香春 蘇葉
2024-04-09 20:54:14
2079文字
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【とあるマメットの話】

ひろ氏が連れてるマメットトンベリの話

 魔法人形の核は稀少価値が高い宝石や鉱石類がよく用いられる。そしてそれらは、時として人の欲や感情などを溜め込みやすい。見ること能わないそれらのエネルギーは極稀に魔法人形達を想定しない動作へと誘うこともあるようで。
 目の前でものすごい轟音と共に勢いよく開かれた部屋のドアを前に、グ・ラハはつんのめるように立ち止まった。つま先立ちで何とか勢いを殺すと、鼻先の皮一枚ほど触れたドアにかけられたプレートを見上げる。間違いなく、先程軒先ですれ違った冒険者の名前がそこにあった。ということは今この部屋には主がいないはずである。だとしたら今、誰が出てきたというのだろうか?まさか恐れを知らぬ何者かが彼の部屋へ押し入って、盗みを働いていたとでもいうのか?ぐるぐると、次に取りうる行動を決めあぐねていると、不意に眼下へひょいと見慣れた物体が飛び出してくる。

「お前、あの人がよく連れてる……

  危うくドアに鼻を強かぶつけるところであったその原因は、冒険者がいつも連れている、トンベリという魔物を模した魔導人形だった。勢いよくドアの影から走り出してきたそれは、グ・ラハを見つけると、手にした柔らかい包丁で何か物言いたげにぺしぺしと脛を叩いてくる。心なしかいつもと少し違うな、と思いながらしゃがむと、すかさずそれはグ・ラハの膝に飛び乗ってきた。

「な、何だ……!?」

 今度は早く立てと言わんばかりに柔らかい包丁の先で何度もグ・ラハの胸を刺してくる。全く痛くはないが胸に衝撃が伝わるたびに何となく胸がちりちりと痛んだように錯覚してしまう。そんなわけがないと苦笑をこぼしながらマメットを抱えて立ち上がり、グ・ラハはそういえば、と胸元をさすりつつ思い出す。あの人は珍しくこのマメットを連れていなかった。行き先を聞けば最近よく行っている〝練習先〟ということで、激しい戦闘が予想されるためにどうやらマメットを置いて行ったらしい。それが、この魔法人形殿にとっては気に入らなかったのだ。あの人が大切にしているこのマメットは、彼が行く先々で後ろをついて回っては時に共に戦い、野営の夜には黙って隣にいる。いつか冒険について行きたいと言いはしたが、目先に積み上がったものの処理が先決で、あまりあの人に同行できていないグ・ラハにとっては羨ましい限りだ。
 今出ていけば街を出る前の冒険者に追いつくことができるかもしれない、とグ・ラハはマメットを抱えて誰かに見咎められない程度の小走りに石の家を抜けると、外へ飛び出して行った。とは言え冒険者が出かけるのは知っているがその行き先を知る由もない。グ・ラハが覚えているのは、露店が並ぶ方へ坂を上っていった冒険者の後ろ姿だけである。もしかすると、まだそこにいるかも。とうとう顔に飛んでくるようになったマメットの包丁での攻撃を反射で避けながら坂を駆け上がり、グ・ラハは露店が並ぶその最中へ向かう。そうして立ち止まり、軽く息を弾ませ周囲を見回すと、丁度買い物を終えたらしい冒険者が、紙袋を抱えて露店から離れるところが見えた。声をかけようとグ・ラハが息を吸ったその瞬間に、腕の中のマメット・トンベリが腕から逃れようともだもだ暴れ、然程時間もかからずにぴょいと地面に降り立ち、冒険者に向かって猛然とかけていく。

「ん?どうしてお前が……

「少し出かけるのを待ってくれ……!」

 冒険者の足元でぴょこぴょこ跳ねるマメットを援護するように声を張り上げると、薄青の瞳が前髪の隙間から上目にこちらを見る。

「グ・ラハ……?」

「こいつがあんたのところへ連れて行けって暴れるから、連れてきた……!」

 少し乱れた呼吸のせいで妙に上擦った声のグ・ラハの言葉に、冒険者はああ、と得心がいった顔で頷いた。彼は徐にしゃがみ込んで、持っていた紙袋を石畳の上に置くと、ぐちゃぐちゃになっているマメットのフードを丁寧に整えてやってからポンとその頭を叩いて立ち上がる。整ったフードを忙しなく確認して、どこか満足げに包丁としっぽを振り回すマメットの姿に、グ・ラハは最初にマメットと出会した時の違和感の正体に気がついた。
 冒険者の相棒であるマメット・トンベリのフードは、冒険者が頻繁に整えているのもあって、滅多に乱れていることはない。それが今朝、置いて行かれた故にぐちゃぐちゃになっていたのだから、違和感があったのも当たり前だろう。
 グ・ラハは小さく笑うと、耳としっぽをそよがせて、小さく肩をすくめた。

「置いて行かないでやってくれ。こいつが留守番しているんじゃ、いつかオレの胸に青痣ができてしまう」

 マメットに脛を叩かれている冒険者が不思議そうに首を捻る。不意に壊れてしまわないように連れて行かなかったのだと言うが、壊れてしまって、核である宝石や鉱石ひとつになったところで、きっとまた寄せ集めれば元のように冒険者をぽこぽこ叩きながらついて回っているような気がする。冒険者がこのマメットと共有している感情や記憶は、それほどまでに大きく、強い気がするのだ。