出口
2024-03-31 01:11:48
11705文字
Public 呪専パロ(五悠)
 

「どうかお入りください。決してご遠慮はありません」

悟の部屋に入り浸っていく悠仁の話。
タイトルは「注文の多い料理店」から。
※呪専パロ
※玉犬は来ません
※※既刊「パ-ティーがはじまる」収録作品の再録です。

 その夜の俺は、消灯時間のとっくに終わった寮の部屋を抜け出した。
 消灯時間を過ぎると廊下の明かりはいつもの3分の1に落とされて、薄暗いその通路を談話室まで小走りに向かって。
 真っ暗になったそこでとっくに消されていたテレビの電源を入れると、間髪開けずにミュートボタンを押し、持って来た無線イヤホンをBluetoothで繋ぐ。
 テレビの真ん前のソファに陣取って、土曜の夜のその時間、決まって観ているバラエティー番組。

 仙台からこっちに単身越してきて、寮生活ってのも不満はなかったが、俺の自室にはテレビが無いからそれだけは不便だった。
 テレビだけでなくパソコンなんかも持ってないし、Wi-Fiとかもないからスマホで観てたらあっという間に通信制限。ただでも山奥の高専のこの立地では、動画なんて観てたらしばしば止まってストレスマッハ。
 仙台にいた頃はめちゃめちゃテレビ観てたし、爺ちゃんが入院してからはテレビと会話してたようなアリサマだったし。だからこれはもうしょうがないんだと思うんだよ。
 寮母さんも仕事を終えたこの時間、誰も居ない談話室。しかもBluetoothの使えるテレビなんだって気づいてしまったらどうにも我慢出来なかった!

 幸いにして今まで一度も、誰にもバレたことはない。
 1時間! 1時間だけだから! 1時間の番組が終わったら大人しく寝るし、明日は授業も休みだから許されたい! なんて申し訳ない気持ちが無い訳でもなかったんだけど――実際はアッという間に慣れて、この曜日この時間のこのソファの上は俺のモンだって具合にくつろいでもいた。
 だって週末、日付も変わって日曜日。このくらい好きにしてても罪はないだろう――って、

「なぁ~にしてんだよ?」
 スポッてイヤホンを右だけ外されたかと思ったら、その声は俺の後ろからソファ越しに聞こえた! ‪――‬イヤ、イヤイヤイヤ! 声自体は、耳元で息が届くくらい近くに聞こえた!
「ヒエッ!!」
 って思わず叫んだのは、それまで全く気配を感じてなかったから! イヤホンでテレビの音聴いてたんだから、そりゃ聞こえないのはしょうがないにしても気配まで完璧に消すとかホラーでしかない。
「声でけーよ、悠仁」
 思わずビクッと震えてしまいながら振り向いたら、割と至近距離に良く知る先輩の顔があった。
 そしてその手が俺の口を塞ぐ。

 五条――五条悟先輩、俺の3つ上。4年の先輩だ。
 口を塞がれたのはさっき俺が叫んだからで、その手はすぐに離れていった。
 口を塞がれ気づいたのだけれど先輩は風呂上がりだったみたいで、いつもその目を覆っているサングラスもしていなかった。その手のひらはまだボディソープの物だろう匂いがしたんだ。

 こんな暗いところじゃさすがにサングラスも要らないのかも知れないけど、カラーレンズ越しでない素顔の五条先輩を見るのってすごく珍しいから思わずたじろぐ。
 彼の瞳は特別で――いや、俺から見て特別とかそういうことじゃなくて、その瞳は六眼という特別な術式を刻まれた生まれつきのものらしい。

「おまえの部屋、テレビねぇの?」
 尋ねられ、うなずく。
 彼は背が高いから、ソファに座る俺と同じくらいの位置に顔があるってことは屈み込んでいたんだろう。その身を起こして、
「俺の部屋にもテレビあるけど観てく?」
 小さなものだったけど、確実に届く声で先輩は言った。
「えっ?」
 俺はその夜2度目に飛び上がって、びっくりした顔してたと思う。だって本当にびっくりした。消灯時間もとっくに終わってるのに勝手に談話室のテレビ観てるとか、職員の人や先輩に見つかったりしたら絶対に叱られると思ってた!
 それに俺と五条先輩は知らない仲ではないけれど、特別親しいって訳でもなかったから部屋に呼んでもらえるなんてこと想像したことも無かった。

