千代里
2024-04-04 07:38:58
10601文字
Public 君ふれ短編
 

ケイとミィハの話・短編・その4


依頼主の厚意で泊めてもらったコスタ・デル・ソルの宿は、見た目だけなら一般的な家屋と然して変わらないように見えた。だが、寝床や調度品はリゾートに来る客向けに揃えられた洗練されたものであり、それだけでもコスタ・デル・ソルのリゾート気分は十分に味わえた。だが、さすがリゾート地というべきか。客人をもてなすのは、単なる設備だけに留まらなかった・
「朝ごはんを自分で作らないって、すごく久しぶりな気がしたよ。しかも、おいしかった!」
「きっと、近くの施設で専門の方が作られているのでしょうね。暖かいものばかりでした」
ケイたちの言うように、起床時間を見計らって出来立ての朝食が運ばれてきたのだ。都市部の宿でいうところのルームサービスに値するのだろうが、何せここは一つ一つが居宅の如き形状をとっている宿だ。そのようなサービスは望めないだろうと予想していたケイたちは、この嬉しい驚きと非日常の到来におおはしゃぎしていた。
「新鮮な魚を使った料理、とても美味しかったです。サラダも食べやすい味付けでした」
「サラダに使ってるドレッシング、さっぱりしてて良かったよね。どうやって作ってたんだろう? あと、ドードーの卵のオムレツ! あれ、俺が作るのよりも巻き方が綺麗だった気がする」
「そんなことはない。それに、君の方が味が濃くて火がしっかり通っていて、僕の好みに合っている」
小声で宿の料理にダメ出しを入れる友人の脇腹を、ケイは軽く肘で小突いておいた。ミィハは朝食に出されたオムレツを食べてから、ケイがそれを褒めるたびに妙な張り合いを見せていた。
ユキハネとケイを含む四名は、依頼主の屋敷ーーその客間にて、依頼主の到着を待っていた。
贅沢な設えの客間に冒険者の装束を着ていた彼らはやや浮いてしまっているが、今は仕事の時間だ。本当はリゾートの開放的な空気を味わうために、身軽な格好をしたいと思う気持ちをぐっとこらえてケイも肌を覆う装束に袖を通していた。そのほうが、より頼もしく見えるからと言ったのはフェリキシーだ。
「てめえだって、傭兵を雇うなら、私服姿のやつより全身鎧の強そうなやつを雇いてえだろ」
と、もっともな意見を提示されたため、いくつか持ってきた私服は日の目を見ずに、荷物の中に仕舞われることとなった。
しかし、依頼主は朝に弱いようで、なかなか姿を見せてくれない。暇を持て余したケイは、ユキハネと今朝の朝食について語り合い、非日常の時間を噛み締めていたのだった。
「全体的に、俺の作る朝ごはんよりも味付けが濃い目だったな。どうやってあの味を作っているんだろう」
「依頼主のススナム様は、ウルダハにお住まいの方なんですよね。私たちも、それに合わせてウルダハの調味料を使ってもらっていたのかもしれません」
「なるほどー。今度リムサ・ロミンサの香辛料店でウルダハから届いているものを集中的に買ってみようかな。それなら、あの味を再現できるかも」
「僕は君の今の味付けの方が好きだぞ」
ケイに朝ごはんを作ってもらっているミィハは、すかさず味の注文を挟んでくる。ミィハの舌は辛味を理解できない。そのため、香辛料が効きすぎた食事に彼は好感を持てずにいた。
「フェリキシーはあまり食べてなかったよね。濃いのは苦手?」
「んなことねえよ。むしろ、てめえらが食いすぎなんだよ」
フェリキシーが、ケイとユキハネをそれぞれ指さす。
実際のところ、彼の言うように育ち盛りの二人は喜んで食べていたが、ミィハもフェリキシーも人並みの量で抑えていた。たとえリゾート地に来たところで、歓喜のために胃袋も大きくなるほど彼らははしゃいでない。それに、この後動き回る可能性もあることを考えると、食べ過ぎはむしろ体の負担にしかならないからだ。
「そんなに食べていないと思いますが……
「うーん、俺は食べすぎたかもなあ。聞き込みのときに、軽く運動しないと」
「わ、私もそうしますっ」
食べ過ぎを指摘されて、羞恥から俯き腹に手をやるユキハネ。その反対に、あっけらかんとした様子で運動の予定を入れるケイ。二人の全く異なる反応を目にして、フェリキシーが肩をすくめ、ミィハが苦笑を浮かべたときだった。
