HAZURE_Mapo
2024-04-06 20:56:06
5677文字
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いにしえの絆

CPアシュプリ。他にレナとレオン。プリシスが地球留学中の話。前作「ヒナゲシ」の後日譚と繋がってますが、読まなくても大丈夫だと思います。地球の描写等、捏造があるので何でも許せる方向け。

 夕暮れ時。
 プリシスは地球のとある高層階に設けられた休憩スペースで、窓際に設置されたカウンター席に座っていた。
 組んだ両腕をテーブルに預け、顎を鎮め外を眺める。その眼は虚で今にも魂が抜けそうだった。

 努力の甲斐あって成果が少しずつ実となり、念願だった大学の研究室の出入りを許された。そこから今日まで曜日感覚も薄れるほど無我夢中で走り抜けた。最近は実験結果が思うようなデータにならず頭を悩ませていたが、それもやっと今日になって先が見え、ようやく身の周りを俯瞰する余裕が少し出来た。
 研究室の窓の外は木の根が地面に張っている様子が窺える。そんな場所に缶詰になっていたプリシスは見晴らしの良い場所に行きたいと思い立ち、渡り廊下で繋がる隣の施設であるこの場に来た。今までいた場所より太陽がずっと近い。久しぶりに感じる太陽の眩しさに疲れ切った眼は耐え難かった。

 地球に来てから2年ほどが経とうとしている。その途中、自らの都合で地球を飛び出しエクスペルへ向かったのがはるか遠い過去のように感じていた。
 エクスペルはおろか地球にいる仲間の誰にも報告せずに帰った筈が、どこからか情報が漏れたのか二度と会わないと思っていたアシュトンと邂逅。互いに惹かれあってはいたものの、自身の地球留学を機に関係の終止符を打ったと思い込んでいた。しかし相手はそうではなかった。双方の気持ちを確認し合い、晴れて通じ合うことが出来た。
 しかし今ではその出来事が虚構だったのではと不安になるほど心がやさぐれていた。

「アシュトン……どんな顔してたっけ……

 強烈な西日が窓から差し込む。それがプリシスの脳裏に浮かぶ自分に向けられたアシュトンの穏やかな微笑みをジリジリと焼いていく。
 今度こそ、ダメかも。
 アシュトンに対する愛情まで灰になりかけた時、柔らかな声が横から聞こえた。
「プリシス、久しぶりね。疲れた顔してるけど大丈夫?」
 声の主はエクスペルから共にこの地に赴き、現在は自身が持つ治癒能力を活かし地球連邦軍の医療班に配属されているレナだった。
「うん、何とか。レナは元気そうだね」
 テーブルに預けていた上半身を持ち上げてプリシスは返答する。
「最近忙しいと聞いているわ。ここ数日あの研究室から出てきた人を見た事がない、誰か全員無事なのか様子を見てきたほうがいいんじゃないかって話まで出てたわよ」
「そんなこと言われてたんだ……
 自分に携わるものがそんな物騒な事を言われているとは心外だと思いつつ、そう言われてもおかしくないなと苦笑いした。

「ねぇ、レナはクロードと順調?」
 プリシスからの唐突な質問にレナはたじろぐ。
「なぁに、突然そんな事言い出して」
「いいから。ここずっとこういう世間一般的な話、誰ともしてないんだ。聞かせてよ、最近のこと」
 レナは困惑し、言葉を濁らせる。
「えぇ、まぁ。それなりに、よ。
 でもプリシス、私の事よりアシュトンの事のほうが気になるんじゃないの?」
 プリシスは図星を突かれ目をぱちくりさせたが、すぐに俯き呟いた。
「それはそうなんだけどさ。でも実際問題、連絡手段は会いに行く事しかないし、どうしようもないんだよね。何かもう、距離が離れてるだけでお互いの心まで離れてる気がしちゃって」
「何でそう思うの?エクスペルに帰った時にアシュトンと会って、気持ち確かめ合ったんじゃなかったの?」
「うー……これが余裕ってやつ?いいよね、同じ惑星にいる者同士は」
 こんな事、聞くんじゃなかった。
 後悔したプリシスはまたテーブルにうつ伏せになり、心配そうに自身を見つめるレナを拒否した。
 沈んだ空気が二人を包む。
 レナは自分の力ではこの空気を変える事が出来ないと悟ったが、ここを離れても後味が悪いだけで何の解決にもならないことも理解していた。それだけにどうにかしたい気持ちは山々だったが、その方法が分からず途方に暮れ立ちすくんだ。

