
何でここにてめえがいる。ヤヤハト」
名を呼ばれた男は、如何にも抜け目ない商人らしい笑顔で、フェリキシーの敵意剥き出しの視線を受け止めていた。
***
ススナムの居室にて、来るかもしれない盗人を待つ間、ミィハは最高級の寝室には目もくれず、寝室内にある本棚から本をを借りて暇を潰していた。
淡白な反応を見せていたミィハとは逆に、ケイは部屋に入るなり豪華な内装に見惚れ、しばし興奮の声を上げていた。対して、ミィハは部屋の様子をみても、「実家よりは少し派手だろうか」と思っただけであった。
コスタ・デル・ソルの景観や海の美しさには、確かに目を瞠るものがあった。ケイほどではないものの、普段とは異なる雰囲気の宿に心が浮き立ったのは嘘ではない。
しかし、ここまで豪奢な内装を見せられると、ミィハは絢爛な内装に驚くよりも先に、シャーレアンで暮らしていた頃のことを思い出してしまう。ミィハ自身、エオルゼアに来てから自覚したことだったが、どうやら自分の実家はそれなりに『お金持ち』の部類だったらしい。
結果、部屋を一度巡っただけで内装見物を終えたミィハは、ロフェから許しを得て、読書に明け暮れていたのだった。ロフェとの団欒を完全に意識の外に追いやるほどの熱中ぶりで何を読んでいたかというと、
(どうにも、この鉱石が何者なのかが引っ掛かるんだ)
ミィハが貸してもらったのは、宝石商のススナム向けに用意されただろう鉱石図鑑だった。一枚ずつページをめくりながら、ミィハは図鑑の絵と自分の腕を飾っている腕輪を見比べてみる。
もし、聴取の相手が全て真実を言っていたとしたら、この腕輪に使われている石はウルダハでは一度出回ったものの、さして売れることもなかった品だったそうだ。破損しやすく、色味も流行りではなかったというのが主な理由であったらしい。しかし、怪盗が盗んでいったのも、この石である可能性が高いとのことだった。
フェリキシーは、被害者が盗まれた品について口にしたがらなかったことや、大々的な調査が行われていなかったことを踏まえて、この石がウルダハでは禁制の品ではないかと話していた。
「禁制の品
……
という割には、害があるようにも見えない。だが、それならどうして被害者は口を噤んでいるんだ?」
ウルダハ禁制の品といえば、有名なものはソムヌス香だ。だが、それは中毒性が高く体に有害だからという理由がある。対して、この石はどうか。もう丸一日以上装着しているものの、体に不調などは感じられない。
「それに、僕らはこれを落とし物だと思っていたが、そもそも本当にただの落とし物なんだろうか」
ミィハは己の腕を飾っている装飾品を、じっと見つめる。
恐らくはヒューランの男性かそれに類した体型の人物を想定して作られた大きさの腕輪には、薄紫の石がしっかりと嵌め込まれていた。石が嵌め込まれている部分以外の傷は少なく、草むらの只中ではなく陳列台に並べられていたら、新品の商品と思っていたかもしれない。長らく身につけていて、リゾートに来たはずみにうっかり落としたといったようには見えないのは確かだ。
腕輪の観察を中断して、ミィハは再び図鑑へと視線を戻す。鉱石や宝石にまつわる魔法はミィハの専門とするところではないが、魔法と宝石の関わりは切っても切り離せないものがある。改めてこうして専門的な図鑑を読むのは、ミィハの知的好奇心を程よく刺激してくれた。
著者はエオルゼアの鉱物を研究している人物のようなので、書かれているものは圧倒的にエオルゼアの鉱石が多い。しかし、熱意ある学者にとっては国境も意味をなさなかったようで、中には国を超えて持ち込まれた鉱石や、噂として聴取した鉱物についても記されている。
長らく国自体が門を閉ざして久しい、東方の国の鉱物。あるいは、東洋の海から採取される真珠や珊瑚たちの独特の輝き。近東にあるラザハンからも、珍しい色合いの鉱石が採取されると記されている。
(エオルゼアから更に東、か。今は情勢が安定していないが、ひんがしの国のクガネは帝国ともエオルゼア諸国とも取引をしていると聞く。それに、近東のラザハンは帝国を前にして中立を保ち続けているらしい。いつか、ケイを連れていってもいいな)
