スサ
2024-04-04 17:48:32
2152文字
Public
 

【ゲ】営業じゃなくなったけど顧客希望で呼ばれる水木の話

きよらかな魔性ということでひとつ…
モテるけど誰も触れないミズキクンの話です。
同僚くん召喚

「なんだ、水木クンはいないのか」
 あからさまにがっかりするとある大病院の理事長に、すいませんねぇ、と愛想笑いを浮かべながら酌をする。
 嫉妬などはしない。どちらかといえば覚えるのは心地よさだ。このヒヒじじい、なにが「水木クン」だ、と。水木に会えなくて残念だったな、と、まあ、そんな具合に。無論、顔には出さないけれど。こちらも営業だ。
「あいつは今日は家族の具合が良くないそうで
「ご家族のかね。彼、結婚はまだだろう? ということは親御さんかね。そんなにお加減悪いようならうちへ連れてくるよう伝えてくれたまえよ」
 はは、と本日の水木の代役は笑って受け流す。水木本人や家族の専属医師になりたい連中だけ集めたら大病院が出来そうだ、とは、本人がいないところでまことしやかに囁かれるところである。

 水木は昔からやたらと年上の男にもてる。何なら年上でなくてももてる。女性にも人気はあるだろうが、なぜかやたらと同性に好かれるのだ。
 職業を考えれば嫌われるよりは好かれた方がいいが、しかし限度があるというか、いつだったか宴席で水木を巡って接待相手同士が軽く諍いを始めた時にはまあまあ大変なことになったものだ。
 以来、水木の投入について周囲も考えなければいけなくなった。本人はやや不満そうではあったが(自分ひとり勝ちとはいかなくなるため)、いつの間にか養子をとった(旧い友人の子だという)後は本人も遅くまで接待に駆り出されるのを喜ばなくなったので、今となっては丸くおさまっている。
 だがやはりそうもいかない場合もあって
「頼むよ水木くん、先方がどうしても君に来てほしいと
 水木は──髪の色と一緒にかつての野心をなくしてしまったかのようだ、と言われるが、それは少し違う気がしている。少なくともかつて隣席に座っていた男、わかりやすく元隣席とするが、元隣席氏はそのように思っている──疑念を抱いている。
 いっそあどけなく感じるような表情で小首をかしげ、大きな瞳を不思議そうな色に満たし、水木は小さく口を開く。
「ですが、私は営業は不適格ということでこちらに転属になったかと
 現在の所属先の部長と営業部長、それから担当役員がそれぞれ剣呑な視線をやりとりする。水木本人は浮世のことなど知らぬげな純な顔をしており、説明役に引っ張ってこられた元同僚は舌を巻く。こいつ本当にわからずにやっているのか?と。
 水木は考えこむような表情で目を伏せ、軽く自分の体を抱くように右腕を回し、左の肘を右腕につくようにして伸ばすと人差し指の背を軽く折って顎に添えた。
 はっ、と誰かが息を飲むのが元隣席氏には聞こえた。水木は何度か瞬きし、それからニ、三度唇をこすり合わせる。
 これだ。
 元隣席氏は頭を抱えたくなった。
 水木はそれなりにがっしりした体つきの男だし、極端に女顔というわけでもない。ないのだが、軽く自身を抱きしめたりする仕草や目を伏せまつげをパタパタ動かしたりする時、なぜか少女めいた雰囲気を醸し出す。頼りなげな、自分が何とかしてやらねば、と思わせるような
 それこそ水木の怖い所だった。いや、ここに本人の貪欲な学習欲や記憶力、会話や立ち居振る舞い等々が合わさっていたのだから怖いどころではなかったといえるが、しかしとにかく人を惑わせ、水木くんならと陥としてしまう。指の一本とて触れることを許さず、触れたくなる気持ちを操って。魔性といわず何といえばいいか。
「しかし、社のためでしたら
 十分な間を与えて、水木は顔をあげた。部長ふたりと役員は、元隣席の見るところ水木の術中にはまっているように見えた。こういう、複数人をそれぞれ争わせるのは、かつての水木が得意としていた。全くたちの悪いかぐや姫だ。ふっくらした涙袋のおかげで、その微笑みは少しだけ潤みを帯びている。母のような、あどけない乙女のような。
 厳つい傷を残す男に言うことではないのだが、しかしそうとしか言えない顔をするのだから仕方がない。しかも、その慈母めいた様子はむしろ以前より増している。縁あって乳飲み子を引き取って育てているというが、まさか乳をやっているんじゃなかろうか? 酔っ払って真剣に疑問を呈す輩がいるのもさもありなん。
「とはいえ、幼い子が私の帰りを待っています。あの子に寂しい思いをさせるからには、浅ましいと笑ってくださってかまいません。何かそうですね、
 上目遣いに大きく唾を飲んだのはよりにもよって役員だ。そういえば、あの役員は長く奥方と別居生活をしているとか、何とか。元隣席氏はそこで考えるのをやめた。よくよく観察するに、水木はこの場で最も権限のある人間により多く視線を送っていた。
 ──あいつやっぱりわざとやってるんじゃないか
 元隣席氏は思った。
 そして、愚かな生贄となった三人の上役達はといえば、だ。まず役員の鶴の一声で水木には特別手当と帰りのハイヤーの手配を確約したのであった。
 水木はまるで貞淑な顔をして、ありがとうございます、と微笑んだ。おっかねぇやつ、と思いもしたが、その完璧な微笑みの陰でかすかに悪戯っぽく上がった口角にこそ、元隣席の同僚はよろめきそうになった。