【ミスルチ】妖精の道

依頼を終えたミスラとルチルが、黄昏時に妖精だけが通る道に不思議なランタンを持って入り込む話です。

 依頼が終わって、さて、魔法舎に帰るかという頃のことだった。
 あたりはすでにぼやけた太陽と薄暗い闇に包まれ、周囲の人々の顔も分からなかった。これじゃあ狼と犬も間違えてしまうな、と私は思って、ミスラさんを見上げた。だが、ミスラさんは珍しくそのまま魔法舎に帰ろうとせず、どういうわけか小さなランタンを取り出した。それはぼうっと光り、彼の横顔を照らす。
「どうしたんですか? まだ二人きりでいたい気分なんですか?」
 私もですよ、と笑うと、ミスラさんは何を言っているのだろうと思ったのか眉を顰めて、けれどこの直裁な睦言に気付いたのか、「それもまぁ、いいですね」と言った。
「そのランタン、なんなんですか?」
 私たちは薄暗い道を歩きながら、舗装もされていない村の道を歩きながら、灯台を目指した。というのも私たちはこの村に船で来ていて、多分屈強な渡し守が今も待っているからだ。とはいえ、夜に海を渡るのは危険だ。今夜はきっとあの灯台に泊まることになるだろう。任務を済ませた祝いにお酒を飲んで、魔法舎じゃ出来ないセックスをして。
「妖精のランタンです。こうやって歩くと、妖精の道に通じるんですよ」
 ミスラさんはそう言って、蔦が絡まり花が咲いた、あまりにも心許ないランタンを片手にこう続けた。
「もう人間の道から外れました。あちこちから聞こえてきませんか? 妖精の歌声が」
 ――真夜中、人々が眠りについた頃、月が私たちを照らし、星も私たちを照らす。私たちは歩き、歌いそして踊り始める
 ――真夜中、人々が眠りについた頃、草原で、ハンノキのそばで、自分たちの場所を見つけ、私たちは歩き、歌い、そして夢を踊る
 鈴のような歌声が耳に届き、けれど低く響く声も私を包んだ。見ればミスラさんは詩をそらんじていて、あたりを飛ぶ、透明な翅を羽ばたかせる妖精たちとコミュニケーションをとっている。小夜鳴き鳥やジルペリットがさえずる。小人が結婚式を始め、妖精が祝福に小さな星を降らす。私も彼らにシュガーを降らして、ミスラさんに怒られる。
 どこからか海のさざなみが聞こえる。それに重ねるようにして、妖精たちの祝いのステップの音も聞こえてくる。歌声も、空に浮かぶ星がまたたく音も、耳飾りがこすれる音にまじって耳に入ってくる。私はミスラさんから離れないように彼の腕を掴んで、妖精の道を歩く。ミスラさんは私が彼から離れないでいることに驚いたのか、しばらく足を止めて、最後に大丈夫だと、なだめるようにキスをしてくれた。そして「俺の言葉を繰り返すんです、そうしたら妖精の道に迷うことはありません」と、さっきの詩を私に言い聞かせた。
 ――真夜中、人々が眠りについた頃、月が私たちを照らし、星も私たちを照らす。私たちは歩き、歌いそして踊り始める
 ――真夜中、人々が眠りについた頃、草原で、ハンノキのそばで、自分たちの場所を見つけ、私たちは歩き、歌い、そして夢を踊る
 私たちは歌を歌いながら灯台に向かう。妖精の歌を背に、妖精の歌を追って、妖精の道を歩く。そこに人間の姿はない。魔法使いの姿もない。そこには妖精以外には私たちしかいなくて、私はそれが心地良かった。
 ねぇ、ミスラさん。約束はできないって分かってますけど、私たちはずっと一緒にいましょうね。
 人々が眠りの中に消えてしまっても、私たちはこうやって妖精の道を歩いて、ずっと、ずっと一緒にいましょうね。
 灯台が見える。ミスラさんがランタンが守る炎を吹き消そうとする。でも私はもう少しだけとそれを止めて、彼に口付けた。
 私たちは抱き合う。いつの間にか足元に置いたランタンの光の周りを、妖精たちが飛び交う。それは美しくも恐ろしい光景で、だから私はさっきよりも強くミスラさんにしがみついた。
 ずっと一緒にいましょうね。そんなこと無理だって分かっているけれど、人の道に重ならない妖精の道で交わした口付けを覚えて、決して忘れないで。