近場のリゾート地だけで、これほどの盛り上がりを見せているのだ。異国の地を踏むことになれば、きっと大喜びするだろう。そんな未来を夢想して、ミィハが少しばかり口元を緩めかけたときだった。
ぱらぱらと捲られていた図鑑のページ。それがぴたりと止まる。
図鑑の中でも最後の章として割り当てられた、走り書きのように記されたいくつかの記述。エオルゼアから離れた諸地域の中でも、とりわけ情報が少ない地域の鉱石について記した部分だ。そこの文面を読み取り、ミィハはゆっくりと目を見開く。
「まさか
……
これなのか? いや、でもそれが真実なら、これは
……
それに、彼はーー」
ミィハが言葉にできたのはそこまでだった。
なぜなら、まるでガラスでできた壁を殴打するような鈍い音が、突如彼の三角耳に響いたからだ。
「ーーっ!?」
次いで、己の感覚が自身にまとわりつかせていた魔法の障壁が外部から攻撃されていると訴えかけてきた。
素早くミィハは振り返り、そして気がつく。
「
……
いったい、これは何の真似だ」
自分の前に立っていたロフェ。部屋への案内を受け持っていた彼女は、そのままケイと談笑をしていたはずだ。その彼女が、どういうわけかナイフをこちらに突き立てようとして、魔法の壁に阻まれて驚愕を顔に浮かべている。
ロフェの様子を目にして、ミィハは鋭く問いを投げる。彼女の片方だけ露わになった赤い瞳には、動揺と混乱は混ざりつつも、明確な敵意も滲んでいた。
すぐさま視線を走らせ、ミィハはソファに倒れ込んでいる自分の友人を見つける。ケイは、ソファの上に転がったままぴくりともしない。部屋が広いせいで、彼が眠っているのか、それとも危害を加えられて倒れているのか、ミィハにはすぐ判断できなかった。
「ロフェ、ケイに何をした」
「ケイさんには、眠ってもらっただけです。彼に危害は加えていません。
……
本当なら、あなたにも飲んでもらうつもりだったんですが」
ロフェが言うように、彼女は紅茶を用意したとき、一度ミィハに声をかけてきていた。しかし、ミィハはそれを断り、そばに置かれた紅茶にも一切口をつけていなかった。
「あいにく、熱した飲み物は完全に冷めるまで口にしないことにしている」
ちょうどいい塩梅の温度になったら、ケイが教えてくれるだろう。そう信じているからこそ放置していたのが、結果的に良い方向に働いたらしい。
そして、ミィハが日常的に障壁を張って生活していたことを知らなかったが故に、ロフェは不意打ちにすら失敗してしまったというわけだ。
「それで、君はどうして僕にそんなものを向けている。まさか、僕が怪盗だと思ったわけでもあるまい」
「わ、私がそう思ったわけじゃありません。でも、あなたは
……
あなた方は、怪盗の仲間なのでしょう
……
!?」
そう言ったと同時に、再びロフェのナイフが振り抜かれる。動き自体は素人のそれだ。動作はぎこちなく、狙いもぶれている。だが、彼女のナイフを振り抜く速さだけは、素人がただナイフを持ったにしては、やけに早い。
「僕たちが盗人の仲間? いったい、誰がそんなことをーー」
ミィハが質問を言い終える前に、再びロフェが彼に迫る。素人のナイフといえども、ミィハとて近接戦闘術の専門家ではない。椅子を蹴倒して、不恰好ではあるものの、どうにか彼女の凶刃から逃れて距離をとる。
しかし、眠っているケイを置いて部屋を出るわけにもいかない。すぐにケイの元へと駆け寄れない、無駄に広い部屋を呪いながら、ミィハはひとまずロフェに注視することにした。
「その腕輪と首飾りを持っていることこそが怪盗の証拠であると
……
ススナム様は言っていました」
話をしつつも、じりじりとロフェはミィハへの距離を詰めていく。
彼女に押されるようにしてミィハも背後に下がるも、その立ち位置はあまり懸命な判断とは言えなかった。己の背がすぐに壁沿いに設置された小さな本棚に触れ、ミィハは内心で歯噛みする。
「一体何の根拠があって、そんなことを。大体、これは拾ったものだと言っただろう!」
自分が追い詰められると察知して、ミィハは密かに練り上げた小規模な魔法を放つ。光線となって放たれたそれを、ロフェの腕に命中したーーそのはずだった。
「ーー!?」
武器を持っただけの女性とはいえ、痛みを与える程度の効果はあったはずだ。なのに、これはどういうことか。
(
……
弾かれた?)
