Momosei808
2024-04-01 22:24:18
9691文字
Public SD(リョ花)
 

Fly High!!

2024/03/31 リョ花プチオンリーで無料配布した小説です。
大人になった二人がファッションブランドのモデルを務めた、ある一日のお話。

 慣れない雰囲気に包まれた慣れない場所で、これまた慣れない類の人々が数多あまた動いている。早口の英語が飛び交うその空間に居る人々の人種は様々だ。周囲を取り囲むのは無機質な白い壁と、その正面には壁よりも更に白いカラーバック紙が設置されている。
 更にその前面には、数台のストロボと定常光ライトと、光を拡散させるためのアンブレラがひしめき合う。その中心にしつらえられた大仰なカメラ数台──。
 それらを見て、宮城リョータはげんなりした様子で溜息を吐いた。
 その様子を見咎めた傍らのスーツ姿の日本人男性が言う。
「リョータさん、頼みますよ! これも立派な仕事なんですからね!!」
「わーってますって」
 言いながらリョータは、慎重にセットされた頭を掻いた。先ほどスタイリストから散々に髪を弄られて、スタイルを崩さないように!と厳命を受けたのだ。
 高校時代から始めたツーブロック紛いの髪型は、あの頃からもう少しだけ髪が伸びた。普段の試合ではヘアバンドで止めているが、今日のこの場ではスタイリストが悪ノリしたのか、トップで高く結い上げられている。ご丁寧に、リョータの天然パーマを強調するようにスタイリング剤もつけて。
 そして着ている服もまた、日常的に着ているものとはかけ離れていた。
 何を着せられているかと言うと、白い、セットアップだ。白いジャケット、白いパンツが目に眩しい。更に中に着ているタンクトップまでも、少しだけグレーが入っていて色味が違っているが、淡い色合いだった。
 リョータの浅黒い日焼けした肌と対比させるためか、露出した首元や胸元にまで、ドーランのようなものを塗られた。
 最初のうち、完成した自分の出で立ちを鏡で確認した際に、リョータは、
(絶対、自分ではしねー恰好になってんな……
 と心で呟いたのだった。

「にしても、何でこういう仕事持ってくるんスか?」
「クライアントも、リョータさん達の活躍ぶりを見てオファーしてくれたんですよ!? それにこのシリーズ、ずっと欧米出身の選手だけで占められてたんですからね。こうしてアジア人が抜擢されるなんて、前代未聞のことですよ! 気張って行きましょ!!」
「へ~~~~い」
 緊張感の無い様子で返事をしながら、リョータは整えられた顎鬚をぽり、と掻いた。
 目の前で人々が慌ただしく行き交う様子を眺める。様々な人種、業種の人々が入れ替わり立ち代わり駆け巡るこの場所は、撮影用のスタジオである。
 リョータはつい先ほどまで、スタイリストやメイク担当によって、指定された服を着させられて、髪や顔や肌を散々弄られまくった上に、この場にやって来た。

 今日この日にリョータが何故、この撮影現場に居るのかと言うと。彼に、広告出演のオファーが来たからだ。
 しかも、少々お高めの、ファッションブランドの。
 『高く跳び、舞う』というコンセプトのこのブランドは、しっかりとした縫製と斬新なデザイン、それに何より、従来のハイブランドでは考えられないくらいの伸縮性を実現したということで、業界の内外から注目を集めていた。
 そして、そのコンセプトに従い、広告に出演するモデルにはこれまで、プロのスポーツ選手が抜擢されていた。勿論、NBAの選手も多数選ばれている。
 だがこれまで、そうしたモデルに選ばれるのは欧米出身の、日本人よりもずっと体格に恵まれた選手だけだった。

