河童の皿箱
2024-04-03 20:51:08
4049文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

開花

Gボーイとマジガールがもじもじしてるだけ

 冬は終わりをつげ、春風が吹き始める。厳しい寒さが和らぎ、花々が蕾をほころばせては、新たなる生活を迎える人々を見守っていた。
 麗らかな春の日。開会式を終えて解散となった昼下がり。1つ学級が上がった子供達は、あーぁ、明日から学校かぁ、なんてぼやきながら親とともに帰路についたり、早速あちこちの施設を使ってみようと探検に出たり。はしゃぎまわっている者もいた。
 進級、進学を迎えて大暴れの子供達を迎えに来た親たちの胸には、ある心配事があった。少年少女の身辺では、本のキャラクターが現実に飛び出して襲いかかってくる、などと不可思議な現象が多発している。だが、これらに全くを蹂躙されてしまっているわけではない。そのような事件に対し、同じく本の力をまとって対抗、対処する者達を、リブロマンサーと云う。別名、書霊師とも呼ばれる人々は、それを束ねる組織からのエージェントのもとにつき、あちこちの地域に赴いては人々を助けて回っている。正体不明のリブロマンサーの庇護の下、人々はなんとか平穏な日常を繋ぎ止めて続けている。
 あんた、ちょっと大人しくしないと、本から化け物が出てきてひどい目に合うわよ。やんちゃな子供の母親が、はしゃぐあまりの子の頭にげんこつをひとつ、ごちんと落とす。怒られてしょぼくれた子供にとっては、この母親が本の中の怪獣や怪人よりも恐ろしいものであった。

 さて、そんな賑わいから少し離れた近所の公園のベンチには、とある少年ととある少女が座っている。2人は同じ学校に通うクラスメイトであり、危険へと立ち向かう戦友……互いにリブロマンサーとして戦線を共にする仲間である。
 クローゼットから引っ張り出した服を順番に重ね着したような、頓着のない着こなしに、重たいリュックサックを背負い、大きなメガネをかけたおとなしそうな少年は、コードネームをファイアスターターと云う。『Fire Starter』というコミックヒーローの力を纏うリブロマンサーである。
 対する少女は緩く巻いた淡い銀髪に大きなリボンを巻いて、黒のキャミソールにベージュのカーディガン、赤色のロングスカートと、淑やかに、そしてお洒落に着こなしている。コードネームはミスティガール、絵本の妖精の力を纏うリブロマンサーである。
 2人はこの公園で、師として仰ぐ男を待っていた。組織からこの地域へと派遣されてきたエージェント、コードネームをデスブローカーと云う。少年少女が学校で勉学に励めるよう、男は任務でも日常でも2人のサポートをし続け、少年少女は男から勉強を教わる時もあれば、リブロマンサーとしての戦い方を教わる時もある。どこか無愛想で不器用な男だが、2人は尊敬しているし、その力は男の助けにもなっていた。年度替わりの新生活、この機会だから活動方針を今一度確認しようと、午前で解散となる今日に招集がかかり、2人はじっと待ち続ける。が、男は未だ、姿を見せていなかった。

 遅いね、と少年。忙しいだろうから、と少女。わずかな沈黙。

 あたたかな風が、ふわりと木々や色とりどりの花々を揺らす。

 風、気持ちいいね、と少女。そうだね、と少年。再び、沈黙。

 はて、2人の会話は、会話と呼べるほど長く続かなかった。というのも、少年はその外見以上のおとなしさ故に、友人と呼べる関係をこれまでの人生で持っていなかったからだ。今隣に座っている少女との関係が、初めての友達と言っても良いほどに。対する少女も、極めて幼い日には男友達の1人や2人はいたが、学校に通うようになってからはもっぱら女友達しか居らず、この歳になってようやくできた男友達が、隣の少年だった。
 どうしよう、どうしよう。気まずい空気が、2人の間には流れていた。花々や話の花を咲かす春風でも、こればかりはどうしようもなく。

 さて、そんな2人の様子を、誰よりも近くで見ている2つの存在があった。リュックサックの中から少年の仕草をもどかしく思っていたのは、『Fire Starter』少年に力を授けたヒーローである。燃え盛る炎の如き髪と、真っ赤なカジュアルジャケットから大胆に開かれる引き締まった肉体、そして何者でも打ち砕かんとする力強い拳。だがこの男も女の扱いにはとんと疎く、ろくにアドバイスができるわけではない。今少年を揶揄うというのも気が引けた。少年が少女との関係に重く悩みを抱えていることを、ヒーローは知っているからだ。悪い奴はぶっ飛ばせばいい、だが、今この場をうまく取りもつ方法はわからない。少年が敬うコミックヒーローは人知れず悶々とし、早くエージェントが来ないだろうかと頭を抱えていた。
 さてもう1人は、少女の鞄に大切に収められた絵本の中。こちらも同じく頬に手を当てて悩んでいた。青く透ける羽で空を飛び、小さな星のステッキで魔法をかける妖精だ。自分の魔法は誰かの幸せのために使うもの。でも、こればかりは魔法ではどうしようもない。魔法に頼らず2人が自然に解決しなければならないものであるとも知っていた。妖精はどうするべきか、じっくり考え続けた。

