◇キャラクター

ヴァミラ
神の国に住む人族の星4冒険者。専攻は戦士。自分の顔に絶対的な自信がある。

アルファンド
ヴァミラの前に現れた青年。“アルファンド”と命名。
◇
——これは遠い遠い、遥か昔の物語。
神の国、ラ・フェリシアにはこの世界の創造主たる、黒と白の二柱の女神がおりました。ある日邪悪なるモノに片柱が攫われ、世界の均衡が崩れてしまいます。
邪悪なるモノは片柱の女神を攫っただけでは飽き足らず、世界によどみと魔物を撒き散らしました。世界は邪悪なるモノを“魔王”と呼び、恐れます。
残された女神は嘆き、悲しみ、ある生き物に不思議な力を授けました。
『勇気ある者よ。ワタシの片割れを救い出し、魔王を討ち取っておくれ』
そのモノ
——勇者は白き羽織をはばたかせ、黒き衣を纏いし賢者と仲間と共に、魔王の城へと向かいます。山を越え谷を越え、幾つもの困難を乗り越えて。ついに白の勇者達は片柱の女神を救い出すことに成功しました。
しかし魔王はあまりにも強大すぎました。白の勇者達が力を合わせても倒せません。
そこで白と黒の女神達は、魔王を神の国に封じ込めることにしました。白の勇者達と女神達は、力を合わせて魔王を追い詰め、魔王を封印することに成功したのです!
魔王は今も、どこかの海の底で神の国と共に眠っているのでしょう。
白と黒の女神達は共に魔王を封じた白の勇者達を讃えました。その偉大なる名は未来永劫語り継がれる事でしょう。
——白の勇者ヴァミラと黒の賢者アルファンドの名前は。
◆
うららかな日差しに目が覚める。身体を起こして伸びをすればパキパキと背中が鳴った。ここ数日の野宿続きで体が軋んでいるな。家に帰ってまた寝直すか。そうすれば幸せな夢の続きが見れるかもしれない。どんな夢だったかはもう思い出せないが、とびきり幸せな気分だ。100人の美人に接待される夢だったかもな。
ふ、と口元を緩めながらあたりを見渡す。ギルドの裏手だ。クエストの達成報告の後あまりにも眠たくて木陰で眠ってしまったのか。無防備にも程がある。財布が軽くなっていたらどうしよう。いや、財布があるだけマシか。カバンごと無くなってるのもあり得る。ギルドで亜族の少年が眠ってたら盗まれたと受付に泣きついてるのを見たのは記憶に新しい。
「はい」
「ありがとな」
横から差し出された水筒を受け取り、飲み干す。大分喉が渇いていたみたいだ。木陰で風通しがいい外とはいえ、初夏にうたた寝するもんじゃないな。
はっと意識が覚醒して剣を取る。今、誰が俺に水筒を渡した?地面を蹴って相手と距離を取る。臨戦体制で相手を伺えば男がきょとり、と目を丸くして俺を見ていた。20代か?年は俺と同じくらいに見える。そいつは黒い髪を風に靡かせて、ゆるりと笑った。
「おはよう。よく眠れた?」
「誰だ、お前」
「ねえ。君、名前は?」
人の話を聞かないやつだな!質問したのはこっちだっつうの!まぁ、名前を聞くなら先に名乗れってことかもな。
「ヴァミラだ。それで、お前は?」
「ヴァミラ
……良い名前だね」
噛み締めるように俺の名前を呼んだコイツは質問には一切答えない。もう一度「お前は誰だ?なんて名前だ?」と聞けば困ったように笑われた。笑って誤魔化すな!
「ヴァミラ。僕に名前つけてよ」
「はあ?」
「君が僕に名前をつけて欲しいんだ」
いきなり名前を付けてくれ、だなんて、ペットみたいな事を言う。もしかして本名を名乗りたく無いとか、そういう類か?