「いいの!?」
 想像したことも無かったのに、俺は素直にそう返していた。というか、気づいたら訊いていた。
…………。」
 先輩は答えてくれずに、ソファの背凭れを軽く跨ぐよう俺の隣に座ると、テーブルの上にあったリモコンで電源を消してしまった。
「アッ……
 思わず声を漏らしたけれど、番組はちょうどCMに入ったところで。
「早くいかねぇとCM明けるぞ」
 先輩は言いながらリモコンをソファの上に放り出して背を向け歩き出してしまったから、
「ま、待って!」
 俺は慌てて彼の背中を追いかけた。

 五条先輩は談話室近くにある自販機に来たらしくて、いつCMが明けてしまうかと焦る俺を焦らすように水を買うと、薄暗い廊下をサクサクと歩いて自室に向かった。
 先輩の部屋のドアが開くなり俺は思わず飛び込んで、明かりの点いたままだったその部屋のテレビのデカさに驚きつつもローテーブルの上にあったリモコンの電源を押す。
「おまえな……
 呆れた様子の先輩に気まずい笑いを向けつつも、チャンネルを変えたその瞬間を計ったかのようにCMが明けた。
 ほっと息をついて、
「お、おじゃまします」
 言った俺に、
「ようこそ」
 先輩は言ったあと、鼻先で笑ったようだった。



 その夜の俺は、その番組が終わったら五条先輩の部屋を失礼した。
 帰る時はちゃんとお礼を言って、今度こそちゃんと「おじゃましました」って言って、だけどどうしても我慢できなくて、
「また来てもいい?」
 って訊いちゃったら、先輩は一瞬眉間に皺を寄せてしまったけれど、
「いつでもどうぞ」
 って、ちょっとだけ右肩を竦めたのを見上げた俺はなんだかソワソワして少しだけ落ち着かなかった。


◇ ◇ ◇


『 どうかお入りください。決してご遠慮はありません 』


◇ ◇ ◇


 翌週も同じ時間、俺は五条先輩の部屋に上がり込んだ。

 最初はやっぱり談話室へ行こうか? って迷ったんだけど、それまでに先輩も「やっぱナシ」って言わなかったし、先輩の部屋のデカいテレビは魅力的だったし、テレビの前のソファも談話室のものよりずっと座り心地が良かった。
 もしかしたら「本当に来たのか?」って言われるかも知れないから保険の意味も込めて、番組が始まる10分前に五条先輩の部屋のドアをノックした。
 でもすぐに返事がなかったから、もしかして留守なのか? と思った。高専から先輩へ出される任務は高等なものが多いと聞くし、泊りで出張なんてこともしょっちゅうあるらしいし。

 不在ならば仕方ない、やっぱり談話室のテレビで観よう……って、ちょっと惜しいと感じていたのは本当で。お邪魔するからっておやつ持って来たのも無駄になっちゃったなと肩を落としたとき、おもむろに開いたドアに驚いて顔を上げた。
「入って来いよ、開いてるから」
 先輩はもう寝るところだったのか、それとも寝ていたのか? 部屋の明かりを点けながら背を向け戻って行く、
「ごめ……もう寝てた?」
 聞きながらも上がり込む俺は図々しいとは思うけれど、先輩が「入れ」と言ったのだから許されるはずだ。
「おまえが遅いからうたた寝してた」
 遅いといっても先週と同じ番組が見たいのだから同じ時間だし、実際は10分前だ。「来てもいい?」と訊いたけれど今夜来るって約束した訳じゃなかったし、時間も言っていなかった。

「この番組が観たかったからさ」
 言いながらテレビを点けたらちょうど番組前のいつものCMが流れてて、
……ふぅん」
 五条先輩はちょっと機嫌を損ねているようだった。やっぱり寝入っていたところを起こしたのがいけなかったんだろう。
 でもベッドに戻ったのかと思ったら、その上でゴロゴロしてるだけでテレビを眺めるように見てた。だけどあの位置からテレビ見えるのかな? って角度で、俺だったら絶対にベッドから見える位置にテレビを置くよな。ンで、そのまま寝落ちしちまいそうだけど。って思いながらも、まあ、コッチ見てるってことは見えてるんだろう。
 おやつを持って来たことを言ったら、やっとベッドから起き上がって俺の隣に座って、ポテチを齧りながら、「甘いやつがいい」ってワガママ言うから、「今度は甘いやつ持って来るよ」と言ったら、何故かちょっとだけ笑われた。



