【R-15】続きはどうする?

つき合いたてほやほやのふるあず。梓さんちに初めてお呼ばれした日。

「勝負しましょう! 〝参った〟って言ったほうが負け。お兄ちゃんから教えてもらった技があるんです」
「えっ……いいですが、勝てないと思いますけど」急に始まった決闘に降谷は首を傾げた。
「ふふん、そう言うと思いました。もちろん降谷さんにはハンデを課します! 手と足を使うの禁止です!」〝もちろん〟で降谷が吹き出した。
「それ僕に勝たせるつもりありませんよね。何もできないじゃないですか」
「それくらいで負けを認めるんですか? 警察官としてヤワじゃないんですか、降谷さん」
……いいでしょう。そこまで言うのなら、受けて立ちましょう」
 やけに煽る彼女のルームウェアから下着が見えて、降谷は半ばやけくそで勝負を承諾した。
 梓はもこもこした生地のルームウェアを着ていた。長袖とショートパンツ。晒された健康的な脚が降谷の目に毒だった。
 ローテーブルやクッションを部屋の端に寄せて、降谷は余裕綽々で梓を見返した。
 対する梓は関節を鳴らす仕草をしているが、まるで鳴っていない。ただ手の甲をドヤ顔で撫でているだけだ。
「さあ、どこからでもどうぞ」
「じゃあ行きます。おりゃー!」
 部屋の真ん中で座る降谷に向かって優しい体当たりをして降谷を押し倒した。
 ――頭を打ったらいけないと思って、と当時を振り返って梓は言う。
……で、どうするんですか」
 優しいアタックに笑いが堪えきれず、降谷は抵抗する気をなくして梓を見守っている。
「ううう……!」
 仰向けに倒れた降谷の身体に乗り上げて、自慢げに見下ろした。「よし」と気合を入れて、降谷の首に片腕をかけて、腰に跨ったままピタと動きを止める。杉人に教わった寝技をかけるつもりだったが、いざ降谷を目の前にすると自分の手足をどう相手に絡めればいいか良く分からなくなってしまった。こんな体勢のまま、動画で技を確認させてくれだなんて言える訳がない。なんでもいいから、どうにかして技をかけよう。動いていたら思い出すかもしれない。梓は降谷の肩に顎をつけたまま固まり、次の体勢を思い出そうと足掻いた。
 ふたりは密着していた。
 薄いルームウェア越しに梓の胸の膨らみが押し当てられ、遅まきながらに「危険だ」と降谷は感じ始めた。笑ってしまう程に迂闊だった。密着する熱を意識し始めると、身体はドミノ倒しのように五感が鋭くなり、鐘が鳴るような煩さで動揺させる。
 触れる身体の柔らかさ、香る甘いにおい、微かに漏れる声。か弱い身体。目の前の梓は、頭の中で何度も抱いたどの梓よりも欲情した。喉が乾く。
 降谷は心底絶望した。これだけ隙間なくくっついていれば、いくら鈍い梓だとしても完全に分かってしまうだろう。
 同時進行で梓も困っていた。どうすれば相手を拘束して「参った」と言わせることができる?
