白雨
2023-05-06 23:03:49
1767文字
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BPM119

ワンドロワンライ、お題「年齢差」。
義弟(中学生)× 義兄(大学生)の明主。
二人に血の繋がりはありません。

 僕には兄がいる。正確には、血の繋がらない兄がいる。
 「お、帰ってきた。おかえり」
 とはいえ会うのは久々だった。帰ってくるなり台所にいた凪に嬉しそうに手を振られて、一瞬固まる。
 「……ただいま。なんでいるの」
 「そりゃ夏休みは帰省するだろ」
 そう言われてしまえば反論しようがない。何年か前までは同じ家で暮らしていたとはいえ、大学進学にあたり上京したはずの彼が当たり前のようにそこにいるのはなんだか落ち着かない。せめて連絡のひとつ寄越せばいいのに、これではほとんど急襲じゃないか。
 なんで帰ってくるんだよ。そう心の中で呟いた言葉が、兄への嫌悪から来るものだったならどれだけ楽だったことだろう。

 兄が好きだと自覚したのはいつだったか。実母の葬式の後「俺と暮らそう」と抱きしめてくれた時にはもう彼に恋をしていたと思う。ともかく僕はずっと凪のことが好きで、だからこそ彼と暮らすのは苦しかった。血の繋がりはないとはいえ彼は兄だ。「俺はお兄ちゃんだからな」と何故か誇らしげに口にする彼が、当然ながらこちらに一切邪な感情を抱いていないのは明白だった。
 とはいえ、弟権限でいついかなる時間でも凪の部屋に入れるのは非常にありがたいと言わざるを得ない。夕飯の後、酒が入った彼が上機嫌でベッドに座る様を眺めながらそう思っていると、凪に手招きをされた。
 「吾郎、おいで」
 断ると面倒なことになりそうだ。大人しく彼の隣に座ると、寄りかかられてぎょっとする。咄嗟に押し返そうとしても無駄だった。前言撤回、全然ありがたくない。性的な目で見ている相手にここまでされて平気な思春期男子がいてたまるか。
 「ちょっと見ない間に大きくなったな。三月までランドセル背負ってたのに」
 一生縮まらない年齢差を指摘された気分になって、ふいと顔を逸らす。
 「あっという間に大人になっちゃうんだろうな」
 「まだ五年あるよ」
 「五年しかないんだよ。あっという間に大人になって、遠いところに行って、違う生き方をする」
 凪の口調は穏やかだ。先にその言葉通りになったのはお前の方じゃないか、と苦々しい気持ちになった。
 「もし吾郎が恋人連れてきたらちょっと落ち込むな」
 落ち込むと言っている割には少し楽し気な口調だったことに、更に苦々しい気持ちになる。
 「先に連れてくるのは凪だろ」
 「どうかな、今のところそっちは特に興味ないし」
 凪の答えに一瞬ほっとして、けれどすぐに気分が下降する。誰にでも優しいこの兄は他人に好かれやすい。死ぬ気で馬の骨を追い払って来た僕がいない今、凪がどんな状況に置かれているのか想像したくない。現時点では本人が恋愛方面にさして興味がないだけで、その気になれば恋人の一人や二人いくらでも──とそこまで考えて、強制的に思考をシャットダウンさせた。このまま凪が更に遠くに行ってしまう可能性に焦る。
 くすりと耳元で笑われる。その後続く声は、どこか睦言めいていた。
 「お前より大事な人、そうそう出来ないと思うよ」
 ──本当にこの男は、人の気も知らないで。
 衝動のままベッドに押し倒した凪がきょとんとこちらを見上げている。自分の状況を何ひとつ理解していないらしい彼は、きっと自分が弟にどんな目で見られているか考えたことすらないのだろう。スタートラインにすら立っていない自分の状況が悔しい。
 このままじゃ誰かに奪われる。それが嫌なら、すべきことは。
 覆い被さった彼に口付ける。柔らかい唇を自分だけのものにしたくて、抵抗のないその場所に舌を差し入れる。流石に身の危険を感じたらしい彼に肩を押されたせいで一瞬だったとはいえ、深く口付けることが出来て妙な達成感を覚えた。
 「……えっ?な、なに……え?」
 混乱したように見上げてくる凪は一拍置いて真っ赤になった。余裕を崩せたことに満足して、その唇を指先でなぞる。
 なんだ。踏み出してみれば、存外呆気ないものじゃないか。
 「予約。しばらく恋人作らないで」
 「えっ」
 「犯罪になっちゃうから。僕が大人になるまであと五年待っててよ、お兄ちゃん」
 笑いかけた先では凪が完全にフリーズしている。唇をもう一度さっと奪いながら、あと五年かけてどう彼を陥落させたものかと考えていた。