うろうろと視線を彷徨わせれば、さっきまで読んでいた本が目に止まる。著者の名前はアルファンド。翻訳家だ。
「じゃあ
……アルファンド」
「アルファンド!良い名前!ありがとうヴァミラ」
黒い男、否、今俺が“アルファンド”と名前をつけたこいつは「
始まりの者と
終わりの者なんて僕たちにぴったりだ」と笑った。
そいつの言葉は聞いたこともない言語なのに不思議と聞き取ることが出来た。アルファンドがなんてことない風に言ってのけた言葉が酷く不愉快で、聞き返す。
「ハジマリノモノ?なんのことだ?」
「うぅん。何でもないよ。ねぇヴァミラ、この建物は一体何なの?」
ぱちぱちと瞬きをして、コイツは話を逸らした。このご時世、ギルドのことを知らない生き物なんていないはずだが、深く探られたくない気持ちもわかるので乗ってやることにする。このご時世家や家族を失った奴なんて腐るほど居るんだから。
「ギルドだ。魔物の討伐から薬草採取までなんでもやる万屋」
「へぇ。すごいね。ヴァミラの家?」
「
……たしかに俺はギルドに所属しているが、ギルドは“組合”の名前の通り職場であって家ではない」
アルファンドは当たり前のことをなんで?どおして?と聞いてくる。まるで世間知らずの子供だ。どこの田舎から出てきたんだこいつは。ギルドのこと、本当に知らなかった。
ギルドは始め、薬草採取や身体の不自由なお年寄りの代わりにお使いなどの何でも屋だったらしいが、近年の魔物の増加、“怪異”の悪化、
迷宮の出現などから魔物討伐と
迷宮攻略がメインとなっている。
「
……迷宮?」
「よどみが溜まると怪異になる。怪異が悪化すると強い魔物が生まれ、
迷宮化するんだ。大抵ボスを倒すか高位の僧侶に浄化してもらえば消えるんだが、高位の僧侶は今この国よどみを祓うだけで精一杯だからな」
迷宮攻略と怪異の浄化はギルドの人間でもできる。そうやってなんとか世界の終わりを食い止めている。
「ねぇ。今、この国以外の外の国はどうなっているの?僕、ここ数年はこの国から離れられなくて見に行けてないんだ」
「殆どよどみに呑まれて壊滅状態だろうな。緑の国とか酷いらしいぜ」
「
……まずいな」
色々と言葉が引っかかったが無視をする。アルファンドはパッと顔をあげて「僕もギルドに加入したいんだけどどうすればいい?」と言った。
「それなら受付に言えば入れるぜ。メンバーは多ければ多いほど良いしな」
事実、最近は魔物討伐やら迷宮攻略やらで俺は引っ張りダコ。他のメンバーも慌ただしく動き回っている。特に1ヶ月前に起きた大地震からよどみは量がどっと増えたらしい。
メンバーが増えて俺の仕事が減るなら大助かりだ、とアルファンドを受付まで案内する。俺が優しい奴でよかったな?俺ほど優しくて顔も良い奴なんてこの世界に何処にもいないだろ!
◇
「と、まぁギルドの説明は以上になります。続きまして加入の手続きを」
受付嬢からアルファンドが説明を受けている。何回か加入希望者を案内をしているので何度目かもわからない説明を聞き流していると腕を引かれた。
「ねぇ。僕は魔法使いだと思う?」
「はぁ?」
「専攻の話!」
わかってるよんなこと!!俺もギルドメンバーだぞ!
