河童の皿箱
2024-03-30 10:36:19
4847文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

狂乱

ワゴンが音ゲーやってるところをキスキルとリィラが通りかかるだけ

 とある大型複合商業施設。城下町の如く広大な土地に、数々の店がひしめいている。休日になれば何かの笛吹でもいるのではと疑いたくなるほど迷子を量産するこの地でも、平日は比較的歩きやすくなる。しかしながら人影がまばらとは言い難い店の間を、先往く子供2人のあとにニコニコと微笑みながら歩く男が居た。
 男の名はワゴンと云う。とある国の最古の楽器の名を名乗る傾奇者で、極めて高度な演奏技術を持つ雅楽師である。舞台上では煌びやかな装束と猛々しい鳥の如き冠に身を包む男であったが、今はざっくりと作務衣を纏い、頭に手拭いを被るといった、質素な様相であった。
 そんな男の前を行く2人の子供は、男の仲間の能楽師である。幼いながらも腕前は確かで、この商業施設で必要なものを買い揃えた後であった。その足取りはうきうきと弾む。買い物とアイスを楽しんだ3人が向かう先は、ここらで最も大きなゲームセンターだ。

 扉ひとつ抜ければ、何の音が鳴っているのかもわからないほどの騒音が耳を劈く。しかし子供達は特に気にする様子もなく、2人プレイの最新デジタルボードゲームまで一直線。男もゆるりとあとをついていけば、子供達は鞄に忍ばせていた小さなフィギュアを筐体に読み込ませ、今か今かと読み込み終わるのを待つ。読み込みが終われば、子供達の目の前には技術によって著しく成長した大国の世界と、桜舞い散る伝統的で自由な世界の2つが広がった。開始が宣言されれば、子供達は一手一手を慎重に考え、選びながら。そして時には大胆に駒を動かし、すっかり熱中している。
 男は子供たちの1試合を見届け、鞄から携帯電話を取り出し、メッセージをひとつ送信する。さて、あれを見ているのも楽しいが、せっかくだ、何か遊んでいこうかと、男は子供達のもとを離れ、手荷物を置くためにコインロッカーを探す。クレーンゲームの脇を通れば、神妙な顔でクレーンを睨みつつ、サメのぬいぐるみをとろうとしている2人の女が居た。格闘対戦ゲームの筐体が並ぶコーナーには、柄の悪そうな青い髪の男と女豹のような獣人が互いに煽りながらも一進一退の攻防を繰り広げていた。ファンタジーな世界観で大人気なFPSの筐体版では、不慣れな様子の人が自分なりに攻略法を手探りしながら、画面上を行き交う黒い翼の天使達や犬のようなキャラクターに導かれていた。
 平日とはいえそれなりに人が居る。男は人々が楽しむ様子に口元を緩めながら歩けば、コインロッカーはすぐに見つかった。買い物袋を中に入れ、貴重品はしっかりと持ち、電子決済してキーを発行。施錠を確認してまた筐体の群れに戻る。
 一度子供たちの様子を見に行けば、少しばかり見物人が集まっていた。小さな子供ながらもしっかりと戦略を立て、一手で逆転して一喜一憂する様を楽しんでいるようだ。子供達もすっかりその気になっていて、もう1回、いやいやまだまだ、いけ、それ、やれと、今まで以上に熱が入っていた。
 あの様子ならしばらくはあのままだろう。問題ないと判断した男はもう一度離れ、今度は自分の目的地へと向かう。そこは、リズムゲームの筐体が並ぶ場所だった。楽器を演奏するもの、踊るもの、銃を撃つもの、つまみを回すもの、実に様々並んでいたが、男がまず手を付けたのは、2つの和太鼓が付いた大きめの筐体だ。カードをかざせばすぐに決済され、男はバチを手に取った。