 そんな時だった。
「プリシス、こんなところにいたんだ。レナお姉ちゃんまでいるし。でも丁度良かった」
 突然自分の名前が呼ばれ起き上がったプリシスは声が聞こえてきた方向へ振り向くと、そこには種族特有の獣耳を生やした少年が荷物を抱えて立っていた。
「レオン!思ったより早かったね、いつ帰ってきたの?」
「昨日。途中で何かのトラブルに巻き込まれたら今後に支障が出るから早めに帰ってきた。やっぱりエクスペルは遠いね、移動だけで疲れたよ。早くワープシステムが完成すれば良いんだけどな」
 プリシスと同じ学校で異なるカリキュラムを履修中のレオン。学校の長期休暇を利用してエクスペルへ里帰りしていた。
 故郷に帰る報告を事前に聞いていたレナとプリシスはレオンの帰郷を喜び、土産話を楽しみにして今日まで過ごしていた。もっとも、プリシスに関してはここ最近の多忙さでこの事は頭から抜けていたが、レオンの顔を見て再び記憶を取り戻した。
「お疲れさま。どうだった?久しぶりのエクスペルは。みんな変わりなかった?」
 レオンに少し早口気味で話しかけるレナ。その口調は、プリシスとの間に漂っていた暗い空気を打破してくれて感謝したいとも取れるものだった。
「うん、みんな元気だったよ。はい、これお土産」
「うわー!レオンありがとう!」
 久しぶりに見る故郷の品々に一同の顔がほころぶ。特にプリシスはブラックベリィをことの他喜んだ。今の自分が一番欲していたからだ。
 先程まで二人の間に立ち込めていた空気が一変、レオンから受け取った土産を見て談笑するプリシスとレナ。そこにレオンはさらに話を付け加える。
「ボーマンさんのところにはもうすぐ赤ちゃんが生まれるみたいだよ。絶対に可愛いからってあの目尻を最大限に下げた顔、みんなにも見せたかったな」
「えーそうなんだ!あたしも見たかったなぁ、その顔」
「生まれたらお祝い用意しなくっちゃ。男の子と女の子、どっちかな。性別は地球だと事前に分かるけど、エクスペルでは生まれるまでわからないものね」
「ボーマンさんは女の子がいいって言ってたな。お前の嫁にはやらんと睨まれたけど気が早すぎて、こっちが心配になるレベルだよ」
「なんか先生、親バカになりそうな雰囲気するー!」
 こんなに笑うのはいつぶりだろう。
 プリシスは研究所に篭っていた先程までの自分とは全く違う自分、あるべき本来の姿に戻った気がした。
 戻ったのは仲間の存在があったからだと、改めて有り難みを噛み締めた。

「あ、そうそう。プリシスに渡すものがあるんだ」
 故郷の話に花が咲く途中、レオンが何かを思い出し、ふいに話を遮り鞄の中をゴソゴソと弄り始めた。
「え、まだあるの?」
「ボクも中身は知らない。アシュトンからこのまま渡してくれって言われて」
「アシュトンが……
 このタイミングで彼の名前が出る事を予測していなかったプリシスは一瞬表情が強張った。
 レオンはその表情を見逃さなかったが、気づいた素振りは見せなかった。
「はい、これ。確かに渡したから」
 取り出したのは、手のひらより少しはみ出る大きさの小箱と白い封筒。
 封筒の中には手紙が入っている事が予想出来るが、箱の中身が何なのかこの場にいる誰もが見当もつかなかった。

 アシュトンからの贈り物。
 嬉しい。
 嬉しいけど。
 何でだろう、見るのが怖い。

 不安と期待が入り混じる複雑な感情を抑えられず、周囲の二人も彼女が何を思っているのかそれとなく察知した。
 プリシスは目を瞑り、意を決して蓋を開ける。
 ────そこには輝かんとばかりの黄金色が全面に塗られ、内側に雅な絵画が施されたハマグリのような貝殻が一枚だけ入っていた。
……え、何だろうこれ。貝殻?」
 拍子抜けしたプリシスだが、ふとアシュトンとの会話が走馬灯のように脳内を駆け巡った。