 そんな状況で今回、何故リョータが選ばれたのか? それはリョータが現在、NBAのトップチームに所属していて、なおかつスポーツ選手の国際的なマネジメント企業と契約しているためだ。リョータのようなバスケ選手だけでなく、メジャーリーガーやプロテニスプレイヤーなど、様々な競技のアスリートを手厚くサポートする、アメリカに本社がある大規模な企業だ。
 これまで日本人として、ここまで来る道のりは平坦ではなかった。何度も語学やバスケットボールの才能、身体能力や体格差に打ちのめされてきた。這い蹲りながらも、試練を一つひとつ乗り越えてきて、今、こうして。同世代のスポーツ選手を代表して、注目を浴びる広告に出演するオファーを受ける、そんな立場になった。
 リョータのポジションは、高校時代と変わらずポイントガードのままだ。NBAの選手の平均身長よりもずっと低い、170センチ台という身長ではあるが、小回りが利くスピードスターとしての地位を確立した。
 ──小柄なら小柄なりに、俺は俺の戦える道を選ぶ。
 その決意を胸に、宮城リョータはプレイヤーとして、ここまで辿り着いたのだ。

「リョータ! すっげえな、此処!!」
 唐突にスタジオに響いた大声に、リョータは振り向いた。
 聴き慣れすぎた大声と、遠慮も何も無い態度。予想通り其処には、高校時代からの後輩にして友人の──桜木花道が居た。
 彼の真っ赤な髪の色は、高校時代から変わっていない。だがその顔立ちは、高校時代の幼さを脱ぎ捨てて、大人びたものへと変わっていた。彼の伸びやかな肢体は、高校時代よりも更に成長している。
 その彼の出で立ちをじい、と見遣る。興味深げに周囲を見回す花道の、頭の天辺から足の爪先まで凝視していると、見られている当人が声をかけてきた。
「何だよリョータ、じっと見すぎだろ」
「いや~、だってよ、お前の恰好、ヤベーじゃん」
「リョータだってヤベーだろ」
「俺はまだいーだろ。お前さあ……、全身真っピンクじゃねーか」
 リョータのその言葉が指し示すように、花道がスタイリストによって着せられた衣装は、上下が淡いピンクのセットアップだった。インナーとして着ている襟ぐりの深いシャツこそ白かったが。リョータと同様に軽い風合いの、動きやすい生地で出来ているらしいそのジャケットとパンツの色は、柔らかく華やかだった。さながら、日本の桜のような。
 ──そう言えば、神奈川あたりだと丁度、今頃は桜の見頃だな。
 ふと、日本の第二の故郷をリョータは思い遣った。沖縄だととうに桜の見頃は終わっているが、神奈川だとこの時期、年度終わりと始まりのぎりぎりのラインで、桜の開花はピークを迎えるのだ。
 目の前の男とかつて見た、ソメイヨシノの桜吹雪を思い返した。
「何だよリョータ、ぼーっとして」
「いーや、何も」
 思わず呆けたように花道のスタイルを凝視していたリョータは、取り繕うように視線を逸らした。
 そこに、すぐ傍に控えていたスーツ姿の男性から声をかけられる。
「花道さん、凄い、良いですね!! 似合ってますよ!!」
「ヌハハハハ、そーか? そーだろう!!」
 早速お調子者の花道が相槌を打つ。
 そして、着飾ったリョータと花道の二人の姿をしげしげと見遣って、男は言った。
「流石、日本を代表するNBAの選手ですね……
 その言葉に、リョータと花道は面映ゆく顔を見合わせた。