ギルドには専攻がある。守備や護衛が得意な騎士。
俺は戦闘の達人である戦士。魔法が得意な魔法使いに、
治療が得意な僧侶、己の体を武器に使う舞踏家、よどみの浄化に特化した聖者の六種類がある。
「よどみの浄化もできるし、魔法も使える。戦闘は嫌いだけど多少は剣も扱えるから。あ、でも魔法のが得意かも」
「何言ってんだ?魔法ならお前の色は何色だよ」
「全部。全色使えるよ。
……白は苦手かな」
魔法は色が全てだ。魔法使いは己の司る色を扱う。色は赤、橙、黄、緑、青、紫、そして白と黒の8色。色によって得意不得意も変わってくる。赤は攻撃、青は防御、といったように。
俺は魔法使い専攻じゃないから良くわかんねぇけど。流石に8色全部使える生き物がいるわけないってことだけはわかる。使えても3色までだったろ。
「
……それでは魔法使いということで登録させて頂きますね。お名前と種族、年齢と生年月日を記入ください」
少し悩むそぶりをしたアルファンドはサラサラと見たことの無い字で文字を綴った。俺はソレを見て、ギルド職員が読めるはずねぇだろ。なんてため息を吐いた。やはり受付嬢は困ったように笑って「あの、」と俺に助けを求めてくる。
「アルファンド、今回は代筆してやるから覚えろ。名前はアルファンド、種族不明?なんだそりゃ。年齢不明、生年月日不明、不明ばっかじゃねぇかよ」
「ヴァミラよく僕の文字読めたね。覚えてないと思ってた」
俺もなんでかわかんねぇけど読めたんだよ。どこの国の文字だコレ。覚えてないとは失礼だな。
……確かに習った記憶ねぇけど。
「大体の生まれた年くらいはわかんだろ」
「生まれた年なんて昔すぎて覚えてないよ。一億年は経ってるんじゃない?」
「はぁ?」
俺たちの問答に困った笑みを浮かべた受付嬢は俺が代筆した紙を受け取って登録を始めた。
「ではこちらで登録させていただきますね?こちらがアルファンドさんのメンバー証でございます」
アルファンドの渡された腕輪タイプのメンバー証には星が一つ嵌められている。始めは星1からスタートして実力が伴えば星が増え、最大で星8になる。俺は三年務めて星4クラスだ。結構優秀な方だろ?
俺が入った時は指輪タイプだった。戦闘の邪魔なのでメンバーからは不評だ。俺も腕輪タイプに変えて貰いたいものだ。
「パーティや
相棒はヴァミラさんでよろしいですか?」
「うん」
「待て待て待て!」
「では
相棒契約の魔法をかけさせていただきます。《黄魔法》《相棒契約》」
パッと黄色い光が俺とアルファンドを繋いだ。待てって言っただろ!
「俺はコイツと相棒組むつもりはねぇよ!勝手なことすんな!解除しろ!」
「せっかくだからお試しでクエストを受けてみようよ。相性が悪かったら解除しよう。それで良いでしょ?」
確かに、一度もクエストを受けずに解除するのも問題だ。一回くらい一緒にクエストを受けても良いかもな。普段なら嫌だ、と今すぐに解除するがコイツと会ってからどうもコイツのペースに乗せられている気がする。
「足引っ張ったらすぐ解約だからな」
パートナーになるつもりはない。さっさと適当なクエスト受けて難癖つけて解約のつもりだ。ついさっき知り合ったばかりで息の合う筈も無いし、星3クラスあたりのクエストを選ぶか。実質俺一人でクエストクリアすることを考えると一人では苦戦する星4クラスのクエストは避けたい。かといって簡単な星2や星1で調子乗られても困る。やはり星3あたりが妥当だな。
「このクエストは?」
アルファンドが掲示板から外したクエストは星3クラスの“紫ノ魔物ヲ倒セ”。最近発見した迷宮攻略だ。場所も紫の国で
移動扉に比較的近い。丁度いいな。
受付嬢に渡せば彼女は慌てて受領処理をし、俺の魔道具に詳細を送ってくれる。この魔道具は光によって空間に詳細を映し出すタイプのモノで結構値が張る。他にも通信や映像記録器具も着いている。通信魔法具を持ってない奴にはクエスト詳細は紙で渡してくれる。星4クラス以上のギルドメンバーとなると大抵は持ってるけどな。
「出発は明日、日の出前に移動扉《ポータル》集合だ」
「泊めてくれないの?」
「俺がいくら聖者も霞むほどの善人だからって今日会ったばかりの他人を泊める程の善人じゃねぇよ」
「他人じゃなくて相棒でしょ」
「ついてくんな!」
アルファンドはいくら拒絶してもついてくる。なんだよその鋼のメンタル。他の生き物に発揮しろよ。
俺は一人暮らしだし、開いてる部屋もあるから泊めても別に問題は無いんだが、だからといって他人と過ごしたいとは思わない。もう家についちまうしコイツの事はもう諦めた。今日だけは泊めてやるが明日からはちゃんと住処決めとけよな
……。
「はぁ
…夕飯どうしよう」
「食べないと死んじゃうもんね」
そんな生命維持のための答えが知りたかったんじゃねぇよ。献立の答えがほしかったんだよ。わざとなのか、ボケてんのかイマイチ判断がつかない。
「ちげぇよ。何が食いたいかって聞いてるんだよ」
「もしかして僕のために食べ物を分けてくれるの?僕は食べなくても平気だよ」
なに言ってんだこいつ。
「生きてんだから食べなきゃ死ぬぞ」
「ちょっと君たちとは身体の作りが違うんだ。この姿も
模造品でしか無いし」
一体こいつが何を言ったのか解らなかった。コピー?その姿は偽物ってことか?