 その夜はいつもの番組だけじゃなくて、その後の番組も観せてもらった。
 更に映画のDVDまで観たので、結局終わったのは空が白んで来る頃で、エンドロールが始まる頃には確かに目を開いていたはずなのに、気づくと五条先輩にもたれかかっていた。でも寝落ちていたのは一瞬だけだったと思う。目を覚ましたのは涎が垂れかかっていたのに思わず覚醒したから。ジュルッて無意識に啜り上げた音が、自分でも分かってバツが悪かった。
「寝るならベッドで寝ろ」
 肩が俺の重みから解放された先輩は言いながら、食い散らかしたポテチの袋をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てると、エンドロールが終わりメニュー画面になったテレビとレコーダーの電源を消した。

 それから座り続けて疲れたのか、俺が重かったのか、長い手足をグンと伸ばしながら移動すると、部屋の入り口の照明スイッチをパチンと消した。
「?」
 時間は早くても、外は随分と白く明るくなって来ているのだろう。カーテンの隙間から明かりが入り込んでいたが、俺はまだ部屋から出ていないのだからドアの鍵を閉める時ついでに消せばいいのに……ってのが当然の思考だと思う。

「じゃあ、お邪魔しました」
 俺もソファから立ち上がり、言うのに、
「帰んのかよ」
 五条先輩はそんなことを言った。
「えっ? 先輩眠くないの?」
 俺が帰らないと先輩寝らんないじゃん、って戸惑うのに、
「おまえが朝まで寝て行けばいいだろ」
 何故か先輩は首を傾げて見せた。

 ――いや、もう朝……って言える時間だと思う。4時過ぎてるし、外明るいし。
 カーテンやブラインドみたいなものの無い廊下だって明るいし、ここ古いけど空調だけは全館システムで部屋が暑くなってるってことも無いだろうし。

「俺のベッドでかいし」
 確かにデカい。五条先輩の身体に見合うようなそのベッドは俺の部屋のベッドの1.5倍はある。2倍……もあるかなぁ?
「でも……
 歯くらいは磨いて寝たいし……って言う間も無く、俺の身体はガシリと持ち上げられた。
「うっせー、寝ろ、寝る」
 唸るように言う先輩の声に怯んだ俺は、軽々と抱き上げ……持ち上げられ? ベッドの上に放り投げられた。

 軽く弾んだ身体の上へ長い腕が押さえつけて来るよう掛けられて、枕に半分顔を埋めるように半ばうつぶせる五条先輩の腕の下から俺は抜け出せなかった。
 痛いほど押さえつけられていた訳じゃない。それなのに、細いように見えて引き締まったその腕が、ちょうど俺の動きを自由にさせない位置にキレイにキマっていて、なんだこれ、寝技? グラップリング? 関節キメられてる訳じゃないから痛くねえんだけど抜けられない!
 ガクッて抵抗をやめたのは、眠さに怠くてまあいっかってなったのもある。でも何より、そのベッドの寝心地が俺の部屋のベッドの何倍も良かったってのが最大の理由だった。
 朝だけどまだ早いし、2時間くらい寝てから部屋に戻っても朝食の時間にはまだ間に合うし、今日は休みだし、眠いし。

 ――結局、次に俺が目を覚ましたのは、9時も回りお天道様がとっくに上り切った頃だった。
 目を開くなり慌てて飛び起き探したけど、五条先輩は部屋のどこにも居なくて、

『明後日まで出張、
 カギ置いていく、
 テレビとDVDは好きにみていい』

 たったそれだけを、3行に分けて書いたメモがテーブルの上に残されていた。
「は……っ?」
 鍵はこの部屋のもので間違いないだろう。DVDっていうのは、昨夜も覗かせてもらったAVラックに並んだ大量のDVDだ。五条先輩は不規則な在宅になるせいかテレビ番組はあまり観ないらしいが、DVDなんかはついついポチってしまうらしい。
 もう少しネット環境が良ければ配信サービスなんかでも良いのだろうが、何せここの通信設備は脆弱だ。さすがにスマホが圏外になったことはないけれど。



