racmon
2024-04-02 18:34:41
1709文字
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半券は生徒手帳の中

旧アカウントからの再掲
簓とおとんの話
捏造ばかりです

 日曜の昼どきなんて、家に居るのが一番いい。どこへ行っても人混みはすごいし、別に見たいものも欲しいものもない。少し先にガラガラの抽選器が見えた。そこをめがけて俺より少し年下くらいの子が走り抜けていく。
「おっ、お前も回してくるか? 一等はなんやろな?」
 オトンが俺を見た。米かなんかかな、と無難に答えた。抽選券の代わりになるのは購入額三千円分のレシートで、今日のウチの買い物金額では足りなさそうだった。

 昨日の晩、珍しくオトンが俺の部屋のドアをノックした。「明日映画でも行くか」と、遠い声。俺は早すぎず、遅すぎず、ちょうどいいタイミングで「うん」と返した。朝八時に起きて、着いたらチケットを先に買って、腹ごしらえ。チャリンコ、ポケモン、オムライス。勝手に決めた予定を俺にひと通り伝えて、オトンは「おやすみ」と上機嫌に言った。

 俺はポケモンのことはよく知らないし、同級生もほかのものに夢中だ。漫画やスポーツ、いろんなもの。洋楽を聴き出した友達が、突然大人びて見えた。オトンはそんなこと知らない。今の俺が何にも興味がないことをきっと知らない。
「うまいやろ? 店のやつはバターめっちゃ入ってるから!」
 俺は頷いて、大きな口でオムライスを頬張った。オトンが歯を見せて笑っている。オムライスはたしかに好きだけど、薄焼き卵にケチャップご飯のやつが一番だ。休みの日の昼の味。下手くそでもそれで十分だった。でも目の前のこれがご馳走なのには変わりない。俺はぺろりと平らげて見せた。
「おっ、食うたか? ほな行こか!」
 俺はオトンの半歩後ろ。並んで歩くのはなんだか恥ずかしい。時々振り返って手招きしてくる。はよぅ始まってまうぞぉ、と俺よりもはしゃぐ。大人になるとこんなにも不器用になってしまうのかと怖くなった。俺はオトンのようにはなりたくないなと思った。
「ポップコーン食うか?」
 今たらふく食べたところなのに、キラキラと目を輝かせて言われたらどうしようもない。俺が喜ぶことをしたいオトンは、俺がなにで喜ぶかを分かっていない。それは自分でも分からない、ということにしておきたい。

 映画はそれなりに面白かったと思う。ゲームやアニメの知識がなくても楽しめる内容だった。ただ俺は、劇中に出てきた幻のポケモンが、テレビで見た俳優に似ていることばかりが気になってしまった。名前はド忘れした。「おもろかったか?」とオトンは訊くだろう。そうしたら俺は、どこがどう面白かったか伝えよう。オトンの喜ぶ顔が見たかった。結局残ってしまったLサイズのポップコーンを持ち帰りの袋に入れながら、オトンはぼんやりと宙を見上げた。
「あのジラーチいうやつ、京本政樹に似てたなあ……
 ああ、そうそう。その人だ。俺は思わず吹き出して、オトンの腕を掴んだ。
「俺もおんっなじこと考えてた!」
「ええ? 京本正樹わかるんかぁ〜?」
「分かるわ! いくつやおもてんねん!」
「いくつて、子供やろ。簓は、まだ」
 オトンが父親の顔をした。俺はこの人を笑わせたいと思った。
「なんか、欲しいもんあるか?」
「うん、ある」
 そう答えただけで、嬉しそうにする。
「帰りにさ、千里丘のブックオフ寄っていい?」
「おー、ポケモンやりたいんか? ほんならお父ちゃんもーー」
「ちゃうよ、ゲームはいらん。あんな、俺……お笑いの、DVDが欲しいねん……
「そ、そうか! ほな、ごっつでも一緒に見るか!」
「俺は正統派漫才が見たいねんってばー」
 自転車のカゴの中でポップコーンが跳ねる。湿気る前にはやく食べ切りたい。オトンと一緒に漫才を見ながらだったら、あっという間かもしれない。
「もしかしたら、足りんくなるかも」
 風の音が大きくて、自分にも聞こえないほどの呟きだった。
「ポップコーン買い足すか、なっ?」
 俺の前を走るオトンが振り返った。すぐに向き直ってしまったから、いつもみたいに笑ってみせる必要もなかった。でも俺のほっぺたは自然と上がっていく。オトンにちゃんとしっかり聞こえるように、大きな声で返事をした。
「俺、塩とキャラメル! どっちもがいい!」