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白雨
2023-10-28 23:44:06
6853文字
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友人Rの災難
明主。ぺごとのことを軽い気持ちで明智に訊いた結果、ちょっと後悔する竜司の話。
なんでこうなった?
としか言いようのない状況に置かれた時って、人間どうすりゃいいのかな。文句言うか、逃げるか、覚悟決めて立ち向かうか、どれかってとこか。俺の場合は多分、逃げてたまるかよって立ち向かうことの方が多い。だって尻尾巻いて逃げるのってダッセーし、カッコ悪いじゃん。だから俺は、俺の思う「カッコいい」事がしたいってわけ。
したいんだけど、流石にこれはちょっと気まずい。
「なあ」
「何」
「今日めっちゃ晴れてたな」
人は話題がない時、なんで天気の話題に逃げがちなのか。当たり障りがないからか。だろうな。お手軽な共通の話題っつったらそうなるわな。そして俺がお手軽な方向に向かおうとしたのは即座にバレたらしく、そいつは鼻で笑ってきやがった。腹立つくらいキレイな顔で。
「無理やり話題振らなくていいよ。どうせその知能じゃ高尚な話題なんて考えられないでしょ」
「んだとテメー」
「すぐ凄むのやめなよ。馬鹿が露呈する」
「マジで腹立つわーこいつ」
今のこいつ、確実に普段の十倍くらい機嫌悪いわ。言葉のナイフの切れ味がやべえ。澄ました顔で優雅に紅茶のカップを傾ける明智を睨みつつ、俺もコーラに手を付ける。こんなにキレの良い炭酸だってのに、全然気が晴れない。逆にすげえ。せっかくこの肌寒い中コーラなんて頼んだってのに、俺全然報われねえじゃん。溜息が漏れたのはしゃあねえよ、こんなん。さっきからもう何十回目だろってことをまた考える。
凪、頼むから早く帰ってきてくれ。
そいつらと会ったのはたまたまだった。渋谷をぶらぶらしてる最中、そういや祝日のせいで某週刊少年雑誌の発売日って土曜じゃね? ってか今日じゃね? って思い当たったから、じゃあ近くに本屋あるし行くかってなっただけ。新刊も出てたような気がするし、丁度良いかって。そこへ向かってる途中、見かけたのが凪と明智だった。そんだけ。
向こうもすぐに俺を認識したらしく、ひらひら手を振る俺を見て凪はちょっと嬉しそうな顔をした。その隣にいる明智は反対に、ちょっと嫌そうな顔をしていた。いや、盛ったわ。ちょっとどころか大分嫌そうな顔をしてた。マジ失礼な奴だなこいつって思ったけど、ばったり出くわしたダチをスルーしていくなんてありえない。
「よっ、凪。ついでに明智」
「偶然だな」
そこまで表情豊かじゃない凪が嬉しそうにしてると、こっちもなんだか嬉しくなる。俺がそういう顔させてるって思うと、尚更。隣の奴全然嬉しくなさそうだけど。ちらっと凪の鞄を見て、あれって思う。いつも一緒の猫が入れる大きさじゃない。って事は、あいつはいないって事だ。珍しい。
「あれ、モルガナ一緒じゃねーんだ」
「そりゃな。デートですから」
ドヤ顔で明智と腕を組む凪と、表情を変えずに無言でそれを振りほどく明智の図。何見せられてんの俺? って気持ちになる。
何がどうなってそうなったのかは不明だが、いつの間にか凪と明智はそういう関係になっていた。というか、死んだと思ってた明智が実は生きてたってのを知ったのと、凪が明智を連れてきて「俺、明智と付き合ってる」「あと一緒に住んでる」って爆弾発言をかましたのは同時だった。何言ってんのか分かんなかった。スペースキャット。後ろで全部を諦めた顔をしてたモナも印象的だったな。
お前いつから!? って気持ちと、この裏切り者! って気持ちと、明智テメーまた俺のダチ振り回したらただじゃおかねえぞ! って気持ちが入り乱れて、俺の情緒はめっちゃくちゃ。ついでに、なんやかんやでモテる凪が誰とも付き合わずにいた理由にも、時々好きなヤツがいるっぽい反応をしてた理由にも思い当たって愕然とした。