「いやぁ、待たせてしまってすまないね。どうも南国の空気にあてられると、のんびりと過ごしてしまうものでな」
扉から姿を見せたのは、褐色の肌にウルダハ風のゆったりとした服に身を包んだララフェル族の男性だった。その小さな手には宝石を扱う商人らしく、いくつかの指輪がはまっている。
ララフェル族は他の種族よりも小柄であり、その顔つきも他種族と比べるとあどけなく見えがちだ。だが、見た目に反して彼の声には年相応の嗄れがある。おそらくは、四十は超えているといったところか。他種族向けに設えたソファは、ララフェル族にとってはやや大きすぎたらしい。ソファに腰を下ろそうとするススナムを、傍らに控えていたロフェがそれとなく助けていた。
「さて、まずは私の要請に応じてくれたこと、感謝する。詳細は、もうロフェから聞いているだろうか」
「ああ。大体はな。怪盗とかいうふざけた奴が出した、盗みの予告状を出してきた。手紙に指定された宝石を、俺たちは盗人から守り抜くってことだろ。時間は今日の夜。間違いないな」
フェリキシーが簡潔にまとめあげた言葉に、ススナムは首肯で返す。
「そんでもって、そっちが出した報酬の額はーー」
フェリキシーが告げた額を聞いても、ススナムはうむうむと頷くだけだった。どうやら、あの額は冒険者を誘い込むためだけの釣り餌としてでなく、本当に支払うつもりで提示されたものらしい。値引き交渉をされるものと思っていたケイは、意外そうな顔を表面に出さないように努力しなければならなかった。
「だが、もし俺たちがしくじった場合も半額は渡す。そういう話だったな」
「ああ、そうだとも。正確には前金として半額、残りは成功報酬ということになるがね。前金に関しては既にギルドに預けてある。依頼の結果を問わず、諸君が仕事に取り組んでくれたことを確認したら、ギルドには私から一報を送る手筈になっている」
「へえ。俺たち冒険者のことをよく理解しているみたいだな」
フェリキシーが口角を釣り上げ、ススナムを品定めするようにじろりと全身を見やる。
前金として即座に金を渡さないのは、冒険者が仕事を放り出して逃げるのを防ぐためだろう。だからといって、後払いと言われてしまうと、本当に支払ってもらえるのかと冒険者側は疑いを持つ。
ならば、冒険者が最も信頼する相手に事前に報酬を預け、仕事が終わり次第そこから受け取れるようにする。手間こそかかるものの、落とし所としては最も無難だ。
「今回、私の依頼に手を挙げてくれたのは、そちらの四名か。昨晩はロフェに宿を案内させたが、窮屈な思いはしなかったかね。必要なら宿を増やすこともできるぞ」
「気遣い痛み入ります。だが、僕たちは元々二組のチームです。宿には、ちょうどふた部屋あった。なので、今のままで問題ありません」
ミィハが自分たちの事情を説明し、ススナムの申し出をやんわりと断った。ケイとミィハ、フェリキシーとユキハネのペアという組み合わせを伝えると、ススナムはそれぞれの顔を改めて観察し始めた。商人として、彼なりに品定めをしているのだろう・
「で、そっちは怪盗がどんな奴なのかは分かっているのか。概要は大体そっちの使用人から聞かせてもらったが、それ以上の話はなしか?」
「巷で流布している噂程度の話なら、いくらかは教えられるだろう。しかし、其奴の姿をしかと見たものはいない。故に、あくまで噂は被害者の断片的な情報に過ぎないが……
そう言って、ススナムはロフェにちらりと視線をやる。ロフェは一度礼をしてから、「失礼します」と前置きを挟み、フェリキシーたちの前にポケットに仕舞っていた紙を置いた。どうやら、怪盗に関してまとめた資料のようで、そこには幾つかの文字が記されていた。
「読み上げても構わないでしょうか」
「もちろん」
ミィハは許可をとってから、紙へと視線を落として文字を読み上げていく。わざわざ音にしているのは、複雑な言い回しをすぐに読み解けないケイのためだ。
「怪盗の最初の被害者は、ウルダハで暮らすとある商会長の奥方だった。彼女の寝所に忍び込んだ怪盗は、彼女がベッド脇に置いていた首飾りを奪取して逃走。その際、被害者の女性は一瞬ランプに浮かび上がった怪盗の姿を目撃している」
しかし、その後の盗難事件では怪盗は徹底的に姿を隠すようになった。