 前にも言ったと思うけど、俺と五条先輩はそれまで特別に仲が良いって訳じゃなかった。
 俺の方は‪――‬最強と自称し、周囲もそれを否定しないっていう、高専の生徒でありながら特級呪術師ってハクすげえ五条悟って人に興味はあったけど、先輩は俺に対してそうじゃなかった。

 それまで呪術界に触れたことすらなく呑気に生きてきた俺が宿儺の器になんてなってしまった事から、派遣されて来た五条先輩とひと悶着あった出会いではあったけれど。宿儺を完全に抑えることが出来た俺は一旦高専預かりとなり、そんな身柄の俺に先輩はそれ以上積極的には関わって来なかった。
 高専の敷地は広いけれど学舎になる場所やグラウンドや寮や、学生の俺たちが行き来する場所ってのは大体決まっていて、学生の数自体少ない。学年を跨いだ合同任務なんてものもあったから、全く接触も交流もないって訳じゃなかったけど、五条先輩も他の先輩たちも同じ――理由がなければ関わらないし、別に避ける訳でも避けられてる訳でもない。
 まあ、そんな感じに俺は俺なりに五条先輩のことカッコイイとかすげぇとか思ってたし、声掛けた時に「ハ?」とか面倒くさそうに返されるような状況でなければ、もう少しお近づきになりたいなんて下心はあった。……下心ってのはなんか違うか? でもなんか、そんな感じ。

 だから俺が深夜に消灯破りしてこっそり楽しんでいた悪さを見つけられたことと、たまたまそれを見つけた五条先輩が気まぐれで俺を部屋に呼んだこと、それはどうにも奇跡に近かった。
 正直、テレビを観せてもらえるのも嬉しかったけれど、先輩の私室ってのにも興味があった。しかもその部屋に泊り込んで、ベッドまで借りて、借りて……っていうか、あれ? 先輩はどこで寝たんだろ? 俺ら一緒のベッドに寝てたのか? 押さえつけられたとこまでは覚えてるけど、その辺は覚えていない。

 俺と一緒で先輩も眠くて眠くて、ただ睡魔の上ではそこんとこどうでも良くなっていただけかも知れないけど、なんかスゴい。あの五条悟の部屋でくつろぐ俺ってどうなの? しかも部屋に置いていかれて、鍵まで託されたこの状況!
 この1週間、相変わらず高専敷地内の他の場所で顔を合わせてもつれないっていうか構ってもらえる感じなかったけど、ここに来てこの親密度ヤバくない? 恋愛シミュレーションゲームだったらフラグ立ってる!? や、恋愛でもないしゲームでもないけど。


◇ ◇ ◇


『 注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい 』


◇ ◇ ◇


 とはいえ、さすがに本当に3日間も入り浸ってしまったことに、先輩が帰って来るって夜になってちょっと後ろめたさが湧いてきた。
 五条先輩の部屋は彼のムラっ気の多い性格に反して整然と片付けられていたから、余計に散らかしたりしないようにしていたしゴミ箱のゴミだってちゃんと捨てておいたけど、何回かベッドを借りて寝ちゃってたからシーツも洗った方が良かっただろうか? 空調ついていたとはいえもう夏だし、枕とかも勝手に使っちゃったし、とか。
 まさか本当に3日間も入り浸るとは先輩だって思ってなくて、その図々しさに呆れて「もう来るな」って言われてしまうんじゃないだろうか? とか。

 そんなことモヤモヤ考えていたら、先輩の部屋の鍵を持ったまま自分の部屋に飛び込んでいた。
 ここのところ必要なものを取りに戻るくらいしか入ってなかった部屋は、先輩の部屋とはまた違った意味で整然と……いや、ガランとしていた。なんか俺の部屋ってあんま物が無いっていうか、こっち来てからそんなに物増やしてないから寂しい感じ。
 ベッド脇の壁のジェニファーだけがこの部屋の癒しだ。

 ――‬あ、しまった! 今日洗濯室で洗ったランドリーバッグも先輩の部屋に忘れて来てしまった。勝手に余計な物持ち込んでるの叱られるだろうか?

 五条先輩が戻ってくる時間までは分からなかったし、連絡先知らないままだったからメッセとかやり取りすることも出来ず‪――‬まだ今なら取りに戻っても平気かな?
 ゴロゴロしてたの起き上がり、ベッドから降りた時、

 コンコンッ! ガチャッ!