 高校を卒業してから、彼らはそれぞれ違う時期に渡米した。色々と紆余曲折ありながらも異国の地で奮闘し、それぞれが世界最高峰の、NBAのチームに所属するようになった。ほぼ同時期に活躍しているとは言え、彼らの所属しているチームは異なる。チームどころかディビジョンも違っていて、リョータの所属するチームはパシフィック・ディビジョンであるのに対し、花道が所属するチームはセントラル・ディビジョンだ。
 そんな彼らがこの場に同時に居るのは、同じマネジメント企業と契約しているためだ。
 更には同じスポーツ、同時期に活躍、高校時代の先輩後輩という関係性もあり、ある意味ニコイチのコンビとして、周囲から認識されていた。
 そんなワケで、リョータと花道の二人が揃って同じ場に駆り出されるのは今日が初めてでは無いのだ。それでも、このような大規模な広告の撮影は初めてで。周囲の慌ただしさを、二人はどこか他人事のように眺めていた。
「沢北とか流川みてーに、個人でマネジメント契約出来てれば、こーいう面倒くせー仕事、引き受けずに済むんだろうけどな」
 自分たちのマネジメント企業所属で、今日のマネージャー(本当はアスリートエージェントと言う職種だということをリョータは知っている)代わりの日本人男性が傍から居なくなったのを見計らって、リョータは口を開いた。
 自分たちの高校時代、同じチームに所属した流川も、そしてかつての敵対チームに所属した沢北もまた、現在はNBAのトップチームに所属している。彼らはそれぞれに代理人エージェントと個別契約をしており、独自に仕事を請け負うだけの裁量が与えられていた。
「まあいーじゃねえか。俺らは俺らで仕事するだけだ」
 割り切ったように言う花道は、相変わらず強い瞳で前を向いている。横目でちら、と窺いながら、リョータはぼそりと呟いた。
「ピアス、外してんだな、お前も」
「ぬ? リョータもか」
 花道の左耳に空いたピアスホールを確認しながら、リョータは自分のピアスホールに手を遣った。いつもなら付けている筈のピアスが、今日は着いていない。それだけで、何処となく心細くなってくる。それに。

「それによ、お前と一緒なのに、誕生日もロクに祝えねえのが、地味にキツい」

 その言葉に花道は、は、と息を飲んだ。

 今日は、三月三十一日で。
 明くる四月一日はこの男──花道の誕生日なのだ。
 二人揃ってNBAのチームに所属しており、しかもまだシーズンは終わっていない。なので、例年であればこの時期は、電話で誕生日のメッセージを伝えるにとどまっていたが、今年はこうして直接会う機会を得た。
 それなのに、撮影のスケジュールはカツカツに組まれていて。下手をしたら、翌日の四月一日も丸々潰れる可能性もあることを、二人とも聞かされていた。
 リョータは手を伸ばし、花道の左耳に手を遣った。花道のふっくらとした耳たぶに、開いたピアスホール。そこには、いつもであれば、リョータと揃いのピアスが飾られている。
 今日それをわざわざ外す羽目になったのは、スタイリスト達、引いては広告元のスポンサーの意向だろう。
 何せ、ファッションブランドの広告なのだ。スポンサー以外のブランドのものを身につけるなんて許されないことは、リョータにも容易に想像がついた。
「花道……
「リョータ
 二人ともに呼び合い、見つめ合う。慌ただしい撮影スタジオで、そこだけ時が止まったように。
 自分達の本当の関係は、誰にも知られてはならない。本当に近しい、一部の人間以外には。知られたら、好奇の目であらぬことをメディアに書きたてられるかもしれないから。
 こうして、同じマネジメント企業と契約している分だけでも、一緒に仕事をするという名目で会う機会が増える。それを納得しなければいけない、筈なのに。
 耳に触れていた指を、すり、と滑らせる。アメリカに来てからこっち、リョータの身長は伸びたが、同じ分だけ花道も伸びた。なので、身長差は高校時代から変わらず、二十センチ差のままなのだ。
 その、自分よりもずっと高いところにある頬を、愛し気に撫でる。花道の、自分を見つめる目が、蕩け始めたのを感じる。その目を愛しく思って、リョータがふら、と接近しようとした瞬間。
「リョータさん、花道さん!! 撮影の準備完了したそうですよ!!!」
 現実に引き戻すように、マネージャーの男が声をかけてきて。リョータと花道は、弾かれたように距離を取ったのだった。

*******

 あれから数時間経過して、リョータの分の撮影は、何とか終了した。
 カメラマンの求める雰囲気をリョータなりに解釈して、慣れないポージングをする。不遜な態度と強気を押し出した、生意気な表情で、カメラを見下ろしたかと思うと。今度はヤンキー仕草で座り込んで、カメラを見上げたりもした。
 最初こそ不慣れで面倒くさく、どうにかなりそうだったが、数回のリテイクの後、割とあっさり個人分の撮影は終了したと思われる。

