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shirajira
2024-03-30 21:44:28
6158文字
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薬指は売約済み
2024.3.30ワンドロにて。お題「結婚」(ちょこっと「さくら」)。記憶持ち転生パロで、付き合ってたけど結婚について考えなきゃいけなくなった二人のビマヨダ
「ユディシュティラの兄貴の結婚が決まった」
ビーマが交際相手であるドゥリーヨダナにそう告げたのは、桜も散り始めた頃のことだった。ドゥリーヨダナはビーマが作ったサグカレーとチャパティをごくんと一度飲み込むと、「そうか」と言った。
「なら、わし様もそろそろ結婚を考えねばな」
その声音は、先週二人で花見に行った際、なかなか帰りたがらないビーマに「また来年来ればいいではないか」と言った時と同じだった。当然のように、そんな未来があると思っている声。
ユディシュティラはビーマとドゥリーヨダナより一つ上だ。彼が結婚したのであれば、当然自分たちもそういう年頃なわけだ。
「ユディシュティラのこと、父上たちにも話しておくか?」
「いや、明日兄貴が自分で叔父上たちには話すって
……
」
「そうか」
元々、互いに飽きるか、それか結婚するまでという約束での間柄だった。どうせ相手が先に根を上げる、そう高をくくっているうちに、ずるずるとここまで来てしまったのだ。
ドゥリーヨダナは突然掻き込むように食事を終えると、「ちょっと電話しなければならないところがある」と席を立って、部屋から出ていってしまった。
ビーマは空になった皿を眺める。ドゥリーヨダナが食べ終わってから話せば良かったと思った。幸せそうにビーマが作った料理を食べ、完食するドゥリーヨダナを見るのは、もはやビーマにとって日課に近かった。
何となく、こんな日々が続くのだと思っていたし、終わる時は大騒ぎになると思っていたのに、案外呆気ないものだ。いや、まだ終わってはいない。ただ、今まで見えていなかった終わりが見えてしまった、それだけだ。
ドゥリーヨダナは声が大きい。部屋に籠っていてもその声が聞こえることがある。しかし、電話しているはずのドゥリーヨダナの声は聞こえなかった。
泣いてないかな。そんなことを思って、はっ、と喉から乾いた笑いが飛び出した。あいつはそんな可愛らしいタマではない。嫌ならその場で大騒ぎだ。
だから、ドゥリーヨダナの反応は、あれで全てなのだ。ビーマは鼻をすする。
泣きたいのは、自分の方なのかもしれなかった。
「わし様、しばらく帰りが遅くなる」
そう宣言されたのは、ビーマがユディシュティラの結婚をドゥリーヨダナに伝えた翌日のことで、宣言通りドゥリーヨダナの帰りは毎晩終電間際になった。
酒の匂いを漂わせて帰ってくることもあれば、ろくに腹に物も入れていないような様子で、ふらふらと帰ってくることもあった。休日は休日で、めかし込んでどこかに出掛けていく。
負けず嫌いのあいつのことだ、兄貴に先を越されたのが悔しくて、連日お見合いでもしてるのかもな。一人分の食事を用意しながら、ビーマはぼんやり思う。
自分しか食べないのなら、凝ったものを作る必要はない。大量に炊いた米に醤油を垂らして炒めただけのものを大皿に盛りながら、最後にあいつと飯をまともに食ったの、いつだっけなとビーマは最近出番がないドゥリーヨダナ用の皿に目をやった。
付き合い始めてから五枚目の皿だ。初めて揃いで買った皿でもある。形は同じで、色違い。ビーマのは白で、ドゥリーヨダナのは黒。黒の方が高級感があるからわし様こっちがいい! お前は白にしろ! とでかい声で言い放ち、店員を苦笑いさせていた男の顔を思い浮かべる。