 軽い調子でノックが響き、返事もしないうちにドアが開いた。
「ご、じょう先輩!」
 俺はイタズラしようとしていたところを見つけられたガキみたいにビクーッ! てなって、
「なんだよ、オバケでも見たような顔しやがって」
 先輩は言ったけど、「オバケって言い方可愛いな」とか関係ないこと考えてた。

「お、おかえりなさい!」
 いま戻ったのだろうか? と思って言うのに、
「お‪――‬おう、ただいま」
 五条先輩は何故か小さな声で言って、
「鍵、オマエ持ってるヤツしかないから」
 更にボソボソと言った。
「? あ、うん!」
 俺はさっきまで入り浸っていた部屋の鍵をポケットから出すと、自分のキーホルダーから外して先輩へ差し出す。
「ずっと持って歩いてたのかよ?」
 聞かれて、何だかめちゃくちゃ気まずくなったけど、
「失くしたらいけないと思って!」
 誤魔化そうと思ったら勢いをつけ過ぎた。

 コレしかないって言ってた鍵だから、本当に失くさなくて良かった。(部屋の鍵なんていくらあっても無くしちゃダメだけど!)
 どちらかと言えば部屋の引き出しにでもしまっていた方が安全だっただろうと思うけど、五条先輩からはそれ以上突っ込まれずに済んでホッとする。

「土産はないから」
 素っ気なく言う五条先輩に、
「ウスっ」
 答えたけど、
「嘘だよバーカ、でも沢山はないから誰にも言うなよ?」
 先輩は噛み殺すような笑いを浮かべていうと、ドアを開け数歩入り込んでいた部屋から出て行く。
「えっ? マジ?」
 びっくりして思わず言ったあと、彼が出て行った後で一旦閉じたドアが再び開いた。
「あにやってんだよ? 着いて来いよ、今日は映画観ンの付き合えよ」
 戸口の向こうから何故か先輩が睨んでて、俺は訳も分からず慌てて部屋を出た。
 今夜は‪――‬いつも先輩の部屋に行ってた曜日では無くて、いつもより早く消灯もしていない時間帯。

 けれど睨まれて動いた身体で先輩を追いかけ始めたら、なんか良く分かんねーけど楽しくなって笑えて来た。
 五条先輩なんで睨んだの? 後輩に土産買って来てくれたの、そんなに照れ臭かった?
 訊いたらまた睨まれそうだったから訊けなかったけど、俺は彼が部屋に着く前に追いつく。着いて来いって言ったくせに振り切るような速さで歩いていくから、思わず走って。
「廊下走ってンじゃねーぞ、1年」
 先輩らしく言ったあと手が伸びて来て、俺の頭グシャグシャってしてから、突き離すような強さで押して来た手が離れて言った。でも先輩は楽しそうに笑っていたし、俺も笑ってた。



 五条先輩の部屋に入って数分で、俺の図々しい入り浸り行動は即行バレた!
 キレイにしていたつもりだったけど、物の位置が動いていたり、今日使ったグラスを洗いそびれていた。それに、部屋の真ん中に放置していたランドリーバッグが見つからないはずもなかった。

 だけど先輩は文句を言うわけでもなくソファに座ると、
「コーラ入れろ」
 買って来た土産の包装紙をバリバリ破りながら、俺に命令した。
 俺は、部屋の主のいないうちに勝手知ったキッチンの冷蔵庫を開け、昨日開けたばかりの2Lサイズペットボトルのコーラを出しグラスに注ぐ。そういやコレも冷蔵庫に入れたままだったのだから、そもそも侵入の形跡は残し過ぎてた。
 自分の分はシンクに置きっぱなしにしていたグラスを軽くすすいで注ぎ、気まずくなりながらも先輩の隣に座る。
 テレビは点けてくれていたけど、よく分からないドラマが映ってた。先輩は靴下を脱いで1つにまとめると、ソファの足元へ落とす。