威力は抑えたとはいえ、魔法は魔法だ。それがロフェの体に触れる寸前で弾かれ、霧散した。まるで彼女の体もまた障壁に覆われているかのように。そして、ロフェ自身はそれに無自覚のように、ナイフを祈るように構えながらミィハを見つめている。
「お願いですから、抵抗するのはやめてください。腕輪を外して私に渡してくれれば、ケイさんにもミィハさんにも怪我はさせません」
「
……
大人しくそうしたとして、その後、僕やケイはどうなる」
ミィハの質問に、ロフェは答えなかった。その反応を見ただけで、投降したところで明るい未来が待っていないことだけはわかる。
「君は、この腕輪とケイの首飾りが何か知っているのか」
「知りません。興味もない。私にとって大事なのはーー怪盗が
……
彼が無事であることだけです!」
壁ぎわに追い詰められたミィハに、好機とばかりにロフェが肉薄する。やはり、ミィハが知っている一般人よりも彼女の動きは素早い。回避のタイミングが掴みづらく、咄嗟に張った障壁がミィハを凶器から守ってくれた。
「怪盗が無事であること? 一体、それはどういうことだ」
力任せに押し切られそうになっていると判断し、ミィハは咄嗟にロフェの体を掴んだ。どれだけロフェが素早く動けても、男女の体格差はある。力任せに押し切れば、彼女を組み伏せることも可能かと思ったのだが、
「今、あなたに負けるわけにはいかないの
……
っ!」
予想以上にロフェの抵抗は大きく、ミィハの腕力は彼女を抑え込むほどの力を持っていなかった。
揉み合いになってナイフがどちらかに刺さる可能性を危惧して、ミィハは彼女から手を離して距離を置く。得られた成果は互いに乱れた髪と、わずかに上がった息。
そして、揉み合いの末に留め具が外れたのか。ロフェの片目を覆っていた眼帯が、音もなく外れて、地面に落ちる。
(あれは、義眼か
……
?)
魔物に襲われて片目を失ったと、ロフェは話していた。実際、彼女の目の辺りには確かに大きな傷跡の治癒痕が見受けられる。だが、彼女の目は潰れているわけではなかった。その眼窩には、確かに目があった。
ーーただし、その目は生きた目の輝きを持っていない。
(いや、それだけじゃない。あの目の周囲にエーテルの揺らぎがある気がする。ちょうど、魔紋でも刻んだかのようなーー)
考えられたのはそこまでだった。再び迫ってきたロフェのナイフに、転がり込むようにして回避に転じる。思考を間に挟んだせいで無様な転倒のような回避になり、強かに腕を本棚にぶつけてしまった。鈍い音が響いたが、打ち身の痛みをミィハは感じない。距離を置くことだけ集中して、転がり込むついでに光の魔法をいくつか放つ。そのどれもが弾かれたが、ミィハは魔法が命中する寸前、ロフェの義眼に微かに光が走ったのを見てとっていた。
「君にとって、見ず知らずの人間に襲いかかるほど、怪盗というのは大事な存在なのか。ここに来た直後の態度も、全て演技だったと?」
思索を打ち切り、ミィハは自分が襲われている理由を問いかける。
「いいえ。最初は、私もあなたたちをただの冒険者だと思っていた」
どうやら話をする気はあるようで、ロフェはミィハの質問に応じる。
「話があったのは今日の昼。ススナム様が突然私に向かって言ったの。あなたたちは怪盗の仲間。彼らを捕まえれば、怪盗の身の安全は必ず保証すると」
「ススナム氏は、もとより怪盗を生け捕りにすると言っていなかったか」
「生け捕りにした後、どう遇するかはススナム様の判断次第だもの。もし必要なものだけ手に入れたらーー
……
ウルダハで盗みを働いた彼を銅刃団に引き渡すかもしれない」
「そう彼が言ったのか」