 翻って、今は花道の撮影の番なのだが。これがなかなかどうして、悪戦苦闘も良いところの様子だった。
 花道も、アメリカに渡ってから何年も経って、英語での日常会話は問題ないレベルになっている。問題は言語ではなく、花道自身のセンスによるものらしかった。撮影担当のカメラマンが頭を抱える様子を目の当たりにして、リョータは察した。
 何せ高校時代から一種独特の雰囲気を持っていた男である。出会った当初の、目の覚めるような赤い髪をトサカのようにしたリーゼントを思い出す。当時の私服と言ったら、シンプルなTシャツとデニムのジーンズしか持っていなかった。折に触れ、リョータと一緒に古着屋巡りをするようになり、少しずつファッションのレパートリーも増えていったが。
 それでもリョータと離れると、途端に花道の独特のセンスが爆発する。リョータ自身は花道のそのセンスを非常に好まく思っているが、撮影のコンセプトと合わないとなると、現場の苦労もひとしおだろう。

『一旦休憩に入ろう!』
 カメラマンの男がそう言ったのが聞こえた後、レフ板で光量を調節していた人間も、やれやれと言わんばかりに離れた。
 そしてその間に、スタジオのカメラの前に残された花道の元に、すかさずメイク担当が接近する。
 ごくごく分からないぐらいのファンデーションか何かで肌を整えられている最中の花道は、流石に自信を無くしたようにしょげ返っていた。二メートル近い巨体の背を丸めて、いつもより小さく見える。
 リョータはその様子を見るなり、やれやれ、と呟いて花道に近づいた。メイク担当が彼から離れたのを見計らって、花道にカップ入りの水を渡してやろうとする。リョータを見た途端に、花道の普段は強気な目と眉が揺らいだ。
「りょーたぁ」
 甘えたように小さく呼ぶのを聞いて、これは重症だ、とリョータは思った。
 高校時代からそうだったが、普段は尊大で自信過剰に見える癖にその内面は繊細で。上手く行かないことがあると、皆の目があるところではキレたように振る舞うが、その実、心では落ち込んでいるのだ。
 リョータはそんな花道を励ますように、広い背中を優しく撫でた。彼がカップに刺さったストローからじゅう、と水分を補給する様子を見上げながら、言ってやる。
「おめーは、上手くやろうとか、深く考えすぎ」
「ぬぐ……、オレだって、リョータみてーに出来ると思ったのに」
「俺は俺、おめーはおめーだろ。俺の良さとお前の良さは違う」
「う……
 率直に言ってやると、花道は声を詰まらせた。普段よりも整えられた眉や肌の様子を至近距離から眺めながら、リョータが言葉を続ける。
「だいたい、身長も体格も、ポジションもプレイスタイルも違うんだからよ。広告のモデルするってのに、俺の真似しても、しっくり来ねえだろ。──お前にはお前の良さがあんだから。他の誰にも、真似できない良さが」

 言ってやると、俄かに花道の瞳が揺らいだ。
 そして次の瞬間には、少しばかり弱気になっていた瞳に光が差す。
 リョータは花道の瞳を満足そうに見上げながら、ちょいちょい、と指で合図を送った。顔をこちらに近づけろ、という意図を読み取った花道が屈んで、リョータの顔の傍に自分の顔を近づける。
 そしてリョータは、近付いた花道の耳元に、耳打ちをした。