 ふたりは一番近い場所にいて完全に擦れ違っていた。
 自分の尻に当たる〝何か〟に気づいて、梓は動きを止めた。伸し掛かった時に彼は何も持っていなかった。ポケットの物が移動した? いや、違う。息が止まった。身体を起こして、気のせいだと、降谷に確認しようと思った。
「ふるやさ、あの、かたいのこれ」
「何も言わないでください」
 梓が言い終わらないうちに降谷は先を引き取った。珍しく怒ったような焦ったような声に視線をやった。ぎゅと食いしばった降谷の真っ赤な顔が、〝それ〟だと梓に勘違いではないことを裏付ける。良く知っていたひとの、そのかたち。
 梓はまさかと思った。降谷さんが、まさか、私なんかで。きゅうと身体の奥が絞られる。梓は戸惑う。
 動揺する梓に気づかず降谷は、バツが悪そうに視線を外したまま生理現象だと言い放ち、その裏で目の前の女が原因であると暗に伝えた。
 先日やっと交際の了承を得たのだ。家に呼ばれてまさか好きな女に密着され、あろうことか勃起してしまうなど思いもよらなかった。
 いや、しかし、でも。密着、するなんて想定外だった。
……だって、君が悪い」
 気を抜いていたのが悪いと言われればそれまでである。梓が相手だと分かっていたのに、読みが甘かったと後悔した。
「私、のせい?」
「そう、君のせい。分かったなら早くどいて。恥ずかしいんですが」
 身を捩って梓を身体から落とそうとしたが、梓は抵抗する。尻と股間の柔らかさが下半身に掠り、気の抜けた情けない声が出てしまう。もし仮に安室だったとしたら、笑顔で梓をからかってすぐに身体から退かしただろう。しかし安室はもういない。降谷は――どうすればいいか分からない。いや、分かっているが、一刻も早く離れなければならないと焦る自分とこの状況を甘んじて受けていたい自分との間で葛藤していた。
「やだ」
「は」
「まだ勝負は終わっていません。降谷さんから〝参った〟って聞いてない」
 ――何を。思考停止をする。
「えっ、参りました。はい、言ったから勝負は終わ」
「ん〜聞こえません。ひわ……!?」
 バランスを崩して後ろに手をつくと、不自然な膨らみに手が当たった。形を確かめるように添わせる。「こ、こら……!」慌てる降谷が梓を止めようと身体を捩る。
「ふ、降谷さんのがこうなっちゃったのが私のせいだったら、私がどうにかすべきなんじゃないかと思います……! ね、大尉。あれ、大尉がいない」
 しょうがない、と梓は方向を反転して――降谷に尻を向ける体勢――盛り上がった股間に顔を向けて、ファスナーを恐る恐る下ろした。ジジ……と微かな音を立てて下ろされていく。「あ、ずささ……ッ!」降谷にはその音が実刑執行のカウントダウンに聞こえた。
「梓さん、本当に」
 下ろしきったファスナーの下には下着が歪な形で窮屈そうにおさめられていた。熱気を感じて自然と喉が鳴ってしまう。触ってみたくなり、人差し指で軽く押してみるとぴくんと反応があった。
「わ、動いた!」
「梓さ、ん……ッ、駄目」
 降谷の視界いっぱいに梓の尻が映っていて、下半身に熱が集まるのを感じた。「わ!」と梓が感嘆の声を上げた。ちらり、と降谷を振り向くと下唇を噛んで真っ赤な顔で梓を見ていた。
「は、じめて見る顔だあ……
……あのね、本気で駄目だって言ってるんだけど」
 眉毛は吊り上がっているのに、若干涙目になっている降谷を梓は可愛いと思った。
 振り返ったのは、あるお願いをするためだ。あのね。降谷の腹に腰を下ろして降谷を見下ろしながら続ける。降谷は梓を見ている。
「私が知らない降谷さんのこと、知りたくて……あの、その……触ってもいい……?」
 この娘、好奇心だけで触ろうと思っているんじゃないだろうな。今まで「自分たちにはまだ早い」と我慢してきたから、許可を出してしまえばもう我慢できなくなってしまう。