北海道で乗った男だらけの観覧車の中で、彼女出来たら教えろよ! っつった俺に対して、思いっきり目を逸らしていた理由。行く先々で老若男女惑わしまくってる魔性が上手いこと好意を躱してる理由。アレって明智がいたからかよって。性格悪過ぎるし、やらかしたことがやらかしたことだし、性格悪過ぎるし、顔しか良いとこねえし、凪のヤツ一回殺されかけてるし、性格悪過ぎるし。せっかくだからもっかい言っとこう。性格が悪過ぎる。なんでだよ!? が積もりに積もって、でも凪がすげえ幸せそうに見えたから、まあいいやって全部飲み込んだ。こいつがそれでいいならしゃあねえってな。
しゃあねえんだけど、この二人が並んでるとどういう反応が正解なのか分かんなくなることがある。
「デートっすか」
「デートです。なっ、明智」
「僕に振らないでくれる?」
迷惑そうな顔をしてる割に、凪を置いてさっさとどっかに行こうとしない辺りこいつもこいつだ。デート発言を否定しねえし。あの頃からすでに凪が絡むとおかしくなってたこいつは、いつまで経ってもこの魔性に弱いままか。
「あー、俺、邪魔?」
言いながらそりゃ邪魔だろって自分に突っ込む。だってデートだぞデート。普通邪魔されたくねえだろ。なのにそいつは不思議そうに首を傾げた。
「いや、別に? 久しぶりって訳でもないけど、竜司に会えて嬉しいし」
隣の男の機嫌が明らかに悪くなってるの何とかしてくれませんかねとは言えず、目を泳がせる。分かってるのか分かってないのか、凪は当たり前みたいに提案してきた。
「せっかくだしちょっと付き合えよ。このままじゃ話し足りないだろ?」
なんで俺がその提案を受けたかって、俺も凪と話したかったし、明智のヤツにちょっとした嫌がらせがしたかったからって、そんな軽い気持ちだった。まさか途中かかってきた電話を受けて、「悪い、ちょっと席外す」って言った凪が全く帰ってこない状況になるとは思いもしなかったってわけ。電話受けた時に真面目な反応してたし、あいつも申し訳なさそうだったし、そんなのごゆっくりって二つ返事で送り出す以外の選択肢、ねえじゃん。高校ん頃よく試験勉強してたファミレスで、高校ん頃敵だったヤツとサシ。どんな冗談だって突っ込みたくなる状況。何なんすかねこれ。
ずずーっとコーラをストローで啜りながら、頬杖をついて目の前の男を眺める。なんでわざわざドリンクバーで紅茶飲んでるのか分かんねえし、凪の「あっ俺どっちも食べたいから明智も頼んで。半分くれ」を文句言いつつ聞くし、ただしパンケーキは嫌がるし、結局凪に押し切られたホイップクリーム大量のパンケーキはほとんど手を付けようとしねえし、なんか全然分かんねえそいつのこと。どこが良かったのか未だにさっぱり分かんねえけどキャーキャー言われてた王子サマの頃よりかはマシで、その代わり嫌味成分が九割増しになりやがった奴のこと。
嫌んなるほど気まずい空気をどうにかしようって思ったわけじゃない。ただふっと思い出した疑問があったから、それをぶつける良いタイミングだなって思った。
「お前さー」
返答がない代わりに視線がこっちに向く。お前と話すことなんてねえよって態度を隠そうともしないそいつにイラッと来たとはいえ、ここでケンカ売るほど俺はワンパターンじゃねえ。煽りしか出来ねえ王子サマとは違って、俺も成長してるってわけよ。
「なんで凪と付き合ってんの?」
別に付き合ってないけどって言われそうだなって思った。素直なわけがないこいつが、凪とどうこうなってるのを認めるはずないって。
「質問の意図が分からない。それを知って君はどうするの?」
あれっ否定しねえんだってのが正直な感想。よくよく思い返してみれば、そういえばこいつは昔から、ほんとに大事なことは否定しなかった気がする。嘘つきの癖に、変なとこで正直。
「どうもしねえよ、気になるだけだし。てかお前、付き合ってねえよとかそういうことは言わねえのな」
「否定するだけ無駄だろ。僕がどうこう言ったところで、君の中でもう結論は出てるんだから」
「あーハイハイ、出てますね。で? 好きなの?」
「嫌いだよ」
「嫌いなのに付き合ってんの? おかしくね?」
「自分の尺度を他人に当てはめようとするのはどうかと思うな」
すっげえめんどくせえ受け答えをされてる気がする。しかも、のらりくらり躱されてる気もする。嫌いって言いつつ、好きじゃないとは言わない。とりあえずはっきりしたのは、凪と付き合ってるって事実をこいつは一応認めてるってこと。色恋なんざ興味ねえしくだらねえって冷たい目をしてそうなこの男が。マジか。
……
マジかー!