 優しい風が気まずい2人の間を何度通り過ぎたか。ふと、妖精は少女に語りかける。お名前を呼んでみたらどうかしら、と。少女はその提案に、少年の名前を思い返す。ホームルームで出席をとる時、係で名簿を見る時。そう、少女はしっかりと少年の名前を知っている。やってみる、と少女が妖精に答えて、口を開く。
 けれど少女は、なかなか少年の名を口に出せなかった。別にその名前が特段口にしづらいというわけじゃない。ただ少女が少年の名を呼ぼうとすると、首のあたりがボッと熱くなってしまって、つい口を閉じてしまった。それから何度も、何度も。口を開いて花の香りが通り抜けては、閉じ込めて。通り抜けては、閉じ込めて。やはり少女は少年の名を呼べない。
 少女の仕草に妖精の思惑をビビッと感じ取ったのは、リュックサックの中のヒーロー。こっそりと少年に、この子の名前を言ってみろよ、と囁いた。少年は驚く。いつも揶揄ってばっかりなのに、今日はやたらと真面目だ、と。だからこそ、少年は真面目に考えた。確かに、今までお互いの名前を呼んだ事がないや。少年は真っ白になる頭をなんとか動かして少女の名前を思い出し、少女のように口を開く。が、少年もまた、首の辺りがボッと熱くなっては、口を閉じてしまった。女の子と付き合ったことなんてない、し。恥ずかしい、でもそんな自分も恥ずかしい。少年もまた、口をパクパクさせていた。

 人気のない公園に、ベンチに座る少年少女。2人で口を開いて閉じては、耳を赤くする。通りかかる子供達はその様子に気づくことなく、頭にできたタンコブをさすって通り過ぎていった。あーあ、これじゃ埒があかねぇぞ。ヒーローはまた頭を抱えた。ふと、少年はあることを思いついて、その言葉を口にした。
 ねえ、ミスティガール。少女ははっとして少年を振り返る。不思議なことに少年は、その言葉ならすんなりと口から出せた。少女も続く。なぁに、ファイアスターター。2人は顔を見合わせて、お互いに豆鉄砲を喰らった鳩のような顔でじっと見つめ続ける。
 あ、あのね、ミスティガール。ぼくは、その。ええと。ヒーローも妖精も、静かに、しかし心臓をバクバクとさせながら、少年の言葉を待つ。
 ぼくは、ええと。きみと、友達になりたくて。えっと、友達じゃない、って言いたいわけじゃなくて。その。少年は心の片隅を顕にした。だが、少年はそこで言葉がつかえてしまった。しかし、少女は少年の言葉に、俄かに心がホッとゆるむ。わたしも。わたしも同じこと思って。たぶん、えっと。うまく、言えないや。そう、うまく言えないの。少女がふふふ、と笑えば、少年も、えへへ、と笑う。
 ねぇ、ファイアスターター。なあに、ミスティガール。でも、ファイアスターターだと、ちょっぴり長いね。そうだね、ミスティガールも、ちょっと長い。それに、ファイアスターターだと、ヒーローとおんなじになっちゃうし。じゃあ、ちょっと考えてみよう。少年と少女はうーんと首を傾げては、また口を開く。
 ねえ、ミスティ。ねぇ、スターター。2人はまた、えへへ、ふふふ、と笑った。本の中の2人は、ふぅ、と息を吐いて、ホッと胸を撫で下ろす。よかった、これで一歩踏み出せそうだ、と。
 少女は言う。じゃあ、デスブローカーさんはなんて言おうか。少年は悩む。うーん、デスさんだと死神みたいだし、ブローカーさんだとエージェントさんと大差ないし。名前、わからないもんね。2人は今も姿を見せない男の呼び方に、2人で頭を悩ませた。

 それからまたいくつかの案を挙げてしばらく。公園に、急いだ様子の男がやってきた。渋いブラウンのトレンチコートの下に覗く正装と綺麗に磨かれた革靴は、よく見れば相当使い倒している。だが、草臥れているわけではなく、どれも丁寧に手入れが施されていた。男は言う。遅れてすまない、ごたついてしまって、と。少年少女は首を横に振って、ううん。大丈夫です、と。男は、2人が顔を見合わせて笑う姿に、空気が変わったと気づく。そして、悪い変化ではないとも。そう深入りする必要はないだろう。
 さて、行こうか。ここで話すのは難しい、と。男が先導する後ろを、まだまだ未熟な少年少女がついていく。
 歩き始めて公園を出る頃、少年のリュックの中からヒーローが語りかけた。よぉ、やるじゃねぇか、少年。からかいばかりのヒーローの、心からの賛辞に、そして少女と仲良くなれた喜びに、少年は少しだけ、ほんの少しだけ、自分に誇りを覚えた。
 そして少女の鞄の中から、妖精が語りかける。やったね、頑張ったね、と。少女は、少年に伝えたいことをやっと伝えられた。これもあなたのおかげよ、と。

 新たなる始まりを見守り続ける春風は、またヒュルリと花々を揺らした。