 何か、楽しいことを思いついたように。

*******

 それから数分後、撮影が再開した。スタジオに戻って来た撮影スタッフ達は皆一様に花道を見て、大丈夫だろうか、という心配を隠せない様子だった。
 それに対し、花道は、にやり、と不敵な笑みを浮かべた。
 そのまま花道は、スタジオの後方で控えていたリョータに目を遣り、視線を合わせた。リョータが頷いたのを目の当たりにすると、花道は何と、撮影用のカラーバック紙が設置されたところから抜け出した。ずんずんと早足で進み、気づけばスタジオの端、先ほどスタッフが入って来た出入り口近くまでやって来た。
 花道の様子を見て、撮影スタッフはどよめいた。
『何? どうしたの? 彼』
『逃げるつもり?』
『そうじゃなさそうだけど』
 口々に戸惑いの声を上げている周囲の様子を、リョータが観察する。
 そして、花道が、よくよく足元を見て。自分の足の下にある、幾つもの撮影機材を繋ぐケーブルの位置関係を把握したと思うと。
 徐に、履いていた革靴を脱ぎ、裸足になった。
 大きな素足で床を踏みしめ、感覚を確かめるように踏み鳴らす。
 鋭い眼差しで、撮影カメラの前、先ほど自分の立ち位置を睨みつけた。
……行くぞ」
 そう呟き、花道は、スタジオを駆け出した。
 唖然とした人々の合間と機材を縫って、花道の俊足が駆ける。
 NBAのトッププレイヤーとしての長い脚が躍動し、瞬時に距離を詰める。
 周囲の人々が赤い影が目の前を通り過ぎたと認識した次の瞬間に。
 花道は、屈みこんだ。高く跳躍するために。
 ストレッチの効いた、淡いピンクの衣装が身体に沿う。
 ぴたりと張り付いた撮影衣装の下で、鋼の筋肉が躍動し。

 高く高く、舞い跳んだ。

…………ッッッ!!!』

 スタジオに居た人々は、呆気に取られて声も無かった。花道の、驚異的なジャンプ力。それを、至近距離で目の当たりにした人々の驚きは相当なものだった。それこそ、スタジオの天井付近、上から吊り下げられた照明にまで、触れる高さだったのだ。
 そして、花道がスタジオの床に舞い降りたと同時に、パシャパシャパシャ、と、シャッター音が無数に響いた。どうやら、花道の意図を瞬時に解したカメラマンだけが反応し、彼の跳躍の瞬間を収めようとシャッターを切ったらしい。
 ダン、と床を強く踏み鳴らして着地した花道が、すかさずカメラマンを振り返る。その強気な眼差しを見つめ返しながら、カメラマンの男は言った。
『もう一度、今の感じで撮りたい。良いかい? ハナミチ』
『おうよ!!』
 途端にスタジオがわっ、と沸く。人々が花道のジャンプを見て興奮混じりに喋る様子と、人々の中心で自信満々に佇む花道の姿を、リョータは満足そうに見守っていた。

*******

 結局、再撮影の回数自体はさほど取らせず、あっさりと花道の分の撮影も終了した。まだシーズンが終わっていないのと、バスケコートと違う足場の不安定な場所での跳躍は、アスリートとしてリスクがある、と二人のマネージャーが申し出たためだ。
 それでも、花道の自慢の能力を活かしたその写真に、カメラマンはいたくご満悦の様子だった。
『凄かった、ハナミチ。今度、君の試合を是非生で見に行きたいと思ったよ』
『ヌハハハハハ!! そうかそうか!!!』
『リョータも良かったよ。君のセンスは独特だし、良い勘をしている。また何処かで撮る機会があったらお願いしたいね』
『あざッす』
 こんな感じで、何とかスポンサーも納得の行くレベルでの撮影を完了し、二人は解放された。
 終了後、今日一日着ていた、やたらと気障ったらしい衣装を脱ぎ、着慣れたトレーニングウェアに身を包む。ラフなジャージスタイルが何だかんだで一番落ち着く──二人揃ってそう言いながら撮影スタジオから出ると、目の前の通りには、もうタクシーが呼ばれていた。
 マネージャーの男が二人を見ながら言う。
「これで今回の仕事は終了です。お疲れ様でした!! 明日はオフとして過ごして良いですよ!!」
 力強い言葉に、リョータと花道は思わず顔を見合わせた。
「えっと……、明日も撮影の予定、入ってたんじゃ?」
 リョータが念のために聞くと、彼は朗らかに返した。
「あれは念のために、バッファゆとりを持たせただけです。お二人ともアスリートだし、モデルが本業じゃないし、こういう撮影も初心者でしょ? 絶対に一日じゃ終わらないと思ってたんですよね~~~!!!」
 悪気なく宣った男の顔を、リョータは顔を引き攣らせて見遣った。すかさず傍らの花道が言う。
「じゃあよ、明日、俺とリョータが二人してどっかに遊びに行っても構わねー、ってコトだよな?」
 その言葉に、マネージャーの彼が頷いた。カバンの中を探りながら言う。
「ここら辺、そんなに治安は悪くないですし……。あ、でも気を付けなきゃいけない区画もありますからね!? お二人とも分かってるでしょうが」
「へ~~~い」
 アメリカの都市部は、通り一本を挟んで治安が全く異なり、文字通り別世界になるパターンが多い。既にアメリカでの生活も長いリョータは、マネージャーが渡してきた近辺の地図を受け取った。
 マネージャーの彼は、続けてこう言った。
「僕はまだ少し、スポンサーと詰めなきゃならないことがあるので。お二人とも先にホテルに帰っててください。タクシー、手配してますんで。行先を言ったら連れてってくれる筈です」
 やたらと手際の良い男に促されるままに、リョータと花道はタクシーに乗り込んだ。タクシーの窓からマネージャーに手を振り、リョータが運転手に目的地のホテルの名前を言う。運転手が了承し、そのままタクシーを発進させた。

