ちょち
2024-04-06 09:46:56
1937文字
Public 狂聡
 

安普請セカンドバージン 6(完)


 翌朝、LINEの通知音で聡実はうっすらと目を開いた。
 こんな時間に何…………
 ……いや、こんな時間?
「えっ」
 飛び起きてスマホの画面を見る。ロック画面に表示された時間は、10時を過ぎていた。アラームをかけ忘れたまま寝ていたことに気付く。
 最悪やん。
 LINEは友人の丸山からで『岡どうした? 体調わるい?』というものだった。
『代返いける授業だったからとりあえず代返しておいたよ』
『うん。ごめん。2限空きコマだし、午後から行く』
 返事を送ると、すぐに既読がついて返ってきた。
『そうか、無理すんなよ』
 うー……なんかごめん……。と聡実は頭を抱える。抱えたところで、まだ隣で息もしてないのかと疑うほど静かに熟睡している巨体に気付いた。
 いや。おい。僕よりここにいたらダメな人が寝とるやん。
「ちょっと、狂児さん!!」
 ゆさゆさと揺らすと、「ん〜……?」と声を上げながら狂児がゆるりと瞼を開いて聡実を見上げた。
「あれ? さとみくん……? なんで?」
 幸せな夢でも見ているかのような見たことのない顔で聡実を数秒見上げていた狂児が、覗き込んでいた聡実に頭をぶつけそうな勢いでガバッと飛び起きる。
「え!? 今何時!?」
「10時18分」
「最悪や〜〜!!」
 まあそうなるよな。というか狂児の方は電話とかかかってこなかったのか?と思ったら、引き寄せたスマホはしっかり電源を切ってあった。
「あのまま寝てるやんな? とりあえず先シャワーしてき」
「いや聡実くんは」
「僕は午後から行くことにしたから後でええ」
「わかった、すまん」
 バタバタと着替えを拾い集めて狂児がバスルームに消えていく。
「バスタオルは昨日使ったやつ掛けたあるし、そのまま使って〜!」
 声をかけるとハーイ!という謎に元気な返事が返ってきて、僕はオカンか?と聡実はちょっと思った。
 ウェットティッシュで軽く汚れを拭いて、シーツも布団カバーも洗わなあかんな……と思いながら脱ぎ捨てていたシャツをとりあえず羽織る。オカンついでにちょっと働くか、と冷蔵庫の買い置きの食パンを取り出した。マーガリンを塗ってハムととろけるチーズとスライスピーマンを乗せてトースターに放り込む。コーヒーはないから牛乳で我慢してもらおう。食べる時間あるんかなあと思いつつも朝食の準備をしながら、ふと昨夜の事が脳裏に蘇って聡実は一人で真っ赤になった。
 気付いてしまったのだが、多分……自分は結構、いやかなり快感に我を忘れるタイプだ。それはもう、酔っぱらいの狂児をもはや怒れないくらいに。しかも酔っぱらい以上に始末に悪いのは、しっかり記憶は蘇るということだった。
 マジでもう絶対二度とこの部屋ではせんからな。
 そう固く決意したところで、慌ただしく狂児が出てくる。
「聡実くんごめん! ほんまはもっとゆっくりした……エーなんかええ匂いする!」
「やっぱ食べる時間ない? トースト焼いたけど」
「すみません、めっちゃいただきます」
 まさに出かける準備をしていた狂児がかしこまってテーブルの前に正座する。
「牛乳しかなくてごめんやけど、時間なかったら流し込んで」
「味わって食べるわ……聡実くんが俺の為に焼いてくれたトースト……
「ええから早よ食えボケ!!」
 普通に怒られたので、渋々狂児はトーストをあまり味わう余裕もなく口に押し込んだ。
 食べた後は秒で準備をすませる。
「忘れもんない?」
「絶対必要なもんは忘れてへんはずやし、なんかあったらまた来るからええわ! ごめんなほんまバタバタして」
 玄関先で振り返ると、聡実がぽんと狂児の肩を叩いて言った。
「はい。ほな、行ってらっしゃい」
…………
「なに?」
「いや、なんかええなと思って。聡実くんにいってらっしゃいされて出掛けるん」
「アホか!? 出掛けるんやなくて大阪帰るんやろ!!」
「そうやけど……
 もう、と聡実が眉間に皺を刻んで言った。
「もうホンマにこの部屋では二度とせんけど。それでもよかったら、泊まりになる時はまたうち来たらええよ。客用の布団買っとくし」
……はい」
 ほな行け、と追い出す様に背中を押されて、布団代請求してな〜!とかなんとか言いながら狂児が階段を駆け降りていった。
 嵐の様に出ていった恋人を見送った聡実は、ふあ、と大きくあくびをして、玄関の靴箱にある引き出しを開けた。退去のその日まで使うことはないと思っていた合鍵が一個入っているのを指先で摘んで取り出す。
 これ渡したら、どんな顔するんやろ。想像すると、ちょっと口元が緩む。
 ……なんか百均で適当にええ感じのキーホルダー買ってこよ。



おわり