 さて、そんな男の近くを通りかかるものがいた。先ほどまでクレーンゲームを睨んでいた女2人組であった。赤い女の名はキスキル、青い女の名はリィラと云う。2人は表向き配信者として世界中で人気を博しているが、今はいわゆるオフ。2人の時間を楽しんでいた。クレーンゲームでどうしても欲しいと、青い女が粘りに粘ったサメのぬいぐるみを抱え、ご満悦の様子。
 2人は次は何で遊ぼうかと話しているところだった。赤い女が指差したのは太鼓のゲーム。配信でプレイしたタイトルであった。青い女は多少ラップの心得があったものの、楽器の経験などほとんどなく、初回では通常難易度でもボロボロの結果に終わった。それから何度か練習を重ね、そろそろひとつ上の難易度に挑戦だと近頃は言っていたのだ。
 あれやってく? どうしようか。2人は配信の思い出と共に語り合っていた。しかし、2人の目に太鼓を叩く和装の男の姿が映った途端、2人はあんぐりと口を開けた。
 画面上には音符が走る。流れるのではない。走っている。超高速で走り続ける音符の流れを、男は全て的確に拾い、太鼓を叩いている。自分たちが見たこともないほど大量の音符を、何が起きているか理解できぬリズムを捌き、判定は全てベストタイミング。連打音符ではたった1打で8回叩いている上に絶え間なく。一体この男は何者なんだと互いに耳打ちすれば、男は1曲叩き切っていた。スコアは理論上の最高スコアに限りなく近いものであった。
 男はすかさず、別の曲を選ぶ。2人がやれるはずもないけれどと、リスナーのおすすめによってふざけて選んだ、はちゃめちゃに難しい曲の最高難易度の譜面だ。当然歯が立たず、どうしてこんな難しいのを作ったのか、これを本当にできる奴がいるのかと発言したのを覚えている。だが、あの男は事もなさげに音符を捌いては、コンボを繋げていった。やば。赤い女が思わず、小さく呟く。青い女もすかさず頷く。やばい。あれはやばい。逸材か、あるいは変態か。どちらにしてもすぐに声をかける気にはなれず、けれどすぐに離れてしまう気にもなれず、物陰に隠れてじっと様子を伺う。
 1クレジットのプレイが終われば、男はふらふらと別のリズムゲームで遊び始める。その度に凄まじいタップダンスや超高速の手遊びに、複雑な機材操作であっても男は息を切らすこともなく、難なくこなしていた。もしやあの男、そこそこ有名な配信者かランカーなのだろうか。愕然とする2人が携帯で検索し始めると、男は再び太鼓のバチを握っていた。
 2人はさらに目を疑った。男は2つの太鼓を同時に叩き、2人分の譜面を1人でプレイしている。先程よりはタイミングの精度が落ちて判定のランクが下がっているものの、格段に複雑さを増している譜面を、男は涼しい顔でプレイしている。というか精度が落ちていなかったらどうしようかと思った。いや、それでもフルコンボなんだけど。2人は再び、語彙の全てを「やばい」に支配された。
 和装で音ゲーをプレイする男の噂は、それっぽいものすら見つからなかった。プレイヤーネームはここからでは見えない。2人がもう少し近づくかと動こうとした瞬間、遊ぶ男の後ろから、別の男が近づいてきた。さらりとした青い髪を括り上げて縛っている、着流しの男だ。また和服。多分連れか何かだろう。タイミングを逃して引っ込めば、さらにカジュアルに着物を着こなす子供が2人と、全身真っ黒で顔を隠している謎の人物がやってきた。相変わらず涼しい顔で1プレイ終えた男に、子供達はあれやって! とリクエスト。男は頷き、選曲。プレイを開始する。赤い女は思わず、知らないその曲を検索した。
 男はまた2つの太鼓を1人で演奏する。譜面のスクロールは先程よりはずっと遅い、遅いが、音符がギチギチに詰まっているし、左右の太鼓に振り分けられては振り回されるし、どう読めばいいか2人にはわからなかった。だが、それでも男は譜面をいなしていく。1つもミスを出さずまたフルコンボなのかと青い女が睨む中、曲がどっと盛り上がりを見せた。男はなお1打で詰まる音符を処理する、が、ここで初めてミスが出た。ぐうと唸りながらも、とうとう本性を表した譜面に、男はなんとか喰らいついていく。幾つかのミスが続き、先ほどまで積み上げてきたクリアゲージが下がっていく。だが女達の心にあったのは、このゲームもおかしいが男も相当おかしい。それだけだった。
 男は完走する。ゲージはギリギリでクリアを指し示し、男達は諸手をあげて歓喜した。やった、初めてクリアできた。おめでとう、やったな。
 男達は互いの手を叩いて祝福し、忘れぬ様にクリア画面の写真を撮影する。かしゃりとシャッター音が聞こえれば、ゲームはまた遊んでね、と告げ、待機状態に戻った。今の今までずっと涼しい顔をしてきた男も、興奮冷めやらぬのか、見てたか見てたかと大笑いしながら、着流しの男の背中をバシバシ叩きまくっていた。
 赤い女は先程の曲が、登場から数十年経過しているにも関わらず、まだ二桁台の人しかクリアできていない、最高峰の難易度の不動の地位を誇るものであると知った。青い女はその事実に頭を抱えた。どうしよう、ここで声をかけるべきか、コラボのお誘いをするべきか、でも相手が配信者であるとは限らないし、こっちの正体を明かすわけにもいかないし、でもこの逸材を逃すのはあまりにも惜しいし。せめて名前だけでも分かれば。
 男達の話に聞き耳を立てる女達。すると、男が女達に気付き、焦った様子でズンズン近づいて来た。何かしてしまっただろうか、しかし明らかにこちらを補足しているのだから今更逃げるわけにもいかず、女達の気が張り詰める。
 男は言った。気付かずすみません、順番待ちでしたか。と。青い女は全力で首を横に振り、赤い女はうわずる声で言う。いえ、見てただけです、と。女達は男の先程の気迫と興奮ぶりからは思いもよらぬ、おっとりとした穏やかな雰囲気に驚き、顔を見合わせた。穏やかな気を纏う糸目の男は、あぁよかったと、女達の言葉にほっと胸をなでおろし、その肩をポンと叩いた着流しの男は言う。じゃあ、そろそろ帰ろうぜ、と。男はなおも女達に申し訳なさそうに小さく頭を下げ、子供達に手を引かれ、逃げるようにどこかへ行ってしまった。着流しの男と、黒服が残る。騒がしくしてすまないな。そういって一礼し、特に急ぐ様子もなく立ち去った。