ロフェの無言の視線が、ミィハの質問を肯定していた。ロフェにとって、最初の予定では怪盗がどう扱われるかは不確定だったのだろう。だからこそ、ススナムが昼に見せた譲歩と脅迫を織り交ぜた条件に飛びついたといったところか。
(状況は大体わかった。僕だけで事態を動かせる状況ではないだろう、ということも)
ロフェと怪盗の間にどんな繋がりがあるか、ミィハには全く予想ができない。ロフェがケイに語った身の上話は、ミィハの耳にまで届いていなかった。
ともあれ、ロフェにとって怪盗は身の安全を確保したい相手なのだということは理解できた。首尾よく捕縛に成功した場合、怪盗の身の安全はススナムが掌握していることになる。ロフェはススナムの機嫌を取るためにも、不確定な保障を確実なものとするためにも、彼の依頼を断れなかったのだ。
(そして、その依頼とは、僕たちが拾った落とし物たちのことに関係している
……
)
ススナムがそれほどまでに回収したいと願っているこれらは、一体何なのか。ウルダハでは流行らなかったものの、少なからず流通していたものに対して、ススナムはなぜ『知らない』と嘘を言ったのか。そして、ウルダハでは人気のなかった宝石を、怪盗はどうして狙うのか。盗まれた人々は、どうして口を噤んでいたのか。
すべての疑問に対して、ミィハはある程度の結論を出していた。
ロフェは興味がないと言っていた。故に、おそらくは彼女は知らない。それも当然だろう。ミィハの予想が正しければ、ススナムはこの件に関する関係者に対して、一切の口外を禁じていたに違いない。
ミィハが思考を進めていく間にも、ロフェは何度かナイフが振るう。それらをどうにか躱しつつ、隙をうかがっていたときだった。
「
……
あまり、こういうことはしたくなかったんですけれど」
ロフェがそう言った刹那、彼女はその持ち前の素早さである場所へと走る。彼女が向かった先にあったもの。それは、二人の攻防など素知らぬ顔で眠っている少年の近くだった。
「ーー! おい、よせ!!」
ミィハの声を無視して、ロフェは眠っているケイの首元へとナイフを突きつける。その腕は震えていて、人を刺す覚悟など彼女は持ち合わせていないと分かる。それでも万が一ということはあr。
この時ばかりは、ミィハは己の武器が賢具であり、自身が魔道士であることを呪った。もしフェリキシーのように近接戦を得意としていたのなら、己の瞬発力で彼女を凌駕して、ケイを守れたかもしれない。
屋内で賢具を展開しては邪魔だろうかと、怪盗の予告時間まで荷物袋の中に片付けておいたのも、今となっては悪手としか言えない。
「
……
私だって、ケイさんのような優しい人を傷つけたくありません。ですから、お願いです。腕輪を私に渡してください。ミィハさんたちにとって、それは関係ないものなのでしょう」
「そして、言われのない罪で捕まれと? 君も、僕たちが怪盗の仲間でないとは薄々分かっているんじゃないか」
「
……
直接の仲間ではなくとも、同じものが糸を引いているとススナム様は言っていました」
「僕には何のことかさっぱり分からない
……
と言っても、君にとっては白を切っているようにしか見えないのだろうな」
ロフェの頑なな表情が、ミィハの言葉を肯定していた。それに、ロフェの最終的な目標を考えれば、彼女にとってミィハ達が何者かなどということは、この際どうでもいいのだろう。
(
……
どうにかして、ロフェのナイフを収めさせられないだろうか)
ケイやミィハにナイフを向けたところで、怪盗の身の安全をススナムが守ってくれるとは限らない。そう思わせる内容をちらつかせて、彼女の思考の向き先を変更できないだろうかとミィハは思案する。