一拍置いてひえーってなる。こいつにも俗っぽい人の心があったのか。似合わねえー! と叫びそうになるのをぐっと堪えて、涼しい顔をしてる明智をまじまじと見つめる。恋だの愛だの、自分の感情にそんな名前のラベルを貼ろうとはしないんだろうな。それでも目の前のこいつがしっかり凪を特別扱いしていて、それについて無駄な否定をせずにいるってのは革命なんじゃないか? 文明開化の音がする。
でもこいつが凪のどこに価値を見出したのかはなんとなく分かる。真とか双葉とか、あの辺とは違うベクトルで頭の回転が速い。口が達者って言うんかね。気が強くて年上でも容赦なく反論してくるとこは評価ポイントが高い気がした。二人して相当な負けず嫌いだから、ダーツからシャドウ撃破数まで様々な方面でしょっちゅう勝負をしていた。
まあ要するに、自分に食らいついてくる実力がある上で、一緒にいて飽きないとこが気に入ってるんだろう。あと多分これは認めねえだろうけど、何やらかしたか全部把握した上で対等に、それでも真摯に向き合って真っ直ぐな好意を向けてくるとこにぐらっと来たのかもしれない。
「そもそも、なんで付き合ってるのかって質問はおかしい。僕がわざわざ説明する必要はないし、懇切丁寧に答えてやる筋合いもない。でも、少し考えてみれば分かるよね? 打算とか駆け引きとか世間体とか、不純な動機で他人と安易な関係を結ぶのは時間の無駄だ。少なくとも、今の僕にメリットはない」
急にめちゃくちゃ喋るじゃん。そんなにお気に召さなかったのか。というか、自白めいたことを口にしてることに気付いてるんだろうか。ないんだろうな。今も昔も、肝心なとこで詰めが甘い。
「純粋にあいつのことが好きだから付き合ってるってのはよく分かった」
色々言ってるけどつまりそういう事だろ。今の言い方だとめちゃくちゃ真剣交際だって自白してるようなもんじゃねえか。俺が完璧に明智語を訳しちまったのが気に入らないのか、チッと舌打ちをされる。いや舌打ちってお前。
「話聞いてた? 他の人間よりはまだマシってだけで、嫌いだよ」
「ほんっと素直じゃねえな。そのうち愛想尽かされても知らねえぞ」
「愛想を尽かすとしたら僕の方だ」
「いやどの口が言うんだよ」
なんで当たり前だろって顔してるんですかねこの男は。そこまでつんけんするなら、凪と遊ぶ時微妙な圧をかけてくるのやめてくれねえかな。どっちもどっちなこいつらが他の奴に靡く事は決してないし、愛想尽かすわけがないってことくらいこっちも分かって言ってる。
しかしこうなってくると、凪は凪で明智のどこに惚れたのかよく分からない。こいつ良いとこあるか? と思っちまう。めんどくせえし口は悪いし素直じゃねえし、こいつと付き合ってて疲れねえの? なんて事まで思っちまった。凪ってめちゃくちゃ趣味悪いんじゃねえのって心配までする。悪い男に引っかかった娘を心配する気持ちってこんなんかな。
「あんまあいつを振り回すなよ」
そう言うと、めんどくせえなこいつって顔でこっちを見ていた明智の眉間に更に皺が寄る。
「振り回す? 冗談じゃない。振り回されてるのは僕の方だ。結構な頻度でお使いに駆り出されるし訳の分からない物買うし気まぐれだしアイス食べたいって連呼するし、毎日毎日、本っ当に行動が読めない。構え構えうるさいと思えば次の瞬間には他の事してるし、早寝遅起きにも程があるし、髪乾かさずに寝落ちるし。なんで僕が世話焼かなきゃならないんだよ。我儘というか、全てにおいて雑」
俺はと言えば、怒涛の文句に圧倒されるしかない。今日マジでめちゃくちゃよく喋るなこいつって感想が頭に浮かぶ。情報量が多過ぎるそいつの台詞をもう一回頭ん中で整理して、それから首を傾げた。
「え、凪ってそんな奴か?」
確かに大雑把絶なとこはあるけど、そんなわがままな奴だっけ。なんて言うんだっけこういうの。コンニャクムジン? 絶対ちげーな。なんだっけ、そう、ボウジャクブジン。俺ってば頭良い言葉使っちまったな。いやそうじゃねえ。
凪は猫みたいな奴だ。実は他人に対して警戒してるし、かと思えば慣れると人懐っこくなるし、昨日ハマってた事と今日ハマってる事が全然違ったりするくらい気まぐれで、気付くとすぐ寝てる。奔放っちゃ奔放で、自由な奴。でもそんなにわがままな奴じゃない。変なとこで抜けてるとはいえ、みんなに慕われる頼れるリーダーなのは変わらない。根っこの部分はどうしようもないくらい優しくて、他人に尽くすあの男は誰かを振り回すような奴だっけ?
