井内がこのとき飲んでいるそれは黒糖を溶かした色に似ていた。
色はコーヒーに近いのに、不思議なことに、コーヒーとは見えなくて、プラスチックの透明な容器に入ったそれをぼくはひとくちもらった。
甘ったるさがねっとりと舌にまとわりつく、やはり和菓子の餡このような味だった。
線路際の、路地は長く、人がいなかった。
線路とは反対側には住宅や倉庫らしき建屋、底から黒ずんでいるような背の低いビルが並んでいた。
フェンス越しに、続いている線路を見る。
「なんのために生きているんだろう?」
ふいに井内が訊いた。
こちらを向く井内を見つめた。しばらく考えるように目線を下に落としてから、井内はまた口を開いた。
それを聞くまえに、ぼくは言おうとした。
後ろから電車が来て、その轟音と、激しい風が吹き抜け、ぼくの答えはかき消された。
風が勢い良く髪と服を逆巻いた。
音と風がおさまるまで待っていた。
そのあいだに、甘さの残っている唾液を飲みこんで、視線を周りにやった。
井内がフェンスに近づいた。
電車の過ぎ去った後の線路をじっと見て、飲み物を持っていないほうの手がフェンスを握り締めた。
「なんもなくていいなら、いつか見た古い夢をずっと見ているような毎日を、終わらせてしまいたいな」
井内は長く呟くと、フェンスから手を離した。
ゆっくりとこちらに向き直った。
その眼は孤独を溶かしたような色をしていた。
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