数十年前、セントール国の皇帝・ニクラウスは南の最果てにあるというStMエンジンを奪いに、兵を率いて南の最果て地方へ遠征した。その最中に起きたのは、皇帝の失踪。
下々の兵の混乱の無きように、高級司令官達はこの事を隠した。「またか」とため息を吐きながら、彼らの主が残した命令を遂行していく。
どこかの森の中、日はすっかり沈み、夜行性の猛獣はもう既に活発に活動していた時間……
そんな中、森のど真ん中で2人の男が焚き火を囲んでいた。1人は皇帝:ニクラウス、もう1人は皇帝の従者たる親衛隊隊長:セシル。セシルは、自分の主に悪態を吐く。
「――全く!お前という野郎は、なんでいっつも単独で行動しやがるんだ!!」
その姿は最早、セントール皇帝親衛隊隊長:セシル・バーロウではなく、皇帝の首を狙う傭兵:メイクス・イルサインであった。
「そりゃ、俺たち2人だけで先に南の最果てへ行くためだ。この先にあるという『毒の森』を通るルートなら、旅団よりもずっと早く着くはずさ」
メイクスは南の最果て地方最北で見た地図を思い出す。「毒の森」と書かれた場所を通った方が近いのは分かってた。が、先に調査に向かった兵達が森の毒にやられたと見て数が激減し、生還した者も軍人としてのキャリアを捨てざるを得ない程の重傷を負った。その為、アル平原を通った少し遠回りなルートを回ることになっていたのである。回るはずだったのである。
「でも、勝手に抜け出して、無計画にドンドン突き進むもんだから、見事に遭難してるんじゃねえか!」
「俺とはぐれないお前も大したもんだよ!」
「そりゃお前の首を親父達の前に差し出す為だからな!」
「その執念には天晴れだよ、ハハハ……」
ニクラウスの渇いた笑い。メイクスはいつもそうだ、あの手この手、罠に毒に、色々な手を使って自分を殺そうと躍起になっている。多分、今も自分を暗殺する隙を伺っているのだろう。その時はまたいつものように、罠なら敢えてかかって壊し、毒なら全て食らえばいいか、と彼は考えた。
すると、何かしらの獣の大きな物音が鳴る。数多の戦場や死地を生き抜いた2人の耳はそれを逃すことなく捉え、メイクスは片手剣を、ニクラウスは短剣を構えた。そして、唸り声を上げながら草むらから出てきたのは、大型の獣。焚き火の光では、熊のように図体が大きいくらいしか分からなかったが、何にせよ、獣は敵意で目を光らせて、2人を睨みつける。
するとニクラウスは自身の灰色の目で獣の目を捉え、短剣を向けつつもそのままゆっくり獣に近づき、こう囁いた。
「そうかいそうかい。熊如きが俺を殺せるとでも?」
すると獣は「悪い皇帝」の眼光に恐れ慄いたのか、そのまま後退りし、森の中、夜の闇の中へ吸い込まれて消えていった。
「ふう、随分物分かりの良い熊でよかったよ」
ニクラウスが振り向くと、目に入ったのは未だ警戒を解かないメイクスの姿。
それから幾らか時間が過ぎ、ニクラウスは焚き火を前にうつらうつらとしていた。対してメイクスの顔には何一つ眠気の気配はなく、吸い込まれるような黒い目で眠そうな仇敵を見つめる。
無論、ニクラウスを見張ること自体は、彼の命を狙う以前に、皇帝を警護する親衛隊として当然の務めではある。それで前から、とりわけ「親衛隊殺し事件」で隊長になってから、メイクスは寝ている皇帝のそばにいることは多かった。そのたびに彼はこう思ったのである、この男は命を狙っているオレを前にして随分呑気に寝るのだな、と。
そう思うたびに刃を首に刺しても良かった。良かったはずだ。しかし、なんとなく、メイクスの心に潜む躊躇いが、いつも邪魔をする。ニクラウスに対する諸々の疑問も、いつも邪魔をする。
しかしここはセントール城でも、天蓋でもない。見知らぬ土地の森である。誰の目も手も届かなそうな場所が、メイクスを躊躇いから少しだけ開放させた。
そしてニクラウスはあくびをして横になり、とうとう本格的に眠り始める。
「もしかしたら、今なら……」
彼は手にしている片手剣を見つめた。父親から託された封印剣の片割れ。もう一方の短剣と共に使えば、何でも封印できる強力な魔剣。そしてメイクスは短剣も取り出し、気持ちよさそうに寝ているニクラウスの方を見る。
「今日こそはお前の命日だ」
そして、メイクスはニクラウスの首目掛けて二つの剣を突き刺す!
――返ってきたのは、人の肉と骨にしては柔らかすぎる手応え。故意か無意か、なんとニクラウスは頭の向きを変えて、メイクスの剣を避けたのである!
「悪運のいい奴め……」
メイクスは間を入れず、今度は心臓を目掛けて剣を突き刺す。
――今度は金属音が響いた。それは寝ているニクラウスが、自分の短剣でメイクスの剣を弾き飛ばした音。
「寝相の悪い奴め……」
メイクスはそう呟き、自身の剣を拾う。いつもは大人しく寝ているはずなのが、今日は不自然なくらい寝相の悪い。こんな皇帝と格闘し続けていたら、殺すことなく朝が来てしまう。少しだけ頭が痛くなったその時、彼の目に蔓に絡まれた木が止まった。
翌朝……ニクラウスは目を覚ます。体を起こそうにもなぜか体の自由がない。横になって寝ていたはずなのに、ぼんやり見える視界ひ入ったのは空ではなく、木々を背に剣を構えて息を切らすメイクスの姿、しかも幾らか傷が見られる。何気なく自分の足元を見ようとした瞬間、眠気は一気に消え飛んだ。
「あ」
ニクラウスは、なんと自分は蔓で木に縛りつけられて磔になっていたことに気付いたのだ。よく見ると、縛りつけられた木は妙に傷が多い。彼は何もかも理解した。
「随分乱暴に起こしたものだな?え?」
「お前起きてただろ!」
尽かさずメイクスは言う。
「さあね?普通に寝てたのに、目が覚めたら俺は木の磔、お前は臨戦態勢。一体何があったか、お前の口で言ってみろ?」
ニクラウスはアルカイックスマイルで迫る。メイクスは一瞬口をつぐむ。
「――お前が珍しくひどい寝相だもんだから、木に括り付けてやったのさ!危うくこっちが殺されかけたぜ」
「そうかい、フフフ……」
その瞬間、ニクラウスは縄を引きちぎった。蔓の残骸が、彼の足元に散らばるのをメイクスはただただ見るだけしかなかった。
「こんな所で、人知れず死んでたまるか。お前も俺も、まだやるべきことがあるからな」
ニクラウスはそう言って荷物を持つと、さっさと森の道無き道を突き進み始めた。
「『やるべきこと』って……」
メイクスは先に進む主の姿を見失う前に、歩を進めた、「やるべきこと」が一体何を指しているのか判らぬままに。
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