 コーラを入れてくるわずかな時間で土産の菓子は4分の1ほど無くなっていて、甘いもの好きなことは知ってたけど呆気にとられた。この上さらにコーラ飲むの? コーラも結構甘いよな?
 それよりももしかして、先輩って疲れてるんじゃねーの? って思い立ち、
「五条先輩、出張帰りで疲れてんなら映画観るのはまた今度で良くね?」
 付き合わせるのも悪いから言ってみた。
「ア"?」
 気をつかって言ったつもりなのに威嚇するよう返されて、思わずたじろぐ。別に怖いとか言わねーけど、怒らせるつもりもない。
「帰んなよ、シャワー浴びてくる」
 先輩は言いながらサングラスを外すと、ソファから立ち上がりつつ靴下を拾い上げ、空いてる手でグラスを掴んだかと思ったら、ゴクゴクと一気に飲み干し「グフッ」と咽せるようなゲップを漏らした。
 やっぱめっちゃダルそ~だ。

 もしかして夕飯も食べてないんじゃ? と思ったけど、訊く前にバスルームへ行ってしまった先輩に‪――‬俺はどうしたものかと思案した。



 シャワーを浴びるなら、20分程度の猶予はあるだろう……と俺は一旦自分の部屋へ戻り、明日の朝飯用に残してあった冷蔵庫の残り飯を使い、炒飯を作った。具は卵とハムとレタスしか無かったけど、たぶん美味いと思う!
 そして、出来たての湯気立ってるそれを皿に入れラップして、急いで五条先輩の部屋に戻ったら、
「ここに居ろって言ったろ?」
 部屋に入るなりすごい勢いで壁ドンされて、一瞬古い寮ごと揺れたかと思った!

 既にバスルームから出て来ていたらしい先輩は、部屋着の黒いTシャツとスウェットズボン姿で、タオルを被るよう掛けた頭はまだ濡れているのか、俺の上にまで水が滴ってきた。
「炒飯……食べる?」
 なんで俺こんな勢いで迫られてんの? そんな怒るようなことしたぁ!? って戸惑ってはいたけど、何とか先輩に炒飯の皿を見せて、「要らねぇ」って言われたらどうしよ? って思ったけど、今度は先輩の方が戸惑うような目をした後に‪――‬ぐうぅぅぅっ! って、彼の腹の方が先に答えた。
「やっぱ夕飯まだだった? 菓子とコーラで夕飯済ませるつもりかよ!」
 呆れたのと、腹を鳴かせて黙ってしまった先輩が面白かったのに笑う俺に、先輩は俺の手から皿を引ったくるようにしてソファへ戻って行った。

 キッチンからスプーンを持ってその後を追い、ラップを外すなり涎垂らしかけた素直な先輩にスプーンを手渡す。
「これ、悠仁が作ったの? 男の手料理とかさぁ……
 文句を言いかけながらもデッカいひと口目に食らいついた先輩は、
「美味い……!」
 目を見開くよう言い、その後はひたすら無言で炒飯を口の中へと掻っ込んだ。
 俺はグラスにもう一度コーラを注ぎ、あっという間に皿のうえ空にした先輩に、
「足りた?」
 聞いてやったら、
「美味かった!」
 聞いたことと違う回答返って来たからまた笑った。

「先輩さぁ、夕飯くらいどっかで食べて帰ってくれば良かったのに」
 ソファの上で膝を抱え小っちゃく座っていた俺が横から覗き込むと、
「るせぇ」
 何故かまたイキられた。
 だけどその目は真っ直ぐ俺に向けられたまま、離れていかない。

「悠仁」
「うす」
……オマエこの部屋好き?」

「え? 居心地いいとは思ってるけど」
「じゃあ、オマエここ住めよ」
「へっ?」

 住むもなにも……俺も先輩も寮生だし、ここだって寮の一室だ。
「先輩、寮出るの?」
 だからこの部屋は俺に譲ってくれるってことだろうか? 五条先輩は特級術師で実入りも良いし、何しろ実家も太いと噂なので引っ越すなら家具も家電も新しいものにするつもりってことなのかも知れない。

「出るわけねーだろ」
「んじゃ先輩、俺がここに入ったらどこ住むの?」
「一緒に住むに決まってんだろ?」

 五条先輩の言葉は、謎かけなのか? ってくらい難解だった。
 寮の部屋はベッドに勉強机、それからちょっとした応接セットおけるくらいの広さくらいはあったけど、それまでだ。実家の6畳の俺の部屋よりずっと広く感じても、誰かと同室になって手狭に感じないほど広くもない。
 何より、この部屋にもう1台ベッド置くとか無理だし、そもそもこの寮で2人部屋とか聞いたことないし!