ならば、先に切り札は切っておくべきだろう。本来、切らずにいてもいいとも考えたが、ことここに至ってはケイを守るのを優先するべきだ。
はからずも、まずいことが起きたらケイを連れて逃げる、とフェリキシーに言ったことが現実になったなと、ミィハは内心で苦笑する。
「
……
なら、話を変えよう。ススナムが回収しろと言っていたこの腕輪のことを、君は知らないと言っていたな」
「興味もない、と言ったと思うけれど」
「ああ。だが、知っていなかったとしても、ことと次第よってはススナムが何をどうしようと、君や怪盗も罪に問われかねない」
ミィハの物言いに、ロフェは眉を寄せる。彼女にとって、ススナムの命令に従ってさえいれば、自分や怪盗の身の安全は保障されると思っていたからこそ、この話題は寝耳に水だったのだろう。
「ススナム様は、それがアメジストではないかと言っていたわ。何か曰くのある品だろうとは思うけれど、それが私や彼に一体何の関係があるというの」
「君のいう『彼』である怪盗は、この石を重点的に盗んでいた。ただのアメジストだったなら、その行いは単なる盗みの一つに過ぎなかっただろう」
そこまで言って、ミィハは腕を持ち上げようとして、気がつく。先ほど回避をした弾みで本棚にぶつけてしまったとき、腕輪も一緒にぶつけてしまったのだろう。はめられていた薄紫の石は、まるで切れ味のいいナイフですっぱり割ったかのように綺麗な断面を露わにしていた。
本来取り戻さなければならない対象が破損している姿を見て、ロフェの顔も曇る。だが、ミィハにとってこれは自身の予測を裏付ける重要な証拠となった。
「まず、この石はアメジストじゃない。僕も図鑑を読んで初めて知ったことだが、アメジストという鉱石には劈開がない
……
要するに、砕いた際にこのような綺麗な断面が見えることはない」
「じゃあ、それが何かミィハさんは分かっているというの?」
「ああ。あの図鑑の記述とこの断面を見てほぼ確信できた。これは、おそらくーーゾイサイトだ」
聞き慣れない単語の登場に、ロフェは怪訝そうな顔を隠さない。それが一体何なのかと言わんばかりの彼女に、ミィハは続ける。
「ゾイサイトは、エオルゼアでは採掘されない鉱物だ。あの図鑑の作者は、かつてアバラシア山脈に住んでいた住民から、この石を見せてもらったと語っていた。硬度はアメジストと同等だが、ゾイサイトはこのように強い衝撃があると一定方向に向かって綺麗な断面を見せて割れる特性がある」
ナイフで断ち割ったような断面を見せて、彼は続ける。
「ゾイサイトはエオルゼアでは見つかっていない。そしてこれが採掘される場所だが、今その土地はーー」
一拍置いて、ミィハは言う。
「
……
そこは、ガレマール帝国の領土となっている」
ロフェの表情に変化が訪れるまでに、実に数秒の時間を要した。だが、言葉が意味を伴って頭に染み込んでいくうちにつれて、彼女の片側だけ露わになった赤目がゆっくり見開かれる。
「それって、もしかして
……
」
「ああ。ススナム氏があなたにそのような無茶な命令を下して、必死にこれを奪い取ろうとした理由。偽りの鑑定をして、僕らの注目を石の正体から逸らそうとした理由ーー」
ぎい、と戸が開く音がする。ミィハはロフェから視線をそらし、部屋の入り口に立っている小柄な人物ーー自分たちの依頼主を見つめて、言う。
「それは、帝国から採掘した石の流通に、あなたが関わっていたからではありませんか。ススナムさん」
護衛と思しき兵士を連れた部屋の主ーーススナムは、苦々しげに顔を歪めてミィハを睨みつけていた。
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