そのため、この時に姿が露見してしまったのは、最初の犯行であるために窃盗の手順が確立されておらず、ミスを犯してしまったからではないかと考えられていた。被害者の女性に気づかれてしまったこと自体が、怪盗にとって一つの汚点だったらしい。その後の犯行では、怪盗は姿だけでなく気配そのものを完全に消し去ったように、その目撃情報はぱったりと途絶えている。
「その女性の主張によると、怪盗の背丈は二ヤルムに届かない程度だった。頭頂部に三角状のものが生えており、腰から長い飾りがーー」
そこまで言って、思わずフェリキシーとユキハネはケイとミィハを見やる。揃って二人から視線を向けられて、ケイはびょんっと尻尾を持ち上げた。
「えっ、俺は怪盗じゃないからね!?」
「誰も、んなこと言ってねえだろ。大体、てめえがウルダハから離れた後の事件だろうが。てめえはいつからウルダハとリムサ・ロミンサ、両方にいられる技を身につけたんだ」
「だが、怪盗の正体がミコッテ族だという可能性は十分にありえるだろうな」
頭頂部にある三角状のものとは、ミコッテ族の三角耳のことだろう。腰の飾りも尻尾と考えるのが順当だ。
何より、ミコッテ族はその尾と耳のおかげで、敏捷な動きや得意としている。バランス感覚も非常に優れており、姿を見せずに盗みを働くというイメージに合致する。
「最初の盗難は、予告状もない粗末なものであり、このまま事件が続かなければよくある強盗として片付けられていただろう。しかし、二度目以後、怪盗は予告状を送り付けてから盗みを行うようになった。その振る舞いはまさに神出鬼没。被害者たちは一様に『気がついたら予告状に書かれていた宝石を失っていた』と話していたという。被害者たちは自身が怪盗に負けたことを大っぴらにしたくないからか、あるいは二度続けて盗みに入られた事例がないからか、被害者となっても目立った調査を行う者はいなかった」
ミィハの読み上げた内容はそこまでだった。彼が紙を戻すのを確認してから、ケイは「はいっ」と手を挙げる。
「何かな、そちらの冒険者ーー……
ススナムはそこまで言いかけて、なぜかケイをまじまじと見つめ始めた。その振る舞いを全く意に介さず、ケイは続ける。
「この怪盗は、宝石しか盗んでいないってこと? たとえば、お金とか美術品とか、そういうものは全く?」
「ああ。無論、あくまで聴取した範囲では、という回答になってしまうがね。予告の品のそばにどれほどの名画や名のある作家の作品があろうと、彼は見向きもしなかったそうだ」
……彼? 怪盗の性別について記載はなかったようだが、その者は男性なのですか」
ススナムの言葉尻を拾い上げ、ミィハが質問を被せる。ススナム氏は、すんなりと肯定の意を示してみせた。あまりに当たり前すぎる認識だったために、先ほど見せてくれた書面には書かなかったのだろうか。
「恐らくは、という言葉は付け足さなければならないがね。体格や背丈からして、まず男だろうというのが第一の被害者の証言だ」
「そうでしたか。被害者が盗まれたものは全て宝石のようですが、何か他に共通点はありますか」
「と、いうと?」
「たとえば……首飾り、指輪、腕輪といった装飾品の種類。どの彫金師が作ったものなのかという、生産者や加工者の共通点。取り扱っている商人についても同じことが言えます。あとは……使っている石、とかですね」
ミィハがそう言った瞬間、ススナムは口元をぎゅっと引き結んだように見えた。まるで、何か探られたくない部分をミィハが指摘したかのような。
しかし、彼はすぐさま顔によそゆきの笑顔を浮かべ、
「なるほど、そこまでは調査に至っていなかったな。申し訳ない。流石冒険者殿、目の付け所が我々と違う。それらが明確な方が、怪盗の正体にさらに近づけたかもしれないというのに、私としたことがそのような見落としをするとは」
「いえ、そこまでご自分を責めなくても問題ありません。その点がわかったところで怪盗の捕縛には直接関係なかったでしょうし」
ススナムが何をしていようと、怪盗が宝石を奪いに来ることに変わりはないのだ。そして、ミィハたちは宝石の守護を任されている。そうなると、怪盗の正体を正体不明のままとしておく結末にはならないだろう。結果的に、その秘密を暴くことになる可能性が高い。
