racmon
2024-04-01 18:36:08
1682文字
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ジェラシー・キャンセラー

前アカウントの頃にいただいたお題を元に書いた話の再掲です。

 どこからが浮気か、などと世間では散々擦られたテーマが盧笙の頭をよぎった。
 朝の貴重な五分間、テレビの前で腕を組んで仁王立ち。いつもの笑顔がヤニ下がって見えるのは間違いなく、思い過ごし。
 簓と並んだことにより頬を染めた女性が、エレクトーンを奏でて時刻を知らせる。最後の一音は簓の人差し指が出した音だった。たったそれだけのことで、不機嫌が顔を出すようになった。それは簓への想いがすくすくと大きくなっていった証にも思えて、妙な感慨深さがある。
「自分に気のある人と連弾……
 浮気か、仕事か。専門外のこととなると、盧笙はQ&Aサイトを覗くようにしている。今回ばかりは頼れる回答どころか、同じ悩みの質問すら見つけることはできないだろう。そもそも考えるまでもないのだ。ただ盧笙はこの感情の芽を育ててやりたくなった。
 ──試しに詰め寄ってみる、とか。
 そうしたところで簓が喜ぶことは目に見えていた。たまには困らせたり──上手くいけば怒らせたり──いろんな感情を引き出してみたいが、あまり期待はしない方がいい。妬いたモチを無尽蔵に貪る簓を想像し、盧笙は首を振った。
「ワハハ。アホらし」
 一連の妄想は出勤までのいい暇つぶしにはなった。日中シャカリキに教師として全力を尽くした盧笙は、帰宅する頃には録画したウミガメ特集番組のことを考えていた。

 勝手に部屋を暖めてくれていた簓へ、一発お礼を見舞ってからの晩酌タイム。用意されていたのは洋物の酒だった。その味は夜が長く深くなることを予感させる。普段と違う酔い方をした盧笙は、向かいに座っていた簓のそばまで這っていった。至近距離でなにも言わずに見つめると、アルコール混じりの呼気が近づく。唇に狙いを定める簓の視線。触れる前から盧笙の舌は痺れてしまう。その熱い息と雄弁な瞳は、今朝の妄想が駄作であったと反省するのに十分だった。
「ふふっ。なあ、ささ、聞いてや」
「えぇ? ろしょくん、なにわろてーん?」
 ミリ単位の隙間を残して話し出す盧笙に、簓は上機嫌に返した。
「朝、俺、アホなこと考えててん」
「んー? そうなぁん? どんなん?」
「お前のことをな、ええなって思う人多いやろ? 今日も、あのおはアサの人とか」
「あーアナウンサーの?」
「え。ううん。エレクトーンの」
「あっ、そっちか」
 簓の目尻がぴくりと揺れたのを盧笙は見逃さなかった。即座に体を引いて訊ねる。
「どういうこと?」
「どうとか別にないよ」
「ないことないやん。しもたて顔したやん」
「ンハハ、それはしたなあ」
 呑気に笑っている簓を、盧笙はこれ以上追求するつもりもなかった。しかし警戒すべき存在が別にいたのは驚きだった。静かに見守っていた彼女こそがその対象だったらしい。
「ハイ、きちんとお断りさせていただきましたヨ。ボクには大事な人がいるんでネ」
「おーおー、そうデスカ」
「ほんで、さっきの続きは?」
「いや、お前なんやモテるけど、俺が『浮気やー』て騒いでも、どうせ喜ぶだけやろなあってな」
……喜ぶだけ、とは失礼やな」
「だってそうやろ?」
 不満げに尖らせた盧笙の唇が一瞬にしてひしゃげた。流し込まれた唾液に思わず唸ると、溢すなというように顎を上げられ酩酊する。盧笙は状況が理解できないままなんとか簓に応えた。
「ハァ、おい、なんやねん急に……
「心外やー言うてんの」
「なにがや……
「まあ、ちょっとでもそう思わせた俺の責任でもあるかあ」
 ほんのわずかに鼻先が触れる。その小さな点からじりじりと、盧笙は身動きが取れなくなっていく。
「俺は今からな、盧笙。お前にキスして、唾飲ませて、好きやてなんべんも言うて、ココ、抉って──」
 区切りながらゆっくりと与えられる言葉は、盧笙の内側に柔らかくも確実に叩き込まれていく。まだよく馴染まないそれを、しっかり擦り込むように簓の手が体を這った。
「お前の中身、この辺の腹ン中も全部。な、盧笙。もっとうぬぼれさせたるよ」
 あのくだらない妄想を、盧笙が口にすることは二度となかった。