最近はへろへろになって帰ってくるなりベッドに倒れこむようなところしか見ていないから、あの時みたいに元気な顔を見たのも、もう随分前のことのように思う。
このまま、なし崩し的に別れるのだろうか。あいつにとって俺たちの関係は、そんなものだったのだろうか。
桜、来年も一緒に見に行くんじゃなかったのかよ。俺一人で行けってことかよ。
悲しいんだか腹立たしいんだか、自分でもよくわからない。皿に持った焼き飯を口に入れながら、でも別れるべきなんだろうなと、そんなことを思っていると。
スマートフォンが、着信を知らせて鳴った。
「来たか、ビーマ」
「来たかって
……
お前が呼んだんだろうが」
何がおかしいのか、ふっと口許を緩めたカルナに、ビーマは眉間に皺を寄せた。
この非常に難しい関係性にある男から「お前に見合いの話がある」と告げられたのは、一週間ほど前のことだ。
「俺? ドゥリーヨダナじゃなく?」
「お前だ。この見合いはお前でなければ意味がない」
「
……
カルナ、俺はそういうのは」
「嫌なら来なくてもいい。
……
だが、お前は来なければ後で必ず後悔するだろう。己の愚かさに打ちのめされたいのであれば、それでもいいが」
いちいち腹立たしい言葉に電話を切ってやろうかと思いながら、ビーマはこれも何かの縁かもしれない、と思った。
いずれはビーマも、結婚しなければならないのだ。ならこれは、渡りに船というやつだ。
誰でもいい。きっとビーマは愛することができる。心の中に、他の誰かを住まわせながら。
どうせ、ドゥリーヨダナを忘れることなんてできやしないのだ。何せ前世から引き継いだ記憶が、今世で積み重ねた想いがある。物心ついた時から、ビーマの世界にはドゥリーヨダナがいた。ドゥリーヨダナも、そうだったろう。互いに目が離せなかった。
前世の記憶に引きずられて、けれども前世の再演にはならなくて、互いの傷をほじくり返しあって疲れはてた先に、何をとち狂ったか期限つきで愛し合うことにした。
どうせうまくいかないと思っていたのに、驚くほど平穏な日々があった。初めて、今世で安寧を得た。
噛みつくようなキスも、殴り合いのようなまぐわいも、気がつけばただ熱を分け与えるように抱き締めあい、言葉もなく寄り添って指を絡め合うようになった。変わらず言い合いはしたし、手が出ることもあったが、それだってじゃれあいの延長戦だった。
だがその日々も終わりだ。
カルナに連れられて、ビーマは料亭の長い廊下を歩いた。いつもならどんな料理が出るのだろうとそればかりを気にしていただろうが、今はそんな気分にならなかった。慣れない礼装のせいか、自分が自分じゃないような、そんな気すらする。
窓ガラスに映った自分をちらりと見る。髪を整えないで来てしまったなと思う。今日もドゥリーヨダナは朝早くから出掛けていった。ビーマが見合いに行くと言えば、髪を整えてくれたかもしれない。あの男はビーマを着飾らせることを好んでいたから。
見合いのことはドゥリーヨダナには話していない。話す暇もなかった。カルナづてに聞いているのかもしれない。知っていたら、ドゥリーヨダナは怒っただろうか。ビーマを止めただろうか。わからない。何も、わからない。
もしかしたら、最初に愛し合おうとしたこと自体が間違っていたのかもしれなかった。思って、すぐに怒りにも似た気持ちが湧く。
そんなことはない。俺たちは間違っていない。だって、憎みあったその先には、結局大したものは何もなかったじゃないか。失うばかりだった。
もし、前世と変わらないままでいるのが、憎みあうのが正しいのなら、何のために自分たちは記憶を持ち越したのだ。
ドゥリーヨダナに会いたい。すれ違うだけのような日々じゃなくて、ちゃんと会って話がしたかった。