 既に夜も深くなった街並みの、ネオンの光が車内に流れ込んでくる。周囲の風景を、ぼう、と眺めていたリョータだったが、不意に。自分の手が、きゅ、と握られている感覚を覚えて。隣を振り返った。
 横を見ると、花道が、照れ臭いような、甘い表情で、此方を見ていた。普段の強気な表情とはまるで違う、力の抜けた顔の花道が、口を開く。ひそりと、日本語で話し掛けてきた。
「なぁ、リョータ」
……何」
「今日、俺たち、一緒の部屋、取って貰ってるってよ」
……へー」
マネージャーおっさんの部屋は違くて……、しょーしんしょーめい、俺たち二人だけだ」
……ほーん」
「ん……、だからよ……、その……
 照れて、ごにょごにょ、と言い淀む花道の様子を、リョータは心底愉しげに見つめた。そして彼の手を、座席の上で運転手からは見えないように、そっと握り返した。花道が言う前に、言ってやる。

「お前の誕生日、誰よりも早く、一番に俺に祝わせてよ」

 そう言って、微笑むと、花道は目を丸くして此方を見た。
……リョータ」
 どうして分かったんだ、と言いたげな花道に、リョータはくすり、と笑みを漏らした。
「お前が言って欲しいことなんて、見りゃ分かる。何年コイビトしてると思ってんだよ」
 言いながら、花道の大きな手を更にきつく握ってやる。長い指と、大きな掌。自分だけがよく知る、バスケ選手としてでない、ただのヒトとしての花道の手を感じて。リョータの胸は暖かくなった。

 そう、リョータと花道の本当の関係性。
 それは、友人であり、先輩後輩であり、仲間であると同時に──恋人同士、なのだ。
 高校時代、ひっそりと始まったその関係性は、二人が渡米し、共にプロのバスケ選手になっても猶、続いている。普段は二人のチームの拠点は遠く離れていて、一年の中でも会える期間は限られていて。こんな風に、花道の誕生日に共に過ごせるのは、本当に久しぶりなのだ。
 そのことを理解して、二人はこっそりと、指と指を絡ませた。深い恋人繋ぎに、何年経っても心臓が浮き立つ感覚がする。
 ちら、とリョータが花道を見上げると、花道もまた、じい、とリョータを見つめていた。暗い車内にあっても、赤い唇が、魅惑的に浮かび上がる。触れたい。触れられたい。その誘惑を、リョータは何とか我慢した。

「ここ、まだ、外だから。ホテル帰ったら、いっぱいキスしような」

 きっぱりはっきり、日本語で言ってやると、花道は嬉しそうに破顔した。

 二人の左耳には、揃いのピアスが輝いていた。

<終>