「触ってもいいか?」と許可をとって身体をペタペタと触る。俺と同じ人間にしか見えないし、感触もそうだ。ただ、体温が無かった。
「だから食べなくても平気」
「新型
自立魔道人形とかか?」
「無機物扱いは酷いよ!」
ちゃんと生きてるから生き物扱いはしてよね、とアルファンドはぷん、と怒った。確かに生き物を無機物扱いしたのは悪かった。
極端に体温が低い亜族とかなんだろう、と無理矢理自分を納得させる。というかこいつの話聞いてると俺まで頭がおかしくなりそうだ。
「目玉焼きでいいか」
「ふぅん?」
現実逃避も兼ねて呟くとなんとも興味無さげな相槌を打たれた。もう今夜の献立は簡単な目玉焼きに決めた。何言われたって目玉焼きだ。
ちょうど家に着いたので入り、アルファンドも入るよう促す。
「お、邪魔します
…?」
そんな恐る恐る入るなよ。アルファンドはキョロキョロと物珍しげに当たりを見渡して目を瞬かせた。そんなに珍しいのか?
……明かりの魔法具が。
◇
部屋に入ってからが大変だった。あれ何?これ何?と照明キューブや通信機を物珍しげに触り、はしゃいでいた。田舎者かよ。
映像受信機も知らないらしくリモコンを恐る恐る触り、適当にボタンを弄っている。
夕飯の準備をしていると悲鳴があがり、様子を見ると映像受動機を着けたらしい。おい待てそんなに驚くものなのか。珍しくもんでも無いだろ。一家に一台の三種の神器って呼ばれてんだぞ。今は違うか。
目玉焼きを二つ作り皿によそったところでこいつがやって来て興奮ぎみに言った。
「何あれ!なんて言う魔法!?」
「座れ飯だ」
素直に椅子に座るとまた「箱の中で小さいヒトが喋ってる!なんて魔法なの?」とかはしゃいでいる。
「映像受動機も知らないのかお前!
……あれはただ魔法じゃない、魔法科学だ。文明の力。」
「え、じゃあどうやって小さいヒトを閉じ込めたの?」
なんとも答えづらい問題を出してきたな。取り敢えず写真機を持ってきて奴を一枚撮った。しばらくすれば転写紙が写真機から出てくる。それをアルファンドに渡す。
「僕がいる!なんで?」
「レンズに映して転写紙に焼いただけだ」
写真機を作ったことなんて無いから詳しい構造は解らん。映像受信機も大体同じ構造だ。と答えたところ、やっぱり人間ってすごいね!と今までとは違う、心からの無邪気な笑顔が返ってきた。
自分を押し殺したような笑顔よりよっぽど良い。否、コイツには無邪気な笑顔のが似合う。出会ったばかりなのに不思議とそう思った。
『続いてのニュースです。ノアの第五王子が誕生し、現在も健やかに育っているようです。来月は第五王子の誕生パレードを行う予定です』
映像受信機からの話し声に肌が泡立つ。アルファンドは「
……あの一族王様になったんだ」なんて呟いている。映像受信機は続いて王家の第五王子や国王、王妃達を映す。ゾワリと悪寒が走る。俺はどうも王侯貴族が嫌いだった。特に何をされたというわけでもないし、俺みたいな庶民が王族と出会うことなんて逆立ちしたって無いのに。
アルファンドからリモコンを奪い取って映像受信機を消す。コイツは不服そうだが家主が嫌なんだから仕方ないだろ。
なごやかとは言えない夕食を終わらせてからもコイツはあれ何?これ何?を繰り返していた。
寝る時間だぞ、と言えば大人しくなったから常識はあるらしい。それでも騒いでたら外にほっぽりだしてたな。クローゼットからだした毛布を渡せば嬉しそうに包まっていた。何がそんなに楽しいんだか。
「おはよう!ヴァミラ」
朝起きて台所へ向かえばこいつは余裕綽々と雑誌を読んでいた。