「これ、クロードから貰った地球の本。私がいる『にっぽん』って言う地域の資料を中心に集めてもらったんだ。読んでたら何か心に残る事がいっぱい書かれていてね、気に入ったのならあげるってクロードがくれたんだ」
 一時的にエクスペルに戻りアシュトンと心が通じ合ったあの日、プリシスは地球に戻るまでの残り少ない時間をリンガにある自宅で彼と過ごしていた。
 居間に据え置かれているこたつにアシュトンを案内し、プリシスは彼の右隣に座り二人で一つの本を眺めていた。
 「へぇ……見た事ないものばかりだ。プリシスは今これが身近で見られる場所にいるんだね」
 プリシスから渡された本をぱらぱらとめくるアシュトン。そこにはエクスペルでは知り得なかった数々の情報が載っていた。
 時々プリシスが本に記載されている図を自分の体験談と合わせながら解説する。その話に耳を傾けていると、彼女が自分の知らない場所にいるという実感が湧いてきたのか少し寂しげな表情を見せた。しかし本に書かれている内容には興味があるようだった。
「あ、これなんて面白いね」
「ん?どれどれ?」
 アシュトンが指したのは、布を何重にも重ねた着衣に顔は白く、髪の長い女性が描かれた二枚貝の図。そこには「貝合わせ」と紹介されていた。
「成る程、二枚貝は一見全部同じに見えるけど、対になっている貝殻同士しかぴったり合わないからそれを活かして玩具にしたんだね」
 書かれている解説を読み、関心したように頷くアシュトン。プリシスも首を上下に細かく振る。
「ね、考えた人凄いよね。しかもそこに綺麗な絵まで描いちゃって豪華にしてさ、食べたら捨てるだけの貝殻を貴重品に変身させちゃうなんて」
「そうだね、エクスペルではあまりない事かも──」
 解説を読んでいる最中、気になる事柄を見つけ言葉が止まった。
 しばし静止した後、アシュトンは視線の先にいる彼女に対し、瞳を据えて問いかけた。
「──ねぇプリシス。僕がこんな感じの二枚貝のうち一枚を渡したら、それを大事に持っていてくれるかい?」
「え、もちろん。アシュトンから貰ったものは取っておくよ。あの時のオルゴールも持ってるし」
 当たり前の事を何故わざわざ確認するのか、そんな事を言いたげな口調で答えた。
 「そっか……
 アシュトンは少し顔を赤らめたが、すぐに目を見開いて再び尋ねた。
 「って、あのオルゴール、まだ持ってたの?僕に別れを言った時にてっきり捨てたのかと思ってたんだけど……
 プリシスは少しばつが悪そうな表情を見せたが、すぐに本音を打ち明けた。
「うん……それも思ったんだけどね。でもあれはアシュトンとの思い出と言えばそうなんだけど、あの旅を通しての思い出だから。記念品?そんな感じかな」
……確かに、あれは僕たちだけの思い出じゃないね。クロードやレナたち、仲間との旅があったからこそ僕たちは出会ったんだから」
 うんうん、と満面の笑みでプリシスは頷いた。
 
 あの頃から変わらないな、プリシスは。

 目を細めるアシュトンの右手はプリシスの頭をぽん、と撫でる。
 その手は彼女の束ねられた栗毛色の髪の毛を通過し肩に回り、自らの方向へ抱き寄せた。突然の行動に少し高揚したのか、頬がほんのりと赤みを帯び彼を見つめるプリシス。そんな彼女の瑞々しい薄紅色の唇に、アシュトンは自身の唇を重ね合わせた。
 この出来事が一瞬のように感じたプリシスだったが、彼の唇から伝わってきた熱はエクスペルを離れてもしばらく覚める事はなかった。



「わぁ……綺麗な貝殻ね。これ、アシュトンが描いたのかしら」
「本当アシュトンって器用だよね。料理の盛り付けとかもいちいち凝っちゃって、胃の中に入れば一緒なのに」
 箱の中を覗き込み目を輝かせるレナとは対照に、手先の不器用なレオンは皮肉たっぷりに呟いた。
 そんなやり取りがされている事など全く耳に入っていないプリシスは瞳を潤ませながら郷愁に浸っていたが、レオンから渡されたものはこれだけではないことを思い出した。
 白い封筒。
 プリシスは貝殻の入った箱を近くのテーブルに置き、そそくさと封筒の中身を確認した。
 入っていたのは一枚の便箋。
 色も柄もないシンプルな便箋は二つ折りにされていた。
 すぐさま開くと、そこにはアシュトンらしい優しさが垣間見える文字がしたためられていた。


 "この貝の対は僕が持っています。
 いつになっても構いません。
 貴女に贈るこの貝と、僕が持つ貝が合わさる時、
 どうか僕と結婚して下さい"


 俯いたプリシスの潤んだ瞳からぽたぽたと涙が落ち、涙は便箋に彩る文字をじんわりと滲ませた。

「なんでこんなこと言うんだよぉ……

 アシュトンは離れている間も自分の事を想ってくれていた。
 心が離れていたと思い込んでいたのは自分だけだった。
 プリシスは自分の不甲斐なさを責めたが、それ以上に彼からの澱みがない愛情に満たされているのを感じていた。

 その場にいた二人はプリシスが何故泣いているのか理解出来ず、レナは訳もわからずレオンの手土産であるブルーベリィを与えようとし、レオンはひたすらに泣く理由を問い詰めた。
 賑やかな外野を相手に出来ないほど涙が止まらなかったプリシスだが、涙が頬を流れなくなった頃、何でもないよと歯を見せながら微笑んだ。
 その顔はアシュトンとの恋は順調だという合図だった。
 何となくその雰囲気を感じ取った二人。
 レナは自分が知る彼女に戻ったと安堵し、レオンは眉間に皺を寄せ心配させるなと咎めるが、プリシスは気の抜けた謝罪をしてさらにレオンをやきもきさせた。
 
 これを合わせる日が来るといいな。
 プリシスは再び箱を手に取り、アシュトンからの贈り物を眺める。
 そこに蘇った彼の姿を脳裏に焼き付け、もう二度と消しはしないと愛が篭った貝殻に誓った。