「ふむ。実は、依頼内容に追加したい事項があるのだが、そちらから話題にしていただいて助かってしまったな」
「といいますと、それは……怪盗の捕縛のこと、でしょうか」
ユキハネの問いかけに、ススナムは重々しく首肯してみせた。
「ただ怪盗を追い払うだけでなく、彼を捕まえてほしいと考えているのだよ。……私も宝石商の端くれ。盗まれた宝石がどうなったのか気になるものでな。盗品の保管場所を聞き出して、持ち主の元に返してやる必要もある」
「一応聞いておくが、そいつは生け捕りってことでいいんだな」
フェリキシーの確認に、ケイはぎょっとして彼へと首を向ける。だが、フェリキシーはただの冗談で言っているのではなく、本気でススナムに確認しているようだった。
フェリキシーの中には、怪盗の殺害も当然のように視野に入っていたのだろう。依頼主が望むなら、そうすることも辞さない。フェリキシーが本心でどう思っているかはさておき、彼の中にそのような選択肢は存在する。それは、ケイには無い選択肢だった。
……そうだな。できれば大怪我はさせずに捕まえてもらいたい。死なれてしまっては、聞き出せなくなってしまう情報も多いからな」
幸い、ススナムは怪盗の殺害までは求めていないようだった。だが、彼の物言いはどこか歯切れが悪い。ススナムの心情を反映したかのように、ロフェもまた沈痛な面持ちで眼帯に隠されていない方の目を閉じていた。このような血腥い話は、ただの側仕えである女性にとっては聞くに耐えないものだったのかもしれない。
「依頼内容については承知した。で、俺たちはいつどこに配置すればいい」
フェリキシーの質問に、ススナムはすぐに応じた。
現在、標的となっている首飾りは昨晩ロフェが教えてくれた建物の中に安置されている。ススナム個人の私兵が現在警備にあたっているが、予告の時間が近づいたら冒険者もそこに加わってほしいとのことだった。
今までの盗難も屋敷の私兵が警備にあたっていたが、彼らは揃って怪盗を取り逃している。ならば、冒険者という新たな駒を加えることで、怪盗を捕まえる一助にしたいという考えらしい。
「予告の時間まではまだ暫くある。冒険者殿たちも、少し羽を伸ばしてくるといい。何せ、ここはリゾート地なのだからね」
「ありがとうございます! よし、ミィハ。さっそく砂浜の方に行ってみようよ。怪盗についても、何か聞けるかもしれない」
早速遊びに行く算段を立てかねないケイを、ミィハはさりげなく片手で制して座らせる。次いで、彼は自分の片腕がススナムにも見えるように持ち上げて、
「ススナム氏。これは依頼と関係ないことになってしまう質問になるのですが、少し知恵をお借りしてもいいでしょうか」
「はて、私の知恵と言うと何かね」
「こちらの腕輪とケイが首に巻いている首飾りについて、何か知っていることがないか聞きたいのです」
そのように前置きを挟むと、彼は自分とケイが道中で腕輪と首飾りを拾った経緯を語った。
「宝石商であるあなたなら、この装飾品の細工を行った者が誰かわかるのではありませんか。どのような宝石を扱っているか、僕が個人的に調べてもみたのですが、生憎僕の知っているどの石でもないようでした」
「え、そうだったの!?」
ミィハが腕輪を差し出しているのを横目に、ケイが驚きの声をあげる。
カーバンクルに妨害される一時間ほどの間、ミィハは宝石の種類を解明するために調査をしていたはずだ。決して短くない時間を費やしたはずだが、それでもミィハが石の正体を突き止めるには至らなかったと語った。
「僕が今まで扱ったことのある宝石は、シャーレアンで流通しているものだ。そのほとんどは、エオルゼアから輸入してきたものだろう。少なくとも一般の学生や市民が扱える宝石は、エオルゼアで用いられている一般的な宝石と大差ないはずだ」
たとえば、ケイやミィハが指にはめている護符代わりの指輪。それに、ユキハネが杖や装具に装着している宝石。それは、大富豪でなくとも十分手が届く値段のものであり、それだけエオルゼアでは一般的なものということになる。だが、中には希少であるがゆえに、特定の市場でしか流通していない宝石もあるだろう。