自分たちは、話すべきなのだ。前世とは違う。もう互いの声に耳を傾けることも、伸びてくる指先を甘んじて受け入れることも、互いに知っているのだから。話すことが、できるはずだ。
「ここだ」
カルナが部屋の前で立ち止まった。ビーマの顔を見て、何を思ったか「健闘を祈る。せいぜい醜態を晒さないようにな」なんて言うので、笑ってしまう。
相手には悪いが、丁重にお断りしよう。どこの誰だか知らないが、きっと自分よりも良い相手が見つかるだろう。
自分の相手は、この部屋にいる女ではない。今どこにいるから知らないが、毎晩くたくたになりながらも必ず帰ってくる、あの男だ。
部屋に足を踏み入れる。更に扉があった。迷うことなく、扉を開ける。
「遅い! まったく、わし様の尻に根が生えるところだったぞ!」
「
…………
は?」
椅子に深く腰掛けふんぞり返ったビーマの見合い相手は、顔をしかめると「何ボサッとしとるんだ。座れ。ほらそこ」と自分の向かいを顎でしゃくった。
「どういうつもりだ、ドゥリーヨダナ」
慎重に腰を下ろしながらビーマが尋ねると、ビーマの見合い相手
――
着飾ったドゥリーヨダナ
――
は「カルナに言われなかったのか? 見合いだ、見合い」と言い、「しっかしお前、何だそのボサボサの髪。ここは森じゃなくて都会だからな、鳥の巣みたいな頭は流行らんぞ~。わし様のようにビシッと決めねばな」と髪を撫で付けて見せてきた。
「俺は見合いと聞いてはいたが
……
相手がお前だとは、聞いていなかった」
「何だ? 美女がいるかと思って鼻の下伸ばして来たらわし様だったから、がっかりしたとでも言うのか? この最格好良くて美しいわし様を捕まえておきながら? かーっこれだから狼腹は!」
「茶化すなよ、ドゥリーヨダナ」
テーブル一つ分、隔てられた距離がもどかしい。隣同士なら、その手に触れられるのに。顔を覗き込んで、何を考えているのだと、その瞳に映る色を伺えるのに。
テーブルを、ひっくり返してどけてしまおうか。ビーマがそんなことを思っていると、「鈍いやつだなあ」とドゥリーヨダナがイライラした様子で言った。
「見合いの目的はなんだ?」
「見合いの目的?」
ビーマは瞬きをする。見合いの目的。そんなのは決まってる。
「結婚だろ」
「そう、結婚だ。わし様は結婚するためにここにお前を呼んだ」
真っ直ぐにこちらを見る目が妖しく光る。瞳の奥でギラギラと欲を輝かせた男の面持ちに、どこか緊張の色が透けているのに気づいて、ビーマは黙ってドゥリーヨダナに話の続きを促した。指で落ち着きなく肘掛けを叩きながら、ドゥリーヨダナが喚く。
「
……
ここまで言ってもわからんか? わし様は、お前と結婚すると、そう言ってるんだ!」
赤くなったドゥリーヨダナの顔を、ビーマは思わず呆然と見つめ、次いでその顔がどす黒くなっていくのを見て、慌てて立ち上がった。
このままでは、恥をかかされたと勝手にドゥリーヨダナは判断するだろう。長年の勘で、ビーマはテーブルの周りを回って、ドゥリーヨダナの横に屈みこんだ。肘掛けの上の手を、そっと握る。
「ドゥリーヨダナ、お前と俺の気持ちは、多分一緒だと思う。でもな、どういう風の吹きまわしだ? お前、結婚を考えてるんじゃなかったのか? ユディシュティラの兄貴の結婚を聞いて、俺と別れて女と結婚するんじゃなかったのか?」
「はあ?」
ドゥリーヨダナが眉を寄せた。大袈裟に動く顔のパーツは、言葉以上のものを伝えてくる。
「いつわし様がそんなことを言った!」
「だってお前、ここしばらく何かと家を留守にしてたじゃねえか。飯も外で済ましてきてばっかりだし、てっきり俺は見合いでもしてるのかと
……
」
思っていた以上に拗ねたような声が出ているのに気づいて、ビーマは一旦口を閉じた。けれども、すぐにぽろりと呟いてしまう。
「お前、何も言わねえから」
「そういうお前こそ、聞いてこなかったではないか。ああいや、聞かれても答えられたかどうかは別問題だが」