それにしても明かりとか映像受動機とかつけろよ。昨日教えただろ。朝飯とか作れよ。居候だろ。だが昨日の様子だと調理器すら知らなかったようだし料理なんてさせたら悲惨なことになってたかもしれん。
朝食の為にパンを焼くが、あいつは寄ってこない。本当に食に興味が無いんだな。
「おい、飯は」
「いらないよ」
一応聞いて見るがやはりいらないとのこと。パンが焼けたのでバターとイチゴジャムを塗って食べる。
横目であいつを見ると俺がつけた映像受信機を見ていた。俺の視線に気付いたらしく、今日は晴れだよ。と返された。紫の国は相変わらずよどみに呑まれて天気予報どころではない。
パンを咀嚼して飲み込み、剣と鞄を持つとアルファンドも立ち上がる。
「行く?」
当たり前だ。紫の国は
移動扉を使用しないといけないので朝早くから出た方がいい。混むからな。
俺の住んでいる国は人工島だ。かつては神が住んだ国と言われているこの国は各国を繋ぐ
移動扉が設置されている。とはいえ、移動扉も今では半分ほどしか作動していない。他国のよどみ進行がひどくなり、ノアの王族が遮断したもの、あちらから壊されたか何かで作動しなくなったもの等様々だ。紫の国はまだ移動扉が使えるからありがたいな。
紫の国は酷かった。暗く澱んだ空、息苦しい空気、血生臭い匂い。難民が逃げようと移動扉に群がっている。ギルド証を見せて通りぬければ俺たちが出た扉の先に入ろうと我先にと押し寄せる。世紀末だな。世紀末か。どこもかしこもよどみに呑まれて、魔物が蔓延る。無事なのは神の国ぐらいだろう。
今回受領したクエストを攻略したら、多少はよどみが晴れるといいんだが。
◇
迷宮は薄暗いし魔物の数も多いが、そこまでレベルの高いものではなかった。
別に二人じゃなくてもこんなんクリア出来るんじゃねぇ?という感じで。
「ん、にしてもなんか整備されてるなぁ」
白い、ところどころ壊れてるが、柱が左右対象にある。
「もしかしたら神殿かなんかだったんだろうな」
アルファンドに話しかけても沈黙しか返ってこない。さっきから喋りもしない。また魔物が襲ってきたから倒す。コイツも魔法で応対はしているが何処となく意識が違う方向へ向いている。
「おい、あの扉がおそらくボスに繋がってる。準備はいいか?」
「ヴァミラ。絶対に君だけは死なせないから」
「は?死ぬ気はねえよ。大丈夫だって、ここまでの魔物も弱い奴ばっかだったし、ボスもそこまで強くはないさ」
そういやコイツは初めての戦闘だったな。励ますように肩を叩く。アルファンドは後悔と決意を固めた目で俺を見た。
「油断しないで。この先にいるのは普通の魔物じゃ無い。
……慣れ果てだ」
「ナレハテ?」
アルファンドからぴり、とした空気が伝わる。今は説明するつもりは無いようだった。つられる様に俺も剣を構えて臨戦体制になる。
「強敵だよ」
「わかってる!」
俺たちは豪華な装飾の施された扉を開けた。
ピチャ、と水が落ちる音と、ドサリと重いものが落ちる音。辺りは赤い液体が絨毯のように広がっていた。そしてその中心に紫の"ヒト"がいた。
いや、"ヒト"なのだろうか。
「紫の
…魔物
…?」
そいつはこちらを見て、にこりと笑った。後ろで派手に扉が閉まる、取手に手をかけてもびくともしない。
『まだここに来る人間がいたの』
声はがらがらでぐちゃぐちゃ、人ではない声。
『殺してあげる』
紫の魔物に睨まれた時から体が指先ひとつ動かない。動くなと圧を掛けられているようだ。駄目だ、動かないと。逃げないと、死ぬのに。死ぬ!