 後に残された女達。あーあ、せっかく面白そうなネタだったのにな。赤い女は肩を落とした。青い女は言う。仕方がないよ、急だったし。ただ、チャンスを逃してしまったのは確かだった。あのプレイを配信できたらそれはそれは盛り上がるだろう。でも、仲間達に囲まれて真剣に遊ぶ男の背中は、たぶんどんな配信でも見られないものだっただろう、とも思う。



 女達は帰路につき、電車に乗る。電車内にはいくつもの広告が出されていて、2人は何気なく眺めていた。サメのぬいぐるみを後生大切に抱える青い女。ふと、1つの映像広告に目が止まれば、思わず、わなわなと身を震わせた。何事かと赤い女もそちらを見れば、ああ、なるほど。
 そこには、煌びやかな衣装で派手に着飾る糸目の男が、数多の楽器に囲まれながら、5つの太鼓と1つのシンバルを1人で力強く叩き、なおも楽しそうに笑う姿があった。間違いない、あれはこちらに何度も頭を下げた、あの男だ。2人は確信した。
 ガチのプロじゃん。青い女の口から、ぽろりとこぼれ落ちた。赤い女はすぐに、男の名を検索する。

 伝統芸能に影響を受け、その道を極めたアーティストグループ、P.U.N.K.の雅楽師、ワゴン。それが、あの男の名だ。

 女達も秘密を抱えている。大なり小なり、誰でもひとつやふたつの秘密は持っているものだ。そして、秘密は暴くためにあるとは言うが、秘密を暴かれる側はたまったものではない。あの男は立ち去る時、顔を真っ赤にして、とにかく慌てふためいていた。青い女はあの男の、真っ赤な顔に思いを馳せる。自分も相棒の前でしか見せない態度をいつの間にか人に見られていたと知ったら、きっと、すごく恥ずかしい。それは、赤い女とて同じであった。
 自分たちは、図らずもあの男の小さな秘密を知ってしまったのだ。だから、女達は今日あった出来事を2人の心の中だけに仕舞っておこうと指を切る。獲得できるだろう再生数は惜しいが、まあでも、良い思い出だ。