ちょいちょい、と手招きされ、ビーマが更に身を屈めると、ドゥリーヨダナの腕が伸びてきた。首に回ったそれに、ぐいと抱き寄せられる。
「わし様はなあ、大変だったんだぞ! 会社をいくつか処分したり、なかなか捕まらんヴィヤーサ老を探してあっちに行ったりこっちに行ったり、まあ色々! 何のためだと思う!?」
耳元で大声で騒がれ、顔をしかめながらも、ビーマが「俺と結婚するため?」と返すと、にやりと笑みが返ってきた。ろくでもないことを得意気に語る時によくしている顔だ。
「半分当たりで半分外れだ。おいビーマ。わし様とお前の結婚で一番問題になるのは何だと思う? 父上を説得するとかそういうことではないぞ?」
「そりゃあ
……
子が作れないことだろ」
ビーマもドゥリーヨダナも男だ。同性同士では子は作れない。養子を取ったりどこぞの女に子を産ませることも可能ではあるが
――
そこまでするなら女と結婚しろと、そう言われるだろう環境に、二人はいる。
「そうだ。こればっかりは最賢く優秀なわし様でもどうにもできん。しかし! わし様は思い出したのだ。マーンダートリ王の話をな!」
「マーンダートリ王?
…………
お前、まさか」
マーンダートリ王はインドラの指をしゃぶり、その加護を得た王だ。だが、ドゥリーヨダナが言いたいのはそこではないだろう。
かの王は、父親の腹から産まれている。
聖仙が妻に子を授かせるために行力と功徳を注ぎ込んだ水をうっかり飲んでしまったユヴァナーシュヴァ王は、男の身でありながら妊娠してしまう。そうして出産したのが、偉大なるマーンダートリ王だ。
「苦労したぞ~ヴィヤーサ老の伝で行力や功徳を注いでくれそうな聖仙を探して、代わりに寺を建てたり布施をしたり、とにかく金はかかるし十分功徳を積んでる聖仙はなかなか見つからんし。ま、最終的に母上がな、孫の顔が見たいからと、お力添えしてくれることになったわけだが」
ペラペラと喋るドゥリーヨダナの声を何とか耳に入れながら、ビーマは呟いた。
「つまり
……
お前がママになるってことか
……
?」
ビーマの言葉を聞いた瞬間、ドゥリーヨダナが嫌そうに顔をしかめた。
「話聞いてたか? 女になるわけではないわ。わし様はわし様のまま、男のまま子を産むのだ。ママにはならんわ。
……
いや、産むのはお前でもいいわけだが
……
」
妊娠したビーマ。解釈違いだな。ぼそりと呟いた声が聞こえたが、どうでもよかった。
内容はともかく、ドゥリーヨダナはドゥリーヨダナなりに真面目にビーマとのことを考え、どう考えても楽な、ビーマと別れて女と結婚する道を選ぶのではなく、手間暇かけてビーマの手を取り続ける道を選んだのだ。
「ドゥリーヨダナ」
「ん? なんだ? まさかお前、この期に及んでもう売約済みとか言うんじゃないだろうな!? 許さんぞ! わし様をこんな
……
お前なしじゃいられないような体にしておいて、一人おめおめと幸せになれると思うなよ!」
お前とわし様は、地獄まで一蓮托生だ! 叫んだ男に、堪らずビーマは覆い被さるようにして抱きついた。ぐえ、と潰れるような音がしたが、まあドゥリーヨダナだし大丈夫だろう。
「来年も、一緒に桜、見に行けるんだな」
そんなつもりはなかったのに、掠れた声が出た。ドゥリーヨダナが息を飲んだ気配がしたあと、ゆるゆると背中を撫でられる。
「来年も、再来年もだ。
……
お前が、わし様と結婚するのであれば、の話だが」
返事を言葉にするのももどかしい。衝動のまま、ビーマはドゥリーヨダナに口付けた。笑い混じりの口付けが返ってくる。
久しぶりに見るドゥリーヨダナの屈託のない笑みは、記憶の中のそれよりずっと美しかった。
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