奴は紫色の球体を作り、飛ばす。目の前にそれが迫った瞬間、肩を捕まれ体制を崩す。
「ヴァミラ!しっかりして!」
アルファンドの声にはっとし、さっきまで自分がいた場所、の後ろの壁には大きなヒビが入っていた。
「おい
…お前
…」
「あれは魔法
……でいいか。魔法の一種だよ、でかい魔力を小さく丸めたもの」
追撃に次々にぶつけてくるが、こいつが作った赤い壁、おそらく血だろうな。それにぶつかって今のとこは無事。アルファンドは追撃を全て防御魔法で防いでいた。結構頼もしい魔法使いだな。
「彼女は近接攻撃が苦手だった。援護はする。君を絶対死なせたりしない。ヴァミラ、いける?」
「ああ。みっともない姿見せたな!」
体制を立て直し、剣を構えて振りかぶると紫色の防御膜で弾きかえされ、そこへさっきの追撃。目の前で赤い壁ができ、即座に防がれる。ナイスプレー!
「《黄魔法》《電気の剣》」
あいつが俺の剣に何か魔法をかけると剣には電気がまとわりついていた。
そうか、弱点狙いか!
魔法には赤、橙、黄、緑、青、紫、白、黒の八色がありそれぞれに弱点がある。
紫の弱点は黄色!厳密に言えば橙だけど。
「りゃぁぁああああ!!」
また剣をぶつけると防御膜が張られる、だがヒビが入った。
「《橙魔法》《物質強化》」
アルファンドが魔法をかけると俺の剣は橙色に変化した。その剣で畳み掛ければ奴の防御膜が割れ、かすり傷だが傷をつけることに成功した。
『アアアアアア!!』
悲痛な叫び声をあげあの紫の玉を大量に作り出してあちらこちらへ飛ばしまくった。おいやめろ、危ないだろうが!
アルファンドはすぐに防御用の壁を作る。魔法の展開スピード恐ろしく早いな!
「《赤魔法》《焔の球》」
反対側からアルファンドが奴に攻撃を始めると、俺に向かってきていた紫の玉は全てアルファンドへ集中攻撃となった。
後ろががら空きだ!
「やめろ!ヴァミラ!」
『ひっかかった』
さっきまでアルファンドの方へ向いていた奴がこちらを向き、手を前にだして、その手を剣に変形させた。避けられない。
ぐしゃり、嫌な音と衝撃が響く。
『イヤァアアアアアアア』
紫の魔物の甲高い悲鳴をどこか遠くで聞いている感覚がした。尻餅を付いた目の前でアルファンドの腹に紫の剣が突き刺さっている。
腹に剣を突き立てられてなお笑っているアルファンドと、泣き叫ぶ紫の魔物。なんでそんな平然としてんだよ!
たしか俺に刺さりそうだったところ、こいつが俺に体当たりをして。
「ヴァミラ!今なら狙える!」
アルファンドの声に別方向へ飛んだ意識を戻す。戦闘中だぞ俺!
「《橙魔法》《攻撃力上昇》」
アルファンドの魔法で剣に橙の光が宿り、電気の火花が飛んだ。俺は言われるがままに剣を振りかぶる。
押さえ込まれた魔物は逃げることもできず、貫かれた。
『
……ごめんなさい』
紫の魔物の最後の声は、美しい鈴の音のようだった。
ざあ、と音を立てて魔物は砂になる。魔物の死体が残らずに砂になるのは初めてのことだ。
アルファンドは腹に穴が開いてるのか疑わしくなるくらい飄々としていて、静かに紫の魔物の亡骸、というかただの灰へ近づいて撫で、何かを回収していた。
「おやすみ、紫の神」
そして俺に近づいて怪我はない?とか聞いてきやがる。
「重傷なのはお前だろ!」
止血と回復薬を塗らないと死ぬぞ!あわてて服を捲ると腹の傷はすでに塞がっている。傷一つ無い白い肌しかなかった。血も付いた痕跡がない。
「な、」
「ヴァミラのえっち!」
「気持ち悪い声出すな!それより、なんで傷!」
「彼女に僕は傷つけられないよ。
……僕を殺せるのはこの世界でただ一人だけだから」
”僕を殺すのは君だよ。ヴァミラ。”
アルファンドは喋ってない。喋ってないのにそう言われた気がした。なんとなく。
なんで俺がお前を殺す前提なんだよ、とは言えなかった。
俺の心情とは裏腹に、紫の国は憎らしいほどの青空が広がっていた。