スサ
2024-03-30 23:18:56
2372文字
Public
 

【ヴィク勇】ワンドロワンライ/ため息

ため息のお題お借りしました。最終回後同棲してるふたりです。遅刻すみません!

 ──僕を見てため息をつくヴィクトルが好きだ。

 ヴィクトルは頭を抱えたい気持ちで、しかしとりあえず腕組みをして練習中の生徒を見ていた。最近、勇利が子どものようにしようもない悪戯をしたり、急に聞き分けが悪くなったり(いや、これは元々だ、と思い直す)して、まるでヴィクトルを試しているような行動を取る。ヴィクトルはこれに困っている、というか、正確に言えばそこまで困っていなくて、可愛いなと思ったり俺に似てるなと思ったりして終わるのだけれど、ただ、これが拠点の移動に伴うストレスによるものだと困るな、と心配してもいた。勇利の行動原理が謎なのは今に始まったことではないから驚く程ではないし、勇利の悪戯なんて本当に可愛いものなのだ。スリッパを左右逆にするとか、マッカチンのおなかの下にヴィクトルのスウェットを隠すとか。先日はPC作業用の眼鏡をキッチンのキャビネットに隠すという悪戯をしていた。勇利は初め全く知らないという顔をするのだけれど、ぴくぴくと口元か目元が動いていたり、捜し物をしたり、履きにくいなと顔をしかめたりするヴィクトルを全身でちらちらのぞき見するものだから、これで隠しているつもりなのか、と天を仰ぎたくなってしまう。こんなもの、何なら悪戯どころかスキンシップの延長のようですらある。恋人同士の甘いちょっとした、そう、ちょっかいだ。リビンレジェンドといったとて、ヴィクトルも若い時は色々な嫌がらせを受けた。中には相当深刻なものもあった。それを思えば、こんなものはほんの幼児がやるようなそれであって、こんな可愛いことをされて俺はどうすれば? とため息をつく位がせいぜいだ。
……
 でも、なあ、とヴィクトルは無意識に指を唇のあたりにあて、考えこむ。
 なんで急にそんなことをやり出したのかは気になる。勇利自身がもし無意識に衝動的に行っている、なんてことがあったら余計に。弟子の異常を絶対見逃さない男になるとヴィクトルは決めたのだ。これはけして勇利のためだけではなく、自分のためにでもある。もう二度と「終わりにしよう」なんて言わせないためにも。
 なお、この後の人生でヴィクトルは何度か同じことを言われる羽目になるが、まだ夢にも思っていなかった。それはそうなのだが。

 サラダを取り分ける勇利を見ながら、ヴィクトルはまた考えていた。勇利は自分を見つめる視線に気づいているのかいないのかわからないが、今日の練習で感じたこと、ユリオと話したこと、ミナコからメールがきたこと、などを世間話のような、報告のようなていで話してくれている。
 勇利は一見おとなしいタイプだし、実際表ではそうなのだが、気を許した相手だと意外とおしゃべりだなところがある。そういう時の勇利は末っ子全開、無意識にこの世の全てから自分は愛されていると思っていそうな態度で喋るので、おまえは本当にかわいいな、とヴィクトルは思う。
 いや、また脱線しかけてるぞ、俺、とヴィクトルははっとした。いけないいけない。それもこれも全部勇利が可愛いのがいけない。
勇利」
 ヴィクトルは、勇利の言葉の切れ目でそっと声をかけた。つとめて平静に。勇利はきょとんとした様子で顔をあげ、ついでに首を傾げた。いっそいたいけな顔で。
「何か、いや、言いにくかったらいいんだけど。何か、最近、悩みがあったりする?」
「え?」
 目を丸くしてぽかんとしているのを見たら、ああ、悩みはないんだな、とヴィクトルも納得した。そういう顔ではない。
「なんで?」
「いや、スリッパを反対にしたりするのはなんでなんだろうと思って
「!」
 そこで勇利の頬にぱっと朱が散る。可愛い。もうどうでもいいか、この話。可愛いし、とヴィクトルは思った。考えすぎてどうでもよくなってきているのかもしれない。元々そんなに思い悩む方ではないし。
……怒ってる?」
「いや、全然。小さいときのマッカチンみたいで可愛い」
…………
 勇利の顔が少し複雑なものになった。マッカチンはダメだったか。失言を覚ったら、変に言いつくろうのもな、とヴィクトルは眉尻を下げて「ごめんね」と謝るに留める。
ヴィクトルが謝ることないじゃん」
「いや、うん、でも。何かあるのかなと思って」
 例えば不安とか、不満とか、と切り出せば、勇利は今度はびっくりした顔をする。あ、本当に意識的な範囲ではそういうものはないんだな、とヴィクトルは安心した。今の俺、コーチらしいんじゃないか、とちらりと思った。ヤコフに知られたら雷が落ちそうだが。
………ヴィクトルが」
「俺が?」
………ため息をつくのが」
「ため息」
 ついてるか?
 と自問したが、そういうことは無意識にしていたりするのもあってわからなかった。
……なんか、すきで」
「え?」
 さすがに予想外でヴィクトルは目を丸くした。何を言われたかよくわからなかった。勇利は恥ずかしそうに視線をさまよわせ、長めの前髪の一部を耳にかけた。すぐにぱらりと落ちるのに。
…………怒った?」
 とどめとばかりに上目遣いで尋ねられて、ヴィクトルは盛大に首を振った。当たり前だ。怒るわけがない。
……ため息?」
 こくりと勇利が頷くのを見て、ヴィクトルは一度天井を見た。もちろん答えなど書いていない。数えるようなシミもない。が、三十秒も稼げれば、なんとでも。
 ヴィクトルは視線をゆっくり下に戻し、勇利を正面から見る。憂い顔、とまではいかないが、眉を少し困ったように曇らせ、頬杖をつき、そして折った指を顎に添えると少しだけ首をそらし、そして、
………いけない子」
 ため息まじりそう言えば、勇利は顔を真っ赤にしたまま目を見開き、わ、と小さな声をもらしていた。