「僕の知識にはない、門外不出となっている未知の宝石もあるかもしれない。だから、商人のススナム氏なら何か知っているかと思ったのだが……
ススナムはミィハの差し出した腕輪を手に取り、その顔に複雑そうな皺を寄せていた。どうやらいくら宝石商といえども、すぐに答えの出せるようなものではなかったらしい。
……たしか、ミィハ殿といったか。この腕輪をどうされるおつもりで?」
「落とした人を見つけて返したいと思っています。いくら落とし物と言っても、高価な品です。懐に収めるつもりはもちろんありません」
厳しい顔でミィハに向き合っていたススナムは、それを聞いて笑顔を浮かべてみせた。
だが、それはどこかとってつけたような笑みであり、ミィハの言葉を信じているようには見えなかった。
「そういうことなら、ぜひ持ち主探しに協力したい……と言いたいところだが、生憎私の目を以ってしても、こちらが何の石かは明確には言い難い。恐らくは……そうだな。アメジストではないかと思うが」
「いえ、不躾な質問に答えていただきありがとうございます。それだけ分かれば十分です。迷惑ついでにもう一つ、コスタ・デル・ソルのリゾート地の管理人に連絡を取ってもらうことはできますか?」
「ゲゲルジュ殿のことかね。可能だが、彼宛の言伝でも頼まれたのかな」
「いえ、こちらの品の落とし主を探してもらおうと思ったんです。管理者の権限があれば、リゾート地全体に落とし物の知らせをすることが可能でしょう」
ミィハとしては至極もっともなお願いをしたつもりだった。しかし、ススナムは再び顔に渋面を浮かべてしまう。
……それはやめた方がいいかもしれないと、言わざるを得ないな」
「やめた方がいい? それは、なぜでしょうか」
「大々的に探されるということは、落とした者にとって自らの貴重品を管理できていないと名乗り出るようなもの。名のある家の者は、悪い目立ち方をするのは避けたがる者が多い。大々的に探せば探すほど、名乗りでようとしなくなるのが目に見えている」
「えっと……じゃあ、地道に足を使って探すしかないってこと、かな?」
恐る恐るケイが問いかけると、ススナムはしかめ面のまま鷹揚に頷いてみせた。やけに芝居がかった振る舞いにも見えたが、それだけ彼が念をおすべき事項と判断したからか。
「私からも、そのような装飾品を紛失した者がいないか、探してはおこう」
「では、僕たちは実物を使って落とし主を探してみます。ありがとうございました」
ミィハは軽く頭を下げると、ススナムが置いていた腕輪を自分の元へと引き寄せる。
その瞬間、腕輪に向けられたススナムの目に鋭さが混じった。それは、宝石商として石が判別できなかった悔しさからか、幾らか苛立ちが混じっているように見えた。
「さて、私には朝の商談がある。夕方ぐらいに一度戻るから、その時に警備の詳細について伝えよう。では、失礼する」
ススナムはソファから降りると、一礼してみせてから四人の前を去っていった。部屋に入ったときに比べると、彼の振る舞いは何やら慌ただしく落ち着きのないものだった。小走りで廊下へと消えていくススナムの後を、付き人のロフェがすぐさま追いかける。
残された四人は、一瞬生じた手持ち無沙汰の時間に、思わずそれぞれ顔を見合わせてしまった。
「何だか慌てていたね。忙しいのかな」
「そうですね。ここに来ているのも、きっとただの遊びだけではないのでしょう」
盗難されるかもしれないと言われている首飾りも、元はといえば特別な一品として売り出すために持ち出されているものだ。ススナムという男にとって、リゾート地の青空も商談の場を盛り上げる舞台装置にすぎないのかもしれない。
「そんじゃ、俺たちは予定通りその辺をぶらついてくるか。行くぞ、ユキハネ」
「はい、お師様。では、ケイさんたち。また後ほどお会いしましょう」
ユキハネは残ったミィハたちに頭を下げると、先を行くフェリキシーの後を追う。ミィハたちも、いつまでもススナムの宿に居座るつもりはない。ケイに至っては、いよいよリゾート地の目玉である海岸に足を踏み入れられると、尻尾がぱたぱたと忙しなく動き回っていた。
「ケイ。これから僕たちはコスタ・デル・ソルの海辺に向かうんだったな」
「うん。怪盗の聞き込みも必要だし、落とし物をした人も探さないとね。あれ、もしかして他に行きたいところがあったの?」