「先輩……メシとかも食いそびれたら全然作るし、洗濯とかもついでならやってあげるよ? 俺」
 お世話係的なものに味を占めたのか? このひと坊ちゃんらしいからな……っての思いつき、困惑したまま言う俺に、
「違ぇよ!! 俺が欲しいのはメシでも洗濯でもなくてオマエ!! 悠仁!!」
 いきなり凄い勢いで言われて、思わずビクッ! と震え上がった。ボルテージと一緒に呪力まで膨らんで、コラコラ、そんな興奮したら他の寮生も何事か!? ってなるよ!? 先輩!! って慌てる。

「えー……えーっと、つまり、帰ってきたときに部屋に誰か居て欲しいってこと? 談話室とかじゃダメなん?」
 五条先輩のキャラってそんなんだっけ? と思いながら、人恋しいってことだろうか? と尋ねる俺に、
「誰かじゃなくて、悠仁! 談話室じゃダメ!」
 先輩は我がままにごねるよう言った。やばい、こうなるとなかなか引かないぞこの人。

「俺は俺の部屋があるし~」
「じゃあ、半同棲」
「同棲って……

 なんかどんどん変な方向に行きつつある会話に、軌道修正する元々の道すら分からない。俺と先輩って、そもそも何で一緒に居るんだっけ? って。俺は先輩のテレビが目当てだった訳で。
 五条先輩にとっての、俺と一緒にいるメリットってのは分からないけど――つまり何らかの要求が大きくなったから一緒に居る時間増やしたいってこと?

「寮で同棲とか聞いたことねえ、しかも半同棲」
 改めて口にして、呆れた後に笑えて来た。それって部屋に遊びに行くのとどう違うんだよ? って、やはり分からないままなのに押しの強い先輩の圧と共に言われたら面白くって!
「オマエ、分かってねーな……
 けれど、ふてくされるように言う五条先輩に、
「だって先輩の言うこといつも予測つかねーもん。でも、つまり俺と一緒に居るの楽しいって思ってくれてるってやつ?」
 俺は誤魔化し笑いをしつつも、悪い気はしてないって声を弾ませる。

「だっ、誰がそこまで言ったヨ?」
「ありゃ、違った?」
「違うとも言ってね~」

 なんそれ! 先輩、ツンデレなの?
 ますます笑う俺に、先輩はますますふてくされる。ふてくされる位で終わってればいいけど、ちょっと不機嫌になってる? って気づいたら、フォローしない訳にもいかなかった。

「分かったよ、いいよ! 半同棲? ってやつ? 寮内だけど」
 だから良く分かんないまま了承した俺に、今度は口をぽかんと開けて驚くような顔をした五条先輩。
「いやいや、先輩が言い出したんだよ? したいのかしたくないのか、どっち!?」
 理解しがたい反応にまたしても当惑する俺に、
「したいに決まってんだろ!! したいよ!! 色々と!!」
 今度も食らいつくような勢いで言われて、唾まで飛んできた!
 つか、色々ってなんだよ? 我がまま無制限かよ~。

『この部屋の鍵を常に持っていること』
『五条先輩に呼び出されたら何よりも最優先させること』(ただし、授業や任務は除く)
『時間が合えば先輩と一緒に食事をすること』(たまには奢ってくれるらしい)
『週に半分は先輩の部屋に泊まること』

 この4つを守れば、それで良いらしい。
 最後のやつは週に半分も!? って思ったけど、先輩は泊まりの出張するしそう難しいことでもないだろう。

「いーよ! 無問題~!」
 サムズアップで了承した俺に、先輩はめっちゃ上機嫌になり身を乗り出し、
「絶ッッッ対だからな!?」
 と念押しした。
 五条先輩もそのうち飽きると思うから、多分それまでだろうと――俺はうなずく。

 だけど――
「約束、な」
 ライトブルーの瞳で瞬きもせず言った先輩が、またも一瞬圧されてたじろいだ俺にキスしたとき、
「ごっ――五条せんぱ……今の『約束』って……
 その全ての約束の意味はグルッと180度話をを変えてしまったのだった。


◇ ◇ ◇


『 十五分とお待たせはいたしません。すぐたべられます。 』


◇ ◇ ◇



(タイトル・引用 「注文の多い料理店」宮沢賢治)