「俺らにはそんなんじゃねえけどなあ」
別人の話ですか?って言いかけて、ふと思った事をそのまま口に出す。
「あー
……
甘えてるってことか?お前といる時、なんかいつもより笑ってるし」
そう、あいつはそもそもそこまで表情豊かな奴じゃない。無表情に近い、つっても良いくらいだ。時折ふっと笑ったり、むっとしたり、悪戯っぽい表情になったり、そういうちょっとした感情の動きがやけに魅力的に見えちまうから、周りの奴らはそれを見て得した気持ちになるわけ。
そういえば、明智といる時の凪はちょっと隙がある。いつもより機嫌が良いのかもって感じる事が多い。わざわざこのめんどくせえ男に絡みに行くあいつは、それはそれは生き生きとした顔をしている。ハードな人生経験をしてる凪が楽しそうにしてくれてるならそれで良いよとは思うんだけど、なんかこう、見てるこっちがちょっと照れる時がある。や、こんなん今更なんだけど。
「
……
甘えてる、ね」
そんな呟きで今の状況を思い出して、明智を見る。そいつは机を見つめて、感情の分かんない顔をしていた。真顔っつーか、仏頂面っつーか。扱いづらいわあって思ってたら、唐突にひょっこり凪が顔を出してビビる。
「お待たせ」
「待たせ過ぎ」
なんで音殺して歩くんだよ、癖になってんのかよ。もう怪盗じゃねえだろ、お前。なんて俺の脳内でとめどなく突っ込みが溢れてるっつーのに、明智はビビる事もなくあっさり席を詰めて座り直していた。慣れてんなあ。
「どう? 親睦深められたか?」
古典的な漫画だったら、俺は多分今ずっこけてた。
「お前わざと席外してたのかよ!?」
「いやわざとではない。薫の相談は無視出来ない」
「誰だよ薫って」
「岩井さんの息子」
「だから誰だよ。
……
あ、ミリタリーショップのおっちゃんか」
謎の交友関係の広さを持つそいつはそれ以上説明する気はないらしくて、明智の前にあるパンケーキを勝手に食べている。自由な奴だよ、まったく。「いる?」ってフォークにブッ刺したパンケーキを明智に軽く差し出して、「いらない」なんてあっさり振られている。当然凪のダメージはゼロで、「そっか」ってあっさり自分で食っていた。目の前であーんなんてやられたら気まずさで死ぬとこだった。未遂で良かった。
「明智、なんか良い事あった?」
「なんで」
「ちょっと嬉しそうだから」
えっ? って固まる俺をよそに、凪にそんな指摘された明智は初めてちょっと素直な表情になった。具体的には、作り物でも皮肉でも嫌味でもなく、普通にちょっとだけ笑った。多分初めて見たってくらいレアな顔。その時俺の頭にびりびりっと電流が走った。うっかりこんな表情になったトリガーに心当たりがある。
「別に何もないよ」
いえ、違います。多分こいつ、凪が自分だけに甘えてるって知って喜んでます。
なんて言える訳もなく、ただ馬鹿みたいにぽかんと二人を交互に見ていたら、凪も嬉しそうににこっと笑ったからますますなんも言えなくなる。
「そっか」
くそ、この顔だ。ちょっと甘い表情。あの凛々しくてスタイリッシュな黒い豹みたいな大怪盗が、今じゃすっかり家猫みたいな顔になってやがる。アイドルみたいな顔して凶暴な明智の方も、こんなに柔らかい顔を見せることなんてあるのか。多分お互いにしか見せない顔を覗き見してしまった形になった俺は、ぎこちなく目を逸らす。
こいつらが俺の存在を思い出した時、どんな顔をするんだろう。逆に楽しくなってきたなと思いながら、あっまいコーラをそーっと啜った。
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