「いや……とりあえず海辺に向かおう。その時に君にも話したい」
首を傾げるケイの背中を軽く叩き、ミィハたちも客間の外へと向かう。
冒険者らしい装備を身につけていた二人は、客間の中では浮いてしまっていたが、玄関から外に出れば、リゾート地を覗きにきた冒険者の中にすぐに紛れられた。周囲にススナムの関係者たちが見えなくなり、代わりに警邏を受け持つ傭兵や、海辺に向かう観光客たちが目立つようになった頃、ようやくミィハはそれまで閉ざしていた口を開いた。
「先ほどのススナム氏の態度、気になるところはなかったか」
「気になるところ? うーん……随分と気前のいい依頼主だなって思ったくらいだよ。依頼自体は変わってるけど、依頼主としては普通じゃないかな」
「依頼の内容を話しているときは、確かに僕も彼が一般的な依頼主の一人に見えた。だがーー」
ミィハは自分の腕を軽く振る。そこには、先日拾った謎の宝石がはまった腕輪がはまっていた。
「これの話をしたとき、明らかに彼は渋い顔をしていた。そして、これの存在が大っぴらになることを避けているように見えた」
「そう言っていたのは、落とし主が落としたことを恥ずかしく思って出てこなくなっちゃうからじゃないの?」
「ああ。その話も、理屈としては筋が通っている。だが、それだけではない可能性も考えた方がいいだろう」
ミィハは口元に手を当てて、自分の腕に視線を落としている。ぎらつくような陽光の下では、夜には神秘的に見えた石の輝きも控えめになっているように見える。
「うーん……流石にミィハの考えすぎじゃないかな。アメジストって話だったけど、ひょっとしたら自分の知らない石かもしれないって思って、欲しくなったのかもしれないし」
「それはそれで問題だ。いくら依頼主とはいえ、彼を怪盗にさせるわけにはいかない」
その話を聞いて、ケイは思わず吹き出しそうになった。いかにも年を経た商人然とした彼に、怪盗らしい軽妙さは全く似合いそうにもない。
「とにかく、僕らは怪盗以外にも警戒した方が良いということだ。本当なら、君を浮かれさせてやりたいところなんだが」
「待ってよ。俺は、ミィハの息抜きのためにこの依頼を選んだつもりなんだけどなあ」
……僕より君の方が何倍も浮かれているように見えるぞ。さっきから尻尾がばたばたしている」
ミィハの至極もっともな指摘を受けて、ケイは言葉に詰まる。今も鞄の中に眠っている水着やらリゾート向けの私服やらは、間違いなく『浮かれている』ことの証明だ。指摘された尻尾も、今は落ち着きなくぱたぱたしている。
「仕事はちゃんとするから! 聞き込みだって任せてよ。ここ、たくさん人がいるからさ。きっと必要な情報もぱぱっと集まるよ」
「そうだといいんだが……
頑張るぞと腕まくりしているケイに、ミィハは先ほどまでの警戒を滲ませた表情を緩める。
次いで、彼はいつもより高く見えるコスタ・デル・ソルの太陽に向けて手をかざし、
……ケイ」
「ん、なに?」
「日除けの帽子、買ってきていいか」
「別にいいけど、持ってきてなかったの? ここ、日差し強いって話だったのに」
「ここまでだと思っていなかったんだ。それに、日焼けすると肌が火傷するんだろう。それは避けたい」
「火傷ってほど大袈裟なものじゃないと思うけどな」
それでも、何やら落ち着きなさげに肌をさすっているミィハを見て、ケイは早速露店で売っている麦わら帽子を見つけて被せてやる。日陰が彼の顔を覆い、その下でミィハの翡翠色の双眸に安堵が滲んだ。
「そっか。ミィハって北方の育ちだものね。日焼けも、もしかして初めて?」
「ああ。ラノシアの中でも、ここは家があるところより日差しが強そうだな」
「遮蔽物もないよね。顔が赤くなってきたら、俺がすぐに教えるよ。喉が渇いたら言ってね。暑いところにずーっといると、昔の俺みたいに倒れちゃうから」
痛みを自覚できないミィハにとって、日焼けもまた未知の存在だ。全身が軽度の火傷を負うという情報を聞いただけでは、恐ろしい病のように思えても仕方がない。
ケイの申し出に、ミィハは素直に応じる。冒険者の衣服に麦わら帽子というちぐはぐな装いになってしまったが、ミィハも何やら嬉しそうに尻尾を緩やかに振っていた。