 降谷は慎重に梓に尋ねた。後ろ向きのルームウェアに包まれた背中と身体のライン、脇腹を挟む剥き出しの太ももの感触と無防備な足の裏。身体のすべてが一気に目に入り込んでくる。意味の通り目の毒で、早く飲み干してしまいたいと思い続けてきたもの。
……それ、ちゃんと意味分かって言ってますか」
「は、い」
 本気だ。どこまで言えば分かってくれるんだろう。梓は、狼狽える降谷に頷いた。
「意味は分かってます。だって、今日降谷さんとひさしぶり会うしうちに来るって聞いたから、準備していた露出の多い新しいルームウェアを着たし、それなのに降谷さん何もしない、から……どうしようと思って……そういえばお兄ちゃんに寝技を教えてもらってたから、それで……降谷さんに触ろうとして……
 それにしたって急すぎる。男を家に招いた初日に寝技をかけるなんて、それは。
……あず、」
「だって、好きなひとに触るのどうすればいいか分からないんだもん……降谷さん部屋に来てからずっと黙ってるし……私ばっかり必死で、もうやだ……私は意味分かってます……あ、後のことは覚悟してるし、頑張るつもりだったんです……降谷さんの馬鹿……ばか……こんなに、なってるの、私だけじゃない」
 降谷さんに触りたかったのとうつむいてしまった彼女の脇腹に手を添えると、びくりと身体を震わせて降谷を呼んだ。彼女にこうやって触れるのは初めてだった。柔らかくて、細い。誤解しないようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「まだ早いと思っていたんだ。君からそういう気持ちを感じなかったし、何より君を大切にしたいから」
……君の前で無口なのはね、正直言うと、君と同じでどうすればいいか分からなかったんだ。あと、頭の中で何度も君を抱いていたから、いたたまれないんだよ」
 年上なのに格好悪いだろ? 降谷は自嘲した。君が思うほど僕は全然大人の男ではないんだよ。
 梓はゆっくり瞬きをした。
「降谷さんも私でえっちなこと、考えていたの?」
……はい。大分」
 申し訳なさそうなさそうに視線を外して言う降谷に「私と一緒だ」と梓は顔を上げて、へらりと嬉しそうに笑った。
「あまり、可愛いことしないで」
「あっ」
 腹の上に乗る彼女を抱き、頭を打たないようゆっくり押し倒した。ぐるりと周りの視界が回った瞬間、梓の目の前に降谷の顔があり驚いた。
「ふるやさ」
「我慢できなくなる」
 半開きの口に齧りつくようなキスをして、舌をねじ込む。目を白黒させる梓に喉の奥で笑って、そういえばこんな荒いキスをするのは初めてだと思った。逃げる舌に舌を絡めて、降谷は溢れた唾液を啜った。
 柔らかい唇を食むと可愛らしい声が漏れ、部屋には他に誰もいないのに他に聞かせないように腕で梓を囲った。
「ん、ふる……ぁ」
 降谷の背中に腕をまわして掴んだシャツに皺が寄る。口の中を降谷さんの舌で撫でられぬるぬるして気持ち良い。
 梓がぼんやりした頭で薄く目を開けると、眉を寄せる降谷の顔が至近距離にあった。気持ち良さそうで一所懸命で、初めて見る表情に口元が緩んだ。それに気づいた降谷も目を開けて、訝しげに梓の名前を呼んだ。唇を離すと粘度の上がった唾液が糸を引いた。
「降谷さん、きもちい?」
……うん。梓さんは?」
「私もきもちい」
 ふにゃりと笑って、「降谷さんの可愛いとこ、たくさん見られて嬉しい」と降谷の肩に顔を埋めた。梓の言葉に顔を真っ赤にして、自分の顔を見られないように梓の背中に腕をまわして横に倒れた。
……僕も梓さんの知らない顔たくさん見られましたよ。正直、侮っていました」
「侮る?」
「思っていた以上に可愛くて、その、」
……その?」
「せ……えっちだったから驚いた」
 言い淀んだ言葉に梓はおかしそうに笑った。あまり笑うため降谷は名前を呼んで、その顔を覗き込んだ。「降谷さんが〝えっち〟って言葉を使ったのが可愛いし、降谷さんも十分えっちなのに……それがおかしくて」と涙を拭った。続けて「その顔なんですか」とにやにや笑う梓に、「……降参だよ」と仏